第1話 桜坂螢子
『さて、まずは自己紹介をしなければいけない』
と、私の日記の1ページ目に書いてある。
日記に自己紹介というと、きっと誰もが頭がおかしくなったのか? と思うかもしれないが、やはりコレは必要なことなのだと思う。
なぜなら、そうでもしないと、自分というものが何者なのかわからなくなってしまうからだ。
なんせ、この私『桜坂 螢子』という人間は、現状生きているのか死んでいるのかわからないのだ。
……改めて言葉にすると、ひどいな。
『自分である』ということを差し引かなくても、ちょっと正気を疑ってしまう。
とはいえ、実際にそうなのだからどうしようもない。
私が地球に生を受けたのは、今から23年ほど前。
裕福で幸せな家庭だった、と聞いている。
聞いている、というのは、私が物心つくまえに両親はすでにこの世にいなかったからだ。
かといって、別に可哀そうな人生であったわけでもない。
両親が遺してくれた家と保険金によって、みなしごでありながら金銭面で苦労をした覚えはないし、親代わりに面倒を見てくれた叔父夫婦もとてもいい人だった。
漫画でよく見るような、親戚中をたらい回しなんてこともなかった。
苦労といえば、ただ一つ。
人と異なる『眼』を持っていたことくらいかな。
額や手のひらに3つめがある、ということでも、中二病でもなく。
他の人には見えないものが見えるのだ。
……繰り返すが、中二病ではない。
実際、妖精やら妖怪やらと言ったファンタジー方面のものと違い、その人の適正やら能力やらが見える、という役に立つのか立たないのか微妙なものなのだ。
ただ、小さい頃、
「なんでできるのにやらないの?」
と言っては、周りの大人に嫌な顔をされていたのを覚えている。
幼な心に、これは言ってはいけないことなんだな、と思ったものだ。
順風満帆とは言わないまでも、比較的苦労をせずに育った私。
逆に言えば、特に大きなイベントもなく、“普通“な人生を謳歌していた。
叔父に言われるがまま大学へ進み、これといった夢も持たずとりあえず公務員へとなった。
そんな23歳の誕生日。
我が人生、最初にして最後の大事件が起こったのだ。
◇
「ここ……は?」
周りを見ると……普段働いている市役所に雰囲気の似た場所にいた。
似てはいるが明らかに違う。
最も違う点は、眼の前に並んだ受付カウンターだろう。
ブースごとに番号が表示される機械と、一応プライバシーに配慮した不透明なアクリル(と思わしき)板で仕切られている所は至って普通ではあるんだけど。
いくらなんでもこんなに数いらなくない? ってくらいに、たくさんのブースが並んでいる。
……てか、端っこが見えない、ってどういうことなの?
カウンターの裏には事務作業をしている人達の姿が……ん?人?
いや、ちゃんと人もいる……んだけど、あの猫耳のついた人とか、ファンタジー映画なんかでよく見るトカゲっぽい人とか、そもそも人間型ですらない影みたいなもの、とか……。
私の『眼』はそういうファンタジー系のものではなかったはずだし、いや、仮にそうだったとしてもあからさまにおかしい。
よく思い出してみよう。
今日の私の予定に『こんなところに来る』なんてのはなかったはず。
ええと、朝から……はいいや、直前だ直前。
確か……イレギュラーが発生した先輩の手伝いで残業をしてた、はず。
……はずじゃないな、してたしてた。
コレは間違いない。
じゃあその後は?
終わった?
『おつかれ、助かったよ、蛍子ちゃん。
こんなもんで悪いけど』
『ありがとうございます、先輩』
手伝ったお礼、ってことで先輩に私の好きなジュースをおごってもらったな。
ならば……うん、これは終わってる。
『夜遅いし、送っていこうか?』
『大丈夫ですよ。
家まですぐですし、明るい道ですから』
『そっか。
んじゃ、気をつけて』
『はい、お疲れ様でした』
帰り道……先輩と別れて……
『おかーーさーーーーん』
そうだそうだ。
あんな遅い時間に何故か小さい子が一人で道を歩いてて。
何事だろう? って思って見てたら、道の向こう側の母親らしき人に手を降ってて……
『あぶないっ!!!!』
ドンッ!!!
今どきドラマでも見ないようなベタな飛び出しを見て、思わず助けに入って。
あー。
私、車にはねられたんだ。
「てことは、ここは死後の世界?」
「お、君、なかなか鋭いね!
なかなかその結論に達する事のできる人はいないんだよ~?」
「……わ、うさぎが喋ってる」
通りすがりのうさぎが、私の独り言にツッコミを入れてきた。
うさぎ人間、ではなく、うさぎ。
両手のひらサイズのちっちゃなうさぎ。
もふもふである。
「もふもふ撫でたい」
「っ!」
……しまった、つい口に出てしまった。
あとちょっとで触れそうだった所を逃げられた。
まさに脱兎のごとく……ふふ。
「えーっと、君、今なんかつまらないこと考えたでしょ?」
「……エスパーうさぎ!?」
「あのね……。
まぁいいけど。
はい、番号札」
特に話を広げるつもりはなかったようで、そのもふもふは『18』と書かれた小さな紙を手渡してきた。
意外と器用。
「えと、なにこれ?」
「なにって、だから番号札だって」
「いや、それはわかるけど」
「順番になったら呼ばれるから、そしたら窓口行ってね」
「窓口……」
あの、ずらーーーーっと並んだやつか。
どうしよう、一番端っことかで呼ばれたら。
「そんな心配そうな顔しなくていいよ。
呼ばれる時は、目の前って相場が決まってるから。
んじゃねっ」
へ~、そういうものなのか。
さすが死後の世界、不思議に溢れてる。
それにしても。
私の知ってる『死後の世界』ってもっとこう全然違うイメージ。
もちろん、死後の世界を本当に見た知り合いがいるわけじゃないし、私だって初めて来たので何を持って『違う』のか? と言われると困ってしまうんだけど。
まさか、こんなお役所風だとはいくらなんでも思ってなかったよ。
「番号札18番の方、窓口39までどうぞ」
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