第12話:その都市の名は
モニカを迎え入れて、改めて私の住居を建設する計画を詰める為にダールマさんを招いて話し合う事になった。
モニカは私の従者という扱いになった。立場としては一番格下になるけれど、それでも私の従者という肩書きがモニカへの無礼を防いでくれる事だろう。
「本当に建設現場に魔法を導入しようとは、驚きましたな」
「時は金なりというものです、使えるものは使いますよ。将来的には魔法に頼らずとも工期を短縮する技術開発なども行っていきたいので、その試金石とも言えますね」
「私共も魔法に頼り続けようとは考えておりませんよ」
以前からダールマさんには魔法が導入される可能性がある事、しかし今後も魔法による手助けが入る訳ではない事。新造都市が本格的に稼働するようになったら幅広い分野で魔道具の技術革新を進めていく事を説明していた。
ダールマさん達もこの都市の重要度が高いからこそ、建設現場に魔法が導入されるのだと特別扱いは認識しており、逆に魔法がどれだけあれば楽になるのかを検証して貰えれば魔道具として欲しいもののイメージが掴めるかもしれないという事で納得して貰った。
「では、以前から話してた通りに工事の順番を入れ替えるのが最善と」
「地盤を整える所から始めますが、そこが時間のかかる所ですからな。この部分をどれだけ魔法で短縮出来るかによります。後は設計図通りに工事が出来るようになるのか、検証として何名かつけますのでアニスフィア王姉殿下に指揮を執って貰いたいです」
「わかったよ、元々監督役としてここにいる訳だからね」
そうして話し合いはスムーズに進み、まずはモニカと一緒に確認役の作業員達を連れて地盤作りから始める事になった。
モニカと一緒に建設予定の設計図を見て頭に叩き込み、土魔法を行使して場を整えていく。私の住居は都市の中央に建設される事となる。ここに神殿など重要な施設が併設して建てられ、都市の中心点となっていく事になるだろう。
モニカも最初こそ魔法の制御に苦しんでいるようだったけど、使えば使う程にその練度も上がっていく。見ているだけではなんだからと、ナヴル達もモニカにアドバイスをしていく内にめきめきと魔法の腕も上げていく。
どんどんと魔法の練度が上がっていけば、モニカ一人で何十人分もの働きになると作業員から太鼓判を貰った。
ここに設立される神殿に水の精霊石を組み込んだ祭壇が設置され、上水道に送り込む水の供給地点の一つとなる。ここから送り出された水が都市に張り巡らされ、各家庭に利用される水となる訳だ。
そして生活排水は下水道を通り、都市の外部に幾つか設置される浄化槽に送られる。この世界での浄化槽は魔法がある世界ならではの技術で飲料可能な水にまで浄化が出来る。将来的には浄化槽の管理人なども仕事の一つとして大きな雇用になる予定だ。
浄化槽で浄化された水は非常時に使える水として溜め池を作って管理し、余剰分は汲み上げて容器に保管する予定になっている。この水は改めて神殿に戻されて更に浄化をして再び上水道に戻したり、各家庭に備蓄用として販売したり、旅で立ち寄る人に無料で提供する予定だ。
そんな壮大な企画が動き始めて、関係者の間でも驚異的と言われる程の速度で工事は進行していった。
――そして、私が新造都市建設予定地に派遣されてから四ヶ月目を迎えた日の事。遂に私の住居が完成する事となった。
* * *
「いやぁ……こうして見ると壮観って言葉を呟くべきかな」
私の目の前には、かつて廃村と草原しかなかったような地のど真ん中にでかでかと建てられた建物がある。これが都市の中枢部、つまりは都庁となる。
私の第一印象は、外観だけみれば前世で言う所の“学校の校舎”にも見えた。もっと言えば、“レトロ”な雰囲気を感じさせる三階建ての校舎だ。勿論、雰囲気の話であってピカピカの新造だけど。
流石に城を建てるとなると時間がかかるし、何よりまずは多くの人を受け入れられる住居という目的で建てていたんだけれども、外観が見えて来た時から妙に既視感を覚えると思っていたら、完成してようやく合点がいった。
とは言っても、中身まで校舎そのものという訳ではない。体育館のような大きな建物は騎士達向けの大浴場であり、学校の教室に相当するのは騎士達や来賓の護衛の為の宿舎になっている。
都庁の宿舎の横には神殿がどんと建てられていて、更に水道回りの関連施設が横に併設されている。また宿舎の建物とは別に立派な屋敷が建てられていて、ここでは私が普段生活したり、外から来た貴族などのお客様を迎える役目がある。
「まずは第一歩ですが、一つの区切りとなりますね」
「プリシラ、荷物はもう移し終えたの?」
