5 強制旅立ち
「な、なんだこりゃぁ……」
強烈な光が収まり、やっと視力が回復した瞳で見渡したその先にあったのは地球にいた鳥の雛の見本市のような光景だった。だがたとえ地球であってもこのような光景はありえないだろう。
なぜならそこにいた鳥たちは生息域もバラバラで中には絶滅危惧種として保護されている希少種も多くいたのだから。
雛であるので正確にはわからないがひと際大きな鳥が二羽、頭部に羽が生えておらずほとんど毛も生えていないのは恐らくカリフォルニアコンドルだろう。ネットのニュースで見た記事と瓜二つだし間違いないと思う。もう一羽の茶色に縞模様があり背の高い雛はヒクイドリだ。どちらも絶滅危惧種に指定されている鳥で滅多にお目にかかれることはない。
そうかと思えば日常的に見かける鳥の雛もいる。ハトやツバメ、それにあれはガチョウだろうか?流石に雛を見ただけでは似た種類が多すぎるので特定が出来そうにない。
また色鮮やかな小鳥も数羽いる。小鳥の雛に関しては世界中に数えきれないほどの種類がいるのでもはやお手上げだ。
その中でも猛禽類の雛が多いように思える。そりゃ小鳥よりそっちの方が強いわな。運のいい奴めと呪いたくなる。
そしてその鳥たちは皆言葉を喋りながら困惑と悲鳴を上げ喚いていた。
「どこだここ?一体どうなってる!?」
「え、なに?鳥が喋ってる?」
「いや、お前も鳥だから!!」
あーなんかもう説明するのもめんどくさいんだが。落ち着いたら教えてくれる?俺それまであんたらの観察しとくからさ。
うん?だがよく見ると他の鳥たちと違って落ち着いた奴らもいるな。特にあのコンドル、まるで何が起こっているのか理解しているようにすら見えた。
「……来る」
来る?来るってなにが?
そう思ったのと同時に上空から凄まじい強風が吹き荒れる。
キシャァァァァ!!!
「今度はなんだ?」
聞いたこともない声の先にいたのは見た事のない鳥だった。
いやそれを鳥といっていいのかわからない。その体は余りに大きく、光輝く5色の羽は余りに美しく、そしてその鳥は全てが異質だった。
顔は鶏、アゴはツバメ、首は蛇で、三本ある尾羽は孔雀に似ていた。それは地球上にいるはずもない空想上の生物。
「鳳凰……なのか?」
それは羽を持つ全ての生物の王にして始祖。その姿は神々しく訳もなくただただ圧倒された。
『観察に成功しました。
鳳凰を生き物図鑑に登録しました』
その問いは頭の中に響くナビゲーターの声によって答えを得る。だが俺はその姿に見とれるだけだった。
そのまま鳳凰は巣へと降り立つと巣の真ん中へと頭を垂れる。だがその神々しい姿をした鳥が起こした次の行動に俺は言葉を無くした。
ゲロロロロロ
……おい、さっきまでの俺の感動を返せ!!こいついきなり吐きやがった!!しかもその嘔吐物まで光り輝いてるし!!そんなところまで高貴じゃなくていいだろ!!
その姿をみて他の雛たちも一斉に引いたように巣の中心から離れていく。いや待てよ、これってもしかして……
「これを食えって事か?」
「は?あんた何言ってんの?」
いや俺も食いたいとは思ってないよ。だからケツァ―ルさんその心底引いたような目で見つめないでください。
「消化器官の成長してない雛に親鳥が咀嚼して餌を与えるのはよくある話だ。こうやって吐くってことはあんまないと思うけど……
まず鳳凰がいるって時点でもはやありえないし、これだけ雛がいたらこっちの方がはやいのかも」
「それなら悩む事はないな」
え?コンドルさん、今なんて?
そう突っ込もうとする間もなくコンドルはスタスタと歩いていく。そして呆然とする他の雛を置き去りにホントに食い始めたよこいつ!!
すると同時にコンドルは光輝きだしやがった。これはもしかしてさっきのケツァ―ルと同じ進化!?
