第6話 紫翡翠の眼
今回から第2章です!
「そうですね。
まず、最初にあなたが認識しないといけないことがあります。
それは――
あなたは、すでに死んでいる、ということです」
私がここにやってきてからすでに2ヶ月が経っていた。
元々していた市役所の仕事と似ていることもあってか、早い段階で馴染むことができた、と思う。
さっきのセリフもだいぶ言い慣れてきた。
推理小説で探偵が言う決め台詞みたいな感じがして最初は少し照れ臭かったけど、毎回言い回しを考えるのも面倒くさいな、と気づいてからはかえって開き直った。
彼らも実はただ面倒くさかっただけなのかもしれない。
ちなみに、2ヶ月経った今でも弥勒さまは見つかっていないらしい。
それどころか、これまでの脱走よりも発見までに時間がかかりそうだ、とのこと。
手がかりの欠片すら出てこない、というのだからスゴイ。
……スゴイのはいいんだけど、そのせいで未だに私の行く末は未定のままだ。
まぁ、このまま転生管理局で働き続けるのでも構わないんだけど、だとしてもなんのためにここに来たのかくらいは知っておきたいものだ。
「あのー?」
「ああ、申し訳ありません」
いけない、接客中だった。
死んでますよ? って言ったまま放置してた。
「順を追ってお話しますが、結論から言うとあなたにはこれから別の世界に転生してもらいます」
「異世界転生!?
まじか!本当にあったんだ!!!」
今日のお客さんは若い男の子。
……見た感じ高校生くらい?
ばっちり日本人みたいで、『異世界転生』という言葉の意味を説明する必要がないのは楽だ。
当然『なにそれ?』って人も多いから。
むしろ割合だけでいえばそっちの方が多いかもしれない。
「で?!
俺はどうなるの!?
勇者になって魔王を倒せばいいの!?
うひょー!!」
まぁ、これはこれで面倒くさい……。
「とりあえず、このプレートの上に手をおいてください」
カウンターの下から翡翠のプレートを取り出す。
「おお!!なんかそれっぽい!
これでステータスとかわかるんスよね!?」
テンション上がりすぎて、急に敬語になったな、この子。
ステータス……ステータスか。
確かにそう言えるかもしれない。
といっても、いわゆるゲームのような感じではないけど。
就活の時の履歴書……いや、人事考課資料の方が近いかも。
生きてた時の上司が開けっぴろげな人で見せてくれたのを思い出した。
……ていうか『あれ』、絶対本人に見せちゃいけない書類だよなぁ。
そんなことを考えていたら、翡翠のプレートの光が消えていた。
どうも今日は考え事をしてしまっていけないな。
集中しないと。
手元の画面を見ると、この少年のデータはしっかりと読み込まれている。
2ヶ月の仕事の間で、私の時のように赤くなることは今の所1回もない。
『御神楽 矢代
16歳。剣道のインターハイ覇者、世界大会代表。
剣術に適正大。
魔導適性は未知数だが、いわゆる中二病の罹患者であることから、転生により魔力が目覚める可能性あり。
スキル:剣王との相性が高いと思われる
転移先:レミッタランド。魔王グラシウス討伐を使命として』
おお、初めて【当たり】を見た気がする。
『異世界転生』と言っても、全員が全員勇者になれるわけではない。
勇者になれるわけではない以上、魔王討伐を使命に転生する人も稀だ。
「剣道の世界大会、なんてあるんですね。
しかも日本代表?
すごいですね」
「あ、ああ、はい、そッスね」
おや? 急にテンションが低くなったな。
どういうことだろう。
少し『視て』みるか。
私の『眼』は特別製だ。
『集中』して『視る』ことで、その相手の適正や能力を見抜くことができる。
子供の頃にそれが原因で大人にこっぴどく叱られたことがあり、それ以来ほとんど使うことはなくなっていた、特殊な眼。
先輩のミルティさんによれば、それは『呪い』ではなく『恩恵』だと言う。
ほとんど使うこともなかったし、自分で自分の眼を見ることもなかったので知らなかったが、どうやら『視て』いる間、私の眼は紫色になっているらしい。
『紫翡翠の眼、ってやつだね。
想定以上だ、これはすごい。
ボクも初めて見たよ』
なんて、ラビエン局長は言ってたけど。
何がどうすごいのか、残念ながら実感はないのだった。
「ふーむ」
これはなんというか……。
「ねぇ、君……えっと、ヤシロ君、か。
実は剣道嫌いでしょ?」
「え……!?」
「いや、違うか。
剣道……というか、痛いのが嫌いっていう方が正しいかな。
なるほど、だから必殺技が抜き胴なのね。
これって確か『面をすっと躱しながらすり抜けるように胴を打つやつ』よね。
胴は防具も硬いし、相手も痛くないし……すごいね、君」
「……そんなことまでわかるんスか……。
異世界転生パネェッスね」
「あはは、まぁね」
私の『眼』だけだけどね。
「一応ね。
ヤシロ君には転生して魔王討伐にあたってもらうことになってるの。
付与する予定のスキルは『剣王』。
読んで字のごとく、剣の王様たるべき最強の剣術スキルのうちの一つ。
……なんだけど。
これ、つまりは『最前線で戦う』ってことになっちゃうんだよね。
どう? 頑張れる?」
剣術スキルへの適正が高く、実際に能力としても高いから、その方向で行ったほうが本人としても楽なんだろう。
でもきっと、性格的に合わない。
剣道であれば多少痛いとはいえそこまででもないし、当然生死に関わることもない。
けど、実戦となると全く違う。
『痛み』……いや、その先に『死』の影が見えたら……この子は切り抜けることができないだろう。
精神的な強さはあるようだから、2、3度乗り越えれば大丈夫だと思うけど……乗り越えられなければ即ジ・エンドというのは、賭けるには少々オッズが高すぎる。
「心配ありがとうッス。
でもそれ以外に道はない、んスよね?
NOとは言えないッスよ」
「ん?
そんなことないわよ?」
「え?」
というか、
「あなた、おそらくだけど魔導適正がすごく高いのよ。
上は『剣王』として……って言っててきてるけど、魔法使いとして転生する気、ある?」
「え……ええええ!?」
◇
「じゃあ、これ書類ね」
「はいッス!
ありがとうございました!!」
結局、ヤシロ君へはスキル:大賢者を付与することになった。
ラビエン局長の決裁も簡単に降りたし、あまり待たせずに済んでよかった。
あとは転移官にお任せだ。
キーンコーンカーンコーン…
おや、もうお昼か。
そういえばお腹空いたな……何食べよう。
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