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アニスフィアと腐れ縁の友人

今回は幕間の更新です。新キャラが出ます。次章の繋ぎと設定の補完回です。

 ――素晴らしいとは言うけど、誰もがその恩恵で幸せになれると思っているなら、余程幸せな人なんでしょうね。



 * * *



 王都サーラテリアと魔学都市の往復生活をするようになった私だけど、一月に一回は普段の日程とは異なる予定で王都に戻るようにしている。その理由は健康診断の為だ。

 この健康診断は昔からずっと続いている。正確に言えば、私の背中に刻印紋を刻んでからだ。


「……毎度の事だけど、医者の不養生してないわよね」


 私はそう呟きながらも貴族達の邸宅が並ぶ一角、その一角でも奥まった場所にある屋敷へと向かった。奥まった位置にある為、あまり貴族街の中でも人気がなく、日当たりもさほど良くないので不気味な雰囲気を醸し出している。


「良くもまぁ、こんなジメジメとした場所を好んで住みたがるわよね……」


 私が用事のある〝医者〟は、私が言うのもなんだけど変人だ。過去の私とは似て非なる理由で人を遠ざけ、寄せ付けず、こうして人目を避けるような場所で居を構えている。

 気持ちはわからなくもないので文句をつけるような事はないけれど、心配にはなってくる。一応、従者はこの不気味な屋敷に住んでいても付いているので致命的な事にはなってはいないのだろうけど。

 私が屋敷の入り口へと近づくと、私の到着を見計らっていたかのようにメイドが出てきて一礼をする。


「ご無沙汰しております、アニスフィア王姉殿下」

「えぇ、ご無沙汰と言っても一月振りだけど。彼女は元気?」

「お嬢様の健康管理は私共の仕事ですので」


 どこかイリアにも似た雰囲気を纏っているメイドは澄ました顔でそう言ってのけた。相変わらずのようで私は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 そのままメイドに案内されるまま、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。案内された先の部屋に足を踏み入れれば、様々な匂いが混ざったものが鼻を刺激する。


「……相変わらず研究に余念がないわね」


 部屋の中で様々な薬品と向かい合っているのは不気味な女性だ。顔は決して整ってないとは言えないのに、纏う雰囲気があまりにも陰気すぎる。

 年の頃は二十代半ば。手入れはされているのだろうけど、本人の陰気さが現れたとしか思えない濃い菫色の長髪。髪の色に合わせた紫色のドレスの上に、最近は魔法省や精霊省でも取り入れられるようになった白衣のローブを纏っている。

 彼女は、私を気怠そうにそのダークレッドの瞳で見つめた。それからゆっくりとした動作で首を傾げた。


「あら、アニスフィア様じゃない……もう定期検診の時間?」

「そうよ。いい加減、貴方もここから移る気はないの? ティルティ」


 ティルティ・クラーレット。彼女が昔からよく知っている私の知り合いであり、私と同じく変人と呼ばれる仲間のような相手だ。

 本来であればクラーレット侯爵家の令嬢という身分が高い人なんだけど、本家から離れて自分の名義で買った別荘に引き篭もっている変人。そして私に刻印紋を施した医者、正確に言えば薬師である。

 ティルティは私とは別分野の研究者だ。薬学や医学に詳しく、普段から薬や病に関する研究を行っている。だからいつも顔を合わせれば新しい薬品を作り出そうと調薬を繰り返している変人だ。


「私のような日陰者が今更表に出れば、何を言われるかわかったものじゃないわ……」

「自分から引き篭もったくせに……」


 令嬢が白い肌の方が人気があるとは言っても、ティルティほど不健康そうな白さであれば最早、引いてしまう。日光を浴びず、光を遮ったような部屋で生活をしているからだ。はっきり言って健康に悪いと思う。

 こんな根暗でじめっとしたキノコの化身みたいな女だけど、それでも別に家族間の仲が悪い訳ではない。むしろ、ティルティを溺愛していると言っても過言ではない。


「それじゃ……検診しちゃいましょうか」

「お願いするわ」


 作業していた手を止めてティルティは私の検診の準備を始める。

 私も着ていた服を脱いで、背中を晒す。そこにはドラゴンを摸したような刻印が刻まれている。ティルティの指が私の刻印をなぞるように触れていく。


「……最近、変わった事は?」

「王都と行き来するようになった生活にも慣れてきたし、特に自分で異常や変化を感じた事はないよ」

「そう。刻印の方も目立った変化は無さそうね。……あぁ、それにしても」


 うっとりとした声を出してティルティが私の刻印をなぞる。あまりにも艶めかしい触れ方にぞっと悪寒が走る。振り返ってみれば恍惚とした表情を浮かべているティルティがいた。


「我ながら本当に美しいわね、この刻印……」

「出たよ、悪い癖が……この呪いマニア」


 そう、薬師として非常に詳しい知識を持ち、医術も学んでいる事から医者として見れば最高位と言っても過言ではないティルティ。彼女には〝呪いを好む〟という厄介な性癖がある。

