第31話:似たもの同士の腐れ縁
見落としていた魔石の問題に気付いた後もレイニとイリアと話をしたけれど、根本的に魔石の力が精霊の力を捕食する事で成立しているのでは、パレッティア王国での普及が難しいんじゃないかという結論に纏まりそうだった。
灯台下暗しというか、言われてみればそんなの当たり前よね、っていじけてたらイチャつくのに邪魔だから出て行けと、やんわりイリアに追い出された。私の扱いが酷い!
「ユフィ! イリアが酷いんだよ!」
「……一体どうしたんですか、アニス」
王城に上がっていたユフィが戻って来るなり、私はユフィに泣きついた。流石に今回の一件は堪えてしまった。
私からレイニ達と話した内容を伝えると、ユフィは苦笑を浮かべた。
「確かに精霊省がまた眉を顰めるようなお話ですね」
「うぅ、だから喧嘩売りたくて売ってる訳じゃないんだよ……」
「はいはい。よしよし」
私だってユフィが帰ってきたから、ユフィに甘えるもん! というか、切実にかなりショックで落ち込んでしまってる。致命的な失敗ではないけど、次々と浮き彫りになる問題に凄い疲労感が襲いかかって来る。
「ユフィ……」
「なんですか、アニス」
「……キスしたい」
「……弱ってますねぇ」
よしよし、と頭を撫でてからユフィが私の唇を啄むようにキスする。そのまま何度か啄む音を立てながらユフィがキスをしてくれて、私は甘えるようにユフィに身を委ねる。
キスの感触で頭がふやけていくような、ふわふわするような感覚に酔いしれていく。するとユフィが困った顔でキスを止めてしまった。
「……ユフィ、なんで止めるの?」
「食べちゃいますよ?」
「……いいよ、どうせ休みだもん」
私達が座っていたのはベッドの上だった。どうせ後は休日で寝るだけなんだし、食べるならお好きにどうぞ、って拗ねてるとユフィが苦笑したまま頭を撫でてくれる。
「本当に落ち込んでますね」
「……致命的な失敗だったら、もうどうにかする事を考えるしかないじゃない? でもさぁ、今回の失敗はそうじゃない。成果はあったんだ、ちゃんと色んな事がわかって、その上で難しいって話だからさ……やった事には意味があったけど、なんか無闇に疲れたっていうか、やる気を削がれたって言うかさ……」
ユフィの胸元に顔を埋めてうりうり押し付けていると、ユフィが寝かしつけるように膝枕の態勢に入った。
ユフィの指が私の髪を梳きながら頭を撫でる。その感触が心地良くて自然と瞼が下りて来る。
「ですが、そのおかげで人工魔石を作る際の注意点がわかった訳じゃないですか」
「……そう、だけどさ」
天然魔石の問題がわかったからこそ、人工魔石を加工する際の注意点がわかった。それは確かに大きい。今後の開発において何よりも価値がある情報だ。
「天然魔石の問題は、あれは精霊の魔力を糧にするから。でも、人工魔石はあくまで精霊石を魔法という形で加工して、魔法を刻み込むようなもの。天然魔石で起きた問題は発生しない……」
私が想定している人工魔石の使用用途は、精霊石に保存したい魔法を保存し、それを魔力を注ぎ込む事で起動して使うイメージだった。つまり従来の魔道具と運用そのものは変わらない。
ただ、行き過ぎれば人工魔石と言えども天然魔石のような状況になってしまう可能性が考えられる。先にリスクを知っておくのはとても大事だ。
「天然魔石を用いようとした実験がなければ気付けなかったかもしれません。それに天然魔石の利用方法も信仰の面を考えれば好ましく受けとって貰えない事は確かですが、選択肢はあっても良いじゃないですか。ガークは強く望んでいるのでしょう? 魔石による武器を」
「……うん。ガッくんは、魔法にあんまり拘ってないからさ」
ユフィの言う通りだと思う。選択肢は色々あって良いんだ、魔石が精霊信仰の観点から見て好ましくないものだとしても、それでも利用価値がある力だという事は間違いない。
むしろ帝国に渡さない技術としては切り札と言っても良い。仮に帝国に流出したのだとしても、運用する事が出来ない欠陥品だ。王国では使うのを躊躇う、忌避してしまうだけで運用が出来ない訳じゃない。
わかってる、頭ではわかってるんだ。でも気持ちはどんどん沈み込んでいく。
「アニスがショックを受ける事なんてないんですよ」
「……でも」
