第24話:再び招かれる者
年始の投稿となりました更新をもちまして、改めましてあけましておめでとうございます。
今日から二部三章の投稿を始めて行きたいと思います。改めて今年もお付き合い頂ければ幸いです。
パレッティア王国とアーイレン帝国の同盟が締結した。
後にアーイレン帝国の当代皇帝、ルークハイム・ヴァン・アーイレンにはパレッティア王国王女、アニスフィア・ウィン・パレッティアから同盟の象徴として魔剣が贈られている。
王国と帝国を繋ぐ象徴として掲げられた魔剣。これから語られる物語は、かの魔剣が帝国に贈られる前まで時を遡る――。
* * *
アーイレン帝国のルークハイム皇帝との会談を終え、王都サーラテリアに戻ってきてから数日が経過した。
私はまだ離宮に留まり、今後のパレッティア王国の方針を話し合う会議などに出席していた。そんな会議も一段落した頃、私は離宮にある客を招いていた。
「――よく来たね、待っていたよ……!」
「……何やってんだ? アニス様。というか、なんで部屋が暗いんだよ……」
「雰囲気を出そうと思って!」
部屋はカーテンで閉めきってるからね。そこにわざわざ蝋燭を妖しく揺らめかせてたんだけど、どうにも客人――トマスには受けが悪かったようだった。
同席しているユフィも黙って見逃してくれてたけど、どうにも呆れた様子だった。トマスの反応を見たレイニとイリアが部屋を暗くしていたカーテンを開いて、蝋燭を片付け始めた。
「……こんな茶番を見せられる為に呼ばれたのか?」
「ちょっとした冗談だよ! それにしても久しぶりだね、トマス。元気にしてた?」
トマスと会うのは本当に久しぶりだ。私が本格的に政に関わるようになってから顔を合わせる機会もめっきり減った。精々、セレスティアルの調子を確かめる時に会いに行く程度だ。
トマスもトマスで多忙なので、お互いゆっくり話す機会もなかった。久しぶりの再会になったけど、トマスは特に変わりがないようだった。強いて言うなら服も上等な物を着て、身だしなみを整えている事が大きな違いだろうか。
「お陰様で元気にやらせて貰ってる……いや、貰ってます。ユフィリア女王陛下もご無沙汰しております」
「楽にしてください、トマス。ここは王城の敷地内ではありますが、離宮はアニスの庭です。この場でアニスの客人に礼儀を弁えろ、などと言うつもりはありません」
「そう言って頂けるのは助かりますがね……」
「まぁまぁ、いいから座ってよ」
どこか困ったように頬を掻くトマスに着席を促す。まだ緊張が抜け切れてないトマスが席についたのを確認して、私も姿勢を正す。
「トマスを呼んだのは、トマスに頼みたい事があったからなんだ」
「頼みたい事?」
「うん。トマス、もう一度私の専属の鍛冶師として仕えてくれないかな?」
「……それはまた、急な話だな」
渋い表情を浮かべながらトマスが返事をする。元々、トマスはユフィが即位する前から相談役として王城に招かれていた。結局、暫くしてから自分のやるべき事は全部やったと言って城下町の工房に戻ってしまった訳なんだけど。
それからは個人的な依頼をする事はあっても、こうした専属の鍛冶師としてもう一度仕えて欲しいという話をトマスにはしてこなかった。状況が変わったのは帝国との一件があったからだ。だから、もう一度トマスに力を貸して欲しいと考えて彼を呼び出した。
「今回の話はトマスに受けて欲しいと思ってるけど、正直トマスの未来に大きく影響するから無理強いはしない。その上で話をしたいと思ってる」
「……それほど大きい話なのか?」
「うん。実はね、私、帝国に暗殺されかかったんだけど」
「はぁ!?」
トマスが驚いた表情で私を見る。私が帝国の暗殺者によって暗殺されそうになった事実は世間的には広められていない。良くも悪くも、今の私の影響力は大きいからだ。未遂で済んだとはいえ、私に暗殺未遂が起きた事は大きな影響を与えてしまう。
私が暗殺者を差し向けられた事実を知る者は近衛騎士団と王城の者達とごく限られている。後は連絡の必要があったドラグス伯。事実を知る人達にはユフィの命令で箝口令が敷かれているので、情報が広がる可能性は低い。絶対とは言えないけれども。
「勿論、暗殺者は退けたよ。でも帝国との関係を見直さなきゃいけなくなってね、アーイレン帝国のルークハイム皇帝と会談をしてきたんだよ」
「……おい、それは俺が聞いて良い話なんだろうな?」
「どの道、後で公表する事だから。結果としては穏便に終わったよ。ルークハイム皇帝はパレッティア王国と歩み寄る姿勢を見せた。皇帝自身はパレッティア王国と事を構えるつもりがなかったみたいでね……」
それからトマスに説明したのは、パレッティア王国とアーイレン帝国で新たに結ばれた条約についてだ。
アーイレン帝国がパレッティア王国を同盟国として認め、侵略をせず、逆に有事の際には防衛の為の戦力を貸してくれる事。
