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 どうにか養子縁組も終わり、正式に僕と妹は貴族の仲間入りをした。だけど、僕は社交界なんざ興味もないし、爺さんも「別に出たくなきゃ出なければいい。どうせ、爺さんだし、出ないし」とか言っていた。

 冬は爺さんとお嬢さんが言った通り、例年よりもひどい寒さであのあばら家にいれば確実に再発くらいはしていただろうという感じだ。胸の持病の方も暖かい家のおかげで現れても軽いものですんでいる。

 毎日ではないが、医者も来てくれるようになって、妹はどんどん健康になっていく。

 僕は仕事を続けている。

 学校ではお嬢さんと朝だけ毎日話している。毎度毎度、ディッキーくんの話を聞かされて辟易しているところだ。あんなののどこがいいんだ。この前だって廊下でアリスと喋ってたし、生徒会室では着実にお嬢さんをのけ者にするための計画が進んで行っている。

 おかげで僕はどうすればいいのか悩みまくっている。お嬢さんには悪いが、先に別の相手を見つけてしまうっていう手もある。なにせ、僕も貴族のお仲間入りをしたんだからできないことはない。まあ、難しいだろうけれどね。


「あなた、一応養子縁組で貴族になったんだから、もっと別の仕事したらいかが?」

「ご心配どーも。僕には僕の身の丈にあった仕事をしてるんでね。そういや、卒業まであと一ヶ月だね」

「そうなのよ! ついにあたくしディックと結婚できちゃうかもなの!」

「そりゃ、よかったね」

「ええ! とってもね! 最近、ディックもね、優しくなったのよ。優しくなったっていい方もおかしいけれど、気遣いができるようになったのよ」

「へー、ディッキーも成長したのね」

「ええ、そうですの! あたくし、嬉しいわ! 昔はもっと優しかったんですのよ。あたくしが読みふけっていた本の王子様みたいに」

「へー、そうなんだ」

「そうですの! ディックはね、昔、犬に襲われてたあたくしを助けてくれたりしたんですのよ」

「へー……」


 さっさと予鈴、ならないかなー……。



 予鈴がやっと鳴って、彼女がいなくなった後、背後からがさごそっという音と共にニヤニヤしたおいさんが現れた。

 なに考えてるのかなんとなくわかるぞ。


「青年よ、まあ、気を落とすな! 他に女の子ならたくさんいるさ! な!」

「違う……! あれはただの知り合い!」

「全然相手にされてなかったなあ! ぷぷぷ……」

「クソじじい……。違うってんだろ! ただの知り合いだってば!」

「おいおい、そうムキになるなって、素直になれよ〜」

「話きけよ、クソじじい!」


 僕は肩に置かれている手を払いのけて「ち・が・う・か・ら・な!」と言った。おいさんは面白くなさそうな顔をした。

 面白がるなっての。


「なんだよ〜、若人の恋愛に協力したいだけなんだってば〜! お前はさあ、妹、妹、妹でよそ見もしてこなかったようなやつだから、心配だったんだよ。このまま、なにもなく青春を終えそうでさ」

「そんな心配ご無用。僕は僕でしっかりやってますから」

「ほんとかあ?」

「本当だってば。妹がちゃんと巣立ったら、僕はちゃんと遊んだりする予定だし」

「遅くないか? なん年後だ、それ」

「おいさんには関係ないでしょ。僕、これからミーティングがありますので」

「そんなに邪険にするなよ」

「してないってば。どうしたの? また子守のお願い?」

「違うって。お前がいいならいいんだけどな……? とにかく、後悔しないようにしろよ!」


 なんじゃそりゃ。

 おいさんはがさごそと生垣を越えて自分の持ち場に戻っていった。

 僕も仕事をするべく学校の中に入っていった。


 校舎裏の掃除をしていると、誰かがやってきた。ちらっと見てみると、ディックとアリスだった。

 おいおい、またかよ〜!

 どうせまたイチャコラするだけだろ。別のところいこ……。


「あいつに婚約破棄を言い渡す時、ジェームズ王子がいるだろ? 彼にも後押しを頼もうと思ってるんだ」

「そこまでするの?」

「そこまでしなきゃいけない家だからね」

「そうなんだ」

「プロムが始まってすぐじゃなくて、少し時間が経ってからにしようと思ってるんだ。絶対に私はやってみせるからね」

「うん……」


 まじかよ……。

 え、まじで王子?

