11
とうとうお嬢さんに謝罪もできないまま、プロムの日になってしまった。
普通に避けられまくられて、若干、イライラしている。
すっかり元気になった妹は僕に対して「お兄ちゃん、どうするのよ! 今日よ、今日! もうお昼よ!」とかしましく叫ぶ。
わかってるよ! でも、プロムは夜だろ!
あーーーーー!!! なんで僕がこんなはめに陥ってんだよ! くそ! 絶対、さらう人間失敗したからだ! 僕の不運やろう!
そもそも、あのお嬢さんだって気づいたって良さそうなもんだろ!
「お兄ちゃん! どうするのよ!」
「むしろ、どうしろってんだよ!」
「プロムに乱入しかないでしょう!」
「どうやって!」
「お兄ちゃん、清掃員でしょ? それ使えば入れるわよ」
「入れるかよ……。今日は誰も生徒と先生以外。その関係者以外は立ち入り禁止なんだよ」
「まあ、それなら入れるじゃないの」
僕は、首を傾けた。妹はやれやれとでもいうように首をふってため息をついた。
「私たち、スージーの親戚よ? それに助けた恩人でもあるわ。手紙を書いてもらえればはいれるわよ」
「今から?」
「おじいさんに書いてもらえばいいのよ」
「まじで言ってる?」
「お兄ちゃん。スージーがこのまま不幸になっていってもいいわけ? あんなにいい人なのに」
妹は仁王立ちで僕を見つめた。
たくましくなったもんだなあ、お前。お兄ちゃんは健康になてくれて、涙が出るくらい嬉しいよ。怒ってる姿もかわいいよ。
「お兄ちゃん!」と妹はくわっと目を見開いた。目がおっきいねえ。
「私はお兄ちゃんとスージーが幸せになるのが見たいわ!! っていうか、お姉ちゃんが欲しい!!」
「急だな、ギャビー。お兄ちゃんはびっくりだよ」
「スージーはとってもとっても素敵な女の子なのよ。そんな子が不幸になるかもしれないのに黙ってなんてられないわ! 私がいけるものなら行きたいけど、どう足掻いたって、スージー相手じゃ男の子の格好したって変だし……」
「え、そっち? お兄ちゃんびっくりだよ」
「お兄ちゃん、いい? 私たちはスージーにとっても大きな借りがあるのよ。誘拐しといてお咎めなしにしてくれた上にこんな高待遇までしてくれたの。絶対にそれにむくいなきゃダメよ」
「それはそうだけど……」
「報いなきゃ。私もお兄ちゃんもとっても悪いことをしたわ。人に迷惑をかけて、ご両親に心配させて、それで、騙してる……。だから、お兄ちゃん。せめてもこれくらいはしなきゃ。避けられないことでも、なんとかしてみせなきゃ。それが私たちじゃない。それをやってきたのがお兄ちゃんじゃない。お兄ちゃん、スージーを不幸せにしちゃだめ。破棄された時に味方が一人もいないだなんてダメよ」
妹は僕をじっと見つめた。この顔はよく知ってるぞ。お願いっていうやつだろ……。
「お兄ちゃん……」と妹は目を潤ませた。
ほら、きた!!
