3 おや……卵の様子が
よーし、落ち着け、俺。
状況を整理しよう。なんか白い所で爺さんにあって、気付いたら烏に生まれ変わってた。
うん、意味わからん。
心を落ち着かせるために思いつく事を心の中で呟いてみるけど喋っていて虚しくなる。これ完全に転生のテンプレじゃねーか!!しかも烏って!!もちっと他にあったでしょう!?オオタカとかハヤブサとかさ!!
だがこれであの爺の言っていたことは本当だったという可能性が出てきた。え、やばくね?めっちゃ適当な態度であしらってたけど弊害とかないよね。差別ダメ絶対。みんな平等が一番だよ、うん。きっと神様もそこらへんはなんとか守ってくれると信じたい。
さて今の現状だが……ここはいったいどこなんだ?周りに見えるのは小枝で作られたかなり大きい巣のように見える。それ以外に見えるのは気持ちいいほどよく晴れた青空のみ。
うーんこれだけ空しか見えないってことはここはかなり高いのか?木の上にしたって他に何かが見えそうなものだが。そう思いながら巣の段差から見下ろすとそこにはまさかの光景が広がっていた。
そこにあったのはどこまでも広がっていくかのような雲海だった。え、これどういう所にあんの?
ならここは雲より高い所にあるってこと?その混乱した頭でなにか目印になるようなものがないか辺りを見渡すがそこには高層ビルどころか高い山すらなく、ただぽつんとこの巣だけが雲海の上に浮かんでいた。
「ちぃ、運のいい奴だな」
その声は真後ろから聞こえた。そしてその声の主には明確な悪意があった。
「てめぇ!!
なにしやがる!!マジで死ぬところだったじゃねぇか……」
怒鳴り声をあげながら振り返るとそこにいたのは丸々と太った灰色の鳥の雛だった。
ずんぐりむっくりとした体形に身体中に見える縞模様、その雛の姿を見て先ほどまでの天変地異の原因に思い至る。
「カッコウがしゃべった!?」
「鳥がしゃべった!?」
向かい合った二羽は同時に微妙にニュアンスの違う言葉を同時に喋った。それは更なる困惑をもたらす事になる。
「どういうことだ?
転生したのは俺だけじゃなかったのかよ?とりあえず生き残るために邪魔な他の卵を潰そうと思ったのによ」
カッコウはそう言いながら後ろを振り返る。その視線の先を追うとそこには驚くべき光景が広がっていた。そこにあったのは色とりどりの様々な大きさの卵だった。
その数は全部で数十個程だろうか?巣の真ん中に集められた卵は1つを除いて全て傷一つなくその場にあった。割れていた殻は既に中身が無くなっている状態だったので恐らくカッコウの卵の殻だったのだろう。
「うん、まてよ。お前さっき俺の事なんて言った?」
「え?カッコウがしゃべった?ってとこか?」
物騒な事をいうカッコウだったがあまりの事態の為に俺は何も考えられずにそう答えてしまう。
「そうだよ。なんで俺を見てカッコウだなんてわかるんだよ」
「いや、どうみたってカッコウだろう、その見た目は」
「わかんねーよ。そんなもん。お前前は学者かなんかだったのか?」
「いやただのサラリーマンだったよ。ただバードウォッチングを趣味にしてたってだけで」
カッコウの雛はあまりに有名な特徴があったのですぐに判別が出来た。まぁ普通に生きていれば確かに鳥の雛を見てなにかなんてわかんないだろうけど。
その言葉を胡散臭そうに聞いていたカッコウだったがやがて興味を無くした様に体を巣の中央へと向ける。
「そういうことにしといてやるか。まぁこれで一つ分かったな。転生したのはあっちの世界の生き物ってことか。
だがやる事は変わらねぇな」
それだけ言うとカッコウはよちよち歩きで巣の中央へと向かっていく。
「おい、何をする気だ?」
「何って決まっているだろう。競争相手を減らすのさ」
そういうと金色の卵を後ろ足で持ち上げながら転がし始めた。
「な、なに言ってやがる!!