「……そもそも、どうしてそんなにショックを受けているのですか?」
ユフィに問いかけられて、私は自分の気持ちを確かめるように探っていく。
けれど考えが纏まらない。だから、つい思った事がそのまま口から出ていってしまう。
「魔石の力が有効活用出来たら……ガッくん達に強くなって貰えるって思ってたから」
「ガーク達の為に魔石を有効活用したかったのですか?」
「だって、守りたいんだ」
ユフィのお腹に額をくっつけるようにして、私は身を丸める。口から出てくるのは、私のどうしようもない願いだ。
「私、昔みたいに飛び出してたら皆に怒られるし、頭ではもう守られる立場なんだってわかってる。……でも、嫌なんだ。力があるのに守られてなきゃいけないのが。直接守る事が許されないのなら、私は何かを開発する事でしか皆の力になれないんじゃないかって」
私が内心を吐露しても、ユフィは何も言わずに頭を撫でてくれる。ユフィの手の感触に目を細めながら、私は思いを吐き出し続けてしまう。
「私、せめて傍にいる人は死んで欲しくないって……でも、私が思い付く事ってやっぱり、受け入れて貰うのには時間がかかるでしょ? だからもどかしいんだ。もどかしくて、苦しいんだ……」
「暗殺未遂の事をまだ気にしてたんですか」
「気にするよ。だって、誰かが死んだっておかしくなかったんだ。そうならないようにしようって言っても、起きる時は起きちゃう。人でも、魔物でも、命の危機はいつやってくるかわからない。だから、私は……――」
「――まったく、貴方は本当に馬鹿ですね。そんな事だろうと思いましたがっ」
「あいたぁっ!?」
突然、思いっきり額に手刀を落とされて、私はユフィの膝から転げ落ちた。更にはベッドからも落下して悶絶してしまう。なんでいきなりぶたれたの!? 額が割れそうなぐらいに痛いんだけど!?
「アニスの悪い癖ですよ、それ」
「い、痛い……く、癖? 何が?」
「思い込んだら周りの声が聞こえなくなる所です。それでも、まだ踏み止まろうとしている所を見れば、改善しようという現れなのでしょう。……ですが、良くしようとしているのが評価出来るからといって甘い顔をしてしまえば貴方は勘違いするでしょうね」
ユフィがベッドから降りて、膝をつくようにして私を見下ろす。額を押さえながらよろよろと起き上がると、膝をついたユフィと目線がほぼ同じになる。
「確かに魔石の性質を受け入れられない者達はこの国には多いでしょう。不要だと言う声も絶対上がります。人工魔石に転用出来る技術なのであれば、わざわざ天然魔石の研究まで続ける必要はない、そういう声は上がるでしょう。――でも、それだけじゃない可能性だってあるでしょう?」
「……それは、そうだけど」
「〝そうだけど〟を貴方は信用しなさすぎです。良いじゃないですか、それでも魔石の研究は続けたいって言っても。この研究はいずれ国の為になるって主張しても良いんです」
ユフィが私の頬に手を伸ばして、包み込むようにして撫でる。ユフィの言葉は私に言い聞かせるみたいで。その言葉が私を思っての言葉だとわかるから温かく感じてしまう。
「反対の声は大きくても、貴方の声を確かに聞く人がいます。貴方ばかりを優先出来ないのは女王として当然の話ですが、私個人としては貴方がやりたい事を応援します。なのに、貴方はその声からも耳を閉ざすつもりですか?」
「……それは」
「少なくともガークは、それでも望むと言ったのでしょう? 私も推奨とまでは行きませんが、今後必要になる技術だと言われれば頷きましょう。一考の価値がある、と」
「でも……」
「でもも何もありません。反対されるなら思いっきり反対されれば良いんです。賛成の意見がアニスだけなら私でも退けなければならないでしょう。でも、誰かが望むかもしれない可能性から目を背けて、受け入れられないんだろうって思い込んで塞ぎ込むつもりですか?」
ユフィの言葉に、私は思わず唇をキュッと引き結んでしまった。目の奧が熱を持って、涙を押し上げてくる。私は否定するように力なく首を左右に振る。
「貴方はちゃんとわかってます、もう昔とは違うんだと。もう反対されるばかりじゃないと。貴方の気持ちも、考えも、ちゃんと尊重したいと思う人がいます。だから恐れないでください。アニスだって、もう自分の考えや意見を押し通したいだけじゃないのでしょう?」
