第33話:魔石の活用法を求めて
ティルティの魔石の性質への推測は、私としても納得する所だった。
魔石とは、魔物が厳しい弱肉強食の世界で生きて行く為に生まれ行く力。魔石の大元は精霊であり、この精霊が変質する事で魔石となる。
魔石を持った魔物は特有の力を得て、一匹一種の特殊個体となる。そして更なる力を得る為に同質の魔石を持つ他の魔物や、自らの魔石の糧となる他の魔物、そして人間を襲う。
全ては生存する為に。だから魔石は肉体が滅んだとしても、その機能まで失われる訳ではない。自分に適合する魔力を持つ個体、自分の新たな肉体になる主を生かす為に、その日が来るまで待ち続けている。
「まぁ、整理するとこういう事よね」
場所をサロンに変えて、戻ってきたナヴルとガッくん達も交えて魔巧局のメンバーでテーブルを囲んでいた。
事実上の第二回魔巧局、方針会議である。場の主導を行っているのはティルティだ。彼女は嬉々とした様子で司会進行を担当している。本当、興味がある事には精力的に動くものよね……。
「現時点での魔石の考察はこんな所よ? 何か聞きたい事はあるかしら?」
一通り話し終えたティルティが質問はないかと周囲に問いかける。真っ先に手を上げたのはナヴルだった。
「確認をさせてください、クラーレット侯爵令嬢」
「ティルティで良いわよ、あまり畏まられるのは嫌だと言ったでしょう」
「……失礼致しました、ティルティ様。改めて、魔石とは魔物が生存する為の進化の先にある力であり、たとえ魔石だけの状態になっても、休眠しているだけだと言うのはわかりました。そして適合する魔力を持つ者なら魔石を起動する事が出来ますが、新しい肉体と認識される恐れがある。ここまで間違っていないですか?」
「えぇ、間違っていないわ」
ナヴルの問いかけにティルティは否定する事なく、静かに頷いて返した。
「……では魔石を起動しようとした者が魔石に乗っ取られたりする危険性はないのですか?」
「乗っ取るの定義にもよるわね。乗っ取られるのだとしたら、それは適合者の魔法の素質よ。乗っ取ると言うよりは、塗り潰すと言った方が正確かしら? でも、貴方の心配はそういう事ではなく、例えば精神への影響がないかって心配?」
「……仰る通りでございます」
「危険性はないとは言えないけど……その実証例がそこにいるしねぇ」
「何よ、その目は」
ナヴルへと回答しつつ、ティルティが私をジト目で見る。なに、その残念なものを見るような目は?
「影響は皆無とは言えないわ。でも、あくまで魔石に意志というものがあるのだとしても、それは生存本能によるものでしかない。生きてる以上、生きたいなんて思う方が自然だもの。だから精々生き延びようとする為に攻撃的にはなるかもしれないとか、力に溺れてしまうとか、その程度の心配じゃない? それなら魔法使いが抱える葛藤と同じでしょう」
本当、自分の得意分野になると口が滑らかになるのよね、ティルティも。
確かにナヴルが心配している、魔石との適合による精神への影響があるかと言われると、ないとは言い切れない。実際、私がその実例だと言われれば否定出来ないし。
そして、私に影響があまり感じられないと言われても、だから安全だとは言い切れない。良くも悪くも私が特殊な例なのは自覚してるし。
「恐らくではあるけれど、精神への影響はそっくりそのまま資質を塗り潰されるような事でも無ければ問題はないんじゃないかしら? 後は程度の差があれ、魔法を使える貴族と条件はそう変わらないと思うわ」
「……成る程。ご教示、ありがとうございます」
「うーん。でも、やっぱり魔石を使おうとするって事は魔法が使えなくなるって事には変わりないのな……」
残念そうに呟いたガッくんだ。魔石の力を己のものとするには自分の魔法の素質を差し出し、置き換えなければならない。それは魔法使いとしての道を断たれてしまうという事だ。
ナヴルも残念そうに溜息を零しているけれど、ティルティは不思議そうな表情を浮かべてから首を左右に振った。
「いいえ? そうでもないわよ」
「えっ!? そうなんですか!?」
驚きの声を上げたのはシャルネだ。吃驚、と言うように目も口も大きく開けてしまっている。
「魔石を利用する上で一番楽なのは魔石に合わせてしまう事なのは認めるけれど。要は魔石の力も利用出来て、かつ魔法を扱う力も失わないようにしたいって事でしょう?」
「出来るの?」
「理論上は不可能ではないわね」
ティルティは長く喋りすぎて乾いた喉を潤す為に、お茶を手に取って飲んでいる。
私も口には出せないけど、実際に不可能ではないと思ってる。私はレイニやアルくんという前例を知っているからだ。
ヴァンパイアの魔石を持つ二人は普通に魔法を使えていた。それは従来の魔法の使い方とは異なるけれど、模倣させる事は出来る。