そして光が収まった先にいたのは大型の鳥だった。その頭部に毛はなくピンク色の肌が露出している。首下はマフラーのような黒い毛におおわれ漆黒の翼はその両翼を広げると3メートルにも達するだろう。
それは正しくカルフォルニアコンドルの成鳥の姿。
『観察に成功しました。
ブラウンコンドルを生き物図鑑に登録しました。』
頭の中にアナウンスが鳴り響くが俺はただその姿に見とれる事しか出来なかった。
「ほう。これが進化か。
なるほど、面白い」
それだけ言うとコンドルは羽ばたき宙を舞う。そしてそのまま青空の彼方へと消え去ってしまった。
「マジで飛んでる……
コンドルってあんな風に飛ぶのか」
コンドルはあまり飛ぶのが得意な種族ではない。それゆえに死肉を食べる事で環境に適応した種だ。頭部に毛が無いのは死肉を食べるのにより適した姿となる為。
だがその死肉を食べる姿から渡米してきたヨーロッパからの移民に忌み嫌われ、絶滅寸前まで数を減らしてしまった悲劇の鳥、それがカリフォルニアコンドルだ。
だがそんな感激を持っているのは俺だけの様だ。他の雛たちはどうするかを話し合っている。
「なんだ、急に姿が変わったぞ?あれを食った方がいいのか?」
「嫌よ、あんなの食べるなんて」
「いや、しかし他に食べる物もないし……」
確かに孵化にエネルギーを使ったからか分からないがかなり腹は減っている。それにこの世界がどんな世界なのかわからない。その中でなんの力もない雛でいる事は消して得策ではないように思える。
それならば選択肢は一つしかない。
「よし、食うか!!」
「え?マジでいってんの?」
隣にいたケツァ―ルから心底信じられない物を見るような目つきをされるが気にしない。離乳食と同じようなもんだって。きっと。たぶん。そうだといいなぁ。
そして未だおぼつかない足取りでよたよたと巣の真ん中まで歩いていく。親?である鳳凰からの生まれて初めてのプレゼントに近づいてみるととても甘い匂いがした。
そういえば鳳凰は甘い水が溢れる霊泉から水を飲むなんて話を良太から聞いた気がする。あいつはそういう伝説とかファンタジーが好きだったもんな。もしあいつがこの世界に来ていたら嬉々としていたかもしれない。
実際にこんな状況になったらそんなこと言ってられないけど。それでもなってしまったものは仕方ない。だからこのやたらキラキラした物体を食べるのもやむを得ないのだ。では頂きます。
意を決して物体Xを啄む。こ、これは……
「ど……どう?」
一口啄んだまま動かなくなった俺を見ながらハルナが尋ねてきた。だがその声はどこか遠くのさえずりのようにしか聞こえない。
それほどに衝撃的であった。この味は……
「う」
「う?」
「美味過ぎる!!」
なんだこの甘みは!!こんな物地球にいた頃から食った事ないぞ!!めちゃくちゃ甘みは強いのに嫌みがなくいくらでも食べられる。
『称号 【雑食Lv1】を獲得しました』
『経験値が一定に達しましたベビークロウがLv1からLv10になりました』
『通常スキル
【影掴みLv1】が【影掴みLv2】になりました』
『通常スキル
【吹き飛ばしLv1】
【鳴きまねLv1】
を取得しました』
『種族 : ベビークロウ
状態 :通常
Lv :10/100
HP :28/28 +18
MP :38/38 +18
攻撃力 :11 +9
防御力 :10 +9
魔法攻撃力 :37 +27
魔法防御力 :38 +27
素早さ :42 +27
特性スキル
【生き物図鑑 Lv1】
通常スキル
【影掴み Lv2】
【鳴きまねLv1】
称号スキル
【特異点】
【雑食 Lv1】』
『レベルが一定に達しました
ダーク・クロウに進化可能です』
ピコン、ピコンとRPGの様にレベルが上がった音が聞こえるが気にしない。スキルがどうのこうのも知ったことか!!俺は今この飯を食わねばならぬのだ!!止めるでねぇ!!
