第2話:旅立ちの準備
この度、本作は富士見ファンタジア文庫様から書籍化して頂く事が決まりました!
書籍化に合わせて本作のタイトルを「転生王女様は魔法に憧れ続けている」から「転生王女と天才令嬢の魔法革命」に変更致しました。
web版の更新はこれからも継続していきますので、書籍化とも合わせてこちらも応援して頂ければ嬉しく思います。どうか本作をよろしくお願い致します!
新造都市の責任者として赴く事は決まったけれど、じゃあすぐにと現地に向かうという訳にはいかない。
王族としての自覚も芽生えてきた以上、昔のように思い付きで動くような事はしないように気をつけてる。
なので現地に向かうまでの準備を整える事。それがまず私のするべき事だった。まず元々請け負っていた仕事の引き継ぎ、それから私の身の回りの世話をしてくれる侍女の選抜、それから専属の護衛も何人か決めないといけない。
私が戦えるからといって護衛なんか要らない、とはもう言えない。私の仕事は上に立つ事。その上に立つ者が必要以上に前に出る事は後任の仕事を奪ってしまう事に繋がる。次の世代を育てる事も私の大事な仕事なんだ。
「嫌だぁ! 私達を置いていかないでください、王姉殿下!」
「うふふ……書類が一枚……二枚……三枚……ほら……いっぱいですよ、王姉殿下……」
「むしろ同行を! 同行をさせてください! 靴ですか、靴を舐めれば良いんですか!?」
そう、大事な仕事なんだ! 大事な事だから二回言った! だから私は纏わり付いてくる魔学省の職員を千切っては投げながら心を鬼にした。
私に泣きついているのは魔学省に入ってきたばかりの新世代、新しい体制で始まった貴族学院の卒業生達だ。ユフィやレイニ達の後輩に当たる彼等はゾンビの如く私に這い寄ってきて、必死に訴えかけてくる。
魔学省に夢と希望を抱いて、目を輝かせながら入ってきた彼等はすっかりと目が死んでいた。日々書類の処理や研究実験の成果のまとめ、消費した備蓄や搬入された備品の整理、予算の獲得の為のプレゼン作成など目が回るような仕事に追われている事は私も良く知っている。
だってその最終的な監修や補助をしていたのが裏方に回っていた私だからね。まぁ、実務は彼等に任せていた訳だから私が抜けてもさして問題ないと思ってたんだけど……。
「えぇい、離れなさい! 仕方ないでしょ! 王命よ、王命! それに私は裏方で、実務は貴方達が担当していたんですから大丈夫でしょ?」
「王姉殿下がいるといないとじゃ全然違いますよ!?」
「困った時のアドバイスが的確じゃないですか! 創始者なんですから当たり前かもですけど!」
「先輩方は目がギラギラしてるし、偶に発狂してるし、まともに応答が出来る確率が高いのが王姉殿下なんですよ!」
「王姉殿下もちょっとアレな所がありますけど、消去法で一番まともな人なんです! 行っちゃ嫌です! 王姉殿下がこの狂人の巣窟の癒しにして救世主なんです!!」
「酷い信頼のされ方をされてた事に私は嘆けば良いのかな? ん?」
いつから魔学省は狂人の巣窟になったのか。いや、たまに近衛騎士団から頭のおかしい実験に巻き込むのは止めてくれとか苦情が来た事もあったけど。
それもこれも魔学省の仕事が人手が増えるよりも早く雪だるま式で増えてるのが問題なんだけど、こればかりは仕方ない。……多分。
というか私がまともな人扱いされてる状況がもう混沌としてるよ。私が主導で研究とか始めてたらこの子達、本格的に発狂してたのかもしれない。
「悪いけど魔学省の貴方達は引き抜けないわよ? ただでさえ人手不足なんだもの」
「そんなぁッ!」
「王姉殿下までいなくなったら、私達までおかしくなってしまう!」
「ようこそ狂気……こんにちはお仕事……さようなら休暇……」
「え、えぇ……?」
そろそろこの両手と両足にへばりついてくるのをなんとかしたいんだけど、引き剥がそうとするのも可哀想でちょっと困る。
「――貴方達、何をしてるんですか?」
その中に靴音が響き渡った。この混沌とした場に現れたのは魔学省の所属を示す白衣じみたローブを纏い、優しい色合いの茶髪を編み込んで結い上げている少女だ。きらり、と眼鏡が青色の瞳を隠すように煌めいたように見えた。
ひぃ、と私に纏わり付いていた魔学省の職員達が私から飛び退き、互いに身を寄せ合うようにして一塊に纏まって震えている。その様はこの場に現れた少女に恐れ戦いているかのようだ。いや、実際恐れ戦いてるんだけどね。
私は眼鏡を煌めかせたまま、憮然とした表情を浮かべている少女――ハルフィスに片手を上げてみせた。
「ハルフィス、お疲れ様」
「お疲れ様です、王姉殿下」
憮然としていた表情を柔らかな笑みに変えてハルフィスは朗らかに挨拶を返してくれた。
ハルフィスは眼鏡をかけるようになってからますます委員長と言うのに相応しい印象を感じるようになってきている。
