Another Story:呪われ令嬢は斯く語りき 01
二部三章の幕間のお話、誰の視点か決めかねたので三人称となっております。
尚、このお話には本編で一部、主張されていたものと矛盾する内容が出ます。
敢えて作者がそういう書き方をしていますが、本編の内容の否定などではありませんのでご注意ください。
魔学都市アニスフィア。
魔学を生み出した王女にして現女王の義姉、アニスフィア・ウィン・パレッティアの名前を取って建設が進められている都市である。
このお話は、魔学都市の主であるアニスフィアが不在となった魔学都市での一幕である。
* * *
「はぁ? アニス様が暫く戻って来れない?」
やや不機嫌そうな声で、王都から報せを持って来たシャルネに返事をしたのはティルティだ。ティルティの前には書類が積まれており、彼女の隣ではプリシラが書類を整理して小分けにしている。
アニスフィアが不在の間、代理を買って出たティルティ。だが、彼女は基本的に引き籠もりの人嫌いだ。流石にアニスフィアと比べれば仕事の進みは格段に遅い。
それに、あくまで代理なのでアニスフィアが戻らないと処理が出来ない書類もある。なのでティルティの仕事は自分の権限で判断出来る書類をプリシラに分けさせ、その内容を精査する事しか出来ない。
緊急の案件があればプリシラが王都に向かう事になっているが、今の所はそんな書類は回ってきていない。
「王都に留まるって、また問題でも発生したの?」
「いえ、魔学降誕祭の打ち合わせで暫く王都に留まらないといけないとの事で……」
「魔学降誕祭……あぁ、あれね。魔学を祝っての祭りだったかしら?」
「おや、ティルティ様も把握しているとは」
「嫌でも耳に届くわよ、あれだけ大きな祭りならね」
プリシラがティルティをからかうように会話に混じって来る。からかわれた事を気にも掛けないのか、鼻を鳴らしながらティルティが返答する。
王都で行われる祭りは近年、とても規模が大きくなり、盛況となっている。その切っ掛けは、魔道具を普及させた祭りで間違いないだろう。
魔道具の利便性を知らしめ、空中円舞を披露した祭典は今でも王都の民の語り草になっている。あれ以降、アニスフィアとユフィリアの空中円舞が披露された事はないが、代わりに騎士団がエアバイクを使用している姿が日常的に見られるようになった。
それは民に未来への展望に期待を抱かせ、活気づかせる事となった。その活気が更に高まると予想されているのが魔学降誕祭だ。
「でも、魔学降誕祭ってアニス様はほぼ関わらないって言ってなかったかしら?」
「それが、アーイレン帝国のルークハイム皇帝が魔学降誕祭に是非とも参加なさりたいらしく。恐らくその案内役になりそうだとか、皇帝に贈呈する魔剣の最終確認など、仕事で戻って来れないとの事で」
「うわ、面倒くさ……よくもまぁ、アニス様も働くものよね」
心底面倒だと言うようにティルティは溜息を吐いた。薄らと透けた黒いヴェールで隠された顔はこれでもかと眉を寄せている。そんなティルティの様子にシャルネは曖昧な苦笑で返す事しか出来なかった。
するとティルティは暫し、何かを考え込むように黙り込む。そして顔を上げるなり、こう呟いた。
「ふぅん。じゃあ暫くは好きにやれるわね……ねぇ、シャルネ?」
「はい?」
「暫く私に付き合いなさい。書類仕事も飽きた所だしね」
「えっ」
* * *
日が落ちて、本日の都市の建設作業も終わった頃。都庁の一室にはティルティによって集められた者達がいた。シャルネ、プリシラ、そしてモニカの三人だ。
モニカは普段、あまり顔を合わせていないシャルネとプリシラが気になっているようで、何度か視線を向けている。それはシャルネも同じなので、どうにも居心地が悪くなってしまう。
「よし、集まったわね。それじゃあ授業を始めるわよ」
集まった面々を見渡したティルティが、手を叩いて注目を集めながら言う。その押しの強さに流されたままであったシャルネは果敢にも手を上げた。
「……あの、ティルティ様」
「何?」
「授業って、何故私とプリシラさんまで……?」
ティルティがモニカに魔法の手ほどきをしている事はシャルネも知っていた。けれど、何故それに自分とプリシラまで巻き込まれているのかがさっぱり理解出来ない。
シャルネの質問にティルティはこれ見よがしに溜息を吐く。そして先程の押しはどこまで行ったのか、気怠げな声で返事をする。