「お兄ちゃん、お願いよ」
「……」
「お兄ちゃん……」
「僕、スージーのことなんか……」
「それでもよ、お兄ちゃん。そばにいてあげることくらいできるじゃない。お願いよ」
「どうしても?」
「どうしても」
「……わかった」
僕が重苦しく頷くと、妹は万歳と飛び上がった。
「僕だって、男だ! やってもらったことへの恩返しくらいするさ! ああ、やってやるとも!」
「その意気よ、お兄ちゃん!」
僕は爺さんの部屋にずんずん向かい、すぐにタキシードだかなんだかを用意してもらった。
妹は近くで踏み足をしながら「もう夕方よ、お兄ちゃん! 間に合わないわよ! ねえ!」とうるさく言った。爺さんの方も時計を見ながら「手紙はまだか、手紙は!」とイライラしている。
「手紙が来ました!」
「でかした! これで中に入れるぞ……!」
「やった! お兄ちゃん、早く早く!」
「変じゃない?」
そういうと、二人は声を揃えて「変じゃない!」と叫んだ。
僕みたいなゴロツキみたいなやつに似合うもんか、これ……。
「お兄ちゃん、とってもかっこいいわ! すっごくかっこいい! やっぱり、私のお兄ちゃんが世界で一番かっこいい王子様なのよ!」
「お前は世界で一番可愛い天使だよ、ギャビー!!」
「お兄ちゃん大好き!」
「僕もギャビーが一番好きだよ!」
「仲良きことは美しきかな……。さ、それよりも、早く行かないと! 多分、今行ったら少し遅れることになると思うが……!」
「お兄ちゃん、絶対にスージーのそばにいてあげるのよ! お兄ちゃんだけなんだからね、それができるの!」
「わかってるよ! なんで僕が……。くそ、絶対であったのが間違いだったんだ……」
「お兄ちゃん!」
「わかってるってば、行くよ。行きますよ」
僕は爺さんの家の玄関を出て、馬車に飛び乗った。馬に乗れればいいんだけど、そんなものに乗ったことないのでできない。乗れれば楽なんだけどなあ。
妹と爺さんが玄関先から手を振ってあれこれと叫んでいる。僕はそれに手を振り返し、馬車は出発した。天使と爺さんは見えなくなるまで外で手を振り続けた。
学校のプロムはすでに始まっているらしく、門には誰もいなかった。僕は警備員に手紙を差し出し、入れてもらった。早足でプロムの会場に足を運んでいると「私はここに婚約の破棄を申し出たい!」という言葉が聞こえた。おかげで、髪の毛整えたの無駄になった。
全速力で駆け抜け、会場のドアを勢いよくあけた。
誰もが僕を注目している。そりゃそうだよな、遅れてやってきた見たこともないようなやつがやってきてんだし。ついでに言えば、ただの清掃員の一人だったし。
お嬢さんは僕を見ると驚いた顔をした。そういう表情、ちょっとかわいいと思うよ、僕。
僕はずんずん歩いて行き、お嬢さんの隣に立って、アリスと手を感動的につなぎ合っているディックを見た。
彼は誰だというように眉をあげた。アリスの方は驚いた顔をしている。
「君、僕と彼女になにか関係あるのかな?」とディックは言った。
僕は「あるよ」と答えた。それから「さっさと続き言えよ、ディック野郎」と言った。
彼はとても嫌そうな顔をした。
「彼女は、このアリスに対して様々な意地悪をしてきた。時には人権をも侵害するようなことだ。これは意地悪というよりもいじめで奴隷的なものだった。彼女は自分の権力を傘に周りの人間をも巻き込んでいった。そんな性悪な女と結婚なんてできない! 彼女との婚約を破棄して、アリスと結婚したい!」
「ディック……!」
「そもそも、彼女は犯罪すれすれのことをしてきた。さあ、諸君、証拠を見せてやれ!」
僕は心の中でなんの茶番だよ、と思った。隣のお嬢さんは冷めた目でみている。僕も冷めた目でみてるけど、一応当事者なんだから、もっと熱を持った目でみたらどうだろうか。
彼らは様々な資料と証拠をもってして、彼女がいかに悪の権化かということをあげつらねた。さすがに頭のいいやつとだけあって、納得させていた。王子の方もなるほどなんて頷いている。おいおい。
彼らは今まで集めたらしい証拠を挙げ連ねた後、どうだと言わんばかりに「だから、私は彼女との婚約を破棄し、アリスと結婚したいと思っているのです! 王子、許可を!」と叫んだ。
王子は少し考え、弟たちを見て、それからお嬢さんと僕も見た。
「そこな者の意見はどうだ?」
「僕? それともお嬢さんの方ですか?」
「どちらともだ」
「殿下! 聞く必要はありません!」
「黙ってろよ、ディック! 殿下は僕と彼女に聞いてんだ」
「貴様!」
「喧嘩か? するか? 言っとくがお坊ちゃんたちのお上品な喧嘩とは違って、こちとら下町由来の喧嘩だぞ! 歯の一本おるぞ!」
そう叫ぶと、殿下は大笑いし「元気な青年だ。よいよい、そなたからいうといい」と言った。
僕はにっこり礼を言った。