だが俺の断固としてこの物体Xを食べるという意思は体が光り出し内側から体が変化していく感覚に止められる。
体は急激に成長し、まるで飾り物だったような翼は、風を受けられるだけのしっかりとした骨格となり丸みを帯びていた体はほっそりとしたシルエットとなる。
そして光が完全に収まった時にそこにあったのは成長した一羽の烏だった。
それと同時に先ほどまでの熱狂が嘘のように引いていき、冷静に周りを見渡すことがやっとできた。
おう……初めての進化だってのになんだか訳が分からないうちに終わっちまった。
「あ、あんた大丈夫なの?」
「あぁ。なんか落ち着いた。
それよりこれ食った方がいいぞ。経験値的にも味的にも文句ないほどにうまいし」
その言葉に他の雛たちは顔を見合わせた後恐る恐るながら物体Xに群がりだした。
「え、本当にうまい」
「なにこれ、体が熱く」
言葉を喋る雛たちが物体Xを食べる姿はなんとも奇妙な光景だったが、その姿は進化の光によって変貌していく。
そして光が過ぎ去った後あったのは成鳥となった鳥たちの姿だった。だが成鳥となって大体の種類はわかるようになったぞ。でもそれだけじゃ生き物図鑑には登録できないみたいだ。どれどれじっくり見てみよう。先ずはあのイヌワシっぽいのから見てみるか。
『観察に成功しました。
ブラウン・イーグルを生き物図鑑に登録しました』
お、認識できたみたいだな。認識するにはどうやら一定時間その観察対象を集中して見続けなきゃいけないみたいだ。大体30秒くらいかな。今ならどの鳥もそんなに動いていないから観察し放題だ。そんじゃあ次はハヤブサだ。
『観察に成功しました。
ブルー・ファルコンを生き物図鑑に登録しました』
なるほど、基本は英語名に色が名前に加えられているって感じか。確かに地球で見た鳥よりも名前で示された色が強くなっている気がする。
『観察に成功しました。
グレイ・オウルを生き物図鑑に登録しました』
うーん。これだけじゃ種類はわからないな。耳がないからフクロウであることは間違いないけど似たような種類が多すぎる。それに完全に地球の鳥として転生してないみたいだし。どれも微妙に姿が変わってしまってるもんな。よし次は小鳥でも観察してみるか。どれどれ……
「ねぇ、どうしたの。さっきからずっと動いてないけど」
だが俺の鳥観察は隣にいたハルナの声によって中断された。
「い、いや珍しい鳥がたくさんいるから観察してただけだよ」
「それにしてはずいぶん集中しているようだけど?」
その声には疑いの色が濃く出ていた。
「な、なんでもないさ。
それより君はあれ食べないのか?」
「絶対いやよ。あんなの食べるなんて。
食べるぐらいなら餓死する方がまし」
拒否の反応を見せるハルナにまぁ人間の感性だとそんなものかと思う。俺だって人間のままなら絶対に嫌だった。だが烏となったいまではその嫌悪感も薄れていたのは不思議だったが。
「さて、これぐらいで参加者は出そろったか」
その聞き覚えのある声に顔を上げる。それは目の前にいる鳳凰から聞こえた声ではあったがその威厳に満ちた話し方に聞き覚えがある。これあの神様の声じゃねえか!?
「この姿は仮の姿だと思ってくれ。
ワシも世界をまたいで直接話しかけることは出来んのでな。かわりにこの鳳凰の体を借りて話しかけておる」
そんな化け物の体を乗っ取れる時点で改めて爺さんの力のすさまじさを垣間見た気がしたが事態をようやく理解した鳥たちが非難の声を上げ始める。
「どういうことだ。話が違うじゃないか」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した鳥たちの声をなんとも思っていないかのように鳳凰(の姿をした神様)は再び話し始める。
「なにも違わんよ。私はお前達に願いを聞き、そしてお前達はそれに応えた。
そしてお前達に与えられた課題はただ一つ。この世界の頂点レベル100を目指すという事じゃ。
その頂きに立った者のみが本懐を遂げられる。そういうゲームじゃ。
さてお主ら、話は変わるがカオジロガチョウという鳥を知っておるかの?」
その見慣れぬ言葉に他の鳥たちは聴き覚えがないようでポカンとしていたが俺はその名を知っていた。そして同時に体中から血が引いていくのを感じた。
「おい、それってまさか」
「おお、そうか。お前さんは知っておるだろうな。
まぁお前さんの想像通りよ」
そう言いながら鳳凰はその一対の翼を広げた。
カオジロガチョウという種事態はそれほど珍しい鳥ではない。ユーラシアと北アメリカ大陸をまたにかけて北半球に広く分布しており数も多い。だがその中でもグリーンランドで生まれた雛達が立ち向かう過酷な試練が余りにも有名だった。それは正しく「獅子の子落とし」の諺を地で行く。その雛は断崖絶壁の巣の上から自らの意思で飛び降りなければならないのだ。
雛はまだ毛が生え揃わないうちに親鳥は巣を離れ戻ってくることはなくなる。雛たちは親の居る崖下まで自分でたどり着かなくてはならない。その話題を今出すという事は。
「ワシがしてやれることはここまでよ。
ワシの教育方針はスパルタ式なのだ!!さぁせいぜい頑張って生き残るがいい!!」
そして鳳凰の翼から放たれた【吹き飛ばし】は嵐のような突風を生み出し、当然のごとくそこにいた鳥達は全て天空遥かから突き落とされたのだった。