7 それぞれの転生者
「うん……眩しい……」
木漏れ日のまぶしさに目を覚ますと俺は大木の枝にぶら下がっていた。えぇっと一体どうなったんだ?確か鳴きまねを発動したら気を失ってそれから……
「起きましたか?」
頭上から聞こえた声はどこかで聞き覚えがあった。
「えっと、イヌワシさん?」
そう呼びかけられてイヌワシは顔をかしげる
「はは、確かにイヌワシだけどね。私にはちゃんと名前があるよ。
僕の名前はエドガー。よろしくね」
そう名乗った声は落ち着いていて少しだけ安心した。ん?エドガー?
「僕はドイツ人さ。君はどこからこの世界に来たのかな?」
それはこの世界にきてから幾度目かの衝撃だった。え?日本人じゃないの?
「てっきり全員日本人かと思っていました。普通に会話ができるので……」
「僕も最初はそう思っていたよ。でも自己紹介を互いにするとどうやら僕たちは世界中から集められたらしいという事が分かったんだ」
「自己紹介?」
「あぁ、他にもいるよ。みんな彼が起きたみたいだよ」
その声に反応して幾つかの影が現れる。
「おお、生きてたか。
アクロバットしたかいがあったな」
そう豪快に笑うのは鳩に続いて鳥の群れに飛び込んでいったハリスホークだった。
「俺はディラン・ハリス。アメリカ人だ」
そう豪快に笑って見せる声には迫力があった。
「そうですか。それは有難うございました」
「いいってことよ。だがおかげで何羽か仕留めそこなっちまったがな」
まるで大したことでもないようにそう語る姿にこの異常な事態に対する戸惑いは見られない。うん?ディラン・ハリス?なんか聞いたことがあるな。それってもしかして……
「まさかそれってWBCライト級チャンピオンじゃねぇよな?」
「おお。日本人もやっぱり俺の名前知ってるんじゃねぇか。
なぁ言った通りだったろう?ハルナ」
「知らないわよ。
格闘技なんて野蛮な事、興味ないもの。
それにあなたが本当にそのボクサーかどうかなんてわからないんだから」
「確かにこの姿になっちゃあ証明しようもないな。
全く、不便な体にしてくれたもんだ」
そうハリスホークと親しげに話すのは見覚えのある緑色に輝く鳥だった。だが今はそれどころじゃない。
「マジでディラン・ハリス?あの鷲村と戦った?」
俺も決して格闘技に詳しい訳ではない。それでも大晦日に大々的に行われたボクシングの元世界チャンピオンの名前は知っていた。防衛回数は二階級合わせて7度。正しくアメリカの英雄と呼べる選手と日本ボクシング史上最高の天才と呼ばれた男のタイトルマッチは話題を独占していたのだから。
そしてその結果は元という肩書が示す通りアメリカの英雄は日本の若き天才との熱戦を演じ最後にはその拳の前に屈した。その結果に日本中は熱狂したのである。
「おう。よく知ってるじゃねぇか。
全く未だに奴のパンチが目に浮かぶぜ。あれだけの相手は初めて見た。あれだけの興奮そうそう味わえるもんじゃねぇ。
まぁ今のこの世界の相手も悪いもんじゃないけどよ」
そう生き生きと話す様子もかのチャンピオンであったのならば納得いく。ディラン・ハリスのボクシングスタイルを見てつけられたそのあだ名は〝野獣″
天性の格闘センスを持つ彼は接近戦を得意としながらもその戦い方はアウトボクシングに近かった。相手のわずかな仕草から至近距離からの全ての攻撃を避け切り一撃で相手の意識を刈り取る。
それは素人である俺から見ても異次元の動きだった。だからこそディランを倒した鷲村は日本に生まれた事が奇跡ともいえる存在だったのだか。
「ねぇ。私の事無視してんじゃないわよ」
だが再びかけられた声にやっとその存在に気付く。
「あぁハルナ無事だったのか」
「何が無事だったのかよ。あんたと違って私はあんな鳥如きに後れを取りはしないわ」
「あれ?お二人は面識があったのですか?」
「いえ、私達は他の人より一足早く孵化してたので少し話をしていたんです」
「なるほど。それじゃ彼女の説明はいいですね。
ここにいるのは他に4人です。私はエドガー・バルマー。地球では歴史の教師をしていました。ディランさんはもう自己紹介しましたからいいですね。あとはあちらにいる二人です」
エドガーの視線の先には違う幹にとまる2羽の鳥がこちらを見つめていた。
「よろしくね、カラスさん。
私はエミリア。
フィンランド人よ
私もエドガーと似たようなものよ。
少し専門的な学校に勤めてたわ」
そう話すツバメの声ははっきりとした意思を感じる声だった。転生する前はバリバリのキャリアウーマンだったんじゃないかなと思う。
だがこっちを見たまま視線を外さないのでこれはあれか?睨まれてるのか?鳥の表情は変わらないから全く読み取れないぞ。
「よ、よろしくお願いします」
「そんなに怯えないで。
あなたのおかげであの場から逃げられたのだから。
あの時はありがとうね」
そう話す声は少し柔らかくなっていた。あれいい人なのかな?
