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掲示板に掲載されて一週間後、綺麗に値上がりして、一ヶ月は暮らせそうな値段になった。お嬢さんの家の方は倍額あるので、これ以上は身にあまる。身丈にあった金で十分だ。
それから手紙w送りつけた結果、死んでないことにお嬢さんの両親は喜んでいて、少し罪悪感が削がれた。
一度目の金の受け渡しもきちんと失敗させたし、大丈夫だろう。お嬢さんが受け渡しの予定を二週間に切り上げろといったので、そうした。一週間でよくないかと思うんだけど。ま、どうでもいっか。
それから、条件は揃ったので、お嬢さんにそろそろ行ってもいいんじゃないか、と言ってみたが、お嬢さんは首を振らない。それどころか「上がった途端行くのは変ですわ。あと一週間、ここにいます」と言い放った。
わかってるぞ、お前の魂胆は!
最近、妹に対してマナー講座をし始めたり、今流行りがなにかとか教えたりし始めたのだ。
このお嬢さん、一ヶ月くらいここにいるけど、正直めちゃくちゃ楽しんでるところがあるだろって感じだ。多分、妹の天使っぷりにやられたんだと思うし、大方そうだろう。今の状態を見るに。
「あのさあ、うちの妹にマナーとか教えてくれるのはありがたいけどねえ、うちのギャビーはあんたと違って、ただの町娘なわけ。そんでもって、社交界とかとは関係まったくないわけ。しかも、言わせてもらえば、そんないろんな悪巧みとかあるようなとこ、うちの天使にいかせないから」
「まあ! そんなの、あたくしが守ってあげますわ! ギャビーさんなら、必ず社交界の至宝になれますわよ。あたくしの2代目ですわ。結婚したら、あたくしは以前にも増してディック一筋の予定ですもの。夜のあれこれはご勘弁願いますから」
「うちの妹は夜のあれこれとは関係ない、清いところにいますから。やめてもらえる? 僕の妹だぞ。家庭方針に口を出すなよ、よそ者が」
「あら、あたくしはあなた方のためを思ってしているのよ?」
「ありがた迷惑だっての!」
「まあ! もしも、玉の輿みたいな男性がいた時に、マイナスにならないようにとも思ってますのよ! ひどいわ!」
「そりゃ、どーも!」
「あ、お兄ちゃん。私、楽しいから全然大丈夫よ!」
「ギャビーが楽しいならば、よし! 全力でやってくれよ、お嬢さん!」
「あなたなら、そう言うと思っていましたわ。さあ、ギャビーさん! お姉様と一緒にお勉強しましょうね!」
「お姉様だと?! 僕の妹だからな! 僕の!!」
「はいはい、お兄ちゃんはお仕事でしょー? 行ってらっしゃーい」
「おい! ギャビー! 押すな! なんで、そんなに押すの? お兄ちゃんにさっさと出て行って欲しいの? お兄ちゃんのことが嫌いになった?」
「違うってば! お兄ちゃんのことは大好きよ」
「よかった! じゃあ、ハグ!」
「はいはい、お兄ちゃん、気をつけて行ってらっしゃい」
「うん」
天使。
ほんとかわいい。
そりゃ、社交界の至宝にならないわけがないってくらい可愛いと思うよ、うちの妹は! それにしても、微妙に痩せたな。この間の発作でご飯がなかなか食べられなかったし。もっと、栄養のあるものやりたいなあ。
寒くない家で暖炉とかあって……。そういう暮らし、したいなあ!
あー、寒い、寒い……。
手袋欲しい……。
学校の廊下は冷え切っていて、さすがにこの時期になると生徒たちはあまり教室から出てこない。毎度毎度出会っていたディッキーアンドアリスとも出会わず、僕の心は平穏だ。あと二ヶ月弱で卒業式だ。それにそろそろ試験らしい。二週間後がそうらしい。
攫っといてなんだけど、あのお嬢さん、試験大丈夫かな。まあ、今まで上位だったんだし、下がったくらいでなんともないだろう。卒業できなくなることはないだろう。
僕はのんびりと掃除をしながら、金の問題は解決しそうだし、お嬢さんの方の問題を考えた。
ディックたちの計画はどう考えても、今更後戻りはできなさそうなところにいる。誰かに阻止を頼みたいが、それは難しい。そもそも、貴族同士のあれこれにただの平民が関われない。僕が貴族だったらって考えても仕方がないけど、もしもそうだったなら普通にディックの顔面殴るね。
同じ男として、二股はないわ。家同士のしがらみがってのも、お嬢さんに聞いたけど、それをのけても不誠実だ。当本人に説明くらいした方がいいと僕は思う。
「ねー、おじさん」
「なんだ」
「あのさあ、もしも友達が二股してたら、どうする? 僕なら顔面殴るけど」
「俺なら、相手の女性に言う」
「うわ、修羅場にしたいわけ?」
「彼らの問題だからな。第三者がいた方がいい時もあるだろうが、基本は彼らにある」
