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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第2章:狙われた王姉殿下
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第19話:大事にして欲しいこと

 財布を絞り尽くしてやるとは言ったけども、私はそんなにお酒に強くない。正体を無くすほど飲む訳もいかなかったし、離宮にも自分の足で帰らないといけない。

 程々の所で切り上げて、どこかホッとしながらも寂しげに財布を眺めていたファルガーナと別れた私とプリシラは離宮に戻ってきた。入り口に入ろうとした所で、プリシラが私を呼び止めた。


「……王姉殿下」

「ん?」

「……改めて申し訳ありませんでした。それと、ありがとうございます」

「改まってどうしたの?」

「いえ……伝えられる時に伝えた方が良いかと思いまして」

「そっか」


 プリシラとの距離はお酒を飲み交わす前よりも縮まった気がする。だからこそ、この状況になってしまった事がやっぱり惜しい。

 やるせない思いを抱えながら離宮へと入る。すると真っ先に私の下へと駆け寄ってきたのはレイニだった。


「何してるんですか! アニス様の馬鹿ァッ!」

「ごふぅっ!?」


 駆け寄る処か全力疾走だった! そのままレイニが私の鳩尾に思いっきり抱きついて来て、衝撃をモロに受ける。うげぇ、胃が引っ繰り返りそう……!

 そのまま蹲りそうになった所をレイニに襟首を持ち上げられて締め上げられる。心なしか、レイニの真紅の瞳が爛々と輝いているように見えるのは私の気のせいか。


「自分が襲われた非常事態だって言うのに、お忍びで出かけるとか馬鹿なんですか!?」

「うぇ……ちょ、レイニ……しまってる……!」

「しかもお酒臭っ! お酒飲んできたんですか!? 本当に何考えてるんですか!? 馬鹿ですか!? 馬鹿ですね!? 馬鹿なんですね!?」

「待って! 吐く! 吐くから!」


 がくがくと前後に揺さぶられて私は思わず叫んだ。流石にこんなに揺さぶられたら吐いちゃう!

 私が吐くまで秒読み寸前になった所でレイニを止めてくれたのはイリアだった。そのイリアの視線も冷え切ったものだったけど……。


「レイニ、落ち着きましょう。この馬鹿……ごほん、アニスフィア様が奇想天外な事をするのはいつもの事でしょう」

「でも!」

「後の事はユフィリア様に任せれば良いのです。――という訳で、ユフィリア様がお呼びですよ。戻り次第、顔を出すようにと。私室でお待ちです」

「…………はい」


 レイニがこの調子って事は、ユフィはもっと怒ってそうかな……。

 ふと、心配そうというか、どこか申し訳なさそうな気配を出しているプリシラに笑みを向けて、私はその肩を叩いた。


「付き合ってくれてありがと、プリシラ。冒険者ギルドで情報を聞きたかったから助かったよ」

「……はい」


 一瞬、どうして、と言うような顔を浮かべたプリシラだったけど、私を誘ったのがプリシラだと今ここで言うのはまだ不味い。だから私が連れ出した、という体で誤魔化そうという意図にはすぐ気付いてくれたのだろう。

 さて、とりあえずユフィと会わないと。その前に私はイリアとレイニに視線を向ける。


「ごめん、お水貰うのと着替えを先にしていいかな……」



 * * *



「ユフィ、私だよ」


 水を貰って、お忍び用の格好から普段の私服に着替えた私はそのままユフィの私室へと向かった。深呼吸をして息を整えてからノックをして、声をかける。


「――どうぞ」


 ユフィの返事が聞こえたので、私はドアを開く。そのまま中に入ると椅子に腰かけていたユフィが見えた。

 後ろ手にドアを閉めた所でユフィの視線が私へと向く。流し目で私を見つめるユフィは何も言わず、とんとん、と指で机を叩き、顎で向かい側の席を指し示した。


(滅茶苦茶怒ってる……!)


 これはアレだよ、無言で座れって事だよ……。

 私は逆らわずにユフィの向かい側の席へと腰かける。私が席についた所で、ユフィは足と腕を組んで、ジッと私を見た。


「――それで? 何か仰りたい事は?」

「ご、ごめんなさい……」


 ユフィの威圧感が凄い。思わず肩身を縮めてしまいながら、私はまず真っ先に謝罪の言葉を口にした。

 するとユフィの目が細められた。その口元が孤を描いて微笑を浮かべる。けれど視線は冷たいまま。完全に圧力をかけられている……!


