第30話:魔石の問題点
魔石は欠陥品である。魔石の起動に成功した私はその結論に至ってしまった。
いや、まったく使い道がない訳ではない。ない、けれども……頭が痛い。今後の計画が一気に崩れてしまうかもしれない。思わず頭を抱えてしまう私にガッくんが不思議そうに聞いてくる。
「そこまで気にする事っすか? アニス様」
「……するよ。あのね、魔石が厄介な点は〝魔法使いにしか使えない〟のに〝魔法使い〟にとっての最大の利点である魔法を潰すんだよ」
現時点の仮説で、魔石を使うのには身体強化、しかも魔石と適応する魔力じゃないといけない。
まず、この時点で平民がそのまま魔石を使う事は出来ない。平民には身体強化の前提となる内に宿す精霊の活性化を行う事が出来ないから。
そして魔石は身体強化で活性化して生まれた魔力、名前をつけるなら〝染色魔力〟と結びつく事で起動する。染色魔力を糧に魔石は力を発揮し、染色魔力を更に魔石特有の魔力に塗り替えてしまう。
「ここで問題が発生するの。魔石の効果を発揮し続けるには染色魔力を生成しなければならない。だけど魔力の保有量には限りがある。体内の染色魔力が増えてしまえば、通常の魔力……染色魔力に対して色のついていない素の状態の魔力の保有量が減ってしまう。ここまではいいね?」
「……な、なんとか」
「魔力を一色に染めちゃうと、しかも魔石特有の色に染めちゃうと途端に通常の精霊による魔法行使が難しくなる。つまり、精霊が寄ってこなくなる! 魔法使いにしか使えないのに、魔法使いの魔法を封じてくる! なんて厄介な素材なの、魔石!」
うがーっ! と私は頭を抱えて悲鳴を上げてしまった。魔石を王国占有の技術にしたかったって言うのに、魔石を使う為の前提にパレッティア王国の利点すらも潰してしまう。天然ものはこのままじゃダメだ! とてもじゃないけど利用出来ない!
「逆にガークのように魔法を主体としない者ならば、むしろ望ましい事かもしれませんが……魔法を封じるという点が、致命的にダメですね」
「そうか……? 魔石を使う為には必要な事なんだろ?」
「ガーク……」
ナヴルがガッくんの返答に頭が痛いと言わんばかりに額を押さえてしまった。私も同じ気持ちだった。
「……あのね、ガッくん。君、一応末席とは言え貴族なんだからさぁ……」
「へ?」
「まったくだぞ、ガーク。お前が身内ならば拳の一発でも入れてる所だ」
「なんで!?」
「なんで、だと? いいか、ガーク。貴族にとって魔法の腕前はステータスなんだぞ? 魔法が使えるという誉れがあってこそ、貴族は貴族たり得るんだ。確かにその恩恵を誤解して横暴に振る舞う者もいるが、王姉殿下や女王陛下が動いてくださったお陰で行き過ぎた特権意識は無くなりつつある。しかし、それはそれとしてだ。だからといって貴族にとって魔法の腕前が良縁な相手かどうかを計る為の指標である事には変わらないんだぞ?」
懇々と説教を始めたナヴルの気迫に押されて、ガッくんは見る見るうちに小さくなってしまった。自業自得なので止めない。
そう。だから魔石はダメなのだ。魔石は魔法使いにしか使えないのに、魔法を封じなければ得られない力だ。貴族からの評価ははっきり言って良くないと思う。これが致命的で、魔石を欠陥品と呼ぶしかない理由だ。
私の魔学の発表や、ユフィの即位によって精霊への神聖視も少しずつ薄れてはいる。でも魔法の腕前は精霊への神聖視が薄れても廃れない価値だ。結婚相手として優秀な魔法使いを囲い込みたい、というのはこれからも息づいていく価値観だろう。
魔石はそんな価値観に真っ向から喧嘩を売っている。強さの為に誇りを捨てるのか、と言われても仕方ない仕様だ。こんな扱いにくい素材だったんだ、天然魔石……。
「ま、待てよ! お、俺だって魔法の腕前が良縁に繋がるという話ならわかるぞ! でもよぉ、皆がそうだって訳じゃねぇだろ!」
「……むっ」
「俺みたいに魔法の腕に自信が無くて、結局持ってても宝の持ち腐れになってる事なんて珍しい例じゃないだろ。それだったらあのハルフィスだって少し前では落第生の扱いだったんだぞ?」
