第13話:魔学都市の新たな日々
魔学都市アニスフィア。この新造都市の名前がそう定められてから時は流れた。
私の仕事場はシアン伯爵邸から新設したばかりの都庁の執務室に場所を移した。都庁の建物の中でも上階にある執務室の窓からは、訓練に勤しむ騎士団員達の姿が見える。
優先的に建造して完成した都庁だけれど、まだまだ手つかずな所は多い。その広場になっている場所は彼等の訓練に使うのに持ってこいだった。
「皆、張り切ってるね」
都庁が完成したので、将来的には要人の護衛を勤める人達向けに用意された宿舎が騎士団に解放された。今まで仮住まいだった彼等もようやく一息が吐けるようになって喜びを露わにしていた。そんな彼等の姿を見かける事が出来るのは私も嬉しい。
「そういえば……ここの所、忙しくてちゃんと鍛錬出来てないな」
最低限、体が鈍らないようにはしているけれど。王都サーラテリアと魔学都市を往復する間に危険が一切ないとは言えないからね。ただ、都庁が完成してからこっちに荷物を移したり、着手するべき業務があってゆっくりする時間はなかった。
その業務も今、ちょうど一段落していた所だった。私は今日の傍付き担当であるプリシラへと視線を向ける。
「プリシラ、騎士団の訓練に混ざって来ても大丈夫?」
「騎士団の訓練にですか?」
プリシラは少しだけ目を瞬かせた後、黙考するように目を閉じる。少し間を置いてから首を縦に振ってくれた。
「業務も一段落をしていますし、今の時間であればナヴル様とガーク、それからシャルネが付いていらっしゃる筈です。問題ないでしょう」
「ナヴルとガッくんはわかるけど、シャルネも?」
「彼女は侍女であると同時に護衛の仕事もありますからね。本人が強く希望していました」
「そっか、私も机に向かう仕事ばかりだと肩が凝るからね。プリシラはどうする?」
「私は整理や調べ物がございますので」
「そう?」
相変わらず業務に熱心だな、プリシラは。相変わらず何を考えているのかはわからないけれど。プライベートな会話はあんまりしないんだけどね。
ただ、それがプリシラの望む距離ならそれで良いかな。無理して距離を縮めたい訳ではないし。私はプリシラに軽く手を振ってから、執務室を後にした。
外に出れば騎士達の訓練で発せられる声が良く響く。その訓練風景から少し離れた所にガッくんとナヴル、シャルネの三人を見つけた。丁度、ガッくんとナヴルが合わせ稽古をしている所だった。
「シャルネ、お疲れ様」
「あれ、王姉殿下? どうしたんですか?」
「私も体を動かさないと鈍っちゃうからね。混ざりに来ちゃった」
「混ざりに来たって……本当、王姉殿下は変わってますよね」
シャルネは苦笑しながらそう言ってきた。そこはもう私らしさと思って受け止めて欲しい。
ガッくんとナヴルは互いにマナ・ブレイドを使っていた。今では多くの人に広められたマナ・ブレイドは何度か改良を施され、非殺傷の機能が追加された。
マナ・ブレイドに追加された機能を使う事によって全力の訓練をしてもマナ・ブレイドで傷を負わせる心配はない。ただまったく痛みがないというのも不安という声が出たので当たるとちょっとした衝撃が走るようになっている。
出力を弄ればスタンガンの代わりにも出来ると思うので、何か新しい活用法がないかと思っている。ただ、私から新しい使い方を提案すると魔学省の業務が増えてしまうので、まだ私の頭の中での構想で止まってるけど。
「……それにしても」
ガッくんとナヴルの合わせ稽古は見応えがあるものだ。ナヴルも良い腕前をしている。流石、騎士団長の息子という事だけあって真っ当に強かな動きを見せてる。
でも、そんなナヴルを圧倒するのがガッくんだ。言い表すなら、まるで岩の壁だった。どこから打ち込んでも反応してきてビクともしない。隙が無く、どこから攻めて良いのか攻め倦ねてしまう。
その内、隙を見せたナヴルを見逃さないように素早い一撃を肩に当てて、ナヴルが参ったと言うように両手を挙げた。二人が息を吐いた所で、私は二人に歩み寄る。
「お疲れ様、二人とも。精が出るね」
「あれ、アニスフィア様」
「王姉殿下、どうしてこちらに?」
「ちょっと体を動かそうかと思って。騎士達の訓練に混ざろうかと思ったんだけど……」
「……気を遣わせるので止めてあげてください」
「えー」
溜息交じりにナヴルに咎められてしまった。別に一人でやる型稽古が嫌な訳じゃないけど、折角他の人と出来る機会を不意にするのも嫌だ。
「じゃあ貴方達が私に付き合ってよ」
「俺達が?」
「……私達は一応、護衛なんですが」
「細かい事は気にしなーい! という訳でガッくん、私の相手をしてよ!」
「俺すか?」
自分を指さしてガッくんが首を傾げる。それに私は頷いて見せる。
「再戦にもなるでしょ? あれからどれだけ強くなったのか、ちょっと気になったし」
「……うわ、めっちゃ緊張するんですけど!」
「あははは、最初は合わせ稽古から始めようか。ナヴル、マナ・ブレイド借りて良いかな? シャルネ、セレスティアルは預かって」
「は、はい! 王姉殿下!」
「……仕方ありませんね」
私がベルトごと外してセレスティアルをシャルネに預ける。ナヴルは溜息を吐きながら私にマナ・ブレイドを貸してくれた。