「ふふ……お義姉様ったら、何を謝っているのでしょうか? 私には何の事やら、どうにも察せられませんね」


 ……不味い。ユフィが私を姉って呼ぶ時は本気で怒ってるの合図だ。いや、確かに今回は迂闊と思われても仕方ないんだけど、どうしても必要な事だったと思うというか、結果的にではあるけどなんとか上手く行くようにしたいというか……。


「お義姉様?」

「い、命を狙われた後、すぐにお忍びで出かけてごめんなさい……」

「…………はぁ」


 なんとか謝罪の言葉を口にすると、ユフィが微笑を消して、心底呆れたような溜息を吐く。


「……人がどれだけ心配したか、わかっていますか?」

「……はい」

「必要な事だったのかもしれませんが、迂闊に過ぎます。……それで、何があったのですか?」

「うっ」


 何を調べに、とかじゃなくて、何があったかと聞いてくるのか。多分、ユフィも私が何かがあったから外に出なきゃいけなかったと察してるって事か。

 プリシラの事は話さなきゃって思ってるけど、ちょっとお酒もまだ残ってるし、一度私も時間を置いて整理したい。


「……アニス?」

「何かは、あった。冒険者ギルドで確認したい事が出来たから。でも、内容を話すのは……どう話せば良いのか、まだちょっと纏められない」

「……成る程。お酒も飲んでいたようですしね」


 ジロ、と細めた目でユフィが睨んできたので、また私は縮んでしまう。

 暫く私を睨んでいたユフィだったけど、溜息を吐いて視線を逸らした。


「取り調べが始まったばかりですが、襲撃者達が吐きました。彼等はアニスの推測の通りアーイレン帝国の者達だったようですね」

「……そっか」

「アニスは既に予想していたと聞いています。冒険者ギルドにはそちらの用件で?」

「……結果的にそうなった、かな。明日には話す、で良いかな? 時間が欲しい」

「わかりました。それとアニス、暫く離宮に留まってください。魔学都市については状況が落ち着くまでシアン伯爵に任せます。まずは今回の襲撃者の一件を終わらせます。良いですね?」

「それについては勿論だよ」


 命を狙われたばかりだ、またすぐに次の襲撃があるとは思えないけど警戒しておく事に越した事は無い。


「……では、ここからはプライベートの話ですね」

「あ、あれ?」


 お説教が終わりそうな気配だったのに、さっきよりもユフィが険しい表情で私を睨んでくるんだけど……。


「お忍びをしてまで飲むお酒は美味しかったですか?」

「…………あ、あの、それは、お付き合いで、どうしても必要で」

「今日は休日でした。夜は一緒にいられる日です、何事も無ければでしたが」

「は、はい……」

「……私とて人並みに嫉妬しますよ? アニス」


 ゆっくりと席を立ったユフィが私の眼前まで来る。顎に手を添えられて、至近距離から瞳を覗き込まれる。

 すん、と鼻を鳴らしてユフィが匂いを嗅ぐ。一瞬、目を細めたかと思えば顔を固定されて口付け、というか唇を甘噛みされた。


「……私を放ってお酒を飲みにフラフラ出歩くなんて、なんて酷い人だと思いませんか? アニス」

「いや、あの、ユフィ……こ、これはには如何ともし難い深い事情が……!」

「暫く離宮にいるのですから……良いですよね?」


 目だけ笑ってない笑顔で言い放ったユフィの笑みは、どこからどう見ても肉食獣の笑みとしか思えなかった。



 * * *  



「……全身怠い……頭がガンガンする……」


 翌日、私が動けるようになったのはお昼頃になってからだ。ユフィはいつもの時間に起きて登城していったけど、私は魔力枯渇と二日酔いの影響で起き上がれなかった。

 何とか倦怠感の残る身体を引き摺りながら、空腹を訴えるお腹を満たす為に食堂へと足を運ぶ。この際、残り物でもいいからお腹に入れたい。身体が不足した栄養を求めて、さっきから空腹の音を鳴らしている。


「……アニスフィア様?」


 食堂へと足を踏み入れると、偶然食堂にいたイリアが私を見つけて目を丸くした。私が壁に手をついてよろよろと力なく歩いていたものだから、すぐさまイリアが駆け寄ってきて手を貸してくれる。


「おはよう、イリア……ごめん、お腹ペコペコ……」

「言って下さればお部屋まで運びましたのに」

「……あの部屋にいたら逆に落ち着けないから」

「は?」


 部屋に残ってたら昨夜の事を思い出してしまって、逆に落ち着けない。怒らせた私が悪いんだけど、昨日のユフィは容赦がなかった。途中から半分、私も魔力不足で意識が朦朧としてたし……。

 蘇りそうになった記憶を左右に首を振って消し去る。なるべく今後は怒らせないようにしよう、と身震いをしているとイリアが溜息交じりに私を席まで引っ張って、椅子に座らせてくれた。


「軽食をご用意しますから、少々お待ちを」

「ごめん、助かるよ」


 イリアが厨房へと向かっていくのを見送って、私はテーブルに突っ伏して項垂れる。

 眠気はないけれども、動きたくはない。そのまま机に突っ伏しながら丸くなっていると鼻を擽る良い匂いがしてきた。イリアがトレイに載せて運んできたのはスープとパンだ。


「どうぞ」

「ありがと……」


 身体を起こしてから、食前の祈りを捧げて私はパンを千切って口に運んだ。今日の朝に用意したものの残りだろうか。それでも柔らかいパンを噛めば仄かに甘さが口の中に広がる。

