休日の二人は未来の展望を語り合う
二回更新しておりますが、前話が主要キャラのプロフィールなので閲覧する必要がない方はスルーで大丈夫です。本編の更新ではなく幕間の更新となります。良ければお楽しみください。
「――疲れました」
「……はい?」
既に習慣となった王都サーラテリアへと帰還して、休日を離宮で過ごす生活が始まって暫く経った。私の名前をつけられた都市の開発計画も、私の住居などの機能も含む都庁の設立が終わって一段落した頃。
休日に離宮に戻って来るなり、ユフィと顔を合わせたらユフィに抱き締められています。私の肩口に顔を埋めてぐりぐりしてくるユフィに面食らいながらも、ぽんぽんと背中を叩いてあげる。
「お疲れ様、ユフィ」
「……お疲れです」
私室に入った途端にこれだよ。人目がないからってぐんにゃりと私に抱きついてよりかかるユフィを抱きかかえながら私は息を吐く。
今、王都は大変だから仕方ない。発端は私の都市開発の為に魔法を使える人材を派遣する為だったけれど、それが転じて人材を確保する為に他の人達も動き始めた。
結果、一大政策となってユフィの執務は大量に増えた。だからユフィもここまで疲れ切ってるんだろう。
「ほら、椅子に座って。お茶を淹れるよ」
まだ寄りかかってるユフィの背中を支えながら座るように促す。お茶を淹れる為に離れようとすると、嫌がるように服を掴んで来る。
そんなユフィの背中を落ち着かせるようにぽんぽんと叩くと、手を離してくれた。そのままお茶の用意を手早く済ませて二人分のお茶を用意する。
その間、ずっとユフィから視線を感じていたので、なんとも可愛らしいなと思う。互いに肩を並べるように座りながらお茶を飲んでいるとユフィがほぅ、と息を零した。
「アニスが淹れてくれたお茶が一番好きです……」
「何言ってるの、侍女達の方が美味しく淹れられるよ」
「それでもアニスの淹れてくれたお茶が好きなんです」
まったく譲らない様子で頬を小さく膨らませるユフィ。その頬を指で突いてやると空気の抜ける音が口から零れた。
ユフィが不満げに目を細めて私を睨んでくる。その仕草があまりにもおかしくて私は笑ってしまう。
「意地悪です、アニスは」
「ユフィほどじゃないよ」
「私は意地悪じゃありません」
「えぇ? 私は大分虐められてると思うけど?」
「……虐めて欲しいんですか?」
すぅ、と目が更に細くなったユフィ。今にも迫ってきそうな気配を誤魔化すようにデコピンをする。私のデコピンを受けて、ユフィが小さく声を漏らして額を押さえる。
「せめて夜にしなさいって言ってるでしょ」
「……虐めないでとは言わないんですね」
「揚げ足を取るの禁止ー。……ユフィにならいいけど、今はだーめ。大人しく私の淹れたお茶でも飲んでなさい」
「……やっぱりアニスの方が意地悪ですっ」
「なんでさ」
「……生殺しです」
「カップの縁を噛まないの、はしたない。仕方ないなぁ」
普段よりも随分と甘えて来てるユフィは可愛いけど、あまりからかうと夜が怖そうだ。ユフィの手に持っていたカップをテーブルに戻させてから、ユフィの頬に手を添えて啄むようにキスをする。
私からキスをするとユフィも私の首に手を回して自分から唇を重ねてくる。何度か啄んできたけれど、舌まで伸ばして来たので頬を押さえて顔を離す。
「だめ」
「むぅ……」
「私だって少しゆっくりしたいの」
ユフィはまだ何か言いたげだったけど、私が引かないとわかったのか肩に頭を預けて、私の片手を取って両手で握って指をなぞったりし始める。こういった所は幼いんだから、ユフィも。
「王都の様子はどう?」
「……そうですね。人材捜しの為に賑わっていますが、近衛騎士団の見回りなども強化しています。人の流入も増えていますし、人攫いなどにも警戒しています。自分の子供として売り込もうとする人も少なからずいますから」
「難しい話だね……ユフィには苦労をかけるけど、いつかは手を入れなきゃいけない事だったと思うよ」
「えぇ。サラン・メキのような一件もありましたからね」
「あぁ、懐かしいや」
有力な平民の子を貴族の婿として迎え入れるという体裁を取りつつ、奴隷のように扱っていたという事もあった。実際、そのように振る舞っていた貴族は立ち入り調査を行って取り締まったんだけど。