「あ、あのありがとうございました!!」
そう少し震える声で話しかけてくれたのは白いガチョウだった。嘴の基部に瘤があるのを見るとアジア系のガチョウであるシナガチョウみたい。
「私はアミーラっていいます。モンゴル人です。いえ、今はでしたと言った方がいいのかな?
カラスさんのおかげで逃げる事が出来ました。
あの時私は怖くて動けなくて……
それでも何とか皆さんの後を追って逃げられたんです」
「そうですが。
無事逃げれてよかったです。
どうせならもっとかっこよくできればよかったんですが」
「いえ、実際あの時ツバサの機転がなければかなり苦しくなっていたはずです。
あの隙は大きかった。今の我々には情報がない。
どれぐらいで死に至るのかも分からない状況であれだけの大群を相手にするのは危険すぎる。
それでもアミーラがいてくれたのは大きかった。
皆の怪我を癒してくれたのは彼女なんですよ」
「え?治癒魔法使えるんですか?」
「はい、なぜか……」
そう困ったようにガチョウは答えてくれた。どうやら俺達は全世界各地からこの異世界転生に巻き込まれたらしい。だがその出身地を聞いて思い当たることが一つあった。
「そうかそれじゃあみんな自分に関りがある鳥に転生したってことですね。ハリスホークはボクシングのベルトに描かれている鳥だからわかりやすいし、ドイツではワシは国章に描かれている。
ハルナだけはなんでケツァ―ルなんかになったのか知らないけど」
その言葉に視線が自分に視線が集まる。え?俺なんか変なこと言った?
「それだ。
君は僕たちの種類が分かるみたいなんだけどそれは何らかのスキルかい?」
真剣な声でそう尋ねるエドガーに少しだけ気後れしてしまうが正直に話した。
「い、いえ。
ただ地球にいた時にはバードウォッチングが好きでよくフィールドワークに出てたってだけで」
その言葉に一同は深いため息をつく。
「なんだよ、そんなことか。
少しは手掛かりが見つかると思ったのによ」
ハリスのがっかりしたかのような声に困惑は深まる。
「いやそんなことかってどういう事だよ」
「ツバサ、君が他の人が持っていない情報を持っている事はあの鳳凰との会話を見ていればわかりましたし、あの混戦の前にも皆に指示をしていたので何かこの世界の事を知っているのではないかと思ったのですよ」
エドガーにそう説明されてなるほどと納得はいった。確かに普通の人間は鳥を見ただけでその種類なんかわからないか。
「ご期待に沿えなくて残念だが俺は唯のしがない会社員だよ。
おまけに随分と貧乏くじを引かされたらしい。貰ったのは役に立ちそうもない能力ばかり。いや情報という意味なら一つユニークスキルを持ってるな」
その言葉に緊張感が走る。え?なにこの空気。
「そうか君にもユニークスキルがあるのか。
だがそれは君の切り札になり得る情報だ。この場に鑑定系のスキルを持っている者はいないのだから」
え?鑑定スキルないの?
