第32話:魔女の魔石考察
「……えーと、今日から魔巧局に入る事になったティルティ・クラーレットだよ。仲良くして……仲良く出来る? ティルティ?」
「人の事を何だと思ってるのよ? ……こほん、ご紹介に与りましたティルティ・クラーレットよ」
魔学都市に出発前に魔巧局のメンバーにティルティを紹介する事になったんだけど、この女、普段の紫色のドレスの上に白衣のローブを纏う所までは良い。ただ、日よけの為なのか黒いヴェールで顔を隠して、挙げ句の果てに日傘まで差してるので凄く目立つ。
ひと目見て感じる威圧感に誰もが目を奪われ、呆気に取られている。一番顔色が悪いのは貴族事情に明るいと思われるナヴルだ。クラーレットという家名を聞いた瞬間、すぐさま顔色を変えていた。
「……失礼致しました。私はナヴル・スプラウトと申します。失礼ですが、クラーレット侯爵家のお嬢様で間違いないでしょうか?」
「そうよ? 悪名高きクラーレット侯爵令嬢よ、それが何か?」
「い、いえ。悪名などと……高名な薬師としてお名前をお聞きした事がございまして」
「ふぅん……?」
慌てたように弁明するナヴルを見て、くるりと日傘を回してから興味が失せたようにティルティは言葉を濁した。本当に絶望的に人付き合いが悪い……!
「私の腐れ縁だし、侯爵令嬢だって言っても見ての通り引き籠もりのダメ人間だから。適当に扱ってくれればいいわよ」
「そんな事言っちゃって良いんですか……? その、侯爵令嬢ですので失礼に当たるのでは……?」
私のティルティの扱いにシャルネがオドオドした様子で聞いてくる。シャルネが気になってるのはティルティ本人もだけど、その背後に控えるメイドにも意識が向いてるみたいだ。
ティルティの背後には相変わらず専属のメイドが影のように立っている。まるで無表情で、先程から微動だにしない。普段会う時は影が薄くて注目する事がなかったんだけど、改めて観察すればどこかティルティと似ている気がする。
メイドの髪色はティルティの髪色よりも少し暗い紫色だけど、背丈もほぼ一緒だし、多分少し変装したりヴェールで顔を隠してしまえばティルティと見間違ってしまうかもしれない。もしかして、影武者だったりする……?
「全員の名前はアニス様から聞いているわ。確か、貴方はシャルネ・パーシモン子爵令嬢だったわね?」
「は、はい!」
「私は別に侯爵令嬢として敬って欲しい訳でもないし、そもそも社交会に顔も出してないような女よ。平民のように扱えとは言わないけれど、適当に付き合ってくれれば目くじらは立てないわ。というより、必要以上に構わないでくれるかしら?」
「早速やったわね、この陰険ジメジメキノコ女!」
「うるさいわねぇ……」
面倒くさそうに呟きながら日傘をくるくる回しているティルティ。このコミュ症め……!
「仕様が無いでしょ、どうせ侯爵令嬢として扱われてもボロ出すもの。最初からそういう風に扱ってくれた方が私も楽だし、無駄な労力は払わせない方がお互いの為でしょ? 何が不満なの?」
「……あぁ、アニス様の同類か」
「ちょっとガッくん? その不名誉な認識を止めてくれる?」
ガッくんが納得の表情を浮かべた事に苛ついてしまった。こんな陰気な奴と一緒じゃないし!
ナヴルは頭を抱えて溜息を吐いている。平然としているのはプリシラとトマスだった。二人は顔を見合わせて、うんうんと頷き合っている。いつからそんなに仲良くなったの?
「この手の自分の趣味に没頭するような方は王姉殿下で慣れておりますからね」
「……そうだな」
「貴方達も私をこいつと一纏めにするの!?」
「根っこの部分はそっくりだと思うぞ?」
トマスの指摘に私は思わず愕然としてしまう。そんな……そんな事がある筈が……! いや、ちょっと、ちょっとだけ否定出来ない気もするけど、それだけは嫌だ……!
「どうでも良いけれど、顔合わせも終わったのだったら出発しないの?」
「アンタのせいでこうなってるんでしょうが!?」
「お嬢様、私達は荷がございますので馬車で向かいます。くれぐれも他人様のご迷惑にならないよう、お願い申し上げます」
「はいはい、わかってるわよ……」
「本当にわかってんの!?」
表情を変えずにメイドが言うと、流石のティルティも面倒くさそうにしている。私が怒鳴っても、まるで気にした様子も見せない癖に!
結局、このまま話していても仕方ないと、出発しようとしたんだけど……。
「ちょっと、もうちょっとどうにか詰められないの? このエアバイクとやらは」
「わざわざ私の後ろに乗って言う?」
「他の人は嫌じゃない……男だし」
「ダメ女なんだから気にする必要ある? と言うか、傘閉じなさいよ!」
「えぇ……?」
本当にコイツ、魔学都市に連れて行っても大丈夫なのかしらね!?
