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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第1章:王姉殿下と魔学都市
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第11話:罪を贖うという事は

「……シャルトルーズって」


 私の声はきっと乾いていたと思う。まさか、今になってその名前を聞く事になるなんて思わなかった。

 後ろで私の護衛についていたナヴルが驚愕の声を漏らしていた。恐らく彼にとっても信じがたい話だろう。だって、あのシャルトルーズだ。


「……君は、モーリッツの……」

「腹違いの姉です、モーリッツ様とは面識はございませんが。失礼ですが、貴方様は……?」

「……ナヴル・スプラウト、スプラウト伯爵家の息子だ。モーリッツとは……学友だった」

「まぁ……それは、なんと申し上げれば良いのか……」


 モニカが驚いたように口元に手を添えてナヴルを見た。ナヴルはモニカの顔をジッと見た後、何かを堪えるように唇を噛みしめて視線を逸らしてしまう。


「モニカは本当にあのシャルトルーズ伯爵家の……?」

「はい。ですが母に口止めされておりましたし、私がシャルトルーズ伯爵の庶子である事も知られてはいけないと遺言を残して、そのまま……なので証となるようなものは持っていません」

「……どうしてそんな事に」

「母はシャルトルーズ伯爵家に勤める下働きだったのですが、伯爵様が世継ぎを作る為の……その、予行相手だったと母から聞いております。母が孕んでしまった為、口止め料と共に放逐される事となったと」

「……下働きだったんだよね?」

「えぇ、伯爵様に見初められたとの事です。……母は泣いていましたが」


 ……思いっきり眉間に皺が寄った自覚がある。あまりにも身勝手な話過ぎる。もう処刑されてしまった相手だけど、まだ余罪があるんじゃないの?

 死人を悪く言いたくはないし、それは親の罪だけど。そんな親の下で育ったからモーリッツだって歪んだ思想を持ってしまったって言われても否定出来なくなってしまう。

 私はモーリッツ・シャルトルーズの事は詳しく知らない。魔法省長官の息子で、アルくんの側近候補。親が魔法省に勤めていた事もあって精霊信仰の篤い信者で、特権階級の意識と執着が強かったらしいとしか聞いてない。


「シャルトルーズ伯爵家の縁者は処刑されましたが、私は産まれた時から縁を切られていたので難を逃れたのです。母も既に亡くなっておりましたので……」

「そうだったんだ……」

「私が謝る事ではありませんが、私の縁者がアルガルド様を煽動してこの国を混乱に陥れようとしたと聞いております。その果てに、アルガルド様は追放されなければならなかったと」

「……それはモニカが謝る事じゃない。貴方がシャルトルーズ伯爵の血を引いていたのだとしても、産まれた時から縁を切られていたなら関係ない話だよ」


 アルくんの追放は仕方なかった。アルくんの追放には私の罪だって含まれている。私が自分を曲げられなかったから。アルくんと歩み寄る努力を放棄してしまったから、付け入る隙を生み出させてしまった。

 誰が悪いと言うなら、多くの人が罪を抱えていて、それが結果としてアルくんが追放されなければならない致命的な状況を生み出してしまったという話なんだ。ましてや家から縁を切られていたモニカが責任を感じるのなんておかしな話だ。


「それでも、私には罪人の血が流れているのです。……アルガルド様の追放の後、王姉殿下は一時期、城下町にも降りて来なくなりましたよね? そして王姉殿下が次の女王になるかもしれないと話が出た時、期待する人も多かったのですが、同じぐらい貴方を心配する声も聞いたのです。私はそれ以来、必死に精霊や神様に許しを得るべく祈りを捧げる日々を送っていたのです」

「そんな祈りを捧げられるような事でもないんだけど……」


 大袈裟だと言い切ろうとした私にモニカは首を左右に振って、切実な視線を私に向けてくる。


「貴方様がどれだけ城下町の住人から愛されていたか。そしてどれだけ貴方が民の声に耳を傾けてくれていたか私は知っています。私だってその恩恵に与っていた事を肌で感じていました。そんな貴方の表情を曇らせたのが私の縁者だと知った時、私は己に流れる血を呪いました。そして、例え呪った所で何の意味もないと悟りました。それでも呪わずにはいられなかった……」