 呪い。この世界では科学技術の発達が遅れているのと同じように、医術もまた発展途上である。その歩みは治癒魔法という精霊からの恩恵がある事で全然進んでいない。

 魔法が使えない平民にとって医者と言えば貴族であり、医者にかかろうと思えばなかなかの高額料金を請求されてしまう。貴族に頼れない平民は薬師を頼り、薬を処方して貰うのが一般的だ。

 そんな魔法でも薬でも治せないもの、それは〝呪い〟と呼ばれている。私からしてみると呪いには二種類あって、まだ医学的に解明されていない病が呪いと称されている場合と、〝本物の呪い〟である場合だ。

 ティルティが医学や薬学を学んでいるのは〝本物の呪い〟を見分ける為である。だから彼女は呪いマニアなのだ。


「貴方だって十分変人じゃない……私ばかりおかしいと言うのは納得がいかないわ」

「私はティルティよりマシだと思うよ。良い加減、もうちょっとまともになろうとは思わないの?」

「今の私に不満なんてないもの……貴方様のお陰でね」


 ティルティと私の付き合いは長い。イリアを除けば、一番長い付き合いだと言えるのがティルティだ。だけど、私は彼女に仲間意識を感じる事はあっても、彼女の根っことなる思想には共感が出来ない。

 だから今まで付かず離れずの距離を取っていた。そして、この距離感はお互い変わる事はないと思っている。だから腐れ縁の友人と言うべき相手なのだ。

 ティルティもまた、精霊省の前身である魔法省が健在だった頃に私と同じように鼻つまみものとして扱われていた。その理由は――彼女にとって魔法とは〝呪い〟だからだ。


「ティルティは最近どうなの? 相変わらず虚弱なの?」

「……日光というのは人の身を焼くものだと貴方からもメイドに言ってくれない?」

「少しは外に出なさい。出ないから普段から耐性がつかないのよ、死人みたいな色になりそうよ。このままだと」

「実際、死にかけた身だから笑えないわねぇ」


 クツクツと不気味に喉を笑わせながら笑うティルティ。この陰気な友人と知り合ったのは、私がまだ幼い頃だった。

 その頃のティルティは今のように陰気で不気味――などではなく、ある意味ではもっと酷かった。


「治すつもりないの? その〝体質〟」

「治ったら嫁に出されそうだもの」

「……治す気がさらさらないと」

「こんな〝呪い〟の才能なんてどうでもいいもの」


 魔法の才能はこのパレッティア王国において何よりも重視される。けれど、ティルティにとって魔法の才能は自分の体を蝕む〝呪い〟に他ならなかった。

 ティルティが〝まとも〟だった場合、彼女にはユフィに迫るだけの魔法の才能がある。けれどそれは叶わない。ティルティは魔法を使えば、魔力の元となる魂のバランスを崩して精神を病んでしまう厄介な体質だからだ。

 ティルティは精霊によって魔力を奪われすぎて、精神を病んでしまう症例の一人である。その原因に誰も気付かず、知らずに魔法の腕を磨き、ティルティは順調に精神を病んでいった。

 人を傷つける事を好み、気に入らないものがあれば残虐に痛めつける。少しの事でも怒りと苛立ちを覚え、魔法を相手にぶつける事も厭わない。昔のティルティはそんな苛烈な少女だった。


「大喧嘩したものよね……私、不敬罪で首が飛ぶ所だったもの」

「昔の貴方は本当にキレたナイフみたいな奴だったものね。それがどうして、こんなキノコのようになったのか……」

「貴方のせい」

「人のせいにしないで」


 当時、魔力が何なのかという研究をしていた私はティルティが仮説の体現者なのではないかと接触しようとした。当時のティルティは王族だろうと何だろうと噛みつく狂犬だったので、私も魔法を向けられた事がある。

 それでも根気よく説得して、ティルティに魔法を使わせないようにするとティルティも次第に落ち着いていったんだけど、復調した時もまた酷かった。今度は罪悪感に見舞われて、魔法の才能なんて呪いだと言い出すようになった。

 それからティルティは魔法を使えるようになるのをすっぱり諦め、薬学や医学を研究する道を選んだ。刻印紋を施せたのはティルティの協力があってこそだ。

 ……ただ、今でも竜の呪いを受けたかも、と打ち明けたのは正直に言って失敗だったと思う。彼女は医学や薬学で解明出来ない呪いにド嵌まりしてしまったのだ。そして今に至る。


「そうそう、アニスフィア様」

「何よ」

「――貴方も気付いてるだろうけど。その〝呪い〟はもう、体に馴染んでしまっているわ」


 私は動きを止めてティルティへと顔を向けた。ティルティはただ無表情で淡々としながら手を動かしている。


「精霊契約者であるユフィリア女王陛下、それとヴァンパイアであるシアン男爵令嬢……あぁ、伯爵令嬢に位が上がったのだったかしら? ともかくサンプルが増えて、貴方の状態もより正確に把握する事が出来るようになったわ」