そんな事もありながら、エアバイクを走らせて魔学都市まで戻ってきたんだけど、私の後ろに乗っていたティルティはと言うと……。
「……ぅぇ……っ……気持ち悪……」
「嘘でしょ……? エアバイクでも酔うの、ティルティ」
エアバイクに手を置いて、真っ青な顔で背を曲げていた。まさかの乗り物酔いだよ、エアバイクって馬車とかに比べれば全然酔わない乗り物だと思うんだけど!?
結局、具合が戻るまでシャルネが付いて看病する事になり、私はプリシラと一緒にドラグス伯に帰還の報告や、王都で受けとった書類などを渡す。
ナヴルとガークは騎士団に顔を見せに行き、トマスは宛がわれた私室へと向かった。
「……本当にティルティ、大丈夫かしらね?」
「クラーレット侯爵令嬢とはお付き合いは長いのですか?」
「幼少期からの腐れ縁よ。……まぁ、唯一の幼馴染みかしらね?」
ドラグス伯への報告や書類などを渡し終えてから都庁に戻る道すがら、プリシラが私とティルティの関係について尋ねて来た。
ティルティとの付き合いは長い。イリアを除けば一番長い付き合いになる相手だ。ただ付き合いが長いからといって、心の底から仲が良いとは言えないけれど。
「どうにも思想が噛み合わなくてね。嫌な奴ではないし、薬師としての腕は確かだし、私とは別の分野での専門家だから認めてはいるけれどね」
「成る程」
「……まぁ、ティルティが来てくれるなら助かるのは事実よ。ただ、ティルティは見ての通り、身体が弱いから。まったく薬師が不養生してどうするのかしらね?」
「心配されているのですか?」
プリシラの問いかけに、私は思わずぴたりと言葉を止めてしまった。なんとなく頬を掻いてしまう。
「……認めたくないけど、あれでも友人だから」
「そうですか。では、誠心誠意を込めてお世話させていただきますね」
「そうして貰えると助かるわ」
そのままプリシラとの会話は途切れ、私達は都庁へと戻ってくる。けれど都庁の外から声が聞こえてきた。話をしているのはティルティ、シャルネ、トマスの三人だった。
ティルティはもう体調が戻ったのか、何やら二人に聞き込んでいるようだ。すると私に気付いたのか、ヴェール越しに視線を向けて来た。
「戻ってきたわね、アニス様。早速だけど色々試して良いかしら? 二人から魔石の起動実験の事を聞いていたのだけど、やっぱり実際に試してみたいわね」
「試すのは良いけれど、もう体調は良いの?」
「地に足が付いてれば大丈夫よ」
どういう理屈よ、それ。思わず溜息が零れてしまう。
「……まぁ、いいわ。ティルティって雷属性の適性あるの?」
「使えない事はないわよ」
「……ちなみに一番得意なのは?」
「闇」
「……そうよね」
「なんで納得したのよ?」
「はいはい。プリシラ、悪いけれどフェンリルの魔石を持ってきて貰える?」
「畏まりました」
一礼してプリシラが都庁の中に入り、フェンリルの魔石を持ってきてくれた。
私はフェンリルの魔石を封じている箱の封を解いて、フェンリルの魔石を出す。フェンリルの魔石を覗き込んだティルティが興味深げな視線を向けている。
「ふぅん、これがフェンリルの魔石ねぇ?」
「身体強化を使ってから魔力を流して見て。雷属性を使えるなら、それを意識してかしらね? 上手く起動したら魔力が逆流してくると思うから……そしたらセレスティアルを貸すから魔力を放出して」
「わかったわ。それじゃあ、試してみるわよ」
楽しそうに声を弾ませながらティルティがフェンリルの魔石に触れた。魔石に触れていたティルティだけど……変化が起きたようには見えない。
起動に失敗した? と訝しげにティルティを見ていると、ティルティは静かに魔石に何度か触れ直しながら観察しているようだった。
「……どう?」
「……そうね」
私が問いかけると、どこか上の空のまま返事をされる。一度手を離したり、近づいて見たりしていたティルティだったけれど、満足したのかフェンリルの魔石から手を離して立ち上がった。
フェンリルの魔石が起動したようには見えない。つまり、ティルティの魔力ではフェンリルの魔石は起動出来ないのかしら?
