12
あのプロムが終わってから、僕らは正式に婚約することになった。
もう目が死んでる感じ。
妹はめっちゃ喜んでた。本当のお姉ちゃんできるかもってものすごく喜んでた。天使だったし、超可愛い。守りたいその笑顔。
そんでもって、そこから数年後、今、僕は、大変な窮地にいる。それがなにかって?
婿入りですわよ、奥様!!!!!!!!!!!!
なんでだ?
なんでこんなとこまで行った?
いや、本当になんで?????
確かにね、男の性ってやつで手は出したよ。うん。出しちゃったし、責任とったほうがいいかなー、でも、こんな中身が面倒なやつとは嫌だなーって思ってたんだよね。
ここまでの間に何回か僕は提案した。もっといいやろうと結婚しなって。僕の精神も魂も確実に下町ボーイだし、貴族的な関わり合いとか知ったこっちゃないし、普通に下町で仕事してシャワー浴びてビール飲んで寝たい。これが理想だし、今までそうしてきた。
爺さんの家は時折帰るくらいで、僕は妹をよろしく頼んでさっさと出てきたわけ。
なぜなら、妹は目を輝かせて、あの学校に入っていったからだ。もうそろそろ卒業だけど。
そんで知らない間に「お兄ちゃんみたいにかっこいい恋人ができたわよ!」って手紙が来て荒れたよね。うちの天使に恋人? 殴りてえ。あったら殴りてえ。
そう思ってたら相手の男の子もこれまた驚きの美少年。わあ、天使と天使がいるよ〜、すごおい。お兄ちゃん一発おっけーしちゃう! ビジュアルで決めたかって? 悪いか、僕は面食いだ。
ちなみにスージーもこれには大納得で「全力をあげて結婚式をしますわ!」と張り切ってた。そのまま、軍資金、全部あっちに詰め込め。そんで僕らは結婚しないでおこうそうしよう。
でだ、婿入りだろ? 下町の仕事続けたいし、貴族様がたとの交流とかほんと無理だし、あのディック野郎は僕を見るたびにあれこれと陰湿なことしてくるし……。絶対、やだ。
僕は何回か、スージーに向かって「やだやだやだ! 絶対に貴族となんか交流しないからな!」と叫んだ。スージーは「あたくしが誰かにとられてもいいんですの?!」とか言い返してたけど、それがなんだって感じだよね。
ていうか、正直な話さ。あれだけディックディックだったスージーだよ? まだディック気にしてない? って思うんだよね。本人はそんなことないっていうけど、見ると目で追ってるんだよね。
それ考えると、ちょっと結婚って考えにくくない?
考えにくいよね?
あー、婿入りとかヤダ。仕事してビール飲んで、仕事仲間とくだらない話したいし、休みにはパンイチで髭面のまま過ごしたい。
僕がそう考え込んでいるとノックがした。
ちなみに今いるのは僕が借りている部屋だ。前よりいい部屋だ。もうあばら家じゃないし、中流くらいだとは思う。
「どうぞー!」と叫ぶと、スージーが入って来た。ここにくるのは、爺さんか妹かこいつだけだ。
「まあ、あなた上着くらいきたらどうなの?」
「見苦しくてすみませんね」
「あら、そんなことありませんわよ。あなたの筋肉は惚れ惚れしますわ」
「ディックより?」
「ディック? ディックの今の姿を見てみなさいな。お腹がちょっと出てますのよ」
「まじ?」
「この間見ましたわ。あたくしなら、あの体型にはしておきませんわね、絶対」
「ふーん」
「あら、嫉妬ですの?」
「違う! なんでそうなるんだよ!」
最近、めちゃくちゃ嫉妬か? って聞かれるけど、絶対嫉妬じゃないし、そうだとしても認めないぞ、僕は。だって、なんか、僕がめっちゃスージーのこと好きみたいじゃないか。今まで散々拒否っといて、それはないって感じじゃないほんと!
全ては、彼女を攫ったのが間違いだったんだ。あの頃の僕に言ってやりたいね、そいつをさらうのはダメだ。むしろ、アリスを攫ってやるから金をよこせっていうべきなんだよ! あー、間違えた! 失敗した!
