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僕は早速お嬢さんの家に手紙を放ってきた。今頃きっと大変なことになってるだろう。貴族は醜聞を嫌うから新聞には出ないはず。だとしたら、僕らはお金をもらってうっはうはのはずだ!
その前に僕が発狂しなければいいけれど。
妹はすでにあのお嬢さんに慣れきってしまったらしく、あれこれと世話を焼いており、お嬢様の方は「あたくしの美しくたおやかで可愛く可憐な姿はどんな者でも魅了してしまいますから」とか言っている。
普通に違うからな? あんたが大事な交渉材料じゃなきゃ、普通におっぽり出してるからな!
僕の方はイラついてるけれど、妹の方はツボに入ったらしく、ニコニコしながらお話をしまくっているし、楽しそうに笑っている。そういえば、お姉ちゃんが欲しいって言ってたもんな。
まだ多少は体調が悪い日もあるのに甲斐甲斐しく世話して、本当にうちの妹は天使です!
「そうですわ!」
うわ、なんだよ。絶対面倒ごとじゃん。
「あたくしね、思うんですの」
「なにをだよ、スージーちゃん」
「まあ、スージーちゃんだなんて!」
「悪いねえ、失礼なクソガキで」
「そうまでして仲良くなりたいと思う気持ちはわかりますわ」
なんでだよ!
僕は机を叩き、妹は気遣うように僕の背中を撫でた。まじ妹天使。
ベラベラと訳のわからんことをいうお嬢さんに向かって妹は「まあまあ、スージー。とにかく、なにを思ったの?」と優しく聞いた。はあ〜、天使の優しさは全方向に向いてるとか、ほんと尊い。妹はやっぱり天使なんだ!
お嬢さんは「そうでしたわ!」と頷いた。縄をきっちり巻いているので、手は打てないのだ。
「こういうのって、やっぱり、学校の中がどうなってるかっていうのが気になるでしょう?」
「そうだね」
「本音はあたくしがさらわれて、ディックがどうなってるか気になってるだけですけど」
だろうな。
妹は何回か頷いて「きっと心配してるわ。きっとそうよ。だって、婚約者がさらわれたんだもの!」と言った。そのおかげでスージーちゃんは「やっぱり、そう思います?」と妹に顔を近づけた。
「やはりね、あたくしがいなくなって気づくと思うんですの! あたくしがいかに大切だったかって! そしたら、きっとディックはあたくしのところに戻ってきて、愛を再確認するはず」
「どーだか」とぼそっと言えば「お兄ちゃん!」と足を踏んづけられた。そういう強気な姿勢もいいと思うぜ。おてんばな感じで。嘘、普通にいらっとはする。
「お兄ちゃんの足を踏むんじゃない」
「お兄ちゃんが明らか悪いでしょ」
「妹が兄の足を踏むんじゃない……!」
「まあ、なによ、偉そうに!」
「あら、お二人ともボソボソ何をおっしゃってるの? わかってますわよ。あたくしへの賛美でしょう? どうぞ、大きな声でいってもよろしくてよ。ええ、ええ、そうでしょうとも。美しくたおやかで可愛く可憐で素晴らしいですって? うふふふふ! わかってますけど、どうもありがとう。ええ、あたくしはいつでも美しくたおやかで可愛く可憐な乙女ですわよ」
黙れよ! なんでそうなったんだ? 自分全肯定マシーンか、お前は。美しくたおやかで可愛く可憐だって? それは、うちの妹のためにある言葉です!