 まじで? まじか。王子まで引っ張り出しちゃうのか、やべえな。


 どうする。プロムまで一ヶ月は切ってるし、お嬢さんに伝えるべきか、やっぱ。王子が出てくる前に伝えるべきなんじゃないか? だって、王子だぞ? 伝えるべきか……。

 胸は痛むが……。

 夕方に捕まえて、伝えよう。伝えたら、あのお嬢さんどうなるのかなあ……。


 夕方になり、僕はお嬢さんが歩いてるところを捕まえた。誰も確実にこないだろう庭の端っこに連れて行き、お嬢さんは「あたくしに最後に告白しておきたいのね。わかりますわよ。最後ですもの、あたくし寛大ですわよ」と言った。

 僕はもちろん、全力で否定した。

 ほんと、話聞けよ。


「いいか、今から話すことでショックで倒れたりするなよ?」

「なんですの?」

「本当は、結構前から知ってたんだけど、いいづらくて……」

「なんですの? さっさとおいいになったら? あたくし、この後ディックとお茶なんですの」


 ディッキー!!!!

 殴ってやりてえ……!


「いいか、落ち着いて聞けよ、スージー。ディックは、あんたとプロムで婚約破棄してアリスと結婚する気だ」

「は?」

「あんたを攫ってから、学校で聞いたんだよ、あのディッキーの口から。もちろん立ち聞きでだぞ? あんたのことをこき下ろして、社交界でものけ者しようとしてるんだ。しかも、王子まで使って! ディックはあんたの目には最高の男かもしれないけど……。

王子まで使おうとしてるんだ。先に別れた方が被害は少ない」

「なにを言ってるんですの?」

「ディックがあんたを振って、別の女に行こうとしてるって話だ」

「ディックがアリスさんと? ありえませんわ! あたくしの方が美しくたおやかで可愛く可憐なのよ?! あんな田舎娘に負けるものですか! バカにしないでちょうだい!」

「バカにしてない! スージーの家に被害が出ると思って、言ってんだ! 僕は、ディックとアリスがどうなろうがどうでもいいけどな、あんたがそういう目にあうのは阻止したいんだよ! あんたに惚れてるとかじゃなくて、貸しがあるからだからな!」

「あたくしが美しくたおやかで可愛く可憐だからでしょう? あ! わかりましたわ! そんな冗談言って、自分のものにしようって魂胆ですのね?」

「違う!!」


 信じたくないのもわかるし、今、多分、めちゃくちゃ動揺してるのもわかる。でも、言わなくちゃいけないと思うんだよ。さすがに王族はダメだ。


「本当なんだよ! あんたがさらわれる前からあいつらは出来上がってたんだよ。多分、どうやってもあのディッキーの気持ちは変わらないし、あんたに戻すことはできない。そもそも、あんな女の子からの嫉妬がわからないようなバカなんかほっとけばいいんだよ。先に別れた方がいいと思う。破棄されたより、したの方が、まだいいだろ」

「……」

「おい、ショックなのもわかるけど、なんか対策とった方がいいと思うよ。僕だって、多少は協力してやるから」

「……」


「おい」と肩に手を置こうとしたら、ひっぱたかれた。左頬を思い切りひっぱたかれた。

 は?

 お嬢さんは目尻に涙をためて「最低ですわ……」とつぶやいた。


「僕はあんたのためを思っていったんだ」

「それでも、最低ですわ。そんなこと、聞きたくなかった」

「そうだとしても、僕は伝えるべきだと思ったんだ」

「あたくし、信じませんわ。あなたが美しくたおやかで可愛く可憐なあたくしを好きなことはわかってますもの。そのための、嘘なんですわ。冗談なんだわ。あたくし、信じませんわ! ディックは、今! あたくしを愛しているもの! そうよ! あたくしを、なのよ!」

「おい! 話聞けよ!」

「聞く必要なんて、ありませんわ! それじゃ、ごきげんよう!」


 彼女はすたすたと歩いて行ってしまった。

 くそー! なんなんだよ、畜生!