その見返りとしてパレッティア王国は魔学の教育を行う為の留学生の受け入れと技術の伝授を行う事を説明する。
「そして、その同盟を結んだ証として皇帝の為に魔剣を打つ事が決まったんだけど、これをトマスに打って欲しい」
「………………成る程」
色々と文句を言いたげな顔をしたトマスだったけど、すぐに文句を呑み込むように溜息を吐いてから相槌を返してきた。
「……大手の工房とかに頼むのとかじゃダメなのか? 今だったら魔剣の製作は俺じゃなくても腕の良い職人ならいるだろ?」
「皇帝の魔剣を打つ〝だけ〟ならね。でも、私に仕えて欲しいというのは、もっと踏み込んだ話なんだ」
「……つまり?」
「帝国には近い内、魔道具の製作技術が持ち込まれる事になる。これは万が一の話だし、すぐに数が揃えられるなんて事はないと思うから杞憂だと思うんだけど……」
「……おいおい、まさか魔道具が戦争の武器として使われる可能性があるって事か?」
「万が一の話だよ。ルークハイム皇帝が健在の内は戦争になる可能性は低いと思う。だけどルークハイム皇帝が突然、崩御する事もあり得なくは無い」
戦争に魔道具が使われるかもしれない、と聞いてトマスの片眉が上がったのが見えた。そんなトマスの仕草に気付きつつも、気付かない振りをしながら私は言葉を続ける。
「ないとは信じたい。だけど、起きるかもしれない可能性に目を背ける事は出来ない。その備えの為にトマスの力を貸して欲しいと思ってる」
「……何度も言うが、俺はたかだか町工房の鍛冶師だぞ? 確かにアニス様と付き合いが長い分、魔学に触れてきた期間は長いが……」
「そうですね。トマス、今回の件は詳しい内容を話せばもう後戻りが出来ません。その前に私から話をさせて頂いても良いですか?」
渋るトマスに対して、話の流れを変えるようにユフィが声をかける。トマスはユフィに声をかけられた事で背筋が伸びて、緊張した顔つきになる。
「貴方への依頼の詳しい内容は了承を頂くまで話せませんが、もしお受けして頂いた場合の報酬について説明させてください」
「報酬……ですか?」
「はい。現在、孤児や貴族の庶子を集めて魔法適性の検査などを行っている事はトマスもご存知ですよね?」
「あぁ……いえ、はい。何でも人手を集める為の政策だとは耳にした事はありますが」
「えぇ。魔学が公開されてからというもの、パレッティア王国は変革の時を迎えています。しかし、この変革を支える人材はどこも不足しています。その為の魔法適性の検査を孤児や貴族の庶子に受けて貰い、将来に向けて人材を確保、育成しようというのが目的です」
トマスが話に付いて来られているか確認するようにユフィが一息を置く。ユフィの意図を察したのか、トマスも理解しているというように頷く。
「今後の話ではあるのですが、適性が見出された子達は貴族が養子として引き取ったり、後見人となる事で適当な職を斡旋する予定となっています。場合によっては特別に貴族の地位を授ける事まで視野に入れています。近い前例で言えば、冒険者が偉業を成し遂げた事で報賞として貴族の地位を賜る制度があります。これに近い制度となる予定ですね」
「はぁ……それが俺の話とどう関わると?」
「トマスは長い事、アニスの専属の職人として務めて来ました。その結果、マナ・ブレイドを始めとした多くの魔道具の発明に貢献しています。もし、トマスがアニスの提案を受けて再び専属の相談役となってくれるのであれば、トマスが望むならば貴族の地位も用意しています」
「……はぁ!? お、俺が、き、貴族にですか!?」
ユフィの提案があまりにも予想外だったのか、トマスが腰を浮かして目を見開いた。
そんなトマスを落ち着かせるようにユフィが手を軽く上げてみせる。
「望めば、です。ですが、この話を受ける、受けないに関係なくトマスにはその話が行っていたと思いますが……」
「……そう、ですか」
自分が貴族になる打診が来るかもしれないと知って、どう返答したものかと困り果てたようにトマスが小さく呟く。
「もしもの話ですが、トマスが再びアニスの専属になってくれるのであれば、貴族になる事を了承して頂いた方が面倒が少ないのです。それに貴族といっても必ずしも領地を授かる訳ではありません。あくまでその技術や貢献した事柄に対して報奨という事で貴族と同等の名誉を授ける、と受けとって貰った方がわかりやすいかもしれませんね」
「貴族と同等の名誉……」
「はい。ですので社交会などには招待される機会があるかと思います。基本的に一代限りの爵位となる予定で、領地の代わりに国から助成金などの報奨を出すという話で進んではいます。勿論、希望によって報奨の内容も変わりますので要相談ではありますが」
そう、今考えられている新しい政策で生まれるだろう貴族達は、言ってしまえば実際の貴族ではなく〝名誉貴族〟と言えばわかりやすいかもしれない。