そういった事例もあるし、貴族の庶子、それも認知されていない子というのは扱いが難しい。
「しかし、人手が増えれば更に専門的に分野を細分化させていって省ごとでの対応を特化させた方が良いかもしれませんね」
「精霊省と魔学省みたいに?」
「はい。ただ何でも分業というのも難しいでしょう。今の省の内部でそれぞれ専門の対応部署を置くのが良いかと考えています」
「なるほど、頭には入れて置きたいから何か変化があったら教えてよ」
「わかりました。アニスフィアの方はどうですか?」
「その呼び方、慣れないんだけど……」
魔学を発展させる都市なのだからと私の名前をつけられた都市、私は新造都市とか魔学都市って呼んでるけど、アニスフィアって呼ばれると凄い落ち着かない。
不満げに唇を尖らせているとユフィがくすくすと笑って、両手で握っていた手を片手に切り替える。空いた手で自分のティーカップを手に取って、優雅にお茶を飲む。
「都市開発は順調だよ。私の住居も出来たから、今は基本的にはそっちで書類仕事やってる」
「何か困ってる事はありますか?」
「んー、大浴場が出来て癒しの一つは出来たと思うんだけど、やっぱり嗜好品が足りないかな? 仕事の後の一杯! って言う人も多いみたいだしね」
「嗜好品ですか……では提供する店舗や商会が必要ですね。生活が安定してきた証拠でしょうか?」
「そうだね。仕事の快適さはかなり上がったって言ってたよ。だから今度はそういった方面にも視線を向けていかないといけないかなぁ」
生活が充実してくれば娯楽や嗜好品にも目を向けたくなるのが人だ。エアバイクを使えば日帰りとは言え、馬車や徒歩であればまだまだ王都との距離は時間がかかる。道中に大きな町もないから娯楽とはちょっと縁遠いのが悩みの種だ。
「もう少し整地が進んだら飲食店や商会の勧誘を検討しても良いかもしれませんね。アニスなら城下町で声をかけてみたら意外と人が集まるんじゃないですか?」
「宿屋を継げない次男坊とかもいるかもね。また次男坊だけど」
「人材の有効活用ですよ」
「でも、逆に今の王都からは引っ張れないんじゃない? 宿屋関係なんて絶対忙しいでしょ」
「……確かに。難しそうですね」
人材発掘の一大政策で人の流入が増えた王都、必然的に宿屋を利用する人達も増える。そこから改めて人手を引き抜くのはまだ時期尚早だと思う。落ち着いたら是非とも来て欲しいんだけどね、私もお忍びごはんしたい。
「大衆食堂とかいいなぁ。私、冒険者ギルドでのご飯とかも好きでよく食べてたっけ。あそこ、食堂と酒場も併設してるから」
「冒険者ギルドの食事ですか」
「そうそう。冒険者向けの安飯からちょっとした贅沢まで幅広いメニューがあってね」
そんな過去の他愛のない話をユフィとすれば、話はどんどん弾んでお茶が無くなっていく。お茶が冷め切るまで私達の話題は尽きる事無く、ずっと喋り続けていた。
お互いの近況から、今後の展望について。ちょっとした事件や、誰が今何をしているかとか。
「父上はまだ解放されないの?」
「暫くは無理ですが、私とズラして休みを取って貰うようにしました。流石に義父上の趣味の時間まで割かせるのは心が痛みますから」
「本人は放っておいたらずっと土を弄くっていたいって思ってるだろうけどねぇ」
「アニスだってそうじゃないですか? 仕事がなくて、何の制限もなかったら魔学の研究をしたいんじゃないんです?」
「否定はしないけど……でも、前よりは切羽詰まってないよ」
結果を残したくて魔道具を開発するのに余念がなかった過去と今の私は違う。変わったんだろうとは思う。その変化を自分で口にするのは、少しばかり気恥ずかしいんだけども。
「今はとにかく雑務をもっと楽に片付ける魔道具を開発したい」
「その手の開発はハルフィスが強いですからね……最近は少し、その、壊れていますが」
「あの子も放っておくと仕事を抱え込むからね……」
「注意はしておきます。ただ、それだけ魔学省の人手が欲しいのでしょうね……」
「うん、あそこは人手が足りてないからね……」
最早、一種の魔境とも言える。どうしてあんな事になってしまったのか。職員達には合掌を捧げておこう。
