第16話:浮かび上がる隣国の影
「王姉殿下、賊の拘束が完了しました」
エアバイクに乗って王都に向かったプリシラとシャルネを見送って少し経ってから、生き残った襲撃者達の拘束を終えたナヴルとガッくんが声をかけてきた。
後ろに手を組まされ、足首も固定されて縛り上げられた黒装束達。その顔を隠していた黒頭巾も剥がされ、今は顔も晒されている。
「今の手持ちじゃこれが精一杯ですよ。正直、自害されたらどうしようもないですけど……」
自害、か。今の所はそんな気配はないけれど、その道を選ぶ可能性は考えられる。私を狙ってきた以上、彼等の行く先が真っ暗なのは否定出来ないし。
私は拘束されている黒装束、その中でも一際年を重ねた男へと目をつける。体格からして私と斬り結んでいたリーダー格の男だ。今は気を失っているので、ぐったりとしているけれど。
「んー……やっぱり、そうかな?」
「何がですか? 王姉殿下」
「多分だけど……この人達、パレッティア王国の人じゃないよ」
「え?」
ガッくんが不思議そうに私を見つめて来る。なんでそう思ったのか、と疑問が顔に書いてある程だ。
「精霊石の使い方が古かったんだよ。でも、そんな旧式な使い方をしてまで私を襲おうだなんて考える人、今のパレッティア王国の状況で考えられる?」
「……それは、確かに」
私の考えに肯定を示すようにナヴルが頷く。自分で言うのもなんだけど、私の平民から集める支持は大きいと思ってる。魔道具の普及を推し進め、平民の生活を一変させた。その恩恵を求める声は増えるばかりだ。
それは魔学省が忙しく働いている事から間違いない。私の功績は民から望まれている。そんなパレッティア王国の国民が私に刃を向けるだなんて、よっぽどの理由がないと考えられない。だって私を襲撃するリスクと見合う成果が考えにくいから。
「辺境の地で、まだ自分の所は不遇だからって理由も考えられるけど……」
「理由にするのは苦しいですね。だからパレッティア王国の民ではないと?」
ナヴルの確認するような問いかけに私は頷いて見せる。その方が自然だと考えられるから。
「では……アーイレン帝国ですか?」
アーイレン帝国はパレッティア王国と領土が隣接している国だ。そしてパレッティア王国が建国された時から何かと因縁がある。
そもそもパレッティア王国の建国の切っ掛けとなった国が、今のアーイレン帝国の領土になっている別国であり、今は長い歴史の果てに名前を地方に残すだけとなっている。
かつては王国と名乗っていたアーイレン帝国も、多くの国を呑み込む事で大国となった。そして、その侵略の手はパレッティア王国にも伸びそうになっていた。
だけどアーイレン帝国は武力での制圧を諦めて、融和を持ちかけてきた。その理由は、パレッティア王国には豊富な精霊資源があったことと、国を守る数多くの魔法使いがいた事だ。
それがパレッティア王国の強みだ。だから幾ら土地の大きさや人口で勝ろうとも、迂闊に攻め入ることはできないのだと歴史では語られている。
そしてアーイレン帝国は侵略ではなく、融和の道を選んだ。当時のパレッティア王国の国王も領土拡大など望まず、パレッティア王国とアーイレン帝国は友好国となった。
それでもアーイレン帝国が何もして来ない訳じゃない。武力でぶつかるのを避けただけで、水面下ではパレッティア王国を探っている動きがある。父上もそれで即位してすぐの頃は苦労したと聞いてる。
「でも、アーイレンの奴等がどうしていきなりアニスフィア様を狙って来たんだ?」
「魔道具の普及が本格化したのが原因じゃない?」
ユフィが女王に即位して二年近くが経過している。その間にパレッティア王国は魔道具の普及で賑わっていた。その中でも最も目覚ましい恩恵を受けているのは、各地の騎士団だと思う。
魔道具の普及による戦力の増強と、野外での活動の環境改善。これによって精霊石の採取を行う為の採集地の開墾が上手く進み、増え続ける精霊資源の需要に応えている。
「魔道具はあくまで国内の普及を目指してて、他国には輸出する気がなかったからなぁ」
まだ魔学、そして魔道具の歴史は浅い。だから私が個人的に作るのとは訳が違って、大量に量産するとなれば様々な問題が出てくるだろう事は予想していた。
はっきり言えば、魔道具はまだ量産という分野では未熟な技術と言える。だから他国に輸出だなんて考えられなかった。問題が起きた時、責任が取れないからね。
でも、どんどんと魔道具の普及が進むパレッティア王国を外から見たらどうだろう?