「……それで?」

「貴方の体は確実にドラゴンに近づいて行ってるわ。最近では刻印の反動も感じないのでしょう?」

「……以前ほど、頻繁に使う機会がなかったから実感はしてなかったけど」

「その休養期間が長かったのも幸いしたのかしらね。時間をかけてゆっくりと馴染んでいったんじゃないかしら?」


 ――私はいずれドラゴンになる。

 私がドラゴンを討ち果たし、その素材と魔石を手に入れた時にドラゴンにかけられた呪い。

 その兆候は感じていたけれど、私が思っていたよりも体はドラゴンにかけられた呪いに適応していたようだった。


「……すぐ困るような問題はある?」

「さぁ? なったとしてもシアン伯爵令嬢と近しい状態になるんじゃないかしら。貴方がドラゴンそのものになるというよりは、貴方の体にドラゴンの能力が宿るといった方が正確でしょう。ある意味でそれは精霊契約者の状態とも近しいわ」

「己の内に潜ませるのが精霊かドラゴンかの違いって事?」

「そうね」


 つまり、以前からリュミに警告されていた事が現実になりつつあるって事ね。

 その内、私もただの人ではなくなる。刻印紋を体に刻もうと考えていた時から、少なからず覚悟していた事ではあったけれども。


「……そう。とりあえずこの刻印紋が周囲にバレないようにしないとね」

「えぇ、そうね。私としてはもう一人ぐらいサンプルが増えて欲しいのだけど」

「人体実験なんて認めないわよ」

「はいはい。……ただ、貴方の使ってた以前のアレ、アレは誰かが作ってしまいそうな気がするけど」

「――〝魔薬〟の事?」


 私の問いかけにティルティは頷いた。魔薬は私が主体になって作り上げた、刻印紋の前身となる技術だ。

 精霊石を原材料にした魔力を回復させる薬がパレッティア王国では存在しているけれど、魔薬は魔石を砕いて薬に使用したものであり、刻印紋と同じように魔物の力を宿す事が出来るものだった。

 刻印紋を自分に刻んでからは使う事がなくなったから封印したけれども、その調薬に知恵を貸してくれたのがティルティだ。


「私と貴方が組んで調薬したものがそう簡単に生み出されるとは思わないけれど、絶対にないとは言い切れないわ」

「誰かはその発想に辿り着くと?」

「貴方が魔物の素材を熱心に狩っていた事は周知の事実よ。誰かは貴方と魔石を紐付けて魔薬と近しい発想には至るかもしれないわね」


 私が魔法を使えない事と、妙な発明を繰り返している事、そして魔物の素材を熱心に集めていた事は周知の事実だ。確かに紐付けようとすれば可能かもしれない。

 刻印紋、そして魔薬の技術は魔学における闇の側面とも言える。アレを世に出してはいけない。


「……なんかそういう動きでもあった?」

「私が知ってると思う?」

「……思わない」


 引き篭もりのジメジメキノコに聞いた私が悪かったよ!


「用心しておく事に越した事はないんじゃない? 貴方も今は周りに人が増えてきたのでしょう?」

「はいはい、心に留めておくよ。ティルティももっと外に出なさいよね?」

「気が向いたらね」


 その気がまるで無さそうな友人の返答に私は思いっきり肩を竦めてしまうのだった。



 * * *



 ――昔から、何かに対して急かされるような、心臓を掴まれているような圧迫感を感じていた。

 苛々して、気に入らなくて、何もかもが疎ましくて。そして目に入る全てを傷つけずにはいられなかった時期を過ごした。

 そんな私に差し伸べられた手は、私よりもまだ幼い手だった。魔法に対してキラキラと憧れる目をしている彼女は、私とはまるで正反対。

 正気に戻る事が出来た私は、誰よりも自分の才能を疎んだ。そして、彼女は私が疎んだ才能に誰よりも憧れていた。

 いっそ与えられるものなら自分の才能なんか持っていって欲しいと思っていた。けれどそれは叶わない。だから彼女に手を貸した。私達の関係はただそれだけだ。

 救われた側と、救った側と。魔法を憎む側と、魔法に憧れる側。感謝と反発とが同居した互いに認めきれず、憎みきれない腐れ縁。だけど――。


「……良い笑顔をするようになったわね、あの子」


 自分よりも年下な友人は、一つまた世界を変えたらしい。次は何をしてくれるのだろうかと、そんな期待を抱いてしまう。

 最近になって、また外に出るようになった小さな友人。〝最愛〟を得た彼女はどんな報せを持ってきてくれるのか。自然と口の端を持ち上げて私は笑った。


本作とは別に投稿していた「転じてたつなれば応じるは龍なりて」が完結しました。

よろしければ本作共々、ブックマークは評価して頂けると嬉しく思います。

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