第29話:そして、反省会
「王姉殿下……これって……?」
「成功、か……?」
未だにバチバチと音を鳴らしながら雷を纏っているシャルネ。自分の手を見下ろしたりしながら不安そうにこちらを見つめて来る。私の隣ではトマスが真剣な表情でシャルネを観察している。
「うん、成功だと思う。……やっぱり身体強化が前提になっちゃうのか」
「どういう事だ?」
「その説明の前に、まずシャルネ。その雷をどうにかしないとだね」
「は、はい! ……ど、どうすれば良いでしょうか?」
「身体強化を解除したら消えないかな?」
私に言われるままにシャルネが身体強化を解除しようとしているのだろう。ただ、シャルネの眉間に眉が寄っても雷は消えていくような気配がない。
「……ど、どうしましょう、王姉殿下。身体強化が解除出来ないです……あと、その、なんか魔力が……」
「魔力? 魔力がどうしたの?」
「なんだかずっと魔力を使ってるみたいで、ちょっと疲れてきました……」
シャルネの顔にどんどんと疲れが見え始めてる。もしかして、今の状態でいるとシャルネの魔力をどんどん消耗して行ってるって事?
シャルネは解除の仕方がわからないみたいで、どうしたら良いのか縋るように私を見つめている。
私の場合は、私の魔力の供給を止めれば身体強化は止まっていた。そう思って身体強化を解除させようとしたのだけど、シャルネは自分で身体強化を解除出来ないみたいだ。しかも魔力を消費し続けてる。
「……シャルネ、その状態で身体強化以外に魔法を使える? 魔力切れを狙えば止まるかもしれない」
「そ、それが……なんか、魔力の感覚もなんか変で、いつもみたいに制御が難しいんです……」
「わかった。シャルネ、これを持って」
魔法も上手く発動出来ないと。……これはちょっと不味いかもしれない、
私は鞘からセレスティアルを抜いてシャルネに持たせた。シャルネは突然、セレスティアルを手渡されて目を丸くした。
「あ、あの!? 王姉殿下、なぜセレスティアルを!?」
「マナ・ブレイドだったら壊れるかもしれないから。シャルネ、セレスティアルに魔力をそのまま込めて魔力刃を作ってみて。全部吐き出すようなイメージでね」
「は、はい」
シャルネの手に握られたセレスティアルが、シャルネの意志に応じるように魔力刃を生み出していく。私が見慣れた空色の刃ではなく、黄緑色の魔力刃が発生した。その刀身の色はまるでフェンリルの魔石のような色合いをしている。
そして更に注目したいのが、その刀身もシャルネと同じように雷を纏っている点だ。シャルネの魔力がそのまま魔力刃に反映されているんだろうと予測をつける。
「どう? 抑えられそう?」
「は、はい。全部セレスティアルに移すようにしたら楽になりました……」
セレスティアルの雷を纏った刃が存在感を増す程、シャルネが纏っていたフェンリルのオーラは消え去っていった。シャルネも楽になったのは本当なのか、少し脱力してしまっている。
さて、次の問題は形成してしまった雷の魔力刃だ。
「シャルネ、空に向かって魔力刃を解放してみて。それで収まる筈よ」
「空に向けて……こう、ですか?」
シャルネが私に言われるままに空を向けて、魔力刃を解放させた。
次の瞬間、雷鳴が鼓膜を震わせた。シャルネの解き放った魔力刃は、まるで雷が空に帰っていくように天へと昇っていき、雲を払ってしまった。
その鼓膜を震わせる程の音を放った衝撃の反動がシャルネに来てしまったらしい。彼女は弾かれたように尻餅をついてセレスティアルを手放してしまっている。
「シャルネ、大丈夫!?」
「っ……大丈夫です、ちょっと手首を痛めただけで……」
「手首? 動かしちゃ駄目よ、まずは安静にして。魔力は元に戻ったかしら?」
「あ、はい。もう奇妙な感触は無くなりました」
シャルネの返答を聞いて、私は思わず安堵の息が漏れた。
本当に何事も無くて良かった、とは思う。同時に、これでもしもシャルネに大きな怪我や後遺症が残ってしまったら、そんな想像が私の背筋に冷たいものを走らせた。
「……怪我をさせてごめんなさい、シャルネ。怖い思いもさせたでしょう? 私が急ぎすぎたわ」
「お、王姉殿下が謝る事じゃありませんよ! ほら、私は元気ですから!」
私が謝罪すると、シャルネがあわあわとしながら心配ないと言うように笑って見せる。そのシャルネの笑顔に救われるような気持ちになる。
シャルネの頭を撫でながら、ありがとう、と私はシャルネに伝えるのだった。
* * *
「何事かと思って戻ってきましたが、魔石の起動実験でしたか」
「驚かせて悪かったわ、ナヴル、ガッくん」
「いやいや。何事もなくて良かったですよ」
あれからシャルネの怪我の手当をしていると、雷の音を聞きつけたナヴルとガッくんが慌てて飛び込んできた。シャルネは大事を取って手首を固定し、動かさないように言いつけておいた。