……ガッくんの言いたい事は、わかる。わかってしまう。それでも私は静かに首を左右に振る。
「ガッくん。それは真理で、間違いなく正しい事だよ。実際に国の問題として取り上げられてもおかしくない。だから必要としている者の手に渡るなら良いだろうって私も思う。でも、個人の立場では賛成しても、王族に連なる者としては頷けないんだ」
「……なんでですか」
「それが伝統を守る事にも繋がるからなんだよ。魔石を認めるって事は、下手をすれば魔法なんて無くて良いって事に繋がっちゃう。私だって良い物だから広めたいって気持ちはある。でも、それを広める事が面白くない人は絶対にいる。かつて魔道具がそうであったようにね?」
魔石の性質は嫌でも魔法使いである貴族の神経を刺激するだろう。元々、魔石の元となる魔物はパレッティア王国では不倶戴天の天敵だ。その力を自分達が良いように利用するならまだしも、その魔物を狩る為に己の誇りを捨てよ、と言ってしまうのは難しい話だ。
「それにだよ、ガッくん。今回はフェンリルの亜種の魔石という良質なものだったからここまでの力を出す事が出来たというのもあると思うんだよ。それに魔力の相性だって厳選される。そこまでして導入されるべきかと聞かれると、私は頷けない」
「……いや、まぁ、開発者のアニス様が言うならそうだとは思うんですけど。なんか変な空気にしちゃってすいません……」
「私も突っかかりすぎたな。……しかし、ガーク。お前はやはりもう少し貴族としての体面を保つ為にだな?」
「だーっ、わかりました、わかりましたから! 反省してますー!」
またナヴルの説教が炸裂しそうになった所で、ガッくんが両手で耳を塞いで聞こえない振りをし始めた。
二人のやりとりに苦笑していると、つい、と服の袖を引っ張られた。振り向けばシャルネだった。彼女は心配そうに私の顔を覗き込んでる。
「シャルネ?」
「あの……王姉殿下が落ち込んでるんじゃないかと、そう思ってしまって……」
「あぁ……。まぁ、今のままだと使えないって事がはっきりわかったから良いんじゃないかな。見ての通り、欠陥品だけど活かせない訳じゃない。何か方法だってあるのかもしれない。だから諦めた訳じゃないよ」
大丈夫と言うように私はシャルネの頭を撫でた。確かに落ち込んではいるけれどね、けれど、成功は成功だ。その上でわかった事がある。行き詰まってしまったけれども、こんなのよくある事だ。
「諦めなければ道は開ける。それに決してここで頑張った事は無駄にならない。だから大丈夫だよ」
「……はいっ!」
「そうですね。それに見方によっては、この技術が尚更帝国にとって不要の産物となった訳ですから」
「あぁ、うん。魔法使い以外は今の所使えないからね……」
身体強化の技術が前提にある以上、今の時点では魔法使いでなければ魔石は使い物にならない。つまり、どうあっても帝国には模倣が難しい技術になるしかない。
しかし、どうしたものかなぁ。このままだと魔石を用いた技術は魔法使いに忌み嫌われる技術となりかねない。折角、起動に成功したって言うのに。
トマスも難しい顔をしている。流石にトマスも魔石を素材として使うのは初めてだ。どう使ったものか、悩んでるんだろう。……その時、私の脳裏に閃きが過った。
「…………あっ、そうだ!」
「はい?」
「どうしました?」
「わからない事は専門家に聞けば良いんだ!」
* * *
次の日の休日、王都に戻る日となった。私は離宮に戻るなり目的の人物――レイニを探していた。
魔石の事がわからないなら、実際に魔石を持っている人に聞いて意見を貰えば良い。私自身、魔石に似た効果を発揮出来る魔刻印を刻んでいるけれど、魔石そのものではない訳で。なら、ここはヴァンパイアとして魔石を持つレイニに話を聞くべきだと考えた。
離宮に戻ってきて、真っ先にレイニについての確認を取る。侍女からレイニは自室で休んでいるとの事だったので、すぐさまレイニの部屋へと向かった。
「レイニ、今良いかしら?」
『――あ、アニス様!? ちょ、ちょっと待って……!』