「アニス様、貴方がやってみて?」
「はい? 私? 私じゃ起動出来ないと思うわよ?」
「普通にやったらね。だからドラゴンの魔力を流してみて欲しいのよ」
「……なんでまた?」
「反応が見たいのよ」
「……わかったわ」
ティルティに促されるまま、私はフェンリルの魔石に触れながら刻印紋に意識を集中させる。私の魔力を呼び水にして目覚めた刻印紋のドラゴンの魔力を身体に置き換えていき、それをフェンリルの魔石に流そうとする。
瞬間、フェンリルの魔石から雷が迸り、私の手が弾かれてしまった。まるでシャルネが起動させた時みたいな反応だ。
「いったっ」
「……やっぱりね」
「わかっててやらせたの!?」
「予想しただけよ。ほら、手を出しなさい。治してあげるわよ」
ティルティが私の手を取り、さっと治癒魔法を使って治してしまった。さして痛い訳ではなかったけれど、完全に痛みが取り払われた。
「……珍しいね、ティルティがそんな気軽に魔法を使うなんて」
「必要経費よ。それに面白い事もわかったもの」
「何がわかったの?」
私は立ち上がりながらティルティに問いかける。同じように立ち上がったティルティだけど、ヴェール越しでもティルティが笑っているのだろうな、というのが伝わってきた。
何故なら、ティルティが肩を震わせていたからだ。この反応をしている時のティルティは好奇心を刺激されている時だ。あまりよろしくない。
「――生きてるわ」
「は?」
「この魔石、生きてるのよ」
生きてる? 魔石が? ティルティの言葉に私は思わず眉を寄せてしまった。
「勿論、生物としては死んでるわ。そうね、ただ核としての機能は生きてるって意味よ」
「つまり?」
「この核はまだ〝生きよう〟としてる。謂わば休眠状態なのよ、そこに〝適応する魔力〟を流せば起きるわ。生きようとする為に、生かそうとする為にね」
「それって、どういう……?」
「この魔石はまだ核として生きてる、身体があった頃のように。適応する魔力の持ち主、自分を生み出した本体を、或いはそれに近しい者を本体だと誤認して守ろうとしているのよ」
ティルティに言われて、思わず思い出したのはアルくんだった。レイニの魔石を奪い、ヴァンパイア化したアルくん。
確か、あの時のアルくんはヴァンパイアの力が再生能力に偏っているような気がしたけれど……それは馴染んでないだけじゃなくて、魔石が適応する魔力の持ち主を生存させようとした結果だったら?
「そもそも魔石が生まれる環境というのは弱肉強食よ。生存の為に魔石が生まれる程の力を求める。そこに結びつくのは生きたいという本能よ。魔石の元が精霊だと言うのなら、魔石は精霊が〝その魔石を持つ生物が生きる為に最適化した力を振るえる〟ようになったものだと考えれば説明はつくわね」
「……私に魔力を流させた訳は?」
「ドラゴンの魔力は魔石が由来の魔力よ、そりゃ自分が〝塗り替えられてしまう〟かもしれない魔力なんて受け付ける訳ないじゃない」
やっぱり魔石同士の魔力は相性が悪いというか、生み出される経緯から考えても反発するのね。
「でも、私は色んな魔物の魔石を砕いて混ぜたりして作った魔薬を使ってたわよ?」
「それは貴方が薬という形で体内に摂取したからじゃないかしら? 体内で極小の生存競争が行われた結果、魔石を取り込んだのでしょう。魔薬を使うと気分が昂揚する副作用って、体内で起きた生存闘争による本能的な昂揚なんじゃないかしら?」
腕を組み、指を立てながらティルティは己の仮説を述べていく。
「体内に取り込まれた魔石は本能的に取り込んだ者の力になる。でも、取り込んだ魔石の性質は身体に必ずしも合致するものじゃない。だから適合しない魔石は自分に合わない魔力の保持者に取り込まれると、魔石としての機能を失う。その後、変質する前の精霊として回帰するか、或いは消滅してしまうんじゃないかしら? だから魔薬の効果は永続的ではないし、身体に魔石を定着させる刻印紋は人間が魔石を扱う上での正解なんでしょうね」
「……相性が良い魔石同士での魔力なら適合も有り得るって事?」
「えぇ。だから魔石持ちの魔物って一匹一種の奴が多いんじゃないのかしら? 類似した個体を取り込めば取り込む程、個体としての力が増していく。そう考えれば魔物が魔物を襲おうとする生態にもある意味、納得がいくわ」
ティルティの言う通り、魔石持ちの魔物は同一個体が複数出現する事はあまり無い。基本的に一匹一種であり、だからこそ魔石持ちと戦って勝利した者は魔石を討伐の証明として名誉の証としてきた。
それが生存本能によって形成された魔石が、更なる力を得る為の本能的な習性なのだとしたら魔石持ちの生態も納得が行く。
「つまり……適応する魔力を持っている人間は、魔石にとって〝新たな身体〟と見なされるって事?」
「そうね。でも、あくまで魔石の在り方は魔物の為の在り方であって、人が扱う為の在り方じゃない。だから精霊によって染められた魔力は喰らい尽くされるし、人が扱うように最適化されたものじゃないから簡単には扱えない。あぁ、本当に――まさしく〝呪い〟だわ!」
ヴェールの下に隠され、うっすらとしか見えない筈のティルティの表情は恍惚としたものに変わっているのがよくわかった。
そして、まるで恋をしているかのように彼女は喜悦を感じさせる声で高らかに叫んだ。
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