「まず、第一にあんたにこのお嬢さんはもったいない。スージーは無駄にディックディックディックで、あんた一直線だ。恋する乙女もいいとこだぜ? そんなスージーちゃんが、愛しのディッキーが取られそうだってなると、もちろんその子に意地悪しちゃうもんさ。恋してる女の子だもん。そりゃあ、するさ。
やり方はたしかに悪いかもしれないよ? でもさ、あんたもあんたでよそ見するからそうなるんだし、ちゃんとフォローしないのがいけないとは思わない? 好きな男の子が取られそうだってんだ。なにもしないよりも、する方が当たり前のように思えるけどね。そうだろ、お嬢さん? 言ってやれよ」
「そうですわ。あたくし美しくたおやかで可愛く可憐な乙女で、もちろん愛されガールですわ。でも、ディックに関しては、そんな自信はありませんでしたのよ。だって、あたくし、あなたのことが好きだったんですもの。だから、あたくし、いろいろ信じ込んでみてたんですの」
「え? そうなの? あんたのお得意の話聞かない系なんだと思ってた」
「まあ! なんですのそれ! あたくしが美しくたおやかで可愛く可憐なのは事実ですよ」
「はいはい、そーですか」
「あら、やっと認めましたのね」
「認めてねえよ! ていうかな、あんたもちょっとは、こう反抗してみたらどうだよ! 目の前の女ひっぱたいたって罪にはならないぞ! どう考えたって、乗っ取りだろ! 不倫だろ! 浮気だろ!」
「だって、あなたが余計なこというから、そんな気が削がれてしまったんですのよ! あなたが、あたくしに「ディックはすでにアリスと出来上がってる。あんたがさらわれる前からな!」っていうから!」
「僕が悪いってのか? 僕はこいつらがあれこれ悪巧みして、王族まで出してきてあんたを社交界からのけものしようとかいうことやろうとしてたから、あんたのためを思って親切に教えてやったんじゃないか!」
「頼んでませんわ!」
「おーおー、頼んでないことやって悪かったな! こんないい女なスージーちゃんがやりこまれるのが嫌だったんだよ!」
「あら、要はあたくしが好きだからってこと?」
「違うわ! どう考えたら、そうなるんだよ、この勘違い女が! 僕は、ただなあ、あんたにいろいろと良くしてもらったから……」
「ようはあたくしが好きだからってことではありませんの?」
「違うってんだろ! 殴ったろか……!」
そう僕らがやりあっていると、殿下はゲラゲラ笑いだしてポカンとする僕らに「よいよい、よくわかった。わかった」と言った。
僕らは黙り込んで殿下を見上げ、横のディックたちを見た。
殿下はうむうむと考えて「スザンヌ嬢はディックとまだ結婚したいとかんがえておるのか?」と聞いた。
スージーは「そりゃあ、好きですし……」と言った。
僕はため息をついた。
「どう考えても、あんな不誠実な男やめた方がいいと思うよ。それに、そろそろ好きでいることに疲れてきたんじゃない? よく聞くぜ? もう好きでいることに疲れちゃったってな。そんで次の週からだんだん相手の男の欠点が見えてくるんだ。そんな未来があるかもしれないのなんかやめときなよ」
「あなたになんの関係がありますの?」
「あ? そりゃあ、かわいいスージーちゃんの幸せは僕の幸せですから」
「嘘くさ」
「なんだよそれ! じゃあな、ついでに言っておいてやるよ。あんたにはいろいろな選択肢のうちに、ただ、こいつと別れる。別れないがある。それから、一応貴族入りした僕と婚約っていう手もある」
「はあ?」
「あんたに、はあって言われると傷つくな。言っておくけど、僕がしたいって言ったんじゃなくて、爺さんと妹がうるさく言ったからだからな! 僕は一切その気は、ない! だけど、あんたがこのまま破棄にいたると、あれなんだろ? これから結婚できなかったりとか社交界とかであれこれ言われるんでしょ? だったら、僕がその傘になってやるって言ってんの! あーくそ! なんで僕がこんなはめになってんだよー!!」
また殿下は大笑いして「よし! 決めたぞ!」と言った。
なにがだ。
「面白い方を取るが、私のモットーである! であるので、私は決めたぞ。うむ。スザンヌ嬢とディック氏の婚約破棄を認め、ディック氏はアリス嬢と、スザンヌ嬢はそこな者と婚約するがよい!」
ディックたちは喜び、僕らはポカンとした。
それから、同時に「はああああああ?!」と叫んだ。
「おいこら! 勝手に決めんなよ! おい! もうちょっと強制力のないものにしろよ!」
「私は面白いものが好きなのだ。そなたたちは良いコンビになると思うぞ、うむ!」
「おいおいおい! なんだそれ! なんだそれ!! あんたもなんか文句言えよ!」
「あたくし、殿下のご命令には従いますわ」
「まじかよ?! なんでだよ! なんでこうなるんだよ!!! 僕はあんたが断ると思っていたんだぞ!」
「別に断る理由ありませんわ」
「は?」
は???