「あー、それで、お嬢様はなにを言いたいんだ? 学校の中を見てきて欲しいって言われても、普通に無理だからな。しかも、言っとくけど、あんたら貴族のガキどもが乳繰り合う」
「お兄ちゃん、言葉遣い」
「……貴族の、お子様が、えー、ち……えー……いちゃつく?」
「いちゃつくってなんですの?」
「仲良くラブラブしてるって、こと、かしら……?」
妹は困ったようにこちらを見た。
僕は肩をすくめて「要はさ、えーっと手を握ったり、ハグしあったり、見つめあって愛の言葉を囁いたり、キスしたり、ちち……、とにかく! そういう感じのことをいちゃつくっていうんだよ! ちなみに、あんまりいい感じじゃないよ。正直、鬱陶しいって感じのラブラブ感? みたいな?」と言った。妹と僕は困った顔のままピュアスージーちゃんを見つめた。
彼女は少し考えたあとに「要は……、あの子とディックたち、みたいな……。鬱陶しいそういう行為は、彼らしか……」と言った。
「なんだよ、あんたらしくない!」と僕は遠慮もへったくれもなく背中を叩いた。
「ていうか、そういうのどうでもいいし、確かに学校の内部にいけるなら、楽だけどね? それで、なんだってのさ。さっき、あんたの家に手紙をだしてきたし、学校側にもきっと色々としたごちゃごちゃが出てくるから、そこをつくのもいいかなって思ってたんだ。で、なんなの?」
「そうそう! あたくしね、ずっと思ってましたの! 学校の清掃係が足りないなって!」
「清掃係? は? 庭師、解雇されて、今度は掃除夫かよ! くそ! わがまま坊ちゃん嬢ちゃんどもめ!」
「まあ! こんなのちっともわがままじゃありませんわ。学校が綺麗であることはとても大切なことですわ。あたくしは、当然の権利を言っただけです」
「いやいやいや! 僕が解雇されたの、あんたらが庭でいちゃつく時に仕事してる僕らが鬱陶しいからって減らされたんだぜ? それでもわがままじゃないってのか!」
「そうだったんですの? あたくし、知りませんでしたわ。それはたしかにおかしいですわね。で、そんなことよりも、掃除夫の求人が出るらしいので、いかがかしら?」
「いかがって……。もちろん、ありがたーく、受けさせてもらいに行きますけどねえ。僕は、学校の、様子を、見に行くだけで、あんたの婚約者の顔なんか見てこないからね?」
「まあ……」という彼女を見て、妹はこちらに勢いよく振り向いた。
そして、予想通り「お兄ちゃん! ひどいわ!」と言った。
そーね、お前は恋愛小説大好きだもんねえ。こういうことはあんまり好ましくないよねえ。近所の女の子や男の子相手に恋愛相談室開いちゃって、ちょっとしたお小遣い稼ぎするくらいだもんねえ。
だが! お兄ちゃんは! 恋愛に加担するために、このお嬢さんを連れてきた訳じゃないんだよ。お前の薬代とご飯代に引越し費用から家具に家賃代こみこみでお金を脅して頂くために、このお嬢さんをつれてきたんだよ。
僕はぷいっと向こうを向いた。
「お兄ちゃん!」
「僕はこのお嬢さんを恋愛に関することで攫ってきた訳じゃないし! 普通にお金欲しさで攫ってきたんだから、そんな本意から逸れることしません!」
「攫うだけさらといて、そんなのってひどいと思うわ」
「いいや、ひどくないね。恋愛なんざ勝手にしてろってんだ」
「おにいちゃん……」
「知らないもん」
「お願い」
「やんないもん……」
「おにいちゃぁん、お願いよぉ」
「……」
「おねがぁい」
僕、妹のお願いに弱いんだよ……。神様、攫う相手を確実に間違えました。僕は大変な失敗を犯してしまったようです。
一つ、僕は大きくため息をつき、妹をジト目で睨んだ。妹の目がキラリと輝き「お兄ちゃん……!」と感動したような声を出した。
僕はうんうん頷きながら「わかった。わかったよ。やるよ。やりゃあいいんだろ。このスージーちゃんの恋愛の手助けを!」と叫んだ。それに妹は「さすが私のお兄ちゃんだわ!」と抱きついてきた。
あー、かわいい。あー、天使。痩せてるなあ。ていうか、痩せてきたなあ。さっさとお金いただこう。そんでもうちょっといいとこに引っ越そう。
「それじゃ、あたくしのお願いも聞いてくれますのね? まあ、あたくしの意見が通らなかったことなんてないのだけれど、うふ」
「これからは通らないからな……。で、なにさ、そのお願いって」
「ディックの様子を見て欲しいんですの。あたくしがいなくなって、なにしてるのか、とか。もちろん、あとでお金を差し上げますわ」
「え、ほんと? じゃあ、喜んでやるよ。ありがとう、お嬢さん! もしも、ちゃんと雇われたら、ディックってあれだろ? 宰相の息子でしょ? そいつの様子見るだけ見てあげるよ」
「ま、嬉しい! じゃ、頼みましたわよ」
「オッケー、任せちゃって!」
「ふふ、よかったわね、スージー! お兄ちゃん、そろそろおいさんの家に行く時間よ」
「おや、そんじゃ、一稼ぎしてくるよ。夜にもまた仕事あるから、また会うのは夕方過ぎかな」
妹は僕にジャケットを渡して「気をつけてね、お兄ちゃん」と言った。天使。
「お前もちゃんとご飯を食べて、残り少ないけど、薬を飲むんだよ。無理はしないように。あと、あの女」
「お兄ちゃん?」
「あの、お嬢さんが逃げ出したり変なことしないように見張っておいてね。あと、絶対、縄を解くなよ……。それじゃあ、行ってくるね!」
「うん、行ってらっしゃい、お兄ちゃん! がんばってねえ!」
見て、天使が家から手を振ってるよ! うらやましかろう? 羨しかろう? んんん〜〜〜〜????