ドアをノックすると、随分と切羽詰まったレイニの返事が戻ってきた。しかも、なんだか中が騒がしい。でも騒がしかったかと、思えばすぐに静かになった……。
あ、やば。なんかこれ、心当たりがある気がする。そんな私の予感は的中していた。レイニの私室には、頬を紅潮させたレイニと澄ました顔のイリアがいた。
「……もしかしなくとも、私ってお邪魔した?」
「えぇ、それはもう。なんとも間の悪い人だと思います」
「イリア様!」
「呼び捨てで良いと言ってるのに……直りませんね、レイニも」
するり、とまるで蛇のようにイリアの腕がレイニの腰を引き寄せ、絡め取るように抱き締めたレイニの耳元でイリアが囁く。すると火が付いたようにレイニが顔を真っ赤にして、けれど力が抜けてしまったのかイリアにされるがままになっている。
信じられないと言うような表情を浮かべ、涙目になりながら口をぱくぱくさせているレイニ。その姿になんだか共感と憐れみを抱いてしまったけれど、敢えて触れてやらない。触れられた方が心に来るというのは私もよくわかるから……!
「それで……レイニに用事があったんだけど……」
「はい! 是非とも! こんな人放っておいてお茶にしましょう! アニス様!」
「あら、酷い」
イリアの腕から抜け出し、ぷりぷりと怒りながらレイニがお茶の用意を始める。イリアは悪びれた様子もなく椅子に座ってしまった。私は苦笑しながらイリアに倣うように席についた。
「……それで? どうされたんですか、まず真っ先にレイニを訪ねて来るとは珍しい」
「んー。ちょっと魔石の研究で困った事があってね。レイニに意見を伺いたいと思って」
「魔石の研究で何かあったんですか?」
お茶の用意を進めながら、レイニが顔だけこちらに向けて問いかけて来る。
「ちょっとね。お茶の用意が出来てから詳しく説明するよ」
「わかりました」
レイニのお茶の用意が終わるまで待ってから、私はレイニとイリアに魔石の起動実験の結果と、その実験でわかった内容と問題点を伝えた。
私が話し終えた頃には私が飲んでいたお茶が無くなったので、レイニが淹れ直してくれている。お茶を淹れ終わったレイニが席について、自分の唇に指を当てた。
「成る程……お話はわかりました。魔石を使おうとするとそんな問題点が出てきてしまったんですね……」
「うん。今回の一件で魔石の調査が不十分だったなって痛感してさ。だから、まずはレイニから話を聞いてみようと思ったんだ」
「そうですか。何かお力になれればと思うのですが……」
「魔石の起動には、その属性に適合する魔力でなければダメで、その適合する魔力は身体強化が前提となる、ですか。……しかし、レイニの場合はどうなるのですか?」
「私の場合ですか?」
「はい。レイニは意識して魔石の力は使えていると思いますが、身体強化を使っている訳ではないのではないですか?」
イリアの指摘にレイニが悩ましげな表情を浮かべて唇に指を当てる。暫く唸った後、レイニが口を開く。
「言われてみればそうですけど、私の場合は既に魔石が体内にあって、魔力が最適化されてるんじゃないでしょうか」
「魔力が最適化されてる?」
「はい。えっと、魂の中にある精霊が周囲の精霊と共鳴する事で魔法になるってお話ですけど、私の中の精霊って多分、もう変質しきっちゃってるんじゃないかと思うんですよ」
「……成る程」
レイニは自分の胸元に手を添えながら言う。リュミ曰く、この世界の魂には多かれ少なかれ、精霊が宿っている。私のような例外を除けば。
レイニもヴァンパイア覚醒前に魔法を使う事が出来たという。それはつまり、レイニにも魂の中に精霊がいた筈。或いは宿っていた精霊がヴァンパイアの魔石で変質していた可能性もあるけど、それはもう検証する事は出来ない。
「ヴァンパイアが特殊な例かもしれないので、他の魔石に応用出来る話かと言われるとそうじゃないかもしれないんですけど……でも、アニス様の例もそういう意味では私と同じですよね?」
「私が?」
「はい。ドラゴンになれ、という呪いを受けてるからドラゴンの魔石を素材とした刻印紋と相性が良いって言ってましたよね? それが私のヴァンパイアの魔石の状態ととても似た状態だって」