 僕はむしゃくしゃしながら家に帰り、妹に喧嘩でもしたのかと聞かれて、お嬢さんのことを話した。

 あれはいうべきかと思ったんだよ。どれだけ彼女にとって残酷なことでも、王族が出て来たんだからさあ。

 妹は僕の話を聞きながら、だんだんと顔を険しくさせた。

 そしてとうとう僕の頭をげんこつで殴り「お兄ちゃんったら! 不器用にもほどがあるわ!」と叫んだ。


「不器用で悪かったな」

「そうよ! お兄ちゃんの言い方も悪いわよ! そんな前にわかってるなら先に言っておくべきじゃないの。破棄される時点で最悪だもの。その時点でいうべきだわ。お兄ちゃんは、スージーにどんどん期待させてたのよ! 離れている間に育つ恋心と期待をなめちゃいけないのよ!」

「そうかい」

「そうよ! どうして、先に私に相談するとかしてくれなかったのよ」

「だって、一緒に喜んだりしてたし言いづらかったんだもん」

「もう……。お兄ちゃん、絶対謝った方がいいと思うよ」

「うん……。明日謝る」

「でも、破棄されちゃうんだよね……」

「そうだな……」

「どうしたらいのかなあ」

「知らね」

「知らねじゃないでしょ!」


 そう僕らがちょっぴり喧嘩をしていると爺さんがやってきて「どうしたのかな?」と聞いて来た。僕らは目配せをしあった後、この養父に正直に言った。

 爺さんはとても驚いた顔をした後「許せんなあ」と言った。

 それから、どうしたらいいかと聞く僕らの顔を眺めて「いい考えがある」と言い切った。なんだあ、別にいいやつでもいるのか?

 僕らは爺さんの話を聞いて大笑いした。


「そんなおとぎ話みたいなことでうまくいくかよ!」

「本当よぉ!」

「しかも、そんな望み薄な! 僕だよ? 僕が怪盗みたいにさらうだって!? それでどうなるって話だよ!」

「まさか、おじいさん、お兄ちゃんとスージーを結婚させようなんてことじゃないわよね?」


 爺さんは笑うことなく「そういうことだね」と言った。僕らは目を見合わせて爺さんをまじまじと見た。

 僕は大声で「お断りだ!」と叫んだ。

「だけど、これが一番いい方法だとおもうんだがねえ」と僕を見た。妹はポカンと僕を見つめている。

 僕だって驚いてるよ、とっても。


「待ってよ。まちなよ、爺さん。僕があのお嬢さんと? は? 一番いい方法がそれ? は??」

「彼女を守るにはその方法が一番だと思うがね。なにせディックのことが大好きだったから、ショックは大きかろう。それに彼らのやろうとしているとこを考えるととてつもないショックを与えるだろう。何年かの療養は必要だ。その間の傘になるだけだよ」

「はは……、ちょっとまって。は?」

「お兄ちゃん、一旦落ち着こ。まだ時間はあるし、じっくり考えればいいんだよ、ね!」

「え、あ、うん……。いや、でも、あれの?」

「落ち着いて、深呼吸よ、お兄ちゃん」


 僕は妹に言われた通り深呼吸した。深呼吸したが、頭の中のハテナは大量生産されて行くばかり。

 僕があのお嬢さんとなんてありえないだろ。どう考えてもないだろ。うん。


 絶対にないだろ!!

 あっちはディックに惚れ抜いてんだぞ、ないないない!

 僕はブンブン頭を振って、二人に「寝る!」と叫んでベッドに入った。



 次の日の朝、仕事に行き、お嬢さんに謝ろうと思ったが、ことごとく避けられた。

 もう知ったこっちゃねえ。僕はちゃんと教えたし。知ったことかよ! 勝手に婚約破棄されてなきゃいいんだ。畜生!

 ていうか、なんで僕がこんなイライラしてるんだよ! くそ!

 からかってくるおいさんたちに八つ当たりまがいのことをしてしまったが、奴らはニヤニヤしているだけだった。

 なに勘違いしてんだ! 僕は! あんなお嬢さんにそんな恋心みたいなのなんか抱いてないからな! 畜生! みんなして面白がりやがって! くそ!

 僕はむしゃくしゃしながら、何週間か過ごすことになった。

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