貴族と同等の名誉はあるけれど、基本的に爵位は一代限りで、子供が出来てもその爵位を受け継げる訳ではない。
そして貴族として治める領地が貰える訳でもない。勿論、国から爵位に応じた金額を振り込むのが妥当なんじゃないかと、今の段階ではそういった話で進んでる。
ユフィから話を聞いたトマスは悩ましそうな表情をして膝の上で拳を強く握っているようだった。
「……俺は、たまたまアニス様と縁があっただけだ。腕に自信がないのか、と言われると鍛冶師としては頷く訳にはいかない。だが、俺個人に地位だとか言われても、その、正直困る、いえ、困ります」
「楽に話してください、トマス。私は構いません」
「……すいません。その、俺はこんな話を聞かされてもどうして良いかわからない庶民だ。いきなりそんな事を言われてもな……」
「この話、相談役を引き受けて貰った時にも似たような話した覚えがあるんだけど……」
「……俺がやれる事はやり終えたと思ったんだよ」
「それは否定しないけど、状況が変わったんだよ。……ダメかな? トマス。出来る限りトマスの希望を叶えたいと思ってる。またトマスの力を貸して欲しいんだ」
私はトマスを真っ直ぐに見つめて問いかける。私の視線を受けてトマスがこれでもかと眉を寄せた。そのままギュッと目を瞑り、身を縮めるように腕を組んで葛藤している。
トマスが沈黙した事で部屋が静かになっていく。沈黙を終わらせたのは、諦めたように溜息を吐いたトマスだった。
「……わかったよ。俺は何をすれば良い?」
「トマス!」
「まったく、アニス様の頼みを断れた試しがねぇな……」
ガリガリと頭を掻きながらトマスがそっぽ向きながらそう言った。私はトマスが応じてくれた事に胸を撫で下ろす思いでいっぱいだった。
「良かった、トマスが引き受けてくれなかったらどうしようと思ってたよ」
「……もう良い。引き受けるって決めたからな、他の鍛冶師の方が良かったんじゃないかとかは言わん。それで? 本題はここからなんだろ?」
「うん、それじゃあ本題だね。さっきも言った通り、帝国には魔道具の技術が流出していく事になる。帝国が魔道具を戦争の武器にする可能性は低いと思うけれど、ないとは言い切れない。だから備えとして、こっちも新しい技術の開発を行いたいと私は考えたんだ」
「……新しい技術?」
「既存の技術と言えばそうでもあるんだけど、まだ未開拓だからね。私も活用法を模索するのは後回しにしてたし」
ふぅ、と一息を吐いてから私は自分の考えを口にした。
「パレッティア王国には一つ、活用されていない大きな資源がある。それを用いた武器や道具の開発……それが私がトマスの力を借りて成し遂げたい事だよ」
「活用されてない資源……?」
怪訝そうな顔を浮かべたトマスが聞き返してくる。私は頷いてからトマスにこう返答した。
「――〝魔石〟。私以外には活用法をあまり見出されていないものだよ」
「ッ……!? ……マジかよ。いいや、遂にと言った方が良いか……」
呆れたように溜息を吐いて、苦笑を浮かべているトマスに私は満面の笑みを浮かべて返す。
「うん。魔学省のおかげで精霊石の研究も進んでるしね、これを機に私が主導で研究していくつもり。トマスにはその助手になってもらうよ」
「……はぁ。受けると言った以上は力の限りやらせてもらうよ」
「ありがとう。それでなんだけど、私の専属になる以上はトマスには今までの功績も踏まえて貴族になって貰った方が良いんだよね。それでなんだけど、領地なんてトマスはいらないでしょ?」
「まぁ……貰っても困るな」
「うん。だからね、魔学都市にトマスの新しい工房を用意しようと思うんだけど、どうかな?」
「……という事は、俺の工房を閉めるって事か?」
「どうしても私の今の拠点が魔学都市になるし、今後も研究や開発は魔学都市で行う事が増えると思う。だからどの道、私にも必要になるから工房は建てなきゃいけない。今の工房は、トマスが望むならトマスが不在の間に管理する人をこっちで雇うけど」
「……暫くは頼めるか? まだあの工房を手放す気には……なれない」
トマスは少しだけ考え込むような表情を浮かべて、そっと目を閉じながら言う。
ガナ工房はトマスが今は亡き両親から受け継いだものだ。私としても新しく工房を用意するから手放せとは言えない。この点はトマスの希望を叶えるつもりでいた。
「勿論だよ、私が無理を言って頼んでるようなものだからね。……そういう訳で、改めてよろしくね、トマス」
「あぁ。また、よろしく頼む。アニス様」
私は席を立ち、トマスの前まで行って握手を求めるように手を差し出した。トマスも席を立って、私と握手を交わしてくれた。
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