02.シスター・マグノリアは拾う
教会の前には、ボロ同然の麻袋が転がっていた。
シスター・マグノリアは、ランプを向けるともぞもぞと麻袋が動き出した。
恐る恐る近づくと、麻袋だと思っていたのは厚手のローブで蹲っている状態のため表情は見えなかったが、ローブから溢れた腕は痣と血塗れだった。
「大丈夫ですか!?」
シスター・マグノリアは、駆け寄り抱き上げるが持ち上がらない。
ローブのフードを捲ると、シスター・マグノリアと差ほど歳が変わらない青年だった。
顔にも痛々しい傷がついており、魘されていた。
「まるで、聖母様のフリージア様……」
傷だらけでも端正な青年の顔に、シスター・マグノリアは息を呑んだ。
フリージア様は聖母様が始めに造った人間で、慈愛の象徴と言われている。
歳が近い青年とはいえ、シスター・マグノリアの力では彼を教会まで運べない。
シスター・マグノリアは、苦悩していると聞き慣れた声が聞こえた。
「シスター、何してるの?」
グレースは、教会前で大きな麻袋を持ち上げ様としている光景を自室の窓から見ていたが、シスター・マグノリアが珍しく慌てているためただ事でないと、家を飛び出した。
そして、教会の前に到着すると麻袋を持ち上げようとしているシスター・マグノリアに声をかけた。
シスター・マグノリアは、振り返りグレースを見ると「グレース、助けてください…」と、呟くと麻袋と一緒に倒れ込んでしまった。
グレースは近づいて初めて麻袋はローブであること、その中の人物は傷だらけであることに気がついた。
「た、大変だァ!」
グレースは自分の力では無理だと悟り、片割れの妹であるアンジュを呼ぶために自宅へ駆け出した。
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グレースは寝ぼけ眼のアンジュを引っ張ってきたが、アンジュは大きな麻袋の下敷きになっているシスター・マグノリアを見て、眠気が吹っ飛んでいった。
そして、その麻袋はローブで血塗れの人間と気が付くと小さな悲鳴を上げた。
「シスター・マグノリア、この方は……」
「アンジュ、私にも分かりません、見回りを終え教会に戻ったらこの方が倒れておりまして……あ、お二人ともありがとう」
グレースとアンジュはシスター・マグノリアに覆いかぶさった青年を協力して持ち上げると、そこからシスター・マグノリアが抜け出した。
グレースとアンジュの2人で青年の両脇を抱えると、脚を引きずる形で教会へ運んだ。
「見たことない人!村の外からやって来たのかなあ」
グレースは教会のソファーに寝かせた青年の顔を見ると、目を瞑った状態でも分かる端正な顔立ちを見て「綺麗」と呟いた。
アンジュも兄に続く様に「綺麗」と呟いた。
シスター・マグノリアは、沸かした湯にタオルを染み込ませると固く絞り、傷を避けるように顔についた血を拭き取っていった。
血を拭き取っていくと、陶器のような白い肌が現れてきた。
「この人、聖母様のフリージア様みたい」
アンジュは青年の顔を覗き込むと、教会内にある壁画と比べる。
この教会は、崇拝している聖母様の像を背に左側の壁には聖母様を抱きかかえて、背には白い翼を広げ微笑む男性はフリージア様の壁画。
右側の壁には聖母様の前に立ち、黒い翼を広げ睨む男性はフリージア様の次に聖母様が造った人間のハイアシンス様の壁画。
彼らが信仰している聖母様には、2人の子がいた。
白い小鳥からフリージア様、黒い大鳥からハイアシンス様を造り、このハルス・ビンドウィード大陸に移り住んだと言われている。
シスター・マグノリアは修行の過程で、大聖堂にて詳しく勉強したが、子供向けに分かりやすい御伽噺の広まっている。
だから、グレースとアンジュも知っていた。
話は戻り、グレースとアンジュは翌日の仕事のため自宅へ帰っていった。
シスター・マグノリアは傷だらけの青年の腕に包帯を巻いて粗方の介抱は完了した。
血を拭き取っていくと、怪我をしていたのは頭に打撲痕、顔と腕に数箇所切り傷があり、鋭利なナイフで浅くいたぶる様に切りつけられていた。
傷自体は頭部の打撲以外は浅いため、教会前で倒れていた時点で血は止まっていた。
シスター・マグノリアは毛布を掛けると、青年の顔をまじまじと見つめた。
陶器のような肌に触れたくなり、頬に添えようと右手を伸ばした。
「誰だ」
手首を握りしめられて、シスター・マグノリアは悲鳴をあげた。
青年の傷だらけの手に掴まれ、開いた瞼から空のように透き通ったスカイブルーの瞳が現れた。
シスター・マグノリアは振り払おうとするが、力が強く振り払えず、逆に引っ張られてしまい、バランスを崩し青年の上に倒れ込んでしまった。
目の前には、フリージア様と瓜二つの青年が不審そうにシスター・マグノリアを見つめていた。
「お前は誰だ」
「……私は、シスター・マグノリアと申します。」
シスター・マグノリアは、スカイブルーの瞳をじっと見つめつつも、青年から出る威圧的な態度にフリージア様のようだという考えが消え去ってしまった。
フリージア様もどきにシスター・マグノリアの中で格下げされた青年は切れた唇が薄く笑った。
「シスターってことは教会か」
「そうですね。教会の前で倒れておりました」
シスター・マグノリアは、恐る恐る青年に名前を伺うと、鼻で笑われた。
「お前に名乗る程ない」
普段、村の人から「歳の割に落ち着いている」「あまり感情がない」「顔の表情筋が死んでいる」
と好き勝手言われているシスター・マグノリアは、青年の態度にイライラが募っていった。
「あの、手を放して貰っていいですか……」
シスター・マグノリアは青年に右手を掴まれたまま、振り払おうとするが全く離れる気配がない。
また、青年の上にだらしなく乗っかってしまっている状態に気が付き、顔を真っ赤にしておどおどしていた。
そんな様子を見て、青年は喉の奥で押し殺すように笑った。
青年は掴んでいたシスター・マグノリアの手を放した。
シスター・マグノリアは脱兎の如く立ち上がり、青年から少し離れた。
青年はそんな様子を見てククッと喉を鳴らすと、立ち上がりシスター・マグノリアを向かい合うように見つめた。
天井のステンドグラスから零れる月明かりで、より青年を神秘的に見えて、シスター・マグノリアは赤面した。
「まあ、シスター・マグノリアには助けてもらったし、お礼に僕の名前を教えよう。僕の名前は……」
刹那、重々しい響きと共に天井のステンドグラスが粉々に砕け落ちた。
シスター・マグノリアは咄嗟に青年に覆い被さり、破片が落ちきるのを待った。
見上げると、コウモリのような皮質な黒い翼を持つ青年が、ニタリと笑っていた。
「見つけたよ~ナルキソス」
青年改めて、ナルキソスは、大きく目を見開いていた。
「クロッカス……」
そして新たに現れた黒い不気味な翼を持つ謎の青年、改めてクロッカスは軽薄な笑みを浮かべて2人を見下ろしていた。
ナルキソスは、ローブを深く被りさっきまでの生意気な感じはどこに行ったのかと疑いたいぐらい深く怯えていた。
「シスター、御機嫌よう」
羽音をたてて、クロッカスは聖母様像まで降りると指を鳴らした。
「そして、さようなら」