でも、あの二人はあくまで体内に魔石があるから可能なのであって、体内に取り込んだり、刻印紋を介さない方法で魔石を制御しながらも魔法を使えるように出来るのかは未知数だ。
「方法は思い付く限り二つ。一つはさっき言った魔石に己の素質を置き換えさせる事。これはアニス様と同じように刻印紋を身体に刻み込んでしまうのが良いでしょうね。そうすれば資質が置き換えられてしまうけれど、魔法を使おうとする事は出来るでしょう。魔物だって魔法が使えるんだもの。この場合は資質が塗り潰される前の魔法に似せて魔法を使おうとする、という認識を持って貰えればいいわ」
「じゃあ、もう一つの方法は?」
「そっちは今言った方法とは真逆の手段ね」
真逆の方法。その言葉に各々が顔を見合わせたり、困惑するような反応を見せている。
魔石に資質を置き換えさせるのとは逆の方法って……ダメだ、イメージが浮かばない。
「つまり、どういう方法よ?」
「魔石を己の支配下に置く事よ」
「支配下に置く?」
「魔石は持ち主の魔法資質の結晶そのものよ。強度や密度は比べものにならないけれど、元を辿れば魔法と同じものなの。だから自分の魔法のように制御してしまえば良い」
……成る程、確かに魔石は魔石持ちの固有魔法そのものと言える。この魔法を自分の制御下に置く事で使い分けたり、魔力の置き換えを最小限にするという考え方だろうか。
すると、私とトマス、ティルティを除いた全員が渋い顔をした。魔法を使える人からすればティルティの方法論には思う所があるようだ。
「それは、あくまで理論上の話では?」
「同じ魔法でも、術者の力量などによって魔法の質は変わってしまいますし……」
「他人の魔法を自分のものとして使うようにする、って事ですよね? それは難しいんじゃ……」
三人の言いたい事はわからないでもない。意志や想像力、本人の資質などが大きく影響してしまう魔法は同じ魔法であっても、細部どころか中身まで違う事すらもある。
つまり相手の魔法を自分のものにする、それもそっくりそのまま取り込むとなると難しい。あくまで理論上の話でしかないと思われても仕方ない。出来たとしても、その術者の力量や資質が自分に近いものでなければ難しいだろう、と。
「言いたい事はわかるし、理論通りにやった所で実現不可能でしょうね。同じ魔法使いの間でも難しいのだから。更に言えば魔石持ちの魔物の生物としての格は人間よりも遙かに高い。だから魔石の力を人のまま使いこなそうとするなんて無理なのよ。だから刻印紋が一番最適解の活用方法なのよ。人である事から外れて、魔物に近づく事がね」
言われてみれば納得するけれど、だからといって人間をやめろって言われるとどうしても精霊契約者の事を思い出してしまう。この問題は本質的に精霊契約者が抱えるジレンマと同じものを抱えている。
精霊契約者と違うのは、契約先の相手が精霊か魔物かの違いでしかない。だから刻印紋は広める訳にはいかない。刻印紋の方が精霊契約者になるよりも簡単だから、下手に広まれば何が起きるかわかったものじゃない。
「じゃあ、結局魔石はどう活用すれば良いんですか?」
誰もがその答えを求めティルティに視線が集まる。ティルティは手に持っていたティーカップを戻しながら、背もたれに背中を預けてから私達に視線を向ける。
「アニス様のように魔石の力を全部使おうとするなら刻印紋という技術が必要だけどね。でも、道具として使うなら必要な時に使えるようにすれば良いのでしょ? それも必要な時に、必要な分だけの力を」
「……限定的に使うと?」
「そんなの魔法と同じ事よ。日々生きて行く為に必要なもの一つ一つに魔法を使ったり意識をしてる? 技術は必要な時に、必要な分だけ、制御が出来る範囲で使えるのが理想。そうでしょう? アニス様」
「正論なのにティルティに言われるとなんか腹立つわね……?」
でもティルティの言う通りだ。魔道具だって簡略化した魔法を誰にでも使えるようにしたものなんだから、何も最初から魔石の性能を全部引き出さなくても良い。
……やっぱり焦ってたのかな、と自覚してしまう。魔道具の本質を見落としてどうするのよ、私。
起動には成功したんだ。欠陥と言える問題はあるけれど、利用方法がない訳じゃない。なら次に模索するべきはどう制御するのか、その方法を探る事だ。
「限定的にとは言っても既存の魔道具を凌ぐ〝売り〟が無ければ開発の意味もない」
「その上で一番障害となるのは魔法との併用が不可能な点、この認識で合ってるかしら?」
私の呟きにティルティが指摘をする。私は頷いてみせてティルティと認識を共有する。
「そうね。まず魔石を扱うのに一番の問題はそこだもの」