「なるほどね」
「なんだ、友人が二股してるのか?」
「違う、違う! されてる方なの。その子がさ、結構盲目的に相手が大好きで惚れ込んでるわけ。なんか言うのもかわいそうだし、正直ちょっとどうなるか怖くてさ……」
「そうか、大変だな。それでは、いいずらかろう。だが、今はそれよりも仕事だ」
「はーい! 上の階やって来まーす!」
生真面目なおじさんは案外話のわかる人で、時々相談みたいなことをしている。昔は色々ぶいぶい言わせていたらしいが、真面目がたたって騙されてこうなったらしい。苦労人だ。
僕はまっすぐ生徒会室付近に向かう。
生徒会室には誰もいない。まあ、こういう部屋って寒いしな。
今日は真面目に掃除するか。いや、いつもちゃんとやってるけど。
家に帰ると、妹の様子がおかしい。
お嬢さんもどうしていいのかわからずにこちらを見つめている。
僕は心配するなと彼女の肩を叩き、白湯と薬を持ってくるように言った。彼女は急いで準備し始めた。
「どうした。胸のあたりが苦しいのか?」
「ちょっとだけ……」
「息がしづらい? 塗り薬、胸のあたりに塗って、今日はおとなしく寝ときなさい。お兄ちゃん、今日は仕事休むから。大丈夫だ、心配するな。お兄ちゃんがついてるから。ずっとついててやるから」
「あの、お薬と白湯を持って来ましたわ。大丈夫ですの? ゼイヒュウ言ってますけど、大丈夫ですの?」
「大丈夫、寒くなるとよくなるんだよ。薬、ありがとう。妹も一人じゃなくて心細くなかったと思う。な?」
「うん、ありがと……、スージー……」
「いいんですのよ! 気になさらないで。あたくしにできることならなんでもお言いになって?」
妹は弱々しく微笑んだ。
「ギャビー、スープ作ってやるからな。大丈夫、大丈夫。今日だけさ。大丈夫」
「おにぃちゃ……。鶏肉がいい」
「もちろんそうする。細かくしてな。あとじゃがいものも作ってやるから。とりあえず、自分のことに集中してなさい。なにか欲しかったら、いつもみたいに鈴を鳴らせよ」
妹はこっくり頷いて、目を瞑った。
僕はお嬢さんを呼んだ。お嬢さんは大丈夫なのか、と目で問うていた。
「あれは、まだ大丈夫だ。今日、明日には治るよ。苦しそうだろ? ちゃんと薬と暖かい家があれば、大抵どうにかなりそうなんだけど……。だから、あんたを攫って、お金をもらおうと思ったんだ。それよりも、あんた、今からちょっと一人になっても大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。あたくし、彼女のそばにいとけばいいんでしょう?」
「そう! 僕、夜の仕事先の方に今日のバイトを休むって言いに行かなくちゃいけないんだ。それまでの間、よろしく頼む」
「任せなさい! あたくし、看病くらいできますわ。それより、お仕事休んで大丈夫なんですの?」
「妹のそばにいてやりたんだ。仕事なんておっぽり出すさ。それじゃあ、頼んだ」
僕は家を出て、仕事場に向かった。いよいよ冬の寒さが厳しくなる頃だ。
妹の胸の発作のようなものも多発していくだろう。
早く、金を手に入れないと……!
仕事場で頭を下げまくった結果、普通にクビにされた。
今日は重要な仕事だったらしいし、当然っちゃ、当然だな。散々罵られたけど、妹の方が大事だからね。
家に帰って、クビにされたことは内緒にして、お嬢さんに礼を言った。妹は寝ていた。僕とお嬢さんは二人きりで飯を食べた。
妹がいないとちょっぴりお嬢さんもおとなしい。
「あたくし、あなたがお金が欲しいって言う理由が今日でよくわかりましたわ……」
「前はあれよりひどかったんだぜ? 息をするのに一苦労で、ずっとベッドに張り付きっぱなしで仕事に連絡すらしないくらいだったしね。今はまだましさ。昔は元気だったんだけど、まあ、成長過程でなにかがあってっていうのは珍しくないだろ?」
「ええ、そうですわね。あたくしもディックもずっと守られて育って来ましたから、病気なんかしても一流のお医者様がいつでも直してくださいましたわ。だから、ええ、お金があればもっといい薬やお医者様に見てもらえる……。そう思うと誘拐なんてこと、してしまいますわ」
「誘拐された方にそう言われるとはね。ねえ、お嬢さん。お金をちゃんともらえたら、一回くらいはあんたのためになにかしてやってもいいよ」
「あら、あたくしが美しくたおやかで可愛く可憐だから? それとも、お金や今の状態に対するお礼?」
「あんた、ちゃんと話の流れくめるんだな……。もちろん、後者だよ」
「ふふ、もっと感謝したくなることがおきますわよ、きっとね」
「あんたにも起きるかもね」
僕らは違いにふふふふふふ……と怪しく笑いあった。