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 お嬢さんを散髪してから一週間後、僕は彼女の髪の毛と一緒に豚の血つきの手紙を送った。正直、良心が咎めるし、めちゃくちゃ胸が痛い。ごめんなさい。

 でも、金が必要なんだ。

 妹は寒さで体調を少し壊していて、お嬢さんがいなかったら、僕は仕事を休んでいただろう。これのおかげで何度か仕事をクビになったこともある。

 本当にお嬢さんに看病なんてできるのか心配だったけれど、きっと大丈夫だろう。どうすればいいか伝えたし……。


「こら! 仕事中だぞ! ぼうっとするな!」

「はーい、すみませーん!」


 責任感あんなあ。

 仕事は適度に息抜きとかぼうっとくらいしないとやっていけない場合もあるからね。少しくらいは許して欲しい。

 僕は掃除しながら、今日もやってきた彼らの会話を聞くために校長室に向かった。もちろん、掃除もする。

 彼らは少しやつれていた。それから、少し血の気がなかった。心配かけさせて、本当に申し訳ないが。あんたらの金が僕は欲しいんだよ。妹のためにも。僕は、もう二度と誰かを失いたくない。

 家族は妹しかいないんだ。天涯孤独は普通に嫌だし、妹を失うなんて考えられない。


「こんなものが入っていたのよ!」

「これは……!」

「責任問題ももちろんはっきりさせますけれどね、あなた方、通っている生徒がこんなはめに陥ってるんですのよ! まずは探すのが先決ではありませんこと?!」

「我々は……」

「娘の命がかかってるんです! やって!!」


 金切り声のような奥さんの声を聞き、重い腰をやっとあげたらしい彼らは震えながら「掲示板に情報提供したものに金銭を取らせるような広告を出します……!」と言った。奥さんは「当然よ!」と叫んだ。

 この後は色々な話し合いが始まった。僕はそれを聞きながら、タイミング的にどうかを考えた。

 これも、家に帰ってからにしよう。ここから離れて、仕事をしないと。それから、ディックのことも。

 最近になって、彼らが生徒会室によくいることを知った僕はそこら辺も掃除しながら聞き耳を立てている。

 正直、聞いてて、ドアをぶち破ってやりたくなるような会話だけど。気にしない。これは忍耐力を鍛える修行なのだ……。

 でも、ほんと、普通にイライラするよね。

 ていうか、他の野郎どもは、よくこの会話聞いてられるな。しかも、賛美しちゃって、気持ち悪いったらないぜ。


「やっぱり、あの女がやってやがったのか!」

「醜悪ですね」

「そんな、みんな、そこまで悪く言っちゃダメだよ」


 それに回りにいるのだろう男たちは「優しい」とかなんだとか言って誉めそやしている。

 悪質な新興宗教か、ここは!

 しかも、今朝方、髪の毛と血のついた手紙来てんだぞ、心配しろ! アリスってのも、そんなことないよ〜とか言ってないで、他にやることなくない?! 一応、生徒会室で作業とかそういうのになってんじゃないの? 違うの?

 わからん。わからんが、こいつらの頭大丈夫か?

 きっと、恋で変になってるんだ。だって、言うもんな。恋してれば、脳みそのどこぞの部分が鈍って悪いとことか欠点とか見にくいって。だから、多分、それだ。

 僕はそろそろ耐えきれなくなって、そっとそこから抜け出した。どうせ、これはついでの話だし。

 彼らの計画では、うまいこと婚約破棄して、彼女は学校からいなくなって、自分たちには当分近づけないようにしたり、社交界で除け者にされるようにと考えているらしい。

 どう考えても、そっちの方が醜悪だと思うぞ、僕は。

 それを、どう阻止するかだが、お嬢さんがなあディックにメロメロじゃなければ、別の野郎を見つけてくるってのができるんだけど……。

 うーん、進退窮まるって感じだ。


 仕事を終えて家に帰り、僕は彼女に学校でのことを伝えた。もちろんディックのことはごまかして。罪悪感感じるよ。

 お嬢さんは、ディックのあれこれを語り始め、妹はキラキラした表情で聞く。お前、ほんと恋愛もの好きな。お兄ちゃんは苦手だよ、そういう浮かれポンチみたいなのは。


「お嬢さーん、ディッキーのことはよくわかったから、誘拐についてのあれこれの相談に乗ってくれます〜? お金欲しいんですけど〜」

「あら、ごめんあそばせ。あたくし、見つかる前のどんどん手紙を出すべきだと思いますのよ。髪の毛も血ももう入れなくて大丈夫だと思いますわ」

「えげつな。あんたのお母さんとお父さん、心配してたよ?」

「そうでしょうとも! あたくしのような美しくたおやかで可愛く可憐な娘を心配しない親はいなくてよ! それにあたくしのお母様もお父様もとても素敵な人ですし、尊敬に値する両親でしてよ。気持ちは痛むけれど、あたくしはあなた方の親切に報いたいの。それで、彼女を太らせて、社交界の至宝にするんですのよ!」