「精霊省も忙しそうですよ。あのミゲルがラングに捕まってましたから」
「ミゲルが?」
「一時期はジルトゥ殿と一緒に業務を手伝っていた経験がありますし、ミゲルは小器用でどこにでも派遣出来ますからね。状況に応じて様々な部署の助っ人として奔走してますよ。今回はラングに捕まったようですね」
ミゲルは“影”、つまりは諜報を引き受けているグラファイト家の嫡男だ。その為、どんな状況でも一通りの仕事がこなせるという事から人手が足りない部署に派遣される形で働いている。
本人はやる事が多くて目が回るよ、って言ってるけれども、それで探りを入れたりしてるんだろうなぁ、と思うと随分な働き者である。ただミゲルの趣味にも一致してるから楽しんで仕事をしてるんだろうけど。
「皆、慌ただしく変わっていくねぇ」
「貴方のせいですね。それとも貴方のお陰と言うべきでしょうか?」
「どっちでもいいよ、私としてはね」
盛り上がってくれるなら私をどう思うのかは本人の自由だ。国を騒がせる原因になってしまったのも事実だし、今動いている諸々が纏まればパレッティア王国は更なる力を得る事が出来るだろうと思う。
それは楽しみな未来だ。その為の切っ掛けになれたのであれば、それは私にとっても喜ばしい事なんだから。
ふと、するりとユフィの腕が私の腕に絡んでユフィがしなだれかかってきた。そのまま私の胸元に頭を預けて、甘えるように擦り寄ってくる。
「……ユフィ?」
「大変で、凄く疲れるけど……とても日々が充実しています。それが嬉しくて、幸せだと思いまして」
「……そっか」
ユフィが絡ませていない手でユフィの頭を撫でながら私は微笑んだ。確かに仕事は毎日増えるばかりで減る気配なんて見えない。いつ終わるのか、なんて考えてしまう時もある。
でも、それだけ日々は充実している。それを幸せと呼ぶ事が出来る私達は幸せ者なんだと思う。
「……離れて寂しいと思う事も、だからこそこうして傍にいられる事が嬉しいと思うのも。私には眩しいぐらいの宝物になりそうです」
「……そうだね。でも、ね」
「?」
「出来るならずっと一緒に居たい。これからもずっと、ユフィがいつか女王を降りる日が来たらさ。旅に出ようよ」
「……旅ですか?」
「私達の遊び場は、この王国だけじゃ狭いと思わない?」
私が知っている世界は、まだこの国だけだ。母上の伝聞でしか知らない他国の景色だってまだ広がっているんだ。その景色を、いつかユフィと見に行けたら良いと思う。
ユフィは目をぱちくりとさせて私を見る。それから、ふっと微笑んで私の方へと顔を寄せてくる。私からも顔を寄せて、軽いキスをしてから頬を擦りつけ合う。
「……何十年先の話ですか」
「案外、先が近いかもよ? 王位継承の問題があるけどさ」
「……子作りのお誘いですか?」
思いっきり頭突きしておいた。突然、私に頭突きをされたユフィは小さな悲鳴を上げて私から離れた。非難がましい涙目が私を睨む。
「……酷いです」
「馬鹿な事を言う方が悪いわよ」
「馬鹿な事じゃないです。必要になったら作らないといけないんですから。……それに必要じゃなくても、欲しい、です」
真剣な目のユフィの視線に耐えられず、私は仰け反るようにして距離を取る。私の頬は多分紅く染まってると思う。その顔が見られたくなくて、顔を背けた。
「……ユフィは子供欲しいって思うんだ」
「いつかは、ですけどね。流石に今すぐは無理なのはわかってますよ。ちょっとした夢なんですから」
「夢?」
「“この世界が、私と私が愛した人が変えた世界ですよ”って、自慢してみたいんです」
少しだけ恥ずかしそうに、でも夢を見るように呟いたユフィの声に私はユフィに視線を戻してしまう。
ユフィの頬も少しだけ紅くなっていた。だけど、そこに浮かぶ表情は本当に幸せそうな女の子の顔で。私は胸がぐっと苦しくなるような衝撃に眉を寄せてしまう。
「…………いつかは、ね」
「はい。いつかお願いします」
未来はまだわからない。私達がどうなっていくのかはわからない事だらけだけど。
今日のような、夢を語り合った日々をいつか愛おしく思う日が来る。その確信だけは絶対に外さないと思えた。
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