あー、かわいい! かわいー! 本当に妹が生まれてきてくれてよかった。天に在します、我らが神よ。まだまだ妹を取らないでくださいよ。取って行ったら、僕はあなたの顔面を必ず吹っ飛ばします。試練とか言われても納得せずに顔面にパンチをお見舞いして見せます。これでも下町のクソガキですから、天に在します我らが神相手にだって喧嘩してみせるとも。
おいさんの家は学校の少し近くだ。彼が家を出るタイミングで玄関先に到着する予定だ。
四人の子供がいて、長男次男は僕より大きくて、それ以外は年下だ。今度生まれた赤ちゃんが念願の女の子だったから、確実に甘やかされて育ってることだろう。奥さんは、産後で大変だし、身体を本調子に戻すことに専念して欲しいっておいさんが言ってたので、できる限り動かさないようにする。痩せるための運動はあとでもいいんだから。身体が一番だ。
この下町じゃそこそこいい庭付きの家の前に僕は立った。
僕の家は集合住宅だから、一つ上と下に部屋があって、大家の老夫婦と母子が住んでいる。上の母子のお母さんは瘦せぎすで少し顔色が悪いが、子供達の方は元気だ。それに、三人ともとってもいい人たちだ。お互いの生活で手一杯だからあまり助け合いなんかは少ないが、それでも本当に困っていたら、お互いに手を貸し合う程度には、まあ仲はいいはず。子供預かったりはしないけど。
さて、おいさんの家に着くと丁度ぴったり彼が出てくるところだった。
僕はにっこりと笑い「おいさん、来たぜ!」と手を振った。
「おー! よく来たな! 母ちゃんにはいってるから、さっさと手伝いに行ってくれ。それじゃあな!」
「おう、いってらっしゃーい!」
家に入ると、早速三男が迎えに来てくれた。
「でかくなったなあ! 何歳だっけ?」
「十二歳!」
「うんうん、そりゃあ、おっきくなるわけだ。お母さんはどこ? 手伝いに来たんだけどさ」
「こっちだよ!」と手を引っ張る彼について行くと、赤ちゃんを抱っこして洗い物をしているおばさんがいる。
「おばさん、来たよ。僕が洗い物やっちゃうから、椅子に座ってなよ」
「あら、ありがとアーサー。ほら、この子よぉ、かわいいでしょ?」
「うん、とってもかわいいね。僕の妹には負けるけど」
「あははははは! そうかしら? そうかもしれないけど、あたしにはこの子が一番よ」
と、おばさんは赤ちゃんにキス。
僕もついでにキス。
「名前は?」
「マリッサよ」
「マリッサ! 活発な子になりそうだね。お兄ちゃんっ子になるかな? どうかな? かわいいねえ、マリッサ!」
僕は大昔に赤ちゃんだった頃の妹にやったみたいに、あぶぶぶ〜と言ってみせた。彼女は不思議そうな顔でみるだけだった。僕は肩をすくめて、おばさんを椅子に座らせると、早速皿洗いを始めた。
「おばさん。他にも洗濯とかあるでしょ? あと、掃除。おばさん、寝てる? 寝てないなら寝て来なよ? 僕が彼女を見るし、おんぶ紐しながら家事くらいできるから。僕が何年子守の仕事で臨時収入もらってきたと思ってるの? 心配なら、思い出して……。近所の奥さんたちの僕の評判を」
「そんなに言われなくても信用してるわよ! でも、最近寝れてなかったからありがたいねえ。それじゃあ、頼んであたしは寝るわ」
「それがいいよ。それじゃ、おばさん、おいさんが帰ってくるまでの間はしっかり面倒見とくね。あと、食事も作っとく」
「ありがと。それじゃあ、お願いね」
「ああ! おやすみおばさん!」