(……脅威だよね)
改めて考えると、つまりはそういう事だった。
「……ですが、だからといって王姉殿下を害そうなどとあまりにも下策に過ぎます。この者達の素性が我が国の者であれ、帝国の者であれ」
「そうだよなぁ、アニスフィア様に何かあったら女王陛下がすっ飛んでいくよな」
……文字通り、ユフィが〝飛んで〟来そうなので、その想像は実現しないで欲しいと思う。
「別に軍備を整えてるからって、戦争も侵略も考えてないのにね」
昔からパレッティア王国はその気質が強い傾向にある。元々、初代国王によって築かれた領土に誇りや愛着があるというか、あと魔物の襲撃も多いので自分の土地を守る事や、土地でどう生きて行くかに目を向ける傾向がある。
他国とは付き合いはあるけれど、攻め込まれたら守り通す。逆に、他国の領土が欲しいかと聞かれるとそんな野心はないと答える人の方が多い。
やっぱり、そんなパレッティア王国の国柄から考えても私を襲撃してくる理由が考えられない。となると、やっぱり他国の人間であると考えた方が自然なんだけどね。
「聞けば答えるとも思えないし……」
「それは騎士団に引き渡してからでいいでしょう。王姉殿下のされる仕事ではありません」
「はいはい。もー、ナヴルは小言がうるさい!」
王都から襲撃者達を引き取りに来た騎士達が来るまで、私はナヴルに延々とお小言を聞かされる事になるのだった。
* * *
襲撃者達を騎士団に引き渡して、一緒に王都に戻ってきた。ナヴルとガッくんはそのまま騎士団に同行して襲撃者達の尋問に付き合うとの事だった。
私はシャルネが心配だったから真っ直ぐに離宮に戻ってきた。出迎えてくれた侍女に確認すれば、シャルネは離宮の一室で寝かしつけられているとの事。
すぐに部屋へと足を向ければ、シャルネが寝ているベッドの備え付けの椅子に座っているプリシラと目が合った。
「王姉殿下、お疲れ様でした」
「うん、お疲れ。シャルネは?」
「王都に戻って緊張の糸が切れたようでしたので、そのまま休ませた方が良いかと思ったのでこちらに。侍女の宿舎でも良かったのですが、王姉殿下が戻られると思いましたので」
「そこは気にしなくていいよ」
そこで私はようやく安堵の息を吐く事が出来た。今回の襲撃はシャルネにとってかなりの負担を強いてしまったと思う。そこまで気が回らなかったのは、私もどこか平和ボケしていたのかもしれない、と戒めなければならない所だった。
気持ちを新たにしていると、プリシラが開いてるのか曖昧な目を私に向けていた。
「王姉殿下、本日はもうお休みになるので?」
「そうだね……今日はユフィも夜じゃないと戻らないって聞いてるからなぁ」
私が戻ってくる日はユフィも休日に充てているのだけど、女王の政務というのは忙しい。時には陽が落ちた頃ぐらいに戻ってきてから過ごす事も稀にある。今日はその稀な日だった。
「なるほど。……であれば、少し私にお時間を頂けませんか?」
「うん?」
「今回の件で、少々気になる事を耳にしたので」
「……気になってたんだけど、そういう情報はどこから仕入れてくるの?」
「女の魅力は秘密にあると言いますでしょう?」
口元に指を添えるプリシラはどこか艶めかしくて、確かに謎の多い美女と言うのが良く似合っている。
すっ、と流れるような動作でプリシラは立ち上がって、私にしなだれかかるように身を寄せてきた。突然、身を寄せられては戸惑ってしまう。
「ちょっと、プリシラ、何?」
押しのけようとした手を掴まれ、そのままプリシラの顔が迫ってくる。近づいて来たプリシラの唇が耳元まで近づき、そっと彼女は囁くようにこう言った。
「――隙だらけですね。……今日の襲撃、私が知っていた、と言えばどんな顔をされるんでしょうか?」
プリシラの指が私の喉に軽く爪を立てて、線を引くようになぞった。一気に悪寒が駆け巡ったけれども、私は一切動く事が出来なかった。
完全にプリシラに急所を押えられていたからだ。私がプリシラを突き飛ばすより早く、プリシラは私の喉を裂く事が出来るだろう。
思い出したように一気に緊張する身体を押さえ込みつつ、私はプリシラを睨み付けた。うっすらと開いたプリシラの瞳と視線が合う。ちろり、と僅かに覗かせたプリシラの舌が蠢いた。
「……ご安心を。嘘ではありませんが、嘘ですから」
「……冗談にしては笑えないね」
「私は王姉殿下の忠実なる僕にございます。少しばかり隙だらけだったものでして、ご忠告をしようかと」
「……襲撃の事は?」
「それは、ここでは。ですので……」
しなだれかかったままのプリシラが、もう一度耳元に唇を寄せて耳たぶに息を吹きかけるように言った。
「――少しばかり、私と浮気をして頂ければお話しましょう」
* * *
「…………なーにが浮気よ、ただのお忍びじゃない」
「王姉殿下を誘って城下町に繰り出して飲もう、だなんて浮気だと取られても仕方ないのでは? 女王陛下はさぞ臍を噛む事でしょうね……」
