03.シスター・マグノリアは襲撃される
クロッカスは、指を鳴らすとシスター・マグノリアとナルキソスの周りに炎が上がる。
シスター・マグノリアは残っていた聖水を捲くと、燃え上がった炎を鎮火した。
クロッカスは、唇から知らず知らずに軽い口笛が漏れた。
「へえー田舎の教会にしては結界が強いと思ったけど、シスターやり手だねえ…」
「去れ、悪魔」
「ナルキソス返してくれたら、ここから去るよ」
シスター・マグノリアは、怯えて小さくなっていたナルキソスを蹴り上げると、クロッカスの前に転がした。
「じゃあ、持っていけ」
「お、お前!それでもシスターか!外道!」
ナルキソスは立ち上がり、シスター・マグノリアの胸倉を掴み睨みつけるが、クロッカスは腹を抱えて笑っていた。
「外道でも構わない……手を放せ」
胸倉を掴んでいたナルキソスの手を振り払うと、クロッカスに向けて隠し持っていた銃を発砲し、銀色の直線を描いて、クロッカスの肩に着弾した。
ナルキソスは、銀色のリボルバーを無表情で握りしめるシスターシスター・マグノリアを怖れてでもいるように、おどおど後退りをした。
「かっは、お前……ただのシスターではないな!聖魂弾を撃ってきやがった!」
クロッカスは右肩を押さえながら、シスター・マグノリアを睨みつけるが、ピチャピチャと肩から血が流れ落ちていった。
シスター・マグノリアは銀色のリボルバーをクロッカスの胸元に狙いを定めた。
「次はお前の心臓を狙う」
「それは、俺死んじゃうからダメ」
クロッカスは、ニヤリと笑うと「また来るよ。シスター」と言うと、煙のように消えていった。
シスター・マグノリアは、二度と来るなと心に念じた。
「ナルキソス……さん?大丈夫ですか?」
拍子抜けた表情を浮かべ、腰を抜かしたナルキソスに手を差し伸べるが、スカイブルーの瞳はじっとシスター・マグノリアを見つめていた。
「シスター・マグノリア、貴方は何者ですか」
「私はシスター・マグノリアは、大聖堂から派遣されたシスター兼退魔師です」
シスター・マグノリアはスカイブルーの瞳を射抜くように見つめると、ぐうーと情けないお腹の音に赤面した。
......................................................
野菜スープでパンを流し込み、2人は黙々と食事をしていた。
グレースからもらったヤギのチーズをスモークしたベーコンをパンに挟み、一口齧るとあまりの美味しさにシスターシスター・マグノリアはうっとりした。
ナルキソスは、スープを黙々と流し込むと、わざとらしく咳払いをした。
「シスター・マグノリア、先程は助かった」
シスター・マグノリアは、ナルキソスを一瞥すると野菜スープを飲みほした。
そんな様子を見て、ナルキソスはただ、力なく笑うしかなかった。
「ナルキソス……さん?」
「ナルでいいぞ」
「ナルさんは、何故悪魔に追われていたのですか?」
いつかは聞かれると思っていた質問にナルキソスは一瞬言葉を失った。
彼女にどこまで話していいか悩んでいると、シスター・マグノリアは、「別に興味無いんで詳しくは聞きませんが」と、食べ終わった食器を片付けながら言った。
シスター・マグノリアは、自分が仕えているアリストロ村のこと以外は大分興味がなかった。
ナルキソスは少し気が抜けたが、そこまで彼女に対して深く考えることはないと考え、シスター・マグノリアの前に跪くと、口上を述べた。
「俺は、ナルキソス。ルピナス帝国の紅薔薇騎士団所属する一介の騎士でございます」
ルピナス帝国は、豊富な資源から武器を他大陸へ輸出を行っていた。
その豊富な資金から沢山の軍隊を所有し、ルピナス帝国の現皇帝から赤い薔薇の称号を受けた紅薔薇騎士団は、複数ある軍隊から優秀な人材を集めた謂わば、エリート部隊であることはシスター・マグノリアは、知っていた。
が、紅薔薇騎士団の存在は謎に包まれていたのと、平和共存のハルス・ビンドウィード大陸では不要のもののため都市伝説扱いされていた。
それが、実際に実在していたことにシスター・マグノリアは、目を丸くした。
「なんで、紅薔薇騎士団がこんな村に」
アリストロ村は、ルドベキア王国の北東に位置しており、ルピナス帝国からでは馬車で1週間はかかる距離である。
シスター・マグノリアは、都市伝説扱いされていた紅薔薇騎士団が、正直言って僻地級の田舎村にボロボロの状態で倒れていることが疑問だった。
「我々は、帝国内の反乱因子となっていたこの国に亡命していた魔術師共を追って来ました」
苦々しい表情を浮かべ、苦悩するナルキソスを余所にシスター・マグノリアは、食後のお茶を啜っていた。
「あの悪魔は、魔術師共が自身を贄とし召喚した上級悪魔です。奴は紅薔薇騎士団を全滅して、俺も死を覚悟しましたが……俺の顔を見て『面白い』って言って、それから三日三晩追いかけられて力尽きたのがこの村です」
クロッカスがナルキソスにご執心だったのは、聖母様の子であるフリージア様に似ている顔だけではないとは思うが、クロッカスに追いかけられていたぶられていた三日三晩を思い出して震えるナルキソスにシスター・マグノリアは、疑問点を上げた。
「魔術師共って仰ってたけど、何人でしたか」
「魔術師は全部で3人で、全員到着時には召喚術で事切れていましたが、いたのはクロッカスだけでした」
シスター・マグノリアは、思案する。
3人で上級悪魔1匹?1人?では、ちょっと少ないと思うが、魔術師自体の魔力が弱かったらこんなものか。
もしくは、もう1匹?1人?召喚したのではないか。
そもそも、なんで魔術師はルドベキア王国で召喚する必要があったのか。
考えれば考えるドツボのループが確定なので、シスター・マグノリアは、考えるのを辞めた。
腹も満たしたし、明日も早朝礼拝があるため寝たい。
でも、クロッカスが破いた結界を修繕しないと……。
聖水を汲むと、ランプを持って外へ出ようとするシスター・マグノリアの手をナルキソスは掴んだ。
「こんな夜中にどこへ行くシスター」
「あの悪魔が壊した結界を修繕しに……場所の目星はついていませんが」
「それなら、どこが壊れているか当てて見るよ」
ナルキソスは目をつぶると、詠唱する。
それはシスター・マグノリアも聞き覚えのある大聖堂で学んだ1節だった。
詠唱が終わると、ナルキソスは天上を指した。
「この教会の上、詳しく言うと粉々に破れたステンドグラスあたり」
シスター・マグノリアは、修繕箇所がほぼほぼ無理な場所で頭を抱えた。
「天上の結界は直接修繕が出来ないから、時間がかかってしまう……」
結界が脆い間にクロッカスからまた襲撃される可能性がある。
まあ、修繕したところでまた壊されてしまうのがオチだとが思うが。
「空が飛べればいいのか、シスター」
「ナルさん、そうですね。無理ですが…」
シスター・マグノリアの発言を遮るように、ナルキソスの
背に白い大きな翼が生えた。
まるで、壁画のフリージア様のようでシスター・マグノリアは、息を呑んだ。