「貴方達、学院に通ってないでしょう?」
「えぇ、まぁ……」
シャルネは学院に上がる前に侍女として王城に上がったし、プリシラも学院には通っていない。元孤児だったモニカだって当然の如く、貴族学院で教育を受ける機会なんてある筈がない。
「貴方達は魔法を使えるけれど、ちゃんとした教育を受けていない。だから私がその穴を埋めてあげようって言うのよ。むしろ感謝して欲しいぐらいだわ」
「何故ですか? モニカはともかく、私達の面倒まで見るなどと、ティルティ様にとっては決して楽な仕事ではないかと思われますが」
淡々とプリシラがティルティへと問いかける。お世辞にも愛嬌があるとは言えないティルティだ。人嫌いの気すらもある彼女が何故、教師役を引き受けるのかがわからない。
まだモニカならわかる。彼女の成長は魔学都市の建設作業の効率化に繋がるからだ。今回、何故シャルネとプリシラを巻き込んだのか、当事者の二人も疑問に思っていた所だった。
そんなプリシラの問いかけに溜息交じりにティルティが返答する。
「これでも魔巧局の一員よ。今後、自分達の為になる事に繋がるなら労力を惜しまないわ。貴方達に半端なままでいられるのは、私にとって不利益だから」
「は、半端……ですか」
「ふん。そろそろモニカにも授業の意味を叩き込もうと思ってた所だし、丁度良いから纏めて授業してあげようって言うのよ。まず、そこからにしましょうか。さて、モニカ?」
「は、はい」
ティルティから名前を呼ばれたモニカはびくり、と肩を揺らしながらもティルティを真っ直ぐに見つめていた。
「魔法とは何かしら?」
「ま、魔法とは……精霊様の力を借り受け、魔法という形で顕現させたものです」
「及第点ね。アニス様が色々と発表したお陰で色々な意見や議論が出ている所ではあるけれど、その最低限の認識が出来ていれば問題ないわ。では、次。シャルネ」
「は、はい」
「魔法適性とは?」
「えっと、魔法適性とはその人が使える魔法の種類……適合する精霊との親和性の事です」
「よろしい。ではプリシラ、魔法適性の数は後天的に増やせるかしら?」
「……不可能、と教えられていますが?」
プリシラが少しだけ眉を寄せながらティルティからの問いに答える。プリシラの答えは、シャルネやモニカにとっても同じ答えだった。
魔法適性の数は貴族にとってステータスの一つだ。だからこそ、まず最初に適性検査が行われて自らが扱える属性を探る。この数が多ければ優秀とされるが、アニスフィアの母であり、先王太后であるシルフィーヌのように風の属性しか適性を持たないままに卓越した例外もいる。
シルフィーヌは風魔法の名手であり、王国最強の名を背負っていた事がある。故に魔法適性の数は絶対のものではないが、あるに越した事はないとされる。
「その返答は正しくもあり、そして同時に間違いでもあるという所ね」
「えっ!?」
だからこそ、シャルネはプリシラの解答に対して返答したティルティに驚いてしまった。そんなシャルネの驚きを無視し、ティルティは解説を始めた。
「確かに元から適性のない精霊との相性を、後天的に上げられる訳ではないわ。ただ、一つ落とし穴があるの」
「落とし穴……?」
「えぇ。貴方達は検査で自分の適性を知ったと思うのだけど……魔法を使うに当たって大事な事は何かしら?」
「……魔法の詳細なイメージを描けるかどうか、ですか?」
シャルネはティルティの問いに自信なさげに答える。魔法を使うのに大事なのは魔法のイメージを練り上げ、精霊に伝えられるかどうかだ。正しくイメージが届けば精霊は魔法として力を与えてくれる。
シャルネにとって適性がない属性とは、そのイメージの詳細が浮かばない、または噛み合わないといった、そんな感覚だ。使えたのだとしても、得意の属性と比べれば魔力を消費しやすい。
「そう。魔法の詳細なイメージを描けるかどうか、でもここには二つの段階が存在すると私は考えているわ」
「二つの段階ですか?」
ティルティは二本の指を立てながら頷く。
「最初の段階は今言った適性の有無よ。そもそも上にすら登れない、使うのが難しい段階ね。そして、次の段階は無知かどうかよ」
「……無知かどうか?」