おばさんはさっさと重たい足取りで寝に行った。僕は腕をまくり、傍の少年に指示を出しながら、どんどん家事を片付けて行った。こういうのにはコツがいるものだ。うちののんだくれのくそおやじのおかげでゲロとゴミの片付け方は得意になったし、奔放なお袋のおかげで掃除、食事、それから子守と洗濯ができるようになった。生活力有り余る青年だよ、僕は。
疲れるし、やる気も起きない時はあるし、そういう時は休むさ。当たり前だろ。そんなに何日もできるかってんだ。それがわかるおかげで、近所の奥様連中の話にもついていける。近所の同い年くらいの男子たちは僕をバカにするけれど、喧嘩が強いおかげでなんともない。
妹には散々「優しさを持って、話し合って」と言われるけれど、綺麗事だけじゃどうにもならない時はある。
ま、そんなのどうでもいいことだ。
今は何より、小遣い稼ぎに集中しよう。
帰ると、綺麗にお嬢さんの縄は外され食卓に行具よくついていた。
僕はもちろん、妹を叱ったのちに、その優しさに心をうたれて「やっぱりお前は天使だよ、ギャビー!!」と頬ずりをした。
お嬢さんはニコニコしながら「やはり、出ていましてよ、求人」と言った。
「お前、まさかうちの妹に外を出歩かせたわけじゃないだろうな?」
「お兄ちゃん! 違うの! ちょっとした運動をしてただけなのよ!」
「お前は黙ってなさい。おい、どうなんだ?」
お嬢さんは一言「頼みましたわ。でも、それでなんの不都合がありますの?」と言った。僕の頭でなにかがブチっといった。
「あのさ、うちの妹、元気そうに見えるけど、いつ体調を崩すかわからないんだわ。病気完治してねえし、あんた、もしもそこらへんで妹が倒れてたら、どうしてくれる気だった? それで悪化したら? 今、家には薬が一週間分しかねえんだよ! もしも悪化したら三週間分いるんだぞ?! 僕はあんたの家から金をもらうためにあんたを攫ってんだよ、妹の病気がこれ以上悪化せずに完治させるために! 不都合しかねえってんだよ! オイ! 聞いてんのか!」
「聞いてますわ。それは悪かったと思うわ。でも、運動した方がいいっていうのは事実よ。散歩くらいはするべきだわ」
「あ? 求人所はここから離れてんだよ。誘拐されてる被害者の方があれこれ指図してんじゃねえよ。今度やったら、その鼻ひんまげるからな……」
そういうと、彼女は頷いた。
妹は「お兄ちゃん!」と言った。
「私が行きたいって言ったのよ! お兄ちゃんの仕事場からも離れてるし、これ以上、お兄ちゃんに負担をかけるわけにはいかないし……。でも、ごめんなさい。よく考えたら、私がまた体調悪くなっちゃう方が悪いよね……」
「……もういい。気にすんな。求人カード取って来ただろ? あとで見せてくれ。それから……、今日は結構疲れてたし助かった。ありがとう。お嬢さんも、きつく言って悪かったね。逃げないなら、いいよ。でも、妹にお貴族様らしく命令すんのはやめろ。そんでお前もそれに従うな。今、彼女は、僕らが連れ去ってきたやつで、立場が弱いのはあっち。いいな?」
「うん……」
「絶対に命令されても動くなよ。それじゃあ、仕事に行ってくる」
「行ってらっしゃい……」
ごめんね、ガブリエル。にいちゃんも、なんだかんだで疲れてんだよ……。悪い……。でも、いつか絶対にお前が幸せになるように頑張るからな!
あと、お嬢さんが空気よんでくれてよかった〜。あいつ空気読めるんだな……。もしくは、話を聞いてなかったか、だけど。