話し合いの場はサロンに移り、ドラグス伯に報告書を届けに行っていたプリシラがお茶を淹れている。
そして、私達の目の前には再び封印を施されたフェンリルの魔石を収めた箱がある。それを全員で囲みながら話している格好だ。
「アニス様、説明して貰えるか? 何故、魔石を起動する事が出来た? ヒントは身体強化とは言っていたが……」
「まだ結論づけるのは早いけど……身体強化は、新しい定義における魔法には含まれない事は以前、ナヴル達には説明したよね? 身体強化とは魂に宿る精霊に働きかけて、身体能力を向上させるものだって」
「あぁ、あれですよね。属性ごとに強化の質ややり方が違うって話」
ぽん、と掌の上に拳を載せながらガッくんが相槌を入れる。私はガッくんに頷きながら話を続ける。
「そう。魔力とは魂から零れ出たもので、その魔力は魂に宿る精霊に影響を受ける。ここまではいいよね?」
「はい。それで、身体強化と魔石にどんな関係が?」
「思い出して欲しいんだけど、そもそも魔石というのは精霊石が変質した亜種で、精霊石でありながら別物に変質してしまっている。でも、魔石だって精霊を元にしてる以上、その元となった精霊と同じ精霊が集まっていく事になるわよね?」
「……では、今まで魔石が起動しなかったのは共鳴しない魔力だったから?」
「そういう事だと思う。身体強化はその性質上、自分に宿る精霊を活性化させる。精霊を捕食する魔石は、単純な魔力ではなくて精霊の魔力というもっと限定的なものを糧にして発動するんだと思う」
魔力は内なる精霊によって影響を受ける。でも、わざわざ精霊を呼び起こすような事をしなければ、自然な状態の魔力は〝精霊の色〟とでも言うべきものがとても薄いのだと思う。
だからこそ魔石は単に魔力を糧にしているのではなく、精霊の魔力を糧にしているんじゃないかという仮説だ。だから魔石を人が起動させるには活性化させた精霊の魔力が必要となるという訳だ。
「……魔石を起動した仕組みの仮説はわかった。だからシャルネにフェンリルのようなあんな雷の膜が浮かんだのか。あれが魔石の力なのか?」
「そうだけど、そうじゃないような気もする。多分、ここまで条件を揃える事でようやく〝魔石持ち〟と同じスタート地点に立つ事が出来るんだと思う」
「スタート地点?」
「えっと……魔石持ちにとっての自然な状態って言った方が良いかな? 身体強化は己の内にある精霊を活性化させる事で発動する。その活性化させた魔力を糧に魔石は起動する。でも〝起動した〟だけなんだ。シャルネが雷を纏ったのは、この魔石を持っていたフェンリルにとってはただの素の状態だと思う」
「実際、目にしていないので何とも掴みづらいですが……トマス。一体シャルネはどういう状態だったんだ?」
私の説明にナヴルが訝しげな表情を浮かべながらトマスに問いかける。
「全身にフェンリルのオーラを纏っているような……そんな感じでしたね。そのオーラが帯電していて、触れようとすれば弾くみたいな……」
「それ、アニス様と同じじゃね?」
「へ? 私?」
「アニス様が身体強化を使ってる時、似たようなオーラ出してるじゃないですか。ドラゴンみたいな形の」
両手の人差し指を立てて、ガッくんはそれを額に当てて角を摸している。あぁ、言われればそうなのかも……? オーラを纏っている事はなんとなく感じてたけど、周りから見てどんな感じになってるのかは鏡で見た訳でもないからわからなかったな。
「やっぱり私の仮説で合ってると思う。シャルネの身体強化が魔石を使えば私の刻印紋と同じような現象を起こすって事は、それと類似したものの筈だよ」
「凄いじゃないですか!」
「……そうとも言い切れなさそうかなぁ」
私は乾いた喉を潤すようにお茶を手に取って飲む。するとお茶の用意を終えて着席していたプリシラが不思議そうに首を傾げた。
「何か懸念が?」
「んー……シャルネ。フェンリルの魔石の力を纏ってる時、魔力が変になってるって言ってたよね?」
「あ、はい。なんだか上手く魔法が使えなくて……」
「そうなのか?」
「はい。最初は魔力切れを狙ったんですけど、いつもの感覚で魔法が使えなくなって……」
シャルネも不思議そうに首を傾げている。私はお茶を置いてから、プリシラに視線を向けた。
「プリシラ、悪いけど紙と書くものを持ってきて」
「はい」
プリシラは私の指示に手早く答える。少し間を置いてから、プリシラが持ってきた紙にさらさらと頭に浮かんでいる図を描いていく。
まずデフォルメっぽく書いたシャルネの顔と、同じくフェンリルっぽいデフォルメを描く。それを皆に見せるように高く持ち上げる。
「まだこれで確実とは言えないけど、シャルネの魔力と魔石の関係を図にしておこうと思う。まず、シャルネの魔力を十割とするわね」
「はい」