「魔石を魔道具という形で仕立てるなら、まずは人が制御出来る所まで性能を落としてから徐々に段階を引き上げるのが良いかしら。そもそも精霊の魔力が必要なら本人から供給する必要もないんじゃないの? 精霊石を使えば良いじゃない」
「精霊石を?」
「精霊石を使い捨てる事にはなるだろうけど、魔石が起動する為の燃料として使えば解決するんじゃないの?」
「……言いたい事はわかるけれど、それだと尚更賛同を得にくくなると思うんだけど」
確かに精霊石を使えば、魔石に直接魔力を注がなくても起動する事が出来るかもしれない。その仕組みを作る事自体は難しいとは思わない。その技術は魔道具、ひいては人工魔石に通じる技術だから。
だけど、ただでさえ精霊石は今は需要が高まって高騰しているのに使い捨てにする技術なんて受け入れられる筈もない。コストにおいても、信仰においても推奨は出来ない。
「まぁ、そうよね。なら、やっぱり魔石の性能を抑えて徐々に引き上げていくしかないんじゃないの?」
「じゃあ、今度は魔石の出力をどう下げるか模索する方向で研究が必要ね……」
顎に手を添えて、ティルティと会話をしながら自分の考えを纏めていく。
不意に視線が集まったような気がして顔を上げる。すると皆、私とティルティを交互に見て何とも言えない表情を浮かべていた。
「な、何……?」
「……いえ」
「やっぱり同類ですよね?」
「息がぴったりです」
「うっ……」
それは否定しきれない。ティルティはやっぱり、研究をする上で相手にしやすいんだよ。悔しいけれど。でも、息がぴったりだと言われるのも癪なんだよね!
「今はそんな話をしてないでしょ! 今話してるのは魔石の出力を抑制するとなるとどうすれば良いのかって話よ!」
「案がない事はないわよ?」
「あるの!?」
魔石は起動させた段階で魔力を侵蝕しようとしてくるのだから、どう出力を制限したら良いのか私には思い付かない。けれど、ティルティには案があるらしい。思わず吃驚してティルティを凝視してしまう。
ただ、ティルティはさっきまでに比べて少し声のトーンが落ちてる。あまり乗り気な方法じゃないみたいだ。
「その案って何?」
「……闇の精霊の力を使うわ」
「闇の精霊の?」
「闇の精霊は眠りや終わりを司るとされる精霊よ。闇属性の特性も象徴に準じたもの、この力を魔石の抑制に使うのよ」
「魔石の出力を闇の精霊の力で抑え込むって事?」
「そうなるわね。上手く行くかはわからないけどね? ただ、そうなると闇魔法を使える人がいるのだけど……」
闇魔法。魔法における原始の属性として光と二分する属性だけど、魔法の中でも一番地味に思われている属性でもある。
同じ原始である光と比べても闇属性の魔法は地味なのだ。光は治癒や肉体の活性化など、その傾向の魔法が多い。光に対して、対極とされる闇は沈静化や相手の力を封じ込める系統のものが多く、活用される機会もそう多くないのが理由だ。
需要自体はあるんだけどね。だからといって華々しい活躍が出来るかと言われればそうでもない。欠けてはならないのだけど、かといって憧れの属性かと言われるとそう思っているのは一握りだという現状だ。
「それで、ここにいる人で闇魔法を使えるのは?」
ティルティは問いかけながら周囲を見渡す。ティルティから視線を向けられたガッくんとシャルネは首を左右に振っている。二人は使えないのか……。
「私もダメですね、私は水ぐらいしか適性がないので」
「プリシラもダメ。ナヴルは?」
「得意という程ではありませんが……」
ナヴルは困ったように眉を寄せている。使えない事はないけれど、得意ではないと。
皆の反応を確認したティルティは、仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いた。
「なら、私がやるしかないわね」
「いいの?」
「えぇ。魔巧局の一員になったのだもの。なら貢献はしないとね?」
軽い調子で言ってるように見えるけれど、ティルティが自分の腕を掴んで爪を立てているのを見てしまった。
ティルティにとって魔法の使用は負担を強いることだ。それにトラウマだってある。さっきみたいな軽い治癒魔法を使う程度ならともかく、本格的な魔法の使用はティルティにとって相当な負担だろう。
それでもやってくれるというのなら、私がするべきなのはティルティの心配をする事じゃない。ティルティを頼り、彼女が無理をしないように見張る事だ。
「……ありがとう、ティルティ」
「ふん、お礼なんか要らないわよ。面白そうだもの」
私のお礼の言葉には肩を竦めて返すティルティ。素っ気ない返事だったけれども、ヴェールに隠されてない耳が少し赤くなっているのを見つけてしまった。
それに敢えて触れず、私は心の中でもう一度だけティルティに感謝を捧げた。