 スープを飲めばほっと一息を吐いてしまう。具材の野菜の甘みが疲れた身体に優しい。そのままパンを一口サイズに千切って、スープに浸して食べる。


「昨晩は随分と絞られたようですね?」

「……うるさい」

「自業自得です」


 からかうように声をかけてくるイリアに眉を寄せながら、私はパンを噛み千切る。その度に怠いだけの身体に活力が戻って来るような気がした。


「……プリシラと何がありました?」

「んぐっ」


 思わずパンを喉に引っかけそうになってしまった。慌ててスープでパンを流し込む。


「……やっぱり気付く?」

「えぇ、なんとなくですが」


 私も正直、誤魔化しきれないなとは思ってたけど。だから今夜にはちゃんと全部話すつもりだった訳だし。


「プリシラの様子も少しおかしかったですし……少々身に覚えがありましたから」

「……そのプリシラは?」

「シャルネの看病をしていますよ。シャルネは目を覚まして、もう元気なのですが。一応念のためという事で」

「そっか……」


 プリシラの事を思うと、私は自然と溜息を吐いてしまう。どうプリシラと接していれば良かったのか、今後プリシラとどう向き合っていけば良いのか。

 流石に私の一存だけでプリシラを許してあげる訳にもいかないしなぁ。これで私が無関係なら、とも思うんだけど。


「……相変わらずですね」

「? 何が?」

「他人の為に必死に頭を捻っているのが、ですよ」

「……そうかなぁ」

「そうですよ。ただ、アニスフィア様のお節介は必要な相手にしか向けられませんが」

「そんなお人好しのつもりはないけど」

「お人好しですよ。ただ、誰にでもその優しさを向ける必要はないとわかっているだけで」


 いつの間にかイリアが紅茶の用意を始めていた。それを横目で眺めつつ、パンとスープを食べ終わって一息を吐く。私の食事が終わった頃にはイリアの紅茶の用意も終わっていて、私に差し出された。


「……もし、そうだとするなら。今回、私は手を差し伸べるのが遅かったんだろうなぁ」

「遅かった、ですか」

「うん。手を差し伸べるのが遅かった。どうしようもなかったと言えばそうなんだけど……もっと出来る事があったんじゃないかって考えちゃうんだ」

「それは……仕方ない事でしょう」

「仕方ない?」


 イリアは何もおかしな事ではない、と言うように私に返してきた。それがあまりにも意外で、私は目を瞬かせながらイリアを見てしまう。


「いつだってアニスフィア様が手を差し伸べるのは、自分ではどうしようもならなくなった相手だけです。私やユフィリア様、レイニのように。だから貴方が直接手を差し伸べるのは、本当の本当にどうしようもなくなってからなんですよ。だから気にせず、助けたいなら助けようと手を差し伸べれば良いのです」

「……どうしようもならなくなってから、か。その前に助けたかったと思うのは、傲慢なのかな?」

「それは欲深いと言うのです。それに貴方は誰かに救われる前に自分で生きていけるように、その手段をいつだって示しています。誰もが直接、誰かに助けを求めずに生きていけるように。だから貴方はいつだって出来る事を頑張っていますよ。それに、一つアニスフィア様には抜けている点があります」

「抜けてる点?」

「貴方がそうやって誰かの為に手を差し伸べなくていいように私達がいるのです。だから頼って下さい。貴方一人だけで全てが救える訳なんてないんですから」


 イリアの言葉に、私は思わずカップを机の上に置いて背もたれに寄りかかる。天井に向けた顔を手で覆ってから、何とも言いがたい声を漏らす。

 私一人で救わなくても良い、私が救いたいなら救いたいと声を上げれば良いと。そう言われたら、何とも言えない感情が込み上げて来る。


「…………そうだね、ありがとう。イリア、私は何度も見失うね」

「誰かに頼るのに慣れていないからでしょう。貴方はもっと人を頼ってくださって良いのですよ」

「私が頼ってみせないといけなかったんだね。少し気が楽になったよ」


 プリシラのやった事は許される事じゃない。私がどんなにプリシラを気に入っていても自分一人で決めては、私を大事に思う人達に申し訳ない。

 それでも、私が救いたいと思う事が悪い訳じゃないと思いたい。意見のぶつかり合いはあるし、迂闊だって言われたら否定出来ない。それでも、私はやっぱり人を信じたいと思う。

 今回のような事がなければ、もし起きたとしても互いに協力出来るような関係を。そんな関係を築き上げる為に自分が出来る事を。やるべき事は多いけど、一つ一つ片付けていこう。それがきっと、何よりの近道だから。


 

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