「身体強化の為、精霊を活性化させる為の魔力が一割を必要とするわ。これでシャルネの残存魔力は九割になるわね」
「減りましたね」
「そして魔石の起動の為に、身体強化の魔力を使うわ。でも、身体強化を止める訳にはいかないので、消費はもう一割増える」
図に十割を現すように丸を十個書いて、それを×印を付けながら消していく。そして消した数の分だけ、フェンリルの横に丸を付け加えていく。
「これでシャルネの残存魔力は八割。けれど、これでフェンリルの魔石が起動したわ。その影響は身体強化の魔力に更に反応して強力なものになる。だけど、この身体強化の維持の為にシャルネは更に魔力を持って行かれてしまう。この見立てを二割としましょうか」
「更に二割……」
「通常の身体強化が発動と持続する為に必要な魔力を十割の内、二割として。魔石を使っての起動の為に更に一割、維持の為に更にもう一割。単純な消費計算で倍になるわ」
「強力な分、デメリットがある? まぁ、それなら魔法を使うのと変わらないんじゃ?」
ガッくんの楽観的とも言える意見に私は首を左右に振ってしまう。そんな簡単な話だったら私だって説明に困ってない。
「加えて問題があるの。この魔石で変化してしまった魔力はシャルネの魔力ではあるけれど、シャルネ自身の魔力じゃないの」
「……魔石によって変質してしまった魔力という事ですね。あくまでシャルネの制御下にはあっても、シャルネ自身の魔力ではない」
「そう、だから魔石を使う以外の使い方でしか魔力を消費出来ないの。シャルネの魔力をA、フェンリルの魔石の魔力をBとするわね。Aの魔力はBの魔力に変化させる事は出来ても、Bの魔力をAの魔力として戻す事は出来ない。つまりシャルネが身体強化を発動させる為に使った魔力はもう、フェンリルの魔力として使用する以外に使い道がない」
「……そんな深刻な問題ですか、それ?」
ガッくんが腕を組みながら不思議そうに言う。その一方で渋い顔をしているのはナヴルだ。
「……これは、確かに厄介だ」
「そこまでか?」
「ガークは身体強化が中心で、魔法が添え物だからな。だが、私のように魔法も多用する騎士にとって、この魔石で変換した魔力は厄介だ。身体強化は発動の為に魔力こそ消費するものの、解除さえしてしまえば維持していた魔力は別の魔法に回せるだろう?」
「おう。まぁ、そうだな。……あぁ、そうか! それが出来なくなるから魔力が無駄になるのか!」
「更に問題がある。しかも、この魔力は体内に残留する。魔石の効果を受けた身体強化を維持している間は身体に二種類の魔力がある状態になる。つまり魔力が重なってるせいで精霊に働きかける機能が鈍るんだ。魔石は精霊の魔力を取り込む、という前提が事実ならだが……そうですよね? 王姉殿下」
「うん。それが私も深刻な問題だと思っている点だよ」
「あの奇妙な魔力の感覚は、そういう事だったんですか……」
シャルネが上手く魔法を使えなくなったのは、フェンリルの身体強化を維持する為の魔力を魔石が勝手に持っていってしまうからだ。そして魔力がシャルネの魔力ではなく、フェンリルの魔力になってしまう。
変化した魔力はシャルネの魔力ではあるので操作そのものは出来る。けれど、変質しきってしまった魔力はもう戻せない。外界の精霊と共鳴させて、精霊の形を変化させる筈の魔法が使えなくなってしまう。
(……今思えば、レイニもそういう事か)
レイニも最初は魔法が苦手だと言っていた。当時は未覚醒とは言え、魔石を体内に秘めていたからだろう。魔石の存在がノイズを生んでいたせいで、精霊との共鳴がし辛かった。
ヴァンパイアとして覚醒してからは、本人なりに制御の仕方を見出していた。曰く、共鳴ではなく言う事を聞かせるんだとか。つまり共鳴させる事で精霊を変化させるのではなく、精霊を支配する事で望む現象を引き出すという。
だから、実はレイニが使える魔法の幅は広い。上手く筋道を立てる事が出来れば、色んな魔法を自在に作れるのだ。ただ、そこは奥ゆかしいレイニなので日常に役立つ些細な魔法ばかりなのだけど。
後、レイニは魔力を失いすぎると吸血衝動に襲われるという欠点も持ち合わせている。レイニは便利な小技が使えるという認識で魔法を使っているので、派手な魔法を使うような機会はあまり見た事がない。
「……まぁ、あれね。ともあれ魔石の起動の仕方がわかって喜ばしいんだけどね?」
「……あぁ、なんとなくアニス様が言いたい事がわかるな」
「奇遇だね、トマス。私もトマスとなら認識が一致すると思うんだけど」
「じゃあ、声を揃えてみるか?」
微妙な顔で私達は視線を交わし合う。そして、互いに一つ頷いてから力強く言った。
「「欠陥品だ、これ!!」」
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