「えぇ、騎士達が手伝ってくれたので。彼等もこれ幸いと自分達の荷物を宿舎の方に移していますよ。今日は念願の大浴場を楽しんで、夜には酒盛りでもするのだとか」
「羽目を外しすぎないように、ってガッくんに言って釘を刺してもらおうか」
宿舎の完成を喜んでくれたのは何よりも騎士達だった。一応、放置するのもどうかと思って簡易浴場、天幕で囲った露天風呂もどきは騎士達に作ってあげたんだよね、お湯の温度を維持する魔道具なら私が片手間に作れるし。浴場が使えるという素晴らしさを布教する為なら手間を惜しむ理由もない。
こっちの建築が早く終わるならと、工期の調整を入れてくれたダールマさんが人手を回してくれた事もある。中心点であるここと終点を結べば水道の完成具合も計れるからという事で私の住居の建設を早めてくれた。本当にありがたい事だ。
「まだ作らないといけないものはいっぱいあるけどね。まだ水道工事は半ばだし、私の工房だって作る予定でしょ? 生活基盤が整ってきたってだけだよ」
「そうですね。ですが、モニカが来てからやはり劇的に進行が早くなっています。いずれ全ての設備が整うのも時間の問題でしょう」
モニカは最初は憂うような顔も多かったけれど、次々と積み重なる仕事に段々と表情が消えていき、最後には目の光が消えた。しかし、ある日から何かスイッチが入ったのか嬉々として魔法を使うようになってきた。
最初は使命感や贖罪の意識が垣間見えたモニカだけれども、周囲からの称賛の声などを受けるようになって段々と魔法を使う事が楽しくなってきたのだと言う。実践で鍛え続けた魔法の腕前は最早一流といっても過言ではないと思う。
魔法がどんどん巧みになっていくのは本人の努力だけじゃなくて、血の才能もありそうだけど。流石、元魔法省のトップを務めたシャルトルーズの系譜……。
「王姉殿下! そろそろお時間ですので、シアン伯爵邸へ参りましょう!」
「シャルネ。あれ、もうそんな時間?」
パタパタと小走りで駆け寄ってきたシャルネに私ははたと気付く。
今日は私の住居が完成したという事でユフィが視察に来る。これは以前から決められていた事だ。
そのまま私はプリシラとシャルネを伴ってシアン伯爵邸へと戻る。シアン伯爵邸の前にはガッくんが待ち構えていた。ナヴルは今日はモニカの護衛という事で彼女と一緒に建設現場での作業に従事している。
「王姉殿下、もうユフィリア女王陛下が到着してますよ。応接間でお待ちしてます」
「わかった、すぐ行くよ」
ガッくんからの報せに私は気持ち早めにシアン伯爵邸の応接間に向かった。
中へと入れば既にドラグス伯が待ち構えている。そしてユフィの姿もそこにあった。今日のお付きはレイニだ。二人とも小さく笑みを浮かべて私を出迎えてくれた。
「アニス、お疲れ様です」
「ユフィとレイニも。なんとか完成まで漕ぎ着けたよ」
「後でゆっくりと視察したいと思います。今日はその視察も含めてですが、取り急ぎ決めなければならない事がございます」
「ん? なんか決めないといけない案件ってあったっけ?」
「はい。そろそろこの都市の名前をつけても良いかと思いまして」
ユフィの言葉に私は思わず掌をぽんと叩いてしまった。そういえば新造都市とは呼んでたけれど、この都市の正式な名前まではまだ決めてなかったんだっけ。
「都市部はまだまだこれからですが、都市の中枢部となる建物の建設は終えたのでタイミングとしてはこの機会と思っていまして」
「成る程ね。でも、名前かぁ……それって私が決めないと駄目?」
「そういう訳ではありませんが。一応、こちらで一つ、命名案をお持ちしましたが」
そう言ってユフィはニッコリと笑みを浮かべた。まるで悪戯を企むかのような茶目っ気のある笑顔だ。後ろでレイニもちょっとだけ笑みを深めていて、笑いを堪えているかのように見える。
え、名前だけで何かそんなに笑う事ある? ……何か、凄く嫌な予感がしてきたんだけど。
「議会でも、この名前で良いんじゃないかと推されましたので。あとはアニスの承認が下りれば正式な都市の名前として採用したいと思っています」
「……その名前って?」
「――魔学都市“アニスフィア”」
…………私は頭痛を解すように眉間を指で押さえる。耳が遠くなったかな? うん。多分、きっとそうだ。
「ごめん、ユフィ。もう一回言ってくれる?」
「ですから、魔学都市アニスフィア、です。アニスの名前を使おうかと思いまして」
「なんで!?」
「よくある事じゃないですか、偉人の名前に肖って名前を付けるのは。魔学の都市なら名付ける名前はアニスフィア以外にないと思いまして」
えっ、私の名前になるの!? 確かに言わんとする事はわかるけど、私の名前が都市の名前になっちゃうの!? 凄く恥ずかしいんだけど!?