「……うん」
「なら、貴方の〝魔法〟を信じて。貴方が全てを救えなくても、貴方が救えない誰かを救う人が必ずいます。貴方の魔法は、そんな誰かの手を届かせる為のものでしょう?」
ユフィの言葉に私は目を閉じて、小さく頷く。そのままユフィの胸に飛び込むように抱きつく。
飛び込むように抱きついてもユフィは何も文句を言わない。ぽんぽんと一定のリズムで私の背中を撫で続けてくれる。その感触に零れた涙を誤魔化すように顔を押し付ける。
「……ユフィはすぐ私を甘やかすし、幸せにするからダメだと思う。私、ふやけて、蕩けて、消えちゃいそうだ」
「えぇ。だから馬鹿な事を言ったり、するなら怒ります。甘いだけじゃないんですから」
「……怒られちゃったね、私」
「当たり前です。もう貴方の願いも、命も、何もかも一人のものじゃないんですから。だから信じてあげてください、アニス。時代は変わりつつあるのです。それでも絶対に認められるとは言えませんが、頭ごなしには否定させませんから」
「うん……」
私はそのままユフィに身を委ねて、甘えるように目を閉じた。この温もりに溺れていたいと、そう願うままに。
* * *
ユフィにたっぷり慰められて、なんとか翌日には私も復帰した。魔石の問題は頭が痛い。あまり受け入れられるものではない事もわかってる。それでも、研究していく価値はある。この研究はパレッティア王国の為になる技術だと。
それを伝えていく努力を、そして魔石の性質をどうにか出来ないか調べる事が私に出来る事だ。そんな風に気合いを入れ直していると、離宮に珍客がやって来た。
「アニスフィア王姉殿下、お客様がお見えになっています」
「え? 客?」
「――アニス様! いるのでしょう! 話は聞かせて貰ったわよ!」
「ティルティ!?」
サロンでユフィ達とお喋りしていると、侍女が報告してきた客人の来訪。誰だろう? と首を傾げていると、制止しようとしている侍女達を振り切って現れたのは腐れ縁の友人、ティルティだった。
「ティルティ、なんで離宮に? 引きこもりの貴方がどういう風の吹き回し?」
「呼ばれたからよ! あぁ、ユフィリア女王陛下。ご機嫌麗しゅう」
「よく来てくれました、ティルティ」
「え? ユフィがティルティを呼んだの?」
ユフィが驚きもなく、普通にティルティを迎え入れているので首を傾げてしまう。いつティルティを呼んだんだろう? というか、侍女を振り切って入ってくるんじゃない。
ティルティを止めようとした侍女達に下がるように指示を出して、ティルティを席に座らせる。そのティルティの背後にはいつものメイドが影のように付き従っている。
「先程、ユフィリア女王陛下から報せを受けとりまして、その足で向かって来たのよ」
「せめて返事を出すなり、先触れをしてから来なさいよ!?」
「貴方に言われたくないわ! それよりも聞いたわよ! 魔石の研究を始めて行き詰まったんですって!? なんで私に話を持って来ないのよ!?」
ばん、と机を力強く叩くティルティ。すると、それで手を痛めたのか自分の手を抱えて呻いている。相変わらずの貧弱っぷりね……じゃなくて!
「ユフィ、ティルティに話したの?」
「えぇ。魔石に関して詳しいのはアニスやレイニを除けば彼女ですからね」
「……それはそうだけど」
基本的にやりたくない事は殺されてもやらないようなティルティだ。健康診断は引き受けて貰っているけれど、それはティルティの利益にもなっているから引き受けているだけだ。
でも、魔石の話題なら確かにティルティが食いつくか。これも盲点だった。まぁ、腐れ縁で友人だとは思ってるけれど、仲が良いかと言われると断定はしたくないというか……。
「話を持っていくも何も、普段引き籠もってるから顔も出て来なかったのよ」
「酷いわね、私と貴方の仲じゃない」
「機密が絡んでるんだから話す人は選ばなきゃいけない事ぐらいわかるでしょ!?」
「そんな事、言われなくてもわかってるわよ!?」
「逆ギレされた!? あぁ、これだからテンションが高いティルティは苦手なんだ! 人の話を聞かないんだから!」
「……アニスがそれを言うのですか?」
「似たもの同士ですよね……」
「ただの同族嫌悪です」
外野のユフィ、レイニ、イリア、うるさいよ!