「いや、ユニークスキルったって大した情報じゃないぞ」
「いや、それでも情報があるだけでもいい方だ。
良かったらその情報を教えて貰えないか?俺達も知っている情報は伝えるから」
確かに今はわからないことが多すぎる。それに助けてもらった恩もあるしここは協力すべきか。
「わかった。俺が知っていることはすべて話すよ」
そして俺はそれぞれの特徴を話始めることにした。
『イヌワシ
魔鳥族
中型の魔鳥。山の守護者とされ様々な魔法を駆使する。また知能が高く高度な戦術をとる』
『ハリスホーク
魔鳥族
小型の魔鳥。空中での高い旋回能力を持ち、身体能力強化の魔法に特化しており空中戦では無類の強さを誇る』
『ガチョウ
聖鳥族
自己再生能力の高い聖鳥。回復魔法や特殊魔法を多く持ち生存能力が高い』
『ツバメ
聖鳥族
氷魔法に特化した聖鳥。氷魔法を駆使した広範囲魔法を使用する』
「あとはわかるのはそれぞれの鳴き声ぐらいかな」
俺は【生き物図鑑】の説明をした後自分の知りうる情報をその場にいた鳥たちに伝えた。それは大した情報ではなかったがそれでも誰一人口を挟むことはなかった。
「なるほど。
つまり僕たちは地球の鳥を基にした転生をしたということなのか。
今の段階では確かに有益と言えないがスキルのレベルは上がる可能性もある。
それにツバサは地球での鳥の生態にも詳しい。それだけでも十分なアドバンテージになる」
「そうか?
さっきの情報もほとんど戦闘に役立つようなもんないじゃねえか。
それに鳴き声ってなんの役に立つ?俺達はこうやって実際に喋ってるんだぞ」
エドガーの慰めるような言葉もデュランにバッサリ切り捨てられる。鳴き声はバードウォッチングでは重要な要素なのに。その声を聞けばその鳥がどんな鳥で今どんな行動をしているかもわかるんだぞ。
まぁ今のこの世界でどれだけ役に立つか分からないけども。
「そうとも言い切れないだろう。
特にツバサの持っているナキマネと併用していけば十分な武器になるはずだ」
さすが先生はフォローしてくれる。どこぞの自称格闘家とはえらい違いだ。
「ありがとう。
でもエドガーさんはどうしてそんなに落ち着いているんです?こんな無茶苦茶な状態なのに」
「だって僕は地球でも魔法を使えていたからね」
そう笑いながら話すエドガーに俺は一瞬この人が何を言っているのかわからなかった。え?この人は一体何を言った?魔法?そんな物地球にあるはずが
「それはどういう意味かしら?」
だが呆気に取られていた俺を制してそう剣呑な声を出したのはハルナだった。その周りには魔力が集まり今にも攻撃を繰り出そうとしている様子が見て取れた。
まるで先ほどまでの戦場の空気が戻ったような緊張感に困惑してしまう。
「す、すみません。
私なにか変な事を言ってしまいましたか?」
だが慌てた様にそう言ったエドガーに今度はハルナが動きを止める番だった。
「私はただ地球で〝ロスト・ワールド″のプレイヤーだったという事を言いたかっただけなのですが」
ああ、なるほど。 確かにこの世界の魔法は〝ロスト・ワールド″にそっくりだ。だからこそ皆すぐに対応が出来たともいえる。
〝ロスト・ワールド″は本当にその世界の住人に生まれ変わったかのようなリアリティがあった。確かにそれは魔法をかつてから使えていたといっても不思議でないほどに。
「特に私は翼人系のキャラを使っていたので飛ぶ感覚は慣れていたんです。
ですが実際に鳥になってみるとあのゲームの凄まじさがよくわかりますね。
おかげ生き残れた訳ですが」
「そういうこと。
もしかしたら本当に魔術師なんて言い出すかと思ったわ」
「そんなものある訳ないじゃないか。
変な事を言う奴だな」
そう笑いながらハルナに話しかけるが返事はなかった。泣きたい。
「とりあえずここなら上から狙われることもない。
今日は休んでこれからの事を考えましょう」
エドガーのその一言でその場はお開きとなり辺りから集めたといういくつかの木の実を貰った。まだこの辺りには頭上にいた鳥の大群はいないらしく難なく集めることが出来たそうだ。
俺は礼を言いながら空腹を満たすと安心感からか強烈な眠気に襲われ再び眠りの途に就くのだった。