私はお忍び用の地味な服装に着替え、プリシラも侍女服ではなく私服だ。どこか中性的な格好で、仕事が出来る女というイメージが私服姿でも離れない。
どうにも掴みづらいプリシラをこのままにはしておけないと、化けの皮を剥がすつもりで出てきたけれど……。
「……本当、貴方が何を考えているのか一度、腹を割って話すべきね」
さっきの襲撃を知っていた発言、あれは冗談でも無視出来ない。というか、冗談で言ってない気がする。今思えば、それとなくプリシラは私に警告を促していた気がする。
……恐らくだけど、敵対する気はない。けれど今のままでは信用出来ない。レイニが通したから害意はないとは思っていたけれども、害意がないからといって放置をして良いものではなかったのだと思い知らされた。
そのままプリシラを警戒しながら彼女と歩いていると、彼女の足が向かったのは冒険者ギルドだった。ここは確かに酒屋と併設されているけれど、プリシラがここを選ぶとはちょっと意外だった。
「なんでまたギルドの酒場に?」
「秘密です」
「…………」
「怒った顔も素敵ですよ、王姉殿下。……おっと、アニス」
まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるように、わざわざ耳元に顔を近づけてくるプリシラ。そんな彼女に散れ、と言わんばかりに手を振って追い払う。
距離を取ったプリシラは、そのまま私を気にせず冒険者ギルドの酒場に入っていく。中では冒険者達が陽気に酒を飲んでいる。
実は夜の酒場には足を運んだ事は少ない。冒険者として活動してた頃も夜には離宮に戻ってたし。どんなに遅くなっても夕方ぐらいまでしか残らなかった。
「あれ? アニス様か?」
「なんだって!?」
「おいおい、王姉殿下様がぷらぷらほっつき歩いてこんな酒場になんか来るもんじゃねぇぞ!」
中に入れば、私に気付いた冒険者達がゲラゲラ笑いながら私に言ってきた。もう冒険者は辞めたけど、相変わらずここの冒険者達は私に対して気安いな!
懐かしい空気に頬を緩めていると、先に奧へと進んでいたプリシラが一人の男性と話しているのが見えた。
その男は思わず目を丸くしてしまう程に美形の男だった。年齢は私達と同い年ぐらいか。特徴的なのは燃えるような鮮烈な赤髪だ。健康的に焼けた肌の色は野性的な魅力を醸し出している。
彼はプリシラに親しげに話しかけていたけれど、その翡翠色の瞳が私に向けられる。その顔が喜びを露わにするように笑顔に変わっていく。
「アンタがアニスフィア様か! ようやくお目にかかれて光栄だぜ」
「……どうも」
ぐいぐい来る男の人だなぁ、と思いながら差し出された手に握手で応じる。
この人、プリシラと顔見知りみたいだけど、どういう繋がりだろう……?
そんな疑問からプリシラに目を向けると、プリシラがカウンターのバーテンダーと話をしていた。
「個室をお願いします。こちらが料金です」
「……あいよ」
冒険者ギルドと併設されている酒場は、依頼人と冒険者が個人的に話すような部屋もある。部屋料金を払えば誰もが利用出来て、密談をする事が出来る。
この部屋で行われる会話に盗み聞きは御法度だとされている。身分を隠して依頼に来る人や、事情ありの依頼人もいるからね。事前に依頼人側に問題があればギルドの方で弾いてくれるけど……。
「……プリシラ、随分と慣れてるわね?」
「利用が初めてではありませんから。あぁ、紹介が遅れました、彼はファルです。私の……都合の良い男です」
「あぁ、ファルだ。プリシラの都合の良い男だ、よろしく頼む」
「…………」
ニッ、と笑みを浮かべるファルと名乗った男に、私は冷え切った視線を注いでしまった。どんな反応をすれば良いのかわからない……。
どうにも調子を崩されながらも、警戒を強めながらプリシラとファルと一緒に酒場の奧の個室へと通される。
「……いやはや、思ってたのとイメージが違うな」
「はい?」
互いに席についた所で、私を見つめていたファルが不意にそう言った。
「もっとこう、派手なイメージがあったんだがな。可愛らしいお嬢さんで驚いた。これがあのキテレツ王女様と名高いアニスフィア王女か」
「……どうも」
あっ、この男は苦手なタイプだ。思わず距離を取ってしまいたくなる距離の詰め方に、私はどんどん自分の感情が冷えていくのを感じる。
「……それで、プリシラ。わざわざここに来て、彼を同席させた理由は?」
「今回の襲撃の情報を持ってきてくれたのは彼ですから」
「は?」
「――〝ファルガーナ〟様、改めてご挨拶をお願いします」
ファルガーナ……? あれ? どっかで聞いた事があるような……?
その名前に聞き覚えがあって思わず首を捻る私だけど、改めてファル、いや、ファルガーナが名乗った事で私の疑問は氷解した。
「では、改めて。このような場ではあるが、挨拶をする機会を頂けて光栄だよ、パレッティア王国のキテレツ姫。――私はファルガーナ・ルグ・アーイレン、アーイレン帝国現皇帝の皇弟である!」




