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髪の毛入りの手紙を送って二日後には学校中の話題になっていた。これはもう動くしかなくない? これはもうお金入っちゃうフラグビンビンじゃない?
とりあえず、お金をもらう前に引っ越しの手続きして、そしたら、お金を奪って逃走。逃走経路に縛ったお嬢さんをおけば、ある程度は逃げ切れる時間が稼げるだろうからなんとかいけるだろう。
それにしても、ほんとこの学校デカすぎない? ついでに言うならディッキーと外れの方じゃなくてアリスって子に会いすぎじゃない? まあ、どうせ様子見てこいって頼まれてるんだけど。
アリスの方は色々と心配そうにしているが、ディックの方はそうでもなさそうだ。むしろ、彼女と入れる時間が増えて喜んでいるようにも見える。こいつ、絶対クズだわ。心配しろよ。髪の毛だぞ? 次は爪を入れるぞって脅してんだぞ? 心配くらいするだろ。
ちなみに爪は、そういうお店があり、血とかは豚のもので代用する。準備はばっちりしている。
僕は無心になって廊下の柱を綺麗にすることにした。
「アリス、大丈夫だよ。どうせただの脅しさ。髪の毛なんていつでも切れるんだから」
「でも……」
「それより、私たちのことを考えよう」
「ディック……」
まじか。
え、まじ?
うわ、まじだ。
僕は柱の影から一瞬覗いて、すぐに柱に身を隠した。
おいおい、お嬢さん、どうするよ。あいつら、知らん間に出来上がりやがったぞ? うわ、うわ、うわー……。これ、大丈夫かよ。確実ダメだよ。
僕、恋愛とかの面倒ごとが絡まないだろうからって、あのお嬢さん選んだのに、完璧に絡んできてるじゃんか。いや、僕がお節介しなければいい話だし、あのディック野郎が誰と付き合いだそうがどうでもいいけどさ……。
「ディック、ダメだよ。これ以上……」
「でも、私たちは愛し合ってるじゃないか。仕方がないことだとは思わないか?」
「……スザンヌさんに悪いよ」
「あんなの放っておけばいいよ。君に散々意地悪してきたんだ。あんな性悪だとは思わなかった」
「でも、私が悪いんだよ、きっと」
「君は悪くない! あれが悪いに決まってる。あんな陰湿なこと……。卒業式の時、婚約を破棄する。それで、君と」
「まあ、ディック! 私……!」
「アリス! 君しかいない!」
まじか。
え、まじか……。
うわ、まじだ。
お嬢さん、僕、あんたのこと普通に鬱陶しいとは思うけど、これには同情するよ。
これはダメだわ。あんた、勝てないよ。どうあがいても取り戻せない感じだよ。今までやってきたことが悪かったんだと思うよ。それより、卒業式っていつだ? 今から、約三ヶ月後……。三ヶ月後にあのお嬢さんは婚約破棄されるわけか……。
いや、僕には関係ない話だろ。そうとも! あれはただの交渉材料のためのものであって、僕と彼女のおかれている状況とは、全くもって関係ないものだ。そうだろ? そうとも。
僕が考え込んでいるうちに、彼らはどこかに行ってしまった。その瞬間、他のところからもこっそりと同僚たちが現れていく。
迷惑だよな、わかるよ。
僕らはお互いになにも言わずに肩をすくめあった。
散々掃除した後は、まかないをもらい。夕方にもう一度、掃除する。そして、解散。僕はまた夜の仕事にでる。
我が家の天使ことガブリエルは、毎日心配そうにしているが、まだ年齢的にも無理したって大丈夫だと思うんだ。本当のところは休んだ方がいいし、年齢関係なく無理は禁物だ。だけど、無理をしないと、今の状況から言って、食費と薬代と家賃がやばいわけだ。
さっさと払わないとなあ……。
僕はまかないをもらうと庭師の詰所に向かった。彼らは快く出迎えてくれた。
「よかったなあ、まだいい給料のとこにありつけて!」
「本当だよ。でも、夜もバイトしなくちゃなんだよねえ。家賃と薬代が溜まっててさあ。食費は僕の分削れるから大丈夫なんだけどさ」
「そうかあ、無理すんなよ」
「大丈夫だよ、ありがと、おいさん。それより、この前の子守バイトのお給金ちょうだい」
「あっはっは! そうだった、そうだった!」
おいさんはカバンから財布を取り出して、僕の手のひらにお金をおいた。
「まいど!」
「こちらこそ、どーも。母ちゃん、おかげで元気になったよ。また頼むかもしれねえから、よろしくな」
「オッケー」
「ガブリエルちゃんはちゃんと元気か?」
「うん。最近は友達できて、明るくやってるよ。しかも、恋の話までし始めて、もー、僕やってらんない」
「はっはっはっはっ! 大変だなあ」
「おいさんとこのマリッサちゃんもいずれそういう話で、おばさんと盛り上がるかもね」
「そんな……」
「頑張れ〜」
おいさんはしょんぼりしながら「そんな会話、いつ頃から始まるんだ……」と呟き、僕は妹がそういうことを言い出した年齢を言ってやると、またがっくりと肩を落とした。
夕方の掃除を終えて、僕は家に一瞬だけ戻った。お嬢さんと妹は話し込んでいる。
そういや、ガブリエルは病気だからって毎日遊びに来てくれる友人はいなかったし、窓の外から眺める生活が長くなってしまっていた。だから、妹にとって、この生活は実は楽しいものなのかもしれない。でも、彼女とは別れてもらわなくちゃいけないし、それもわかっているはずだ。
お嬢さんは僕を見ると「ディックは?」と聞いた。
うわー、うわあ! それ聴くかあ……!
「いや、まあ、元気だったよ?」
「元気でしたの? まあ、元気なことに越したことはありませんけど……」
「あー、髪の毛効果で結構いろんなとこで話題になってたし、色んな人が心配してたよ」
「ディックは心配してましたの?」
「……あー……。そこまではちょっとわかんないなあ」
「そう……。まさかとは思うけど、アリスさんと……」
「知らないよ! 一人でいたとこ見かけただけだし!」
「まあ、そうですの? じゃあ、きっと心配してるのね! そうだわ、きっと、そうなのよ! やっぱりディックだってね美しくたおやかで可愛く可憐なあたくしが心配で仕方ないに決まってるもの!」
胸に深く突き刺さる……!
ごめん、本当は婚約破棄する話きいちゃったんだよ。
お嬢さんは嬉しそうに笑っていて、妹も良かったわね! なんて言って喜んでいる。やめて、気持ちに突き刺さるから!
うー、妹にだけは伝えとくべきか? それとも、伝えないべき?
いやいや、待つんだ僕。そもそも、僕らには関係のない話だ。婚約破棄されたところでなにになるって言うのさ。そうさ、なんの問題もないはずだ。そうだろ?
「ごめんなさいね。やっぱり、私にはディックしかいませんもの」
「なんでそういう思考になるんだよ! あんたはただの金銭要求のための材料だって言ってるだろ!」
こんな奴の婚約破棄とかどうでもいいわ!!
知ったことかよ、んなもん!
あー、あほらし。
「それじゃ、仕事があるんで、おとなしくしとけよな……」
「うん! お兄ちゃん、あんまり無理しすぎないでね? 頑張って、いってらっしゃい」
「ありがと。それじゃあ、行ってくる」
はあ〜〜〜、癒し。
妹に見送ってもらってるだけで、お兄ちゃん頑張れちゃう。本当に癒し、天使。
あのお嬢さんが来てから明るくなったし……。あー、うちの妹かわいいなあ!
お仕事、がんばろ……。