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朝起きると見知らぬ人間がいて、僕は「うわあ! 誰だよ!」と叫んだ。目の前の姉さんは「ここの使用人です」と答えた。
僕は彼女にまずお礼を言ってから、さっさと部屋から出てもらった。朝食が出来上がってることを伝えてくれたらしい。いつもより少し朝が早い。爺さんの起床時間に合わせてるんだろう。
妹を少し揺さぶって起こせば「いつもより早いねえ」とあくびをしながらのそのそ起きてきた。僕はさっさと着替え、妹も着替えてドアの前で待っていたらしいさっきのお姉さんに連れられて食堂に向かった。美味しそうな匂いをさせたほかほかのスープやチキンに僕らは目を輝かせた。
僕らは急いで席に着くと、お祈りをしてから食べ始めた。爺さんは少し遅れてやってきて、勢いよく食べる僕らににっこりと笑った。
「おはよう。昨日はよくねむれたかな?」
「疲れてたんでよく寝れたよ。な、ギャビー」
「うん! 昨日はどうもありがとうございました。あと、ご飯も! とっても美味しいわ!」
「それは良かった」
「あ、お兄ちゃん、お仕事の時間とか大丈夫なの?」
「走れば間に合う」
「もー」
「しょうがないだろ、いつもと違う場所なんだから、時間帯がわかんねえんだもん」
「爺さん!」と僕がいうと、周りはざわざわとした。悪いね、僕は下町育ちのガキなんでね。
「僕は今日も仕事に行かなくちゃならない。迎えも送りもいらない。妹は走るのがつらいだろうから、嫌だけど、ここに置いてく。変なことするなよ! じゃあ、ごちそうさま! 行ってくる!」
「お兄ちゃん、カバン忘れちゃダメだよ! 気をつけてね、行ってらっしゃい!」
「ああ! 爺さん! 絶対に変なことするなよ!」
「約束するよ」
僕は何回か妹を振り返った後、学校に向かって走り出した。ここは郊外だから、いつもの倍はかかる。飯を食う時間くらいはあるけれど、早いっちゃ早い。
養子に入ったら働かなくて済むんだろうけれど、なんとなく今更だ。続けさせてもらう。
妹を置いていくのは、本当に嫌だけれど、養子縁組するかの判断は妹に任せようと思う。僕ならなにもなくとも断るだろうから、そういうのは妹の判断に従った方がいい。今までもそうだった。
だから、妹を置いて来た。
正直、あの爺さんに変な趣味はないだろうけれど、心配なものは心配だ。
とにかく、さっさと仕事を終わらせて、さっさと戻る! 妹にどうするか聞いて、そうする! 以上!
「あら! アーサー!」
「うわ、スージー! 学校にも馬車かよ!」
「あたくし、さらわれてましたのよ? ちゃんとした対応策ですわ」
「そうかい!」
「あなた、お仕事?」
「そうだよ!」
「養子の件はどうしますの?」
「妹に託す! 僕は人を見る目がないからね!」
「あら、そうは思えませんけど。では、アーサーさんさようなら〜!」
「じゃあな、お嬢ちゃん!」
くそ〜、楽そうだなあ!
僕はぜえはあ言いながら、なんとか余裕を持って間に合った。これはあの時間に起きて早歩きすれば良さそうだ。
詰所から出て、庭のあたりで休んでいたら、お嬢さんがやってきた。
「何の用?」
「いえ、別に? あたくしに会いたいかと思って」
「いや、思ってねえよ。それより教室に行った方がいいんじゃないの?」
「教室に行きましたわ。みなさんに無事なことを喜んでもらいました。でもね、ディックが少し冷たいんですの。これって……」
「こ、これって?」
まさか気がついちゃったか、僕の嘘……。いや、半分は本当なんだけどさ! お嬢さんがいないと婚約破棄できないからって心配してたから半分は本当なんだけどね!
