05.騎士・ナルキソスは馴染む
アンジュの叫び声に、自室のベッドから飛び起きたシスター・マグノリアは、昨晩の余韻が残っていた。悪い意味で。
起き上がり、地面に足がついているが浮遊感が体に残っており、胃の中は空っぽだったが吐きそうだった。
ふらふらした状態で、叫び声が聞こえたリネン室に向かった。
「えっと、これは……どういう事でしょうか」
シスター・マグノリアは、既に戸が開いていたリネン室を覗くを顔を両手で覆い隠すアンジュと、上半身裸でシーツを体に巻き付けて寝ぼけているナルキソスがいた。
アンジュはシスター・マグノリアに駆け寄ると、ナルキソスに向けて「不埒者!」と叫んだ、ナルキソスは暫く夢うつつの状態だったが、アンジュの声で覚醒すると慌てて立ち上がろうとするが、男性の裸体(上半身)耐性がない2人はキャーと叫ぶと、何事かと村人達が教会に駆け込んできた。
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「災難だったな、青年」
「村長様、衣服をご提供いただき誠に恐縮です……」
ナルキソスが、服を着るまで様々なことがあった。
アンジュとシスター・マグノリアの叫び声を聞いた村人達が只事ではないと、教会のリネン室に駆け込むと、怯える少女2人と上半身裸の男を見て、ナルキソスを取り押さえると教会から引っ張りだし、尋問をするが、ナルキソスは状況の整理が出来ておらず口ごもっていると、村の中でも腕っ節がある男に掴みかかられ、一触即発の膠着状態が続いていた。
そこへ、村長を連れたグレースが昨晩教会前に倒れていた男性であることに気が付き、怪我の具合を伺った所で、リネン室から飛び出してきたシスター・マグノリアにて色々な事情を大幅にカットして、教会で保護している事と、裸なのはシスター・マグノリアの粗相(内容は村人の想像に任せる)により手持ちの服がないことを説明して、ナルキソスはやっと解放され、村長に洋服を用意頂いた。
服を着るに至る頃には、日は高く登っていた。
場面は変わり、シスター・マグノリアとナルキソスと村長で教会内で遅めのランチをとっていた。
簡単に作ったサンドイッチと、アンジュがお詫びに持ってきたオレンジを食べながら村長とナルキソスが会話していた。
シスター・マグノリアは、黙々と食事をしていた。
「青年は、ルピナス帝国からやってきたと聞いたが、わざわざ王都ではなくわざわざこんな辺鄙な村に……何用か」
「任務で近隣に……詳しくはお話できませんが……」
「ほう……、まあ、傷を負っているようだ。何も無い村ですがゆっくり過ごしてください」
「痛み入ります…」
「とは言っても、何時までいるつもりですか」
ナルキソスは、昨晩の一件以降シスター・マグノリアとの間に溝ができたことを自覚していた。
確かに悪いのは自分自身ではあるが、悪魔に引き渡そうとしたり、結果としてはシスター・マグノリアの吐瀉物は浴びているので、両成敗と思っているが……腑に落ちないと思っていた。
「これから皇帝に報告書を送る、返信が来たらルピナス帝国に戻る」
「そう、ですか」
フン、とナルキソスから顔を背けると、シスター・マグノリアはオレンジを齧った。
村長は、そんな様子を微笑ましく見ていた。
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気がつけば、日が落ちて夜。
シスター・マグノリアは、ランプを片手に結界の見回りに出かけた。
ナルキソスは、皇帝への報告書を教会内にあった空き部屋で書いていた。
────反乱因子の魔術師を、ルドベキア王国北東アリストロ村近郊の森林にて発見するが、既に悪魔を召喚。
3人とも死亡を確認後、紅薔薇騎士団は召喚された悪魔と戦闘。
数時間で、騎士団長を含め、自分以外死亡、壊滅状態。
悪魔に追われ、アリストロ村へ逃げ込むが…
弱冠18歳のシスターに助けられた。と、書くのはナルキソスの騎士団としてのプライドが許さなかった。
ただ、嘘はつけない性分のため、シスター・マグノリアに助けられた事は深く書かないようにして報告書を完成させた。
召喚した鳩の足に、報告書を括りつけるとルピナス帝国方面へ飛ばした。
この世界の連絡手段は、魔術効果のある鳩を利用している。
送り主を鳩に念じるだけで、送り主がどこにいても届けることが出来る便利な連絡手段であった。
皇帝の元には明日の昼頃に届き、返事は3日には来るだろうとこの時は思っていた。
そして、気がついたら1ヵ月経過していた。
ナルキソスは初めは1週間待ったが、皇帝からの返事がないため再び鳩を飛ばした。
その後も頻繁に近況報告や返事の催促で鳩を数十匹近く飛ばしたが返事がなかった。
この1ヵ月で負っていた怪我も治り、アリストロ村の村人達と親しくなり、朝は教会で礼拝後にグレースとアンジュが働いている牧場でヤギの世話をして、昼ごはんを村人達と食べ、午後から畑に出向き土いじりをして、教会に戻り相変わらずシスター・マグノリアとの溝は埋まらないが、夜の結界パトロールには一緒に見回るようにした。
今日は、珍しく村から離れた山林の結界の様子を見ていた。
「帝国からご連絡はございましたか」
シスター・マグノリアは、珍しくナルキソスに話しかけた。
不意だったため、反応が遅れたがナルキソスは頷くと「そうですか」と呟いた。
「この村は居心地がいい。帝国にいた時は出世するために周りを蹴落として、上司に媚びていたが、アリストロ村のスローライフは今まであった嫌なことを忘れさせてくれる」
出会った時の嫌な感じの雰囲気はなりを潜めて、ナルキソスはアリストロ村に馴染んでいた。
頻繁に皇帝へ送っていた鳩も、1週間以上飛ばしていなかった。
正直、返事が来なくてもいいとナルキソスは思っていた。
「そうですね。私もこの村に赴任してからは、大聖堂は懐かしくなりますが……この村が好きです」
あまり笑うことがないシスター・マグノリアの控えめな笑みに、ナルキソスは胸の高鳴りを感じた。
色々あったが、時間をかけて溝を埋めていこう。ナルキソスの決意と同時に教会の鐘が不気味に鳴り響いた。