彼女もまた女性として溜息が出るほどに綺麗になっていた。あとそこはかとなく漂う人妻と言うべき雰囲気。アンティ伯爵夫人としてマリオンと結婚してから、ハルフィスは益々その魅力を磨いていた。
「ユフィリア女王陛下からお伺いしました。この度は新造都市計画の責任者となったと。心からお祝いの言葉を贈らせて頂きます」
「止めてよ、そんな改まって。でも、ありがとう」
「はい。私はここから離れられない身ですので、アニスフィア王姉殿下の吉報が届けられる日を心よりお待ちしておりますね」
「……もしかしたら忙しくしちゃうかもしれないけれどね、こっちも」
ぼそっと呟いた瞬間、ハルフィスの穏やかな笑みが僅かに変化する。目の焦点が合わず、やや首が横に傾げる。まるで糸に吊られた人形が笑っているかのような仕草だ。カタカタ、という音がどこから聞こえてきそう。ちょっとしたホラーだ。
「えぇ、えぇ。それは、それはもう、仕方ない事かと? 大丈夫です。お任せください。私は行けます」
「どこに行くの……」
「あははは。まぁ、この子達の気持ちもわかります。後ろにアニスフィア王姉殿下が控えてくれるって言うのは本当に心の支えでしたから」
すん、と奇妙な笑い方を戻して、ハルフィスが苦笑してから震えて固まってる職員達を見て言う。
「創始者なだけあって辿り着く到着点へのアドバイスは何よりもありがたかったですし、どうしても行き詰まった時の息抜きもさせて貰いました。あと、王姉殿下が裏で交渉の手を回してくれたりと、本当に助かってたんですよ。アニスフィア王姉殿下が復帰するまで、それ、私の持ち回りでしたから……うっ……予算……獲得……人材……確保……研究時間……捻出……スケジュール調整……噛み合わない予定……!」
「ハルフィス、ハルフィス。戻ってきなさい」
「はい。私は大丈夫です」
ハルフィス、目が逝ってるよ? ちょっと頬を引き攣らせながら私は何も言えなかった。確かにその手の仕事は皆が大変そうだったから私が引き受けてたけどさ……。
……あれ? それなら誰でも出来るよね、って思ってたけどもしかしてそうでもなかった? いや、ユフィにお願いされた以上、私はそっちを優先するしかないんだけど、ちょっと罪悪感が……。
「……本当に大丈夫?」
「そこはマリオン様に助けて貰います。対外折衝はマリオン様の方が得意ですから。私は魔学省内部の業務の円滑化の為に動いてる方が向いてると思うので」
「最適化はハルフィスの得意分野だからね、信頼してるよ」
「恐縮です」
不安な事もあるし、心配だけどハルフィス達だって頑張ってる。無理はしない範囲で、いや、無理かもだけど、潰れない程度に尽力して欲しい。
「さぁ、貴方達! そこで震えて固まっているぐらいでしたら暇なんでしょう? 暇なんですよね? あぁ、良かった! 丁度人手が欲しいと思ってたんですよ!」
「ひぃぃぃい! ハルフィス先輩が今日もおかしくなってるぅ!」
「アンティ伯爵を! アンティ伯爵を呼んで来い! まだ最終段階手前だ、まだ間に合う!」
「わかったわ! 貴方達! ここは私に任せてハルフィス先輩を足止めして!」
「いや、私が! 貴方では不安だわ!」
「何を言ってるんだ! 俺が行く!」
「抜け駆けは許さない……!」
……本当に大丈夫かな、魔学省。
* * *
魔学省の仕事の引き継ぎをこなしつつ、並行して新造都市予定地に連れて行く人員を決めなければならない。
侍女はイリアが選定してくれているという話だから、私は護衛に連れて行く騎士を選定する事にした。その為に近衛騎士団の詰め所に足を運んでいた。
「と、言う訳でガッくんを貸してください、スプラウト騎士団長」
「何がそういう訳なのかはわかりませんが、だいたいわかりました。ガーク・ランプをお貸ししましょう。おまけはいりますか?」
「いきなり連行されたかと思ったら、あっさりと俺の身柄が売り渡されてるんですけどぉ!?」
道の途中で訓練途中だったガッくんの首を引っ掴んで、そのまま騎士団長の執務室に連行した。
護衛をする騎士で信頼がおけるって言ったらガッくんだし。だって気心も知れてるし、頑丈だし、私と気が合うし。
「え? 嫌なの?」
「嫌とは言いませんけど、こう、もっと夢とか浪漫を感じる任命をされたかったです……!」
「ガッくんは我が儘だなぁ……」
「この人にそんな夢を見た俺が馬鹿でしたよ!」
悪態は吐くけど、ニヤニヤしてるのが隠せないからガッくんは可愛いねぇ。ただ敬語とかもうちょっとしっかりしようね、私が言うのもなんだけど。
スプラウト騎士団長は私とガッくんのやりとりを見て苦笑を浮かべていたけど、何も指摘はしなかった。ガッくんもちゃんと言えば出来ない子じゃないからね。
「しかし、ガークだけでは護衛としては足りないでしょう。せめてあと一人は連れて行ってください」