「いいから私も混ぜなさいよ!」
「はぁ?」
私はティルティの口から飛び出た言葉にそんな声が出てしまった。いきなり来て何を言うのか。
「私も魔石の研究に混ぜなさいよ、アニス様!」
「二回も言わなくてもわかるわよ! 貴方も大概、唐突に無理を言うわね!?」
「ダメなの?」
「…………」
……悔しくも忌々しい事に、とても不本意だけど、魔石の研究は刻印紋の技術を確立する際に携わったティルティを招いた方が心強いと思ってしまう。
「……でも引き籠もりじゃない、貴方。私、今は王都にいるって訳じゃないのよ?」
「魔学都市に付いていけって言うなら行くわよ?」
「正気!? 熱でもあるの!?」
「失礼ね!?」
「ジメジメキノコ令嬢が何言ってるのよ!」
日光を浴びるのすら嫌がる貧弱が何を言い出すのか! いや、外に出ようとする事は良い事だけれどね!?
「良いんじゃないでしょうか? アニス」
「ユフィ、まさかそのつもりでティルティを呼んだの?」
「愛娘の事で頭を悩ませていると噂のクラーレット侯爵への貸しにもなりますし、何よりアニスの報告を受けて考えたのです。今、この国で一番魔石を求めているのはティルティのような者達だと」
「……え?」
「魔石は精霊によって染められた染色魔力を糧にします。なら、上手くこの原理を利用すればティルティの体質にも使えるのではないかと思いまして」
「……あぁっ!? そういう活用方法ね!」
ティルティは先天的に魔法を使おうとすると、魂の魔力バランスを崩して狂気に陥ってしまうという厄介な体質だ。パレッティア王国の貴族の中には少なからず、ティルティのような症状を抱えている者達がいる。
ティルティの場合は魔法を使うと過剰に精霊に魔力を持って行かれてしまうのが原因だ。だからティルティは魔法を呪いだと罵る程に忌み嫌っている。魔石を使う際の魔法が封じられるデメリットはティルティにとっては望む所でしかない。
転じて、魔石はティルティのような症状に悩まされる人達の希望になるかもしれない。そこまで考えてユフィはティルティを呼んでくれたのかもしれない。
「私自身、別に体質を治そうとは思ってないのだけどね。魔法を使えなくなるならそれはそれで構わないですし? 魔石の研究は面白そうと思ってるわ。ユフィリア女王陛下は私の知恵を借りたい、そして私を正式な立場につける事でお父様に恩を売りたい。私が正式に国の組織に加わるなら父上も手放しで歓迎するでしょうね?」
「引き籠もりの問題児だもんね……」
「ありがとう」
「褒めてないよ!?」
でも、魔石の研究だけじゃなくてもティルティが来てくれると助かるのは事実だ。彼女の知識は私とは分野が違う為、別視点で意見を貰いやすい。それにユフィやレイニの健康診断が出来る稀有な人材でもある。
ティルティとは根本的に思想が合わないけど、だからといって拒否感がある訳じゃない。むしろ手を取り合えると思える相手だ。一緒に研究が出来るなら、これほど心強い相手はいない。
「……というか、困ったなら私を呼びなさいよ。そんな面白そうな研究なんだから、私を呼べば良かったじゃない。一応、これでも貴方の数少ないだろう友人なんですから」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くティルティ。その頬が僅かに赤らんでいるのは、元々肌が病的に白いのでわかりやすい。
「……私、ティルティよりは絶対に友達多いからね?」
「う、うるさいわね! とにかく、手を貸してあげるって言ってるのよ! ほら、喜びなさいよ!」
「流石に不敬なんじゃないの!?」
互いにきゃんきゃん言い合いながら掴み合う。そんな紆余曲折もありながら、ティルティが魔巧局に合流する事が決まったのだった。
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