「〝まったく使えない〟のと〝使えるけれど苦手〟では大きな差があるのよ。で、私の見立てで適性属性が少ない奴が引っかかるのは、この〝使えるけれど苦手〟の方よ。意外と〝まったく使えない〟方が珍しいと言い切ってもいいわ」
「……ですが、使えないという結果は同じでは? それなら得意な属性を伸ばした方が良いと思うのですが」
プリシラが眉を寄せたままの表情でティルティに問いかける。プリシラの返答にティルティは鼻を鳴らした。
「だからちゃんと教育を受けない奴は属性が偏るのよ。元々偏ってたのだとしてもね、ちゃんと正確に自覚しておかないとダメなの。すぐに楽な方に逃げてるのと一緒。確かに苦手なものは苦手なまま、後天的に変えられるようなものじゃない。でも理解してるのと理解してないのとでは、やはり違うのよ」
「……それは、何故ですか?」
おずおずとティルティに対してモニカが手を上げながら問いかける。モニカの問いにティルティは紙を手に取り、そこに六芒星を含んだ円を描く。
「これは、魔法を使用する際によく観測される、発光現象による〝陣〟よ。魔道具にも応用される事が多いのだけど……何故、六芒星で描かれると思う?」
「…………偶然?」
「お馬鹿」
「あうぅ」
ティルティがちょい、と指を降ろすと小規模の風の鎚が答えたモニカの頭を打った。モニカが少し涙目になりながら頭を押さえている。
「まぁ、間違ってはいないのだけど」
「だったらなんで叩いたんですか!?」
「それを考えるのが魔法使いに必要な事だからよ。魔法を使う際に精霊は発光現象を起こし、この六芒星の魔法陣を描く性質がある。この六芒星はそれぞれの精霊の属性を現しているのではないかと考えられているわ」
「六芒星ですから、光、闇、火、土、水、風の精霊という事ですか?」
「そうよ。亜種の精霊もいるけれど、それはあくまで変質した結果であって六属性のどれかに属しているのは間違いない。つまり、この六芒星は世界を象っているとも言える。精霊とは世界を象るもの、そして魔法はその精霊を自在に操る術と考えられるわ」
思わずシャルネ、プリシラ、モニカから感嘆の息が零れた。確かに〝そういうもの〟だと思っているのと、〝何故そうなるのか?〟と知っているのとでは話が違う、と。
「魔法は精霊の性質を知る事にあるわ。何が出来て、何が出来ないのか。魔法使いの技量を決めるのはセンスと知識よ。だから無知である者は魔法適性が偏りやすいわ。〝使えるのに使えない〟と、そんなケースもある。だから教育は必要なの」
「成る程……」
「――そして、このお話は同時に無意味よ。必要がないと思ったら忘れて貰っても構わないわ」
『……はい?』
感心していたシャルネ、プリシラ、モニカの声が完全に一致した瞬間だった。
「もう一度言って上げましょうか。最終的にこの授業は無意味になるわ」
「む、矛盾してませんか……?」
「そうよ、矛盾しているわ。――魔法はね、そういうものなのよ。それを知る為の授業なの」
「……仰る意味がわかりません。具体的な説明を求めます」
流石にプリシラが顔を顰めてティルティを見つめている。そんなプリシラに対してティルティは鼻を鳴らす。
「言葉通りよ、意味がないから」
「意味がないのであれば、教えても無駄では?」
「違うわよ。意味がないのと、無駄である事は魔法において同じ事じゃないわ」
「え、っと……?」
「シャルネ、魔法において大事な事は詳細のイメージを描く事と答えたわね? そうよ。だからこの授業には意味があり、そして無意味でもあるわ。けれど無駄じゃない。貴方達が知る事が大事なのだから。私が無意味だと言ったけれど、貴方達は私の話に意味があったと思ったから戸惑ったのでしょう?」
「……そうだと教えられれば、そうだと思うのが自然かと思いますが」
「ふん。いい? 覚えておきなさい」
不満げに言ったプリシラに対して、嘲笑するかのようにティルティは言い放った。
「他人の思想の受け売りで魔法を使ってる段階で、そこで止まるのよ。生来の適性の有無はどうしようもない。けれど、魔法が〝何であるのか?〟と定義出来るのは自分だけよ。他人の思想は有益、でも、それは自分の思想を研ぎ澄ます為のもの。知識を蓄える事は無駄じゃない。ただ、その思想に倣うだけなら無意味。――それが〝魔法〟よ」
――あの子は言った。魔法は〝願い〟だと。
――あの人は言った。魔法は〝祈り〟だと。
――私はこう言った。魔法は〝呪い〟だと。