「……それで、どうして私の所に?」

「こんな私でもアニス様のお力になれるのでしたらと、そう思って志願した次第です」

「私は別にモニカを恨む理由もない」

「はい。それはユフィリア女王陛下にも指摘されました。ですから結局、私が自分を許したいだけなのでしょう。そして私の贖罪は貴方様の下でしか叶わないのです。私の適性がアニスフィア王姉殿下が望むものだったのは精霊による采配だったと思いたいのです」


 私は渋い表情を浮かべていると思うけど、モニカにそう言われるのは釈然としないんだ。別にモニカが気にするような事じゃないんだけど、それはきっと本人にしか許せない事なんだと思う。

 ……シャルトルーズ伯爵家の血の因果か。きっと最後の生き残りといっても良い。彼女のような人材こそ拾い上げる為の政策だったと思えば目的には適っている。それなら私がするべき事は一つだ。


「敢えてこう呼ぶよ。“モニカ・シャルトルーズ”」

「……はい」

「その力、私の為に使いなさい。今度こそ、その尊き血を引いた身を国の為に、王家の為に捧げなさい。そうすれば貴方の血の罪は贖われる。君の働きを期待しているよ」

「……勿体ないお言葉です。どうか、心よりお仕えさせて頂きたく思います」

「いつか、ただのモニカとして君が私に忠誠を誓えるようになる日を待ってる」

「……ッ、はい」


 そのまま崩れ落ちてしまいそうになる程にモニカが深く腰を折って頭を下げる。

 ぽたりと彼女の頬を伝って落ちたような気がしたけど、敢えて見なかった事にする。


「シャルネ、彼女との挨拶は済んだ。今日は休ませてあげて欲しい。ドラグス伯、彼女の部屋は既に用意されておりますか?」

「はい。シャルネ嬢達に貸し与えている部屋の近くの空き部屋を整えております」

「であれば、私はその場所がわかりますのでこのままご案内させて頂きますね!」


 ちらりとシャルネが私に気遣うような視線を向けた後、モニカを連れて部屋を退室していく。顔を上げた頃、モニカは何事もなかったように微笑を浮かべていた。

 退室の際にもう一度だけ深く頭を下げて、モニカがシャルネと一緒に退室していく。重い沈黙が広がったけれど、私は溜息を吐いて空気を押し流す。


「……思わぬ人材が釣れたわねぇ」

「えぇ、私も本当に吃驚しました。……アニス様、あの」

「わかってる。モニカみたいな子こそ、私達が手を伸ばさなければならない人達よ。ちゃんと面倒は見るって、蟠りなんて本当はないんだから。あとはモニカ次第よ」

「……はい」


 レイニがここに連れてきて良いって判断したって事は悪心はないんだろうし。後は彼女が自分で自分を許せるかに掛かっている。

 レイニにとっても複雑な相手だろうな、モニカは。シャルトルーズ伯爵家はレイニを姦計に利用しようとした相手であり、自分が運命をねじ曲げてしまった相手なのだから。

 それもモニカには罪もない事なのに、きっと自分を許せない限りはモニカも救われないんだろう。ならここで彼女の望みのままに働かせるだけだ。


「まぁ、楽なんてさせるつもりなんてないけどね。余計な事なんて考えられないぐらいに仕事を振ってやるわよ」


 くっくっくっ、とわざとらしく悪役っぽい笑い方をしてみたら皆にドン引きされた。……なんでよっ!



 * * *



「……アニスフィア王姉殿下」

「うん?」


 モニカが退室した後、モニカの今後の扱いや世間話をして私は退室した。レイニはドラグス伯と話したい事もあるだろうし。イリアも置いてきたけど、イリアなら上手くやるでしょ。ドラグス伯としては複雑かもしれないけれど、歴とした恋人な訳だし。

 そんな訳で、シアン家の家族の団欒の為に私は退室した訳なんだけれど。何故か深刻そうな表情を浮かべたナヴルに呼び止められた。


「何、ナヴル?」

「…………いえ、その」

「――アルくんの事?」


 図星か。ナヴルはすぐに表情を歪めて、視線を逸らしながら俯いてしまった。多分、そんな事だろうと思ったけれど。


「……今更ですが、私はアルガルド様のお側にいたのにも拘わらず諫める所かシャルトルーズ伯爵家の姦計に手を貸してしまったようなものです。その件について私は貴方に何も謝罪を――」