「私も二人かなって。交代を含めて、本当はもっといた方が良いんだろうけど……ユフィには出来るだけ信頼が置ける人材を置いておきたい。近衛騎士団はユフィと接する機会が多いからユフィへの心証も良い。そう思えばあまり近衛騎士団から引き抜くのは、ね」
ユフィが女王になって早一年半。革新的なお披露目から即位したユフィの人気は非常に高い。だけど、完全に一枚岩にならないのが政治というものだ。
ユフィは精霊契約者という絶対的な価値を持っている。精霊信仰が根深い派閥にとって、ユフィは何としてでも象徴としてこのまま担ぎ上げていたいという意図を感じる。
最早、魔学が国に広まるのは仕方ない。だけど新たに生まれた尊き血筋を王として崇拝していたい。尊き血を引かぬ平民に自分の利権を脅かされる可能性がある事を恐れている人は少なくない。
表立ってユフィと敵対する人は少ないけれど、隙あらばユフィを自分達の望む方向に押し上げたいという人がいる。ユフィは私を、その、恋人として唯一って言ってるから婿は取らないって宣言してる。
でも、このままだと次の王の血が絶えてしまう。それを避けたいという貴族は多い。それは純粋な善意から来る願いもあれば、欲望を秘めた狙いも様々に入り乱れている。
ユフィが簡単に足を掬われるとは思わないけど、出来ればユフィには人を頼って欲しい。一人で出来てしまうと尚更、ユフィの神聖視は止まらないだろうしね。ユフィが扱える手札は出来るだけ減らしたくない。
その点、私はユフィに比べれば野望を秘めた貴族に狙われる可能性は低い。私の継ぐ王家の血はユフィの即位と共にその価値を失いつつある。
私の価値は王族というより、魔学の創始者としての価値の方が高い。かといって私を排除をするような事をすればユフィの逆鱗に触れかねない。だから私に手を出そうとする人はいない。
まぁ、だからといって私を野放しにするのが嫌な人もいる。でもユフィがいるせいで妨害が出来ない。そんな状況なんだろうな、というのはグランツ公やミゲルから情報を仕入れて貰ってる。
っと、思考に耽って話が逸れちゃった。ユフィの為にユフィに心酔している近衛騎士団からあまり人材は引き抜きたくない。だから連れて行くとしてもガッくんとあと一人かなって気がする。
「ふむ……アニスフィア王姉殿下。是非、一人推薦したい者がいるのですが」
「推薦?」
「はい。ガークは騎士団の中でも剣の腕に関してはかなりの実力者です。ですが礼儀作法や身分などを考えれば、政治的な立場が非常に脆弱です」
「耳が痛いです、騎士団長」
「ガークを護衛に選ぶなら、このガークの欠点を埋める人材を宛がうのが良いかと考えます。条件を満たして、かつガークとの付き合いも良い騎士に心当たりがあります」
「ふぅん?」
確かにガッくんは男爵家、しかも元々は辺境寄りの領地を持つ家の生まれだ。その為、成り上がりだって蔑む声があるんじゃないかと想像するのは容易い。
そんなガッくんの欠点を埋められて、ガッくんと連携を取れるなら是非ともその人を採用したいと思う。
「問題はその人が私をどう思ってるかだけど」
「あー、騎士団長。多分、俺の考えている人ですよね? それなら問題ないと思いますけど……」
「ガッくん、その人ってどんな人?」
「アニスフィア王姉殿下も知らない相手じゃないですよ」
「えっ、そうなの?」
「だって、騎士団長が推薦したいのってナヴル様ですよね?」
「えぇ。まだまだ未熟な愚息ですが、条件には合うかと」
「えぇっ!?」
えっ、スプラウト騎士団長が推薦したかったのってナヴルくんなの!?
言われると確かに伯爵家の子息だし、騎士団長の息子だし、ガッくんの身分の低さを補う事が出来る相手だとは思うけど……。
「それにナヴルは例の騒動からユフィリア女王陛下と距離を取っております。しかし、それでは騎士としてやっていく為に心境の変化を促さなければならないでしょう。それならば王都を離れ、新天地で活躍するアニスフィア王姉殿下の護衛として心機一転するのも良いかと思ったのですが」
「私情混じりじゃないですか、スプラウト騎士団長……」
「はははっ。しかし、ユフィリア女王陛下が信を置ける騎士を残したい。ガークの不足を補う事が出来る。この条件に合い、都合が良いのが息子であるという事もまた事実なのです。アニスフィア王姉殿下が良ければ、ではありますが」
「……本人に話してみて、その意志があるなら改めて私から確認する。それで良いですか?」
「構いません。では、今話を通してしまいましょう。ガーク、ナヴルを呼んできてくれ」
「了解です、騎士団長」
騎士の礼をしてからガッくんが退室してナヴルくんを呼びに行った。
そういえば、あれからちゃんとナヴルくんと接触する機会がなかったな。その間にナヴルくんはどんな風になったんだろう?