セレスティアルで非殺傷設定が出来ない訳じゃないけど、刃がついてるから念の為にね。借りたマナ・ブレイドの感触を確かめてからガッくんと向き合う。
「なんだかんだでガッくんの実力を確認する機会って無かったよね」
「……そうすね」
「懐かしいねぇ。〝遊びで首を突っ込んで来るの止めてくれませんか?〟だっけ?」
「そういう細かい所は忘れてくれて良いんですよ……」
「忘れられないよ、あの突然の魔物の遭遇でまともに戦えてた新人ってガッくん位だったし。印象に残るって」
「……そっすか」
はぁ、と溜息を吐いてからガッくんもマナ・ブレイドを構え直す。普段はお調子者なガッくんだけど、集中し始めたらその糸目が僅かに開いて私を見据えている。
私もそれ以上の言葉は無粋だと思い、ガッくんとマナ・ブレイドの刃を合わせる。それからゆっくりと、互いの動きを確認するように剣を振る。まるで鏡合わせのように、ゆっくりと。
「ペースの主導は?」
「どうぞ。俺は受ける方が得意なんで」
「そう。じゃあ……――行くよ」
一振り、また一振りと剣戟のペースを上げていく。マナ・ブレイドは実体がある剣との鍔迫り合いには向いてないけど、逆にマナ・ブレイド同士なら鍔迫り合いの感覚がよく伝わる。
振る、弾く。振る、弾く。振る、弾く。弾かれる度に私は動きを加速させていく。ガッくんは揺らぐ事なく剣戟を返してくる。やがて、その速度は――実戦と変わらない速度へと。
「――シッ!」
短く息を吐き出して肩を狙った一閃。しかし、手首のスナップを利かせて返された一撃で衝撃が手に伝わる。
速く、重く、鋭い。恐ろしく無駄がない動作だ。受けるのが得意というのは過言でもなんでもない。
「ハハッ――」
思わず笑いが零れた。ガッくん、〝一歩〟も動いてないんだよね。全部、恐ろしく速い型の構えで対応されている。
上段から肩を斬り付けても、返す刃で脇腹を狙ってもダメ。一歩退いて突きを狙おうものなら突きを返されそうになる。無駄が削ぎ落とされた、最小で最大の効果を得る剣戟の繰り返しに私の呼吸が一瞬上がる。
距離を取る為に一歩下がる。そして、姿勢を低くして這うような態勢でガッくんに向かっていく。押し潰そうとするような一撃が脳天から振ってくる。
私は間近に迫った一撃を逸らすように姿勢を変えて、そのまま横にステップを踏む。くるりとその場で側転をするように地に片手をつけて、そして跳ね上がる。
剣ではなく蹴りを織り交ぜた動きにガッくんは片手を上げて受け止める。ここで体格差と、空中にいる私と足を踏みしめているガッくんに差が出来る。
「――ハァッ!!」
ガッくんが繰り出したのは、掬い上げるように大きな軌道を描いた一閃。大ぶりに見える振りも、私の着地時間を読んでいたとしか思えない。私はマナ・ブレイドで受け止めながら、逆に衝撃を利用して猫のように空中で反転して着地をする。
吐き出した吐息が妙に熱く、苦しい。この感覚には酷く覚えがある。悪寒が背筋を駆け抜けてゾクゾクとしていく感覚。崩そうとしても崩せない相手に剣を振る圧迫感。
(……嘘でしょ、ガッくん)
この圧迫感を感じた相手は少ない。まず一人はユフィだ、だけどユフィは魔法があった上での何をしてくるかわからないという恐怖だった。こと、剣での勝負なら私は負けない自信がある。
そして、もう一人は母上。ガッくんを相手にしていると想起するのは母上の方だ。あの小柄な体から繰り出される無駄の無い動作と、槍の遠心力を利用した回り続けるコマのような動き。
ガッくんは確かに母上ほどの動作が大きくない。目立つわけでもない。圧迫感だって母上に比べればまだまだだ。けれど、確実にその〝領域〟の縁に足を踏み入れている。
(母上が〝動〟なら、ガッくんは〝静〟だ……それを可能にしてるのは本人が持つセンスと、その身体能力……)
こんなにも強くなっていた。私が初めて会って、突っかかってきた時は一撃で伸した相手がこんなにも大きく成長している。
「ガッくん」
「……なんすか」
言葉は短い。集中しているガッくんは薄く開いた目で私の挙動一つに意識を張り巡らせている。
「驚いたよ、ちょっと吃驚。……ねぇ、もうちょっと〝上げて〟もいいかな?」
「……どうぞ」
ガッくんの返答に私は唇の端を吊り上げた。――そして、巡るのはドラゴンの魔力だ。
刻印紋を起こしたのは本当に久しぶりで、まるで長らく待ちわびたように吼え猛っているようだった。私も当てられてるのかもしれない、こんなにも剣を打ち交わすのが楽しいと思えるなんて。
「絶対――動かしてやるッ!」
地を蹴り、身体強化で加速した速度でガッくんに斬りかかる。そこで初めてガッくんの表情が僅かに驚きに揺れる。そして、ガッくんは一歩身を退いてから私の剣を受けた。
マナ・ブレイドの刃と刃がぶつかり合い、衝撃が跳ね返ってくる。互いの魔力が紫電を散らすように弾け合い、火花のように散る。
「ぐ、ぅ――ッ!」
これは堪らないと言うようにガッくんが苦悶に顔を歪めて、剣を押し返そうと弾き返した。私は弾かれた剣を強引に押し返すように振り抜く。
一撃、二撃、三撃、振っても振っても防がれる。けれど、確かにガッくんを押し返せている!