「尚、議会では満場一致で賛成票を得られました。もし別の名前を挙げる場合は、その賛成票を越える票を持参の上、お願いします」
「それ実質拒否権がないって事だよね!?」
「それだけこの都市につける名前は、貴方の名前が相応しいと皆が思っているんですよ、アニス」
ユフィが曇りの一切ない笑顔で言い切った。うぅ、だ、だからって私の名前が都市の名前になるのは……。
「良いと思います! この都市に相応しい名前ですよ!」
「僭越ながら、私からも賛成に一票を」
「じゃあ俺も」
シャルネ、プリシラ、ガッくんにまで裏切られた。うわ、これ絶対どう足掻いても覆らない奴じゃない!?
思わず歯噛みをして唸り声を上げてしまう。羞恥心が込み上げて来るけれど、だからといってどうしようも出来ない……!
「……はぁ、もう。どうせ反対意見なんて言わせるつもりなんてなかったんでしょ?」
「はい」
「良い笑顔で言い切らないで。……一応、ドラグス伯とアリアンナ夫人にも聞きますけど、本当に私の名前なんかで良いんですか?」
「むしろ、王姉殿下の名前を冠する事が出来るのであればこれ以上の名誉はございません」
「えぇ、是非とも歓迎致します。魔学都市アニスフィア、良い名前ではございませんか」
領主にもそう言われたら仕方ない。私はがっくりと肩を落として、赤くなった顔を隠すので精一杯だった。
* * *
夜になった。
私は都庁の屋敷、その屋上に座って空を眺めていた。都市の名前が確定したという事でそれは作業員や騎士達に伝えられ、ちょっとした宴になってしまっている。
灯りを焚き、誰もが陽気に酒と食事を楽しんでいる。遠目にガッくんがはしゃいでる姿を見かけた。その横で溜息を吐いているナヴルも。
灯りの炎から煙が上っていく。ゆらゆらと夜風に揺られながら空に昇っている煙を見ていると、背後に気配を感じた。
「隣、失礼しますね」
「ユフィ。女王陛下がこんな所で何してるのさ」
「それはこちらの台詞ですよ」
屋根の上にユフィも座る、はっきり言って行儀が悪い行いだろう。口うるさい貴族でもいればなんとはしたない! って怒られてたかもしれない。
「ここからなら、都市が良く見えるから」
「……まだまだ未完成ですけど。きっと良い都市になると思います。なにせ貴方の名前をつけたんですから」
「恥ずかしいから止めて欲しかったけどね」
満足げに微笑んで言うユフィに思わず苦笑してしまう。羞恥心は大分和らいだけれど、消える事はなく私の胸に燻っている。
魔学都市アニスフィア。小声で呟いてみても実感はない。それは、まだこの都市の建設が道半ばだからなのかもしれない。
「……ここからどんな景色が広がって、どんな風に見えるのかな」
「楽しみですか?」
「――楽しくない訳ないに決まってるじゃん」
名前が残されるって事は、それは私がここで生きて来た証になる。
転生して、前世の記憶を取り戻してからもう十年以上の時が経過している。何年か前まで私は厄介ものでしかなかった。この世界を騒がせるだけの存在でしかなかった。
でも、私はこうしてこの地に根を下ろせるのかもしれない。その象徴が、私の名前をつけられた都市だと言うなら……それは多分、本当は心の底から誇るべき事なんだと思う。
ただ、それをすぐに受け止めるのにはもうちょっと時間がかかりそうだった。
「楽しみですね、アニス」
「……うん」
ユフィと並んだまま、未だ完成し得ぬ都市を眺める。空には星が綺麗に瞬いている。
そっと伸びてきたユフィの手と私の手が握り合う。人々の楽しそうな喧噪を耳にしながら、私達はただ星空を見上げ続けた。
* * *
「――……報告は以上となります」
「ご苦労だった。……それでは、追って次の任務を伝える」
そこは闇。深い闇の中、誰も踏み入れぬ場所。踏み入るのは只人ならぬ影のみ。
影が囁き合い、静かに蠢く。しゅるり、しゅるりと這い寄る蛇のように。
「このまま事態を眺めている訳にはいかん。何としても悲願を叶えなければならない」
「……では、本気で例の計画を実行すると?」
「無論だとも」
影は鷹揚に頷いてみせる。影の中でぎらぎらと研ぎ澄まされた瞳は何かを睨み据えている。瞳の奥に深い情念を焔のように燃やしながら。
「――アニスフィア・ウィン・パレッティア。彼女を射止めねば我等に未来はない」
影は、未だ日に照らされず。もっと深く、暗い闇の中へと消えていった。
今回の更新で第二部第一章「王姉殿下と魔学都市」は終わりとなります。
次章の更新は少し間を置いてからの更新になるかと思います。ここまで読んで頂いた方には感謝申し上げます。
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今後も転生王女と天才令嬢の魔法革命をよろしくお願いします。




