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08.シスター・マグノリアは捕虜になる

シスター・マグノリアは、パチっと目を開くと薄暗い見覚えのない空間にいた。

やがて意識がハッキリしてくると、今いる場所が牢屋で自身の両手に鎖ががっちりと巻き付いていた。

鎖に意識を集中するが、何故か力が入らない。

太股に仕込んでいた銀のナイフ取り外されていた。

リボルバーはクロッカスに没収されていた事を思い出して、苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべた。


「目が覚めたかい、嬢ちゃん」


牢屋の入口が不意に開くと、そこには見覚えのあった顔にシスター・マグノリアは目を見開いた。


「シュナイザーさん……」


40代位の筋肉質の男は、シスター・マグノリアがマグオート共和国の大聖堂で修行をしていた時に、ルピナス帝国から派遣されていた憲兵だった。

シスター・マグノリアはよく修行を抜け出して街に遊びに来ていた。

その時に、憲兵をしていたシュナイザーと顔見知りになり仲良くなった。

シュナイザーは、大聖堂での憲兵時代に来ていた粗末な服ではなくシスター・マグノリアが忌々しいと思っている黒い馬が右肩に刺繍されている真っ黒な騎士服を着ていた。

シュナイザーは牢屋の隙間から袋に入ったパンとミルク瓶を手渡しすると、「ごめんな……」と涙ぐんでいた。


「嬢ちゃんの赴任先がまさかあの村だったとは……」


「シュナイザーさん!アリストロ村のみんなは!?」


シュナイザーさんは、涙ぐんでいた表情のまま静かに首を振った。

シスター・マグノリアは、手渡されたパンをシュナイザーに投げつけると、身を震わせ慟哭した。

狭い牢屋にシスター・マグノリアの鳴き声が響いていた。


「うるせえ!捕虜は大人しくしていろ!」


背の高いシュナイザーと同じ黒い騎士服を着ている男がブーツのヒール音を響かせて、シスター・マグノリアの牢屋前に来ると、金網を激しく蹴り飛ばした。

シュナイザーは背の高い男を後ろから取り押さえるが、足はシスター・マグノリアを蹴り上げる勢いで蹴り続けていた。

シスター・マグノリアは、目が虚ろで金網を蹴り続ける男に怯えたように牢屋隅に縮こまった。


「グリック、彼女はまだ18歳の少女だ……やめろ」


「シュナイザー、この煩いガキは処刑!処刑!」


「彼女は不可侵のマグオート共和国の娘……処刑はダメだ!」


シュナイザーの『不可侵』の言葉に、一心不乱に牢屋の金網を蹴り続けていたグリックは、「命拾いしたな」とシスター・マグノリアに吐き捨てると、またブーツのヒールの音を響かせながら立ち去って行った。


「嬢ちゃん、怖い思いさせたね…ごめんね」


隅で縮こまっていたシスター・マグノリアは、顔を上げてシュナイザーを見ると、両目は泣き腫らしており、身体はカタカタと震えていた。

シュナイザーは、シスター・マグノリアに微笑むと大聖堂の時の思い出話を始めた。




......................................................




シスター・マグノリアは5歳の時に大聖堂に入り、シスターになるため修行を行っていた。

当時は腕白だったシスター・マグノリアは、嫌いだった歴史の授業やマナー教室を抜け出して街を散策していた。

魚市場、青果市場、乳製品の工房、薬草工房、ルピナス帝国とルドベキア王国の間にあるマグオート共和国は物流の拠点としても栄えていた。

シスター・マグノリアは、訓練生の格好である黒いワンピースと白いエプロン姿に白い三角巾を被って散策をしている所で、当時まだ若いシュナイザーと出会った。

シュナイザー以外の憲兵は、大聖堂へシスター・マグノリアを突き返していたがシュナイザーだけは大きな手でシスター・マグノリアの頭を撫でると、「また抜けてきたのか」と、ニカッと笑っていた。

シスター・マグノリアが、10歳の時にシスターの承認を得た時には親のように喜び、シュナイザーが強盗を捕まえた時の報奨金で屋台の美味しいご飯をご馳走になったりと、シスター・マグノリアが15歳でアリストロ村に派遣されるまで10年間大聖堂で家族のように接して貰っていた。


シュナイザーは、シスター・マグノリアがアリストロ村に派遣されてからの自身の話を始めた。

シュナイザーはシスター・マグノリアが大聖堂を出てから数ヶ月後に憲兵での功績を認められ、ルピナス帝国での1年間の訓練を経て、黒馬騎士団の副隊長に任命されたと話すと感慨深い溜め息を吐いた。


「シュナイザーさん、エルザさんとマルコは元気?」


シュナイザーには、美しい女房のエルザと、シスター・マグノリアの2歳上の息子のマルコがいた。

エルザもシスター・マグノリアを実の娘の様に可愛がり、マルコも良き兄としてシスター・マグノリアに勉強を教えたり遊んだりとしてくれた。

シュナイザーは、項垂れるとエルザとマルコはマグオート共和国におり、もう3年間近く会っていないとの事だった。

鳩で手紙を送っていたが、最近は返事がないと嘆いていた。


「マルコは、マグオート共和国の大聖堂で司祭の修行を行っていて、エルザは商いごとをやっているからね…黒馬騎士団に入ったら全然休みがないからマグオート共和国にも行けないし……パパ寂しい」


両手で顔を覆うとわざとらしくえーんえーんと嘘泣きするシュナイザーシスター・マグノリアはふと笑ってしまった。

シュナイザーはシスター・マグノリアに対して目を細めると安堵した表情を浮かべた。


「嬢ちゃん、元気でよかった。今日は捕虜と騎士で再会してしまったけど、嬢ちゃんは多分明日にはマグオート共和国に帰れるはず」


「残念だけど、このシスターはそんなすぐに解放しないぞ」


シュナイザーと同じ黒い騎士服を着ているが、内側が緋色の真っ黒なマントを翻して、シスター・マグノリアより若い少年は無表情で仁王立ちをしていた。


「シスター・マグノリア、君はしばらくマグオート共和国との交渉のための人質になってもらう」


「な、不可侵条約は!?」


「不可侵条約は、互いの国を()()()()()って内容だから、ルドベキア王国で捕まえたマグオート共和国の人間は、殺さなければいい」


目線が合うように、少年は座り込むとシスター・マグノリアの瞳をじっと見つめた。

少年の琥珀色の瞳は蛇のようで、シスター・マグノリアは目を逸らすことができなかった。


「シスター・マグノリア、初めまして。僕はこの黒馬騎士団(ブラックホースナイツ)の騎士団長。……そして、ルピナス帝国第4王子、リコリス・サント・ルピナス」


リコリスは、牢屋の隙間に手を差し伸べると、シスター・マグノリアに笑いかけるが、まるで能面に笑顔を貼り付けた様な表情と、蛇のような琥珀色の瞳にシスター・マグノリアは気味が悪いと感じて、顔を背けた。

リコリスは、残念そうに差し出した手を振ると、マントを翻して立ち去っていった。

シュナイザーもシスター・マグノリアに一礼をするとリコリスの後を慌てて追いかけていった。


シスター・マグノリアは、横になり目を閉じた。

目が覚めたら、全部夢でアリストロ村に目覚める、いつもの日常が始まることを祈った。

が、空腹で地鳴りの様な腹の音に耐えきれず、シスター・マグノリアはシュナイザーに貰って投げつけたパンを食べると、もう1度目が覚めたらアリストロ村でいつもの日常が始まることを祈った。



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