「何を考えてるんですの?」
「あんたを攫ったのがそもそもの間違いだったって」
「そうかしら? あたくしは大正解だと思いますわよ」
「金的にはね」
「素直になってよろしいんですのよ? あたくしが気になってたからだって」
「話きいてた? 飛躍しすぎじゃない?」
「それよりも、いつ結婚してくださいますの? あなた、いつまで経っても申し込みにもきませんし。手を出すだけ出しといて、それって最低ですわよ」
「……、僕もそう思う」
「じゃあ、まずはこの不埒な手を外すことですわね」
何回目か忘れたけど、いいじゃないか。彼女はさっと僕の手を子猫をつまむように持ち上げて、自分の太ももから外した。
「まあ、あなたが素直でないなんて今更のことですわ。そんなあなたが素直になる魔法の薬。お・さ・け」
「最高! 愛してるよ、スージーちゃん!」
「あなたって本当に現金ですわね。口はやめて」
「しねえよ」
「しようとしてたでしょ。盛りのついた猫ですの?」
「可愛がって欲しいな」
「お断りですわ」
スージーはコップにお酒を注ぎ、二人して乾杯をした。妹曰く「お兄ちゃんはお酒飲むと素直になる」らしい。自覚はあるし、なに言ってたかとかはっきり覚えてる。
彼女はどんどんコップに注いでどんどん飲ませる。何を言わせる気だ、こいつ……。ちなみに酒を飲むといろんなストッパーが外れるから、諸々、僕も一応は注意してるんだぞ。
「アーサーはあたくしのこと好きですわよね?」
「は? なに言ってんの? そんなわけないだろ。あんたは、ただの婚約者。うん、そう。ありがとう」
「どういたしまして。で、なんであたくしに結婚を申し込まないわけですの? 意気地が無いんですの?」
「馬鹿言うない! 僕はちゃんと意気地のある男だ」
「じゃあ、なんで申し込まないのよ」
「だって、あんたディックがあれだけ好きだっただろ? 今だって、目で追ってるし、そんなのと結婚できるかよ。違うか? まだディッキーのこと気になってるんじゃないの?」
「まあ! あなたって案外可愛らしい方ですのね!」
「え? 今頃気づいたの?」
彼女は、おーよしよしと僕の頭をかき抱いて撫でまくってくる。やめなさい。襲うぞ、おい。
僕はどうにか彼女から離れて、お酒をもう一杯飲んだ。
彼女はご機嫌に鼻歌を歌っている。楽しそうでなによりだよ。
「アーサー、あたくし、もうディックのことなんかこれっぽっちも好きじゃありませんわ。正直な話、どうしてあそこまで好きだったのか今ではわからないんですのよ。優しいとか言ってたけど、どう考えても利害でしたもの」
「じゃあ、なんでディックのこと見てるわけ?」
「それは、どうしてあたくしが彼を好きだったのかって思ってのことですわ。疑問で仕方がないんですのよ。でも、今はあなたが一番ですわよ、アーサー」
「わ、本当? じゃあ、今夜は泊まってくよね?」
「お暇しますわ」
「まじかよ! 泊まっていってよ、寂しい〜」
「あなた酔うとしつこいんですもの。それよりも、あたくしがあなたのことがちゃんと好きだってわかったら、結婚してくださいますわよね?」
「するする。でも、本当に後悔しない? 僕は仕事やめる気ないし、社交界とか知ったことかって感じだし、正直なところ怖いしコンプレックスにもなってるし、絶対に役に立たない自信がある。それでも、お貴族様のあんたは僕と結婚したいわけ?」
「ええ、そうですわよ」
「まじで言ってるんだよね?」
「あたくしがあなたを支えますわよ。社交界に引っ張って行きますけど、あなたは喋らなくてもいいですわよ。あたくしがそこは全部します」
「うわ、イケメン」
「茶化さないでくださいます? あと、手を離しなさい」
僕は彼女から手を離した。腰あたりっていいよね、なんかフィット感あって。
「あなたはあたくしにとってね、大事な人なんですのよ? あたくしを出した人なの。あたくしの王子様よ。あなたがそばにいるだけで、あたくしとっても心安くて安心するの。だから、一緒にいたいんですの。あなたが気にするディックはね、どっちかというと背伸びしなくちゃって思う方ですのよ。支えたいとか一緒にいたいも乙女チックで現実的じゃありませんの」
「へー」
「あなた、どうでもよくなってるでしょ?」
「まあね、だって、僕のことがそんなに好きだって聞いちゃったら、もうどうでもいいかな」
「あなたはあたくしのことどう思ってらっしゃるの?」
「え? いや、そりゃあ、やることやってんだし、そりゃあ、まあ……。浮気しないくらいにはまあ、うん……」
「はっきりおっしゃいなさいな。素直になってよろしいんですのよ?」
「じゃあ、今夜は泊まって行こうよ、スージーちゃん」
彼女はため息をつくと「はっきり言ってくれないと嫌ですわ」と言った。ちくしょう、騙されてはくれないか。酔っていても恥ずかしいものは恥ずかしい。
僕は何度か息を吸って吐いて、ほっぺたを叩いた。
おーし、言うぞ、言ってやるからな……!
「正直、あんたは鬱陶しいし勘違いはよくする上に人の話を聞かないし、中身はあんまりよくない。でも、まあ、僕は好きですよ……」
「まあ! やっと素直に言いましたわね! ここまで何年かかったことか」
「うるさいなあ、もう! 今日は泊まってくんでしょ。ちょっと待ってて」
「あたくし、白湯がいいですわ!」
「はいはい、お嬢様のおおせのままに」
僕は酔い冷ましの為にも、ついでにがっつかないためにもお湯を沸かし始めた。
窮地は脱したように見えて、脱していない。ここからが勝負なのだ。そう、今回はデレてやったが、次はない! 次は! ない!! くっそー……。
とりあえず、今はこの状況を楽しもう、そうしよう。