これにはディックも驚いた表情をしてる。
あ、お前、スージーが自分に惚れてると思い込んでたな? やっぱ、ダメだなあ。勿体無い。お嬢さんはお前にはもったいないよ、ディッキー。
「あたくしね、ディックはもちろん好きですわ。でも、どう考えてもディックはアリスさんと一緒になる気でしょう? だったら、断る理由はありませんでしょう? それにね、ギャビーさん曰く「だいたいそのうち忘れるし、あー、そんなものもあったなー」くらいになるそうですし?」
「だってよ、ディッキー。あんがい冷静に考えてたのね、君。で、僕とそうなることに抵抗はないわけ? 僕はめっちゃある」
「あら、あたくしだってありますわよ。こんな素直じゃない人、嫌ですわ」
「僕は素直だってんだろ……。確かにね、あんたは今までみてきた女の子の中で妹の次にかわいいと思う。見た目はね。でも、中身がなあ、中身が可愛げがないからなあ」
「あら、あたくし可愛いですわよ?」
「見た目はね」
「中身も」
「中身は手に負えない」
「なんですって? 少しは素直におなりなさいな! あたくしに対して、かいがいしく心配しまくってるくせに」
「あんた、口を塞がれたいわけ」
「まあ、大胆」
「あんたの想像してることとはまったく違うからな!」
くそ、ほんと塞いでやろうか……!
殿下はとうとう耐えきれずに、なぜか息切れしながら苦しそうにプルプルしている。大丈夫かよ……。
僕らが呆然と殿下を見つめていると、はっとしたディックは「しかし、このスザンヌはアリスに対して……!」と言い始めた。
まだ覚えてたんだ。
殿下はごほごほ咳を一つすると、ディックに向かって「よいよい。それはすべて恋する乙女のしたことよ。咎めるものはない。それ以上はいかんぞ、男を落とすぞ〜。うーん、今日は愉快なプロムだなあ」とのほほんと言った。
楽しそうでなによりだよ。
ディックは忌々しそうな目でこちらを見てきた。
僕はディックに向かってぺろっと舌を出して挑発した。彼ははっきりと青筋を浮かべた。怖いよ、情緒不安定だよ。恋する男も女も怖いよ。あー、こわこわ。
殿下は満足そうに僕らを眺めると「では、ダンスにしよう」と言った。
僕はダンスなんてしたことがない。退散しよう!
そう思って逃げ出そうとした途端、ガッツリお嬢さんに捕まった。
「おいおい、マジ?」
「あら、最初は婚約者と踊るものでしてよ?」
「僕、遠慮したいなあ」
「あたくしに恥をかかせる気ですの?」
「僕と踊った方が恥だと思うよ、ほんと」
「あたくし、気にしませんわ。たとえあなたが下手くそでも」
スージーは手を出した。
それから「取らないなんて紳士としてありえませんわよ?」と偉そうに言った。いいだろう、受けて立つ。僕は彼女の手を取り「振り回せばいいんだろ。あんな感じで」と近くのカップルを見た。
彼女は、そうですわよ、と頷いた。
僕はガッと彼女の腰を掴み、ぶん回す気でぐるぐると抱きしめるみたいにしながら彼女を振り回した。
どうだ、まいったか! ついでにもう結構ですと言え!
「まあ、これ、結構楽しいですわね。よろしくてよ、もっとおやりになって」
「クソ……」
「でも、踊りはここまで密着するものじゃなくてよ? まああたくしが美しくたおやかで可愛く可憐だからくっつきたいと思うのは当然のことですけど」
「思ってねえから! あんたほんと色々話しとか僕の態度とか見て考えようよ!」
「あらぁ? どう考えても楽しそうにしか見えませんわ」
「楽しいわけあるか! 絶対、これ終わったら、爺さんの家に帰ってやる!」
「あたくしも行きますわ!」
「くんな! めんどくさい!」
「あら、今更、あたくしと同じ家で過ごすのが照れるんですの? まあ、あたくしったら何回でも見ほれてしまう美しさとたおやかさと可愛さに可憐さを有していますものね。わかりますわ」
「あんたほんとちょっと黙ってくれる? 砲丸投げみたいに投げたくなるから」
「まあ、怖い」
結局、僕はムカつくことにこのお嬢さんに最後まで付き合わされ、二人で爺さんの家に帰り、むちゃくちゃ祝福された。
どうしてこうなっちゃったかなあー……。