「よし、その計画乗った!」

「お兄ちゃん! スージーも! 私、ただの下町の女の子だから、そんなの無理よ!」

「いいえ、ギャビー。あたくしの力があれば、そんなの簡単よ。あたくしには、色々な考えがあるんですのよ」

「ふーん。そんで、手紙出して、待っておけばいいってわけか」

「そうですわ。報奨金が跳ね上がるタイミングでいかなくてはいけませんわ。でも、跳ね上がるのもすぐよ。彼らは即時速攻の効果を期待しているんですもの。両親も別で報奨金を設定していると思いますわ。ですから、まずは学校に行って、その後、両親が一番だわ。そしたら、後はあたくしに任せておきなさい」

「大丈夫かよ……。あんたの悪巧みのつぶやき聞いてる時にアホっぽいって思ったんだけど」

「あら! あたくし、これでも勉強はいつでも上位ですのよ! それにしても、そんな前からあたくしのことが気になっていたのね。わかりますわ。あたくし、遠くにいても輝く星のように美しさと輝きを撒き散らしてしまいますもの! 恋に落ちるのも仕方がない話ですわ」

「落ちてねえよ! 普通にさらう候補探してただけだっての!」

「まあ! お兄ちゃん、そんな前から計画してたの?!」

「クビにされそうだってわかってたからね。最初はちょっとした憂さ晴らしだったんだけど……。攫ってくるお嬢さんを間違えたよ、僕は」


 それにお嬢さんは「まあ! 大成功の間違いでしょう!」と言った。

 家柄と金の持ち具合とか両親との関係を鑑みるには失敗してないけど、あんた自身を考えたら失敗ってことだよ! ディック、ディック、ディックでうるさいし、話し聞かないし、勘違いするし、自信過剰だし!

 失敗だろ、普通に!

 僕はふっと笑ってため息だけついた。お嬢さんはなるほどと頷いた。


「あたくしの美しくたおやかで可愛く可憐な姿に思わずため息がもれてしまったのね? 大丈夫よ、よくされるわ」

「違う……。普通に違うぞ、スージーちゃん。とにかく、掲示板を明日見る! それじゃあ、僕は夜の方の仕事に行ってくるから! 戸締りしっかりしろよ!」

「はーい! お兄ちゃん、頑張ってね!」

「うん。ちゃんとあったかくして寝るんだぞ。白湯も飲んで、一応、もらってた薬ものんどけよ」

「わかった。お兄ちゃん、行ってらっしゃーい!」


 天使。

 出てくる毎に思うけど、天使。お出迎いされてる最中、ほんと幸せ。


 次の日の朝、学校の方の仕事に行く途中に掲示板を見ると、早速学校側からの張り紙があった。お嬢さんの似顔絵と髪型や服装が書かれていて、連れて来たら、三週間くらいは遊んでくらせそうな額が掲示されていた。

 もうちょっと増やして欲しいなあ〜。一ヶ月くらいのは欲しいなあ〜。

 お嬢さんの家の方のはまだ出ていないようだった。

 要求するだけ要求して、手紙は向こうから送れないようにしている。そろそろ、ちゃんとやりとりができるようにすべきだろう。あとは安心させるように殺してないとも書いておかないといけないだろう。

 お金の受け渡し場所を指定しておいて、一回目は来ないことにして、人を周りにいないようにという要求をつきつける。そしたら、一週間くらいは持つだろう。

 家に帰ったら、早速やろう。


 廊下で掃除をしていると、やはりというか、なんというかディックとアリスがやってきた。なんでここで話す? なんでここぉ? 掃除の邪魔だよ〜。


「アリス、このまま、あいつが帰ってこなかくても、君と結婚するよ」

「本当? うれしい。でも、心配だわ」

「自分をいじめてた相手なのに心配するなんて、アリスは本当に優しいね」

「そんなことないよ」


 そんな会話、他所でやれ! 掃除できねえよ! 邪魔したい。邪魔して、さっさと掃除終わらせたい。さっさとどっかに行けって念じるしかできないのがもどかしすぎる……。

 そうイライラしていると、向こうからよく注意してくる真面目なおじさんがやってきた。僕を見つけると、なにか叫ぼうとして、僕は口元に指を立てて、あいつらを指差した。

 すると、おじさんは納得した顔をしてから、すっと息を吸い「コラー! なにやっとるんだ!! 授業中だろう! さっさと教室に戻りなさい!」と叫んだ。それにびっくりした二人はなにも言わずに慌てて、駆け出して行った。

 サンキュー、おじさん! あんた最高だよ!!


「おじさん、ありがとう! 困ってたんだよ!」

「いいや、いいんだ。それより、ああいうのがいるとはなあ……」

「本当。結構、ああいうのに会うからさあ、気が滅入っちゃうよ」

「そういえば、同い年くらいだもんなあ」

「同い年なんだよ、さっきの彼らとは。こっちは仕事してんのに、あっちはイチャイチャしてて……。不平等だよね。まあ、気にしてないんだけどさ! それじゃあ、おじさん、さっきはありがとう! 別のとこ掃除してくるね!」

「うむ」


 いい人だ。

 ああ言う時にちゃんと叱れる人って少ないんだよなあ。真面目すぎて煙たくなる時もあるけど、ああいう人が救ってくれる場面も多い。僕、真面目なやつは嫌いじゃないぜ。四角張ってて、硬いのでもさ、いいとこいっぱいあるんだよね。

 とりあえず、掃除だ、掃除!

 金を稼いで、しっかり働く!

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