「まぁ、そうなんだよね。でも、私はそもそも魂に精霊がないって言われる稀人らしいから、私も特殊な例なんだよねぇ」
「……今まで例外が周りにいすぎたせいで、まさか魔石がそんな厄介な代物だとは思わなかったというのが自然の成り行きに思えて来ましたね」
ぼそっと呟いたイリアの指摘に私とレイニは思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。
確かに言われてみれば、私、ユフィ、レイニは揃って異例の存在とも言える。よくもまぁ、こんな異例ばかりが離宮に集まったと感心する程だ。
「話は戻すけど、それだとレイニには無色である魔力はないって事?」
「いえ、そうではないと思います。多分、そうじゃないと魔道具が動かないので」
「うん?」
「魔道具って色んな精霊石を使ってますよね? でも、例えば火の精霊石に無理矢理、風属性の魔力って込められると思います?」
「……どうなんだろ、そもそも試した事ないや。イリアはどう思う?」
「出来たとして普通やりませんよね、そんな事。つまり日常的に無意識であれば、例え魔石が体内に存在しても、魔力はどの色にも染まってないんじゃないでしょうか?」
魔道具を動かしている精霊石の種類は様々な種類があるけれど、確かに言われてみれば異なった属性の魔力を入れてみる、なんて発想は思い付かなかった。する必要があるかと聞かれれば、する必要がない。興味自体はあるけれど。
とにかく、魔道具を動かせる以上、染色魔力ではない無色の魔力はヴァンパイアであるレイニの体内には存在している事の証明になる。実際、この仮説が正しいかどうかは実験してみないとわからない事だけど。
「じゃあ、染まってない無色の魔力があるとして話を進めるけれど、どの段階で色がつくと思う?」
「……魔法を使おう、って思ったらじゃないでしょうか? どうしても意識しないと魔法って使えないですし。それは魔石の力も、刻印紋の力も同じですよね?」
「……確かに。つまり、無意識であれば魔力は特定の色には染まらない……? だから魔石を意識しちゃうと魔石の魔力に引っ張られて、制御が上手くいかなくなる……?」
レイニの仮説はかなり当を得ている意見なんじゃないだろうか。魔法や魔石の力は使おうと思った意志に反応する。つまり魔力を意識してしまった段階で魔力の無色性は失われてしまう。
魔石の場合、この魔力を引っ張ろうとしてくる力がある為、意識が嫌でも魔石に向いてしまう。こうなると魔法を使おうとする魔力すらも魔石に引っ張られてしまってるのかもしれない。
この仮説が正しいのだとすれば、とても厄介な問題だ。魔石を使う、という段階で既に魔法を通常通りに使う事を諦めなければいけないからだ。
「……改めて言われれば当然の話かもしれませんね、それ」
「ん? なんでさ、イリア」
「魔石は精霊石の亜種ですが、魔物が精霊を捕食する事で魔石となるのですよね? 私達の魔法は精霊によるものですから、魔石を使おうとすれば精霊の力が捕食されてしまうのは当然の摂理なのでは?」
「……あぁっ!? 本当だ!?」
イリアの指摘に私は愕然としてしまった。そうだ、言われてみればそうじゃん! だから精霊が由来の魔法の力と、精霊を喰らう事で効果を発揮する魔石の力の関係性は、魔石側が優位なのか!
しかも、これって自分が提唱した説じゃん! なんで気付かないのさ、私!?
「……あれ? これ、詰んでない? いや、開き直れば有用なものなんだけど、絶対貴族には不評でしょ、魔石の仕組みって」
「アニスフィア様は本当、精霊信仰に喧嘩を売るのが好きですね……」
「売りたくて売ってる訳じゃないよ!?」
信心厚い訳じゃないけど、不信心って訳でもないんですけど!? それなりには精霊には感謝してるんだよ!?
そんな私の弁明にレイニは誤魔化すように曖昧に笑い、イリアに至っては鼻で笑ってくる始末。う、うぅ! ち、違うんだってばぁ!
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