「アァ、ァァァアーーーッ!!」
「う、ぉッ!?」
四撃目、ガッくんの持つマナ・ブレイドの刃がブレた。その隙を逃さないと私は両手でマナ・ブレイドを握り、頭上からの一撃を繰り出す。
――その一撃は、マナ・ブレイドを手放したガッくんの手によって手首を掴まれて押さえ込まれる。更にガッくんの手を押し返すように肩を刃に当てた時には、ガッくんの手は私の首を掴んでいた。
「……あっ!? す、すいません!? アニスフィア様!!」
「……」
パッ、と首を掴んでいた手を離してガッくんがその場に土下座をしてしまいそうな勢いで頭を下げた。私は、思わず息が出来なかった。
私の刃が肩に当たる前に、私はもうガッくんに首を掴まれていた。つまり、あのままガッくんがやろうと思えば首を折られていた可能性がある。
「……負けた?」
私が? これでも結構、自信があると思ってたのに。ドラゴンの魔力まで使ったのに?
確かに力では私が圧倒的に押してた。押してた筈なのに、この一瞬の隙を突かれて首という弱点を掴まれていた。これを敗北と言わずに何と言うのか。
「……うわぁーーーー! く・や・し・いぃいぃぃいーーーッ!」
「ヒィッ!?」
自分のまだ〝甘かった〟部分と、ガッくんの〝巧みさ〟に負けた。普通に母上にしごかれて負けるよりももっと悔しい!
確かに最近、デスクワークばっかりだったけど! 運動はメインにしてなかったけど! 別に戦うのが好きって訳じゃないけど! 今まで得意にしてきたもので負けたなんて、負けるなんて……。
「く、くぎ、ぎぎ……! ガッくぅん……!」
「ひ、ひぇ……」
「私の……負けだよぉ……でも、次は絶対に負けない……」
「次もあるんですか!?」
「あるに決まってるでしょ!? 勝ち逃げするつもり!?」
「いや、別に今ので俺が勝った訳じゃ……」
「勝ちだよ! そこは誇ってよ! 凄いじゃん、ガッくん!」
思わず謙遜するガッくんの両手を取って、上下にぶんぶんと振る。
確かに負けた事は凄く悔しい。でも、それ以上に〝勿体ない〟!
「魔法が苦手だって言ってたけど、これだけで十分ガッくんは凄いよ!」
「えっ……」
「だって、私だって剣には自信があったし、冒険者としての自負があったのに! ねぇ! 今からでも母上に弟子入りするつもりない? ガッくんなら絶対、母上の後継者になれるよ!」
「えぇっ!? ちょっ、アニスフィア様!?」
マナ・ブレイドでこれなんだもの。もし、ガッくんの適性に合わせた私のセレスティアルやユフィのアルカンシェルのような魔剣があればどうだろう?
魔法が苦手なら護りを中心にした魔剣、あと魔道具もどうだろう? 想像が一気に溢れて止まらない。
「……王姉殿下、ガークが困っていますよ」
「……おっと! ご、ごめん。ちょっと興奮しちゃって」
「い、いえ……」
ごほん、と咳払いをしてナヴルが割って入ってくれた。ナヴルの隣にいるシャルネは目をまん丸に開いて、口をぽかんと開けてしまっている。
「見事な手合わせでした。……ですが、王姉殿下」
「え? な、なに?」
「はしゃぎすぎです」
すっ、とナヴルが指した先には、何事かと言う目で私達を見つめている騎士達の姿があった。
「いきなりあんな魔力を出して、注目されない筈がないでしょう?」
「…………いやぁ、まぁ、あはははは……」
ジト目で見てくるナヴルに、私は思わず肩を縮めてしまった。だ、だってガッくんが思ったよりも強くて、つい本気に……。
はぁ、と。深々と吐かれたナヴルの溜息が嫌になりそうなぐらいよく聞こえた。
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