07.悪魔・クロッカスは安堵する
銃弾の雨が収まり、ちらりと後ろを振り返ると膝から崩れていったシスター・マグノリアを支えるナルキソスの姿を見て、胸を撫で下ろした。
両肩から血が流れ、痛む両肩を感じながらふらふらとアリストロ村から少し離れた森林に入り、大きな木の枝に腰掛けた。
「クッソ、あのシスター、本当に容赦ない」
クロッカスは背中に力を入れると、被弾した銀色の弾丸が落ちていった。
全部で8発背中に被弾し、シスター・マグノリアが投げた銀色のナイフで頬を掠めたためクロッカスの頬に紅い線が出来ていた。
それを指で拭うと、指に付着した自身の血をぺろりと長い舌で舐め取っていった。
シスター・マグノリアは、面白い人間ではあるが悪魔にとって恐ろしい存在であった。
鐘楼で燃え盛る村を見て絶望感を滲ませた表情も、クロッカスに向けた憎悪を滲ませた表情も全て美しくあり、壊したい。
クロッカスを召喚した魔術師達は、即死状態だったが1人は息絶えだえだったが、意識があった。
召喚が成功し、目的の悪魔を見て「これでこの世界に変革が起こる」と、誇らしく言っていたがクロッカスは世界の変革には興味は無かった。
力なく笑う魔術師の頭を踏みつけると、ウシガエルのような鳴き声をあげて魔術師は死んでいった。
全ては偉大なる御方を鳥籠から解放するための『鍵』を見つけるため。
シスター・マグノリアから奪い取った銀のリボルバーの残り弾数を確認すると、聖魂弾は残り4発だった。
聖魂弾は退魔師が使用する武器の一つで、人間に対しては殺傷力があまりないが、悪魔、魔物には打ち所によっては灰になってしまう。つまり死を意味する。
クロッカスは、上級悪魔とは言え心臓に当たったら即死だった。
リボルバーの引き金に指をかけてクルクル回すと、持ち手のグリップバレルの刻印に目が入った。
『汝、聖なる乙女であれ マツリカ・ローイヤ・マグオート』
クロッカスは名前の刻印を指でなぞると、この名前に聞き覚えはなかったがシスター・マグノリアの真名である可能性があった。
「ほう、ローイヤはマグオート共和国の王家にしか名乗れないものだが……ほほう……面白いなあの娘は……」
クロッカスは、新しい玩具を見つけて身体が震えた。
今いるルドベキア王国は、あと数年でルピナス帝国の手に落ちるだろう。
マグオート共和国は、聖母様の地として不可侵条約をルピナス帝国と結んでいる。
が、マグオート共和国の王家に属する人間がルピナス帝国に人質になっていることを知ったら……。ああ、面白いとクロッカスは、独りごちた。
シスター・マグノリア。クロッカスが求める『鍵』であり、この退屈な世界を変える『鍵』である。
王家に属する人間が、シスターで退魔師だったのは少し疑問であったが、クロッカスはそんな事を考えることを放棄した。
気が付いたら、太陽が登り始めあたりが明るくなった。
東から登る太陽に目を細めると、黒馬騎士団によるアリストロ村の制圧は完了したのか、狼煙のような煙が登っていた。
ルドベキア王国は、この惨状に気が付くが何もない農業が栄えたこの村は切り捨てるだろう。
ただし、ルピナス帝国の騎士団はこのまま南下し、目指すはルドベキア王国の首都に戦い進む。
クロッカスは、シスター・マグノリアに打たれた背中が回復するまでは、この大木の枝で休む事にした。
────待っていてください。鍵を見つけて貴方を……
クロッカスは重くなった瞼を閉じると、深い眠りについた。
数年で落ちると言われていた、ルドベキア王国はアリストロ村の襲撃から僅か半年で数十万人規模の死者をだし、そもそも農作業と酪農しかなく、武器もルピナス帝国が誇る最新兵器に叶わず、ルドベキア王国王都の制圧、王政の崩壊は1年足らずの出来事だった。