「久しぶりにあったあたくしにドギマギしてるんですのね! あたくし、少し大人っぽくなったって言われましたのよ! あの冷たさは、照れからくるものですわよね! ね!!!」
「はは、そうなんじゃないの……」
「やっぱり! そうですわよね! ええ、ええ! そうなると思ってましたわ! あら、どうしましたの? あたくしがディックばかりでムッとしちゃったんですの? しょうがありませんわ、美しくたおやかで可愛く可憐なあたくしが好きなのはディックですもの」
「はいはい。言っとくけど、僕は別にムッとしてないしな」
「素直におなりなさいな」
「素直だって言ってんだろ。ほら、さっさと教室に戻りなよ。予鈴なるよ」
「あら、いけない。それではごめんあそばせ」
「はいはい」
僕はかけていくお嬢さんに声をかけた。なんとなく、こう罪悪感がね……。冷たいのはお嬢さんの思ってる通りとはまったく真逆だし……。
「お嬢さんはいい女だよ。あのディックには勿体無いくらいね」
「しってますわ、そんなこと」
お嬢さんはそういうと、そのまま学校の中に入って行った。
僕もそろそろお仕事の時間だ。
仕事が終わり、僕は急いで爺さんの家に向かった。学校を出た途端ダッシュしたので、庭にいたおいさんが「うお! よくわからんが、頑張れー!」と叫んでくれた。僕はジャンプしながら「おうさ!」と叫び、またダッシュした。
妹に変なことはないよな! ないよな!
爺さんの家のでかいドアを開け「妹は?!」と近くのやつに叫ぶと目をパチクリやった後、向こうを指した。僕は全力でダッシュしながら妹の名前を呼んだ。
入り口から少し遠いドアからひょっこり天使が顔を覗かせ「お兄ちゃん、おかえりなさーい!」と手を降った。天使だわ。
「ただいま〜〜!!」と僕は妹にハグをして頬ずりした。はあ〜、ほんと天使。
「やあ、よく戻って来たね」
「そりゃ妹がいるからね。ギャビー、なにか変なこととかは?」
「なかったわ! おじいさんと一緒にね、ピアノを弾いてたのよ! 楽しいわね。それからね、お昼も美味しいご飯を食べさせてもらったのよ。ふふふ」
「そっか、よかった。爺さん、ちょっと、僕、ギャビーと話しがしたいから、少しの間、別のところにいるけど、いいよね?」
爺さんはこっくりとうなずいた。僕と妹は隣の部屋に入った。妹は少しだけわかっている顔をしている。
「で、養子に入るかの話だけど、どうする? 僕はお前に任せる気でいるけど」
「私はね、悪くないとは思うわ。変な目線もなかったし、多分あの人そういう欲がない人なのよ。本で読んだわ」
「じゃあ、入る?」
「春になったら、出ていく?」
「それは後々決めたらいいさ。僕は仕事やめる気はないし、あの部屋は引っ越す気だったからどっちでもいいよ。とにかく、大家のおばさんに引っ越すこと話しておくよ。家具は置いていくことになるだろうけど」
「じゃあ、とりあえず入るってことでいい?」
「ああ。明日にでもおばさんに挨拶しにいこうか」
「うん! おじいさん喜ぶわよ」
「そうかい」
僕らが戻ってくると、爺さんは少し緊張した面持ちでこちらを見つめた。大方どんな話かは想像していたのだろう。
僕は妹と話し合った結果、一応養子縁組してもいいという話をした。爺さんは喜び、僕らが出した条件にも快くうなずいてくれた。
僕らは自由に出て行ったりしてもいいことにしてもらったり、仕事を続けることにも同意してくれたし。とにかく、爺さんは嬉しそうだった。
誰かとこれから朝食を食べられると思うと嬉しいらしいのだ。
僕は妹の病気について説明した。今いる部屋へのことは自分たちでいくから手出しをしないでほしいということも伝えた。
爺さんは「これからが大変だぞ。養子縁組の手続きをしなければならないし」とにこにこしている。
僕らは爺さんとよろしくと握手を交わし合った。