「要らないよ」


 ナヴルの言葉を遮るように私は言葉を重ねる。言わせないよ、謝罪なんて。


「しかしっ」

「アルくんの件は別にナヴルだけが悪い訳じゃない。ましてやシャルトルーズが全部悪い訳でもない。企みに乗ったアルくんも悪い。……アルくんを突き放した私だって悪い」

「……アニスフィア王姉殿下」

「時代の流れだよ、責任を求めるなら誰もが悪かった。でも、じゃあ誰か一人が頑張ればどうにか出来たかって言うなら無理だよ。その責任を担うべきだったのは私なのかもしれないけど。最初からアルくんを第一王位継承者から引きずり下ろせば良かったんだ。そうしたらアルくんは自分の立場と評価に苦しむ事はなかったかもしれない」

「そ、それは、そんな話では……!」

「それぐらい荒唐無稽な話をしなきゃ状況は覆らなかったんだよ。だからシャルトルーズの罪は重くなったんだ。あれはシャルトルーズ家だけの罪じゃない。少しずつ歪んでいたパレッティア王国の歪さが生み出した罪だ。自業自得だけど貧乏くじを引いたようなものさ、だから君一人が背負える責任じゃないんだよ」


 私はナヴルに向き直って、その胸にとんと拳を当てる。叩くわけでもなく、ただその胸に押し付けるように。


「その責任を背負うのが王族であり、その王族を支えるのが貴族じゃないの? 君が謝るとしたらアルくんにだ。お支え出来なくて申し訳ありませんでした、って。私に謝らないでよ」

「…………申し訳ありませんでした。心を乱してしまいました」

「ん。仕方ないよ、まさかシャルトルーズの血縁がまだ生き残ってたなんてねぇ。それ自体は喜ばしいけれど、その出自まで考えるとどれだけ余罪があるのかって思っちゃうよね」


 ナヴルの表情は少し和らいだ。ナヴルもあの騒動に関わってるからね、正直利用された側だとも思うんだけど。そこはナヴルの感じ方だから私が口に出すような事じゃない。


「モニカの事、気にかけてあげなよ。色々と思う事があるんでしょ? 護衛って言っても私に張り付いてるばかりじゃないしさ。魔法を教えてあげたりしてあげれば良いと思うよ」

「……はい。お気遣いありがとうございます」

「いいよ。あの一件を招いたのは私の振るまいにも問題があったんだ。ナヴルに謝られると私も辛い」

「……申し訳ありません」

「はい、この話はこれでおしまい」


 ナヴルの胸に置いていた手を離して、胸の前でぱんと打ち合わせる。ナヴルもようやく気を取り直したのか、自然な表情を浮かべてくれた。


「というかアルくんもアルくんで悪いんだよ。もっと周囲に心を開くとかすれば良かったのに」

「……物静かな方でしたからね。どこか距離を置かれているような、己を役割に当て嵌めている、そんな方でした」

「ふーん? そういえばアルくんの傍にいた男性にそういう話は聞いた事はなかったな。ユフィとかレイニからは聞いた事があるけど。……やっぱり周囲に心は開いてなかったのかな」

「今となってはそう思います。……あぁ、でも」

「でも?」

「レイニに心を砕いていたのはアルガルド様の本心だったと思います。周囲に振り回されて、それでも気丈に振る舞うレイニを気にかけているようでしたから」


 アルくんがレイニを気にかけていたのは本心のように思える、か。アルくんは打算もあってレイニに近づいたって言ってたけど……。


「……あの二人って出自が違う癖に色々と似通ってたからね」

「そうなのですか?」

「うん。自分じゃどうしようも出来ない状況に追い込まれて、それでも周囲に求められるように生きなきゃいけなかった所とか。だから通じ合う部分はあったんだと思う」


 レイニは魅了の力によって求められた偶像から、アルくんは王族という生まれから求められた理想から。周囲から望まれるものが大きくなれば大きく成る程、彼等の自由を奪った。まるでゆっくりと首を絞めていくかのように。

 そういう所が似ていたんだと思うと、レイニも話してくれた事があった。どうしようもない状況に翻弄されていた二人は、もし何か一つでも形を変えていたらかけがえのない存在になれたのかもしれない。


「……アルガルド様が心を閉じていたのは、ユフィリア女王陛下のせいかとも思っていた事があります」

「うん?」

「あの方は何をやっても優秀でした。そしてそれを鼻にかけたこともない。完璧な淑女でありながら、しかしアルガルド様を気にかけるような素振りを見かけた事はありませんでした。アルガルド様が心を閉じているのは、二人の関係が冷え切ってしまっているからなのだと……」

「あぁ……外から見たらそうなのかもね。まぁ、それも事実だとは思うけど、そのアルくんがユフィを拒んでいたのは私が悪いから」

「……成る程。本当にままならない訳です」

「でしょ?」


 ユフィとアルくんは才能や身分を考えれば最適な組み合わせだったと思う。だけど彼等個人の関係で言うなら最悪と言っても良いぐらい相性と状況が悪かった。

 その一因となった私が言う事じゃないと思うけれど、本当にどうしようもなかったんだよ。破綻は約束されてしまっていた。その破綻に様々な状況や思惑が絡み合ってあの大きな事件へと発展してしまった。


「でも、きっとそれで良かったんだよ」

「……良かった、ですか?」

「アルくん、辺境で凄く頑張ってるみたいだから」

「そう、なのですか?」


 ナヴルが目を見開かせて私を見た。そこには驚きの色がありありと見えている。私は得意げな笑みを浮かべてしまう。


「アルくんが飛ばされたのはまだ未開拓の辺境地でね。黒の森みたいに精霊資源の採掘地として活用出来る可能性があったけど、王都からも距離が遠いし補給線となる町や村が十分じゃなかった事から現状維持が精一杯だったんだよ。でも、最近アルくんが先頭に立って採掘地として整えられて行ってるんだって」

「……アルガルド様が、そのような活躍を……」

「表向き、公開はされてないけどね。それと、これは内緒にしておいてよ? ――その恩赦で、アルくんに新しい身分を与えようかって考えもあるの」

「それは本当なのですか!?」


 今度こそ驚愕という声でナヴルが声を挙げた。私は口元に人差し指を立てて声を落とすように示す。慌てたようにナヴルが口に手を添えて声を噛み殺す。


「まだ身内にしか言ってない話だよ。それにアルくんを王族に戻すって訳じゃなくて、そのまま辺境伯になって貰えないかって。それなら王都に戻る事は叶わなくても、アルくんの名誉を回復する事が出来る。アルくんはそれだけの働きを成し遂げようとしてるんだ」

「……そうだったのですか。アルガルド様が……」

「……本当は顔を見に行こうかとも思って、近くにまで行った事もあるんだけどね。怖くなって、気が向いても直前で足を止めちゃうんだ。だから名前を伏せた手紙だけ出してる」


 あれからアルくんと顔を合わせてはいない。近くまで飛んでいった事はあるけれど、結局顔を合わせずに戻ってきてしまった。

 それでも何もせずにはいられなくて手紙だけは出してる。誰からの手紙なんて書いてないから、読まれてるかなんてわからない。

 最初はアルくんに付いていったクライヴに渡したんだけど、次からはアルくんが住んでいる館に近づくのも無理になってしまった。


「……今更になって怖くなってるんだよね。多分、そんな事ないと思っても……もう一回アルくんに罵られたら、多分、かなり辛いから」

「……王姉殿下にとってアルガルド様は、どんな存在でしたか?」

「大事な弟だよ。立派になって欲しかった。私なんかに惑わされないで、真っ当な王様になって欲しかった。そう思えた私の家族だよ」

「……そうでしたか」


 突き放したのだってアルくんの為だって思ったけど、結局意味がなかった。むしろアルくんの為になんてなってなくて、私は酷く滑稽だった。そして、今更になってアルくんと向き直るのが怖いって思ってる。

 本当は凄いよって褒めてやりたい。ごめんねって謝ってあげたい。やれば出来るんだからって励ましてやりたい。いっぱい、いっぱい、言ってあげたい言葉があるのに。直接、顔を合わせるのは怖いんだ。


「……嫌われてた方が良いって思ってた人が、本当はそんな事はなかったって言われてもすぐに納得いかないよね」


 私の呟きにナヴルは何も言葉を返してこなかった。目の奧に篭もりそうな熱を払うように私は目元を拭って、ナヴルに笑いかけた。


「アルくんの事はまだ公式の発表じゃないから、黙っておいてね?」

「はい。心に留めておきます。……私も精進しなければなりませんね」

「その意気だよ」


 間違ったからってなかった事になんて出来ない。だから今に向き合って私達は生きていくしか出来ないんだから。

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