その中には他の人がいるかもしれんないだろうが!!」
「だからどうした?
殻は外からじゃひびも入らなかったがここから落とせば確実に割れる。2,3やってみてるから間違いない」
そうカッコウが示した先には確かに割れた卵がいくつか見えた。その光景に背筋が凍る。
「な、なんてことしやがる!!
それじゃ、俺も殺す気だったのか!!」
「もう生まれてる以上俺も手を出す気はないさ。
それに烏なんざは脅威にならなそうだしな」
そう言いながらカッコウは卵を押し出し続ける。カッコウは托卵を行う鳥である。カッコウの親鳥は他種の鳥の巣に自らの卵を産み落としその鳥に自らの雛を育ててもらうのだ。
そして孵ったカッコウの雛は自ら餌を独占する為に他の卵を巣から落とす習性がある。それ故に多少大きな卵であっても簡単に卵を押し出せられる体つきになっており現実に卵はスムーズに転がっていく。
「バカ言うんじゃねぇ!!
それは人殺しと変わらないだろうが!!」
そう大声でカッコウを批難するがカッコウは気にも留めない。
「あぁ煩いな。第一自分の体見てみろ。もう人じゃないだろうが。
鳥が鳥を殺すのに何の罪があるってんだ。
邪魔するってんなら容赦はしねえ。ちょうどいい。お前で試し打ちしてやるか」
そう言いながらカッコウはこちらを向きながら羽を広げる。
【吹きとばし】
カッコウがそうつぶやくと周辺の風が両翼に集まりそれは俺に向かって一気に解き放たれた。それはまるでVRゲームの中で見てきたような魔法が現出した瞬間だった。
「うわぁあああ」
その風はいとも簡単に俺を吹き飛ばし巣の端へと飛ばす。危ねえ、枝がなければ完全に落とされてた。だがすぐに違和感に気付く。あれ?魔法を受けても傷自体は何一つ受けていない?
「け、魔法って言ってもこんなもんか。
他の卵も動きやしないしよ。対魔法のなんかがかかってんのか。全くめんどくせぇ」
俺にダメージがない事を確認しながら不満そうにそうつぶやきながらカッコウは再び卵を動かし始める。確かに先ほどの魔法は他の卵には何一つ影響を与えてはいないようだった。
「てめぇ、やめろって……」
卵を運ぶのを止める気配のないカッコウを止めようとしたがある事に気付きそれ以上言えなくなる。カッコウの托卵は雛が生き残る確率を上げる為にカッコウが得た彼らの知恵だ。それを止めるのが本当に正しいのかと。むしろそれは生き残る為正しい姿ではないか。
あの爺も言っていたではないか。お前が行く世界は弱肉強食の世界だと。
「……だけど、そんなの俺は嫌だ!!」
前の世界では喧嘩なんぞしたこともない。それでも他人によって自らの人生をゆがめられる苦痛は十分に味わった。それが故意であれ無意識であれ今目の前でまた罪のない人が傷つけられるのを見せつけられるのはどうしても我慢がならない。もしそれが正しい姿だとしても。
だがら出来ることはないのか、今の俺に!!
『解 現状使えるスキルの掲示をおこないますか?』
それは頭の中に直接響くような声だった。だがその声に聞き覚えがある。あれこの声もしかして〝ロスト・ワールド″と一緒?
『解 〝ロスト・ワールド″という単語はデータベースに存在しません』
疑問に答えた!?俺の考えてることが分かるのか?
『解 肯定です。私は貴方転生者をサポートするための存在です』
つまりナビゲーターみたいなもんか。全くいたせりつくせりだな。どうやらあの爺さんは親切な神様みたいだ。あんだけ適当に扱ったのにちゃんとサポートはしてくれるらしい。
まぁそれはいいや。それじゃ聞くが俺が今使える魔法かスキルはあるのか?
『解 現在使用可能なスキル
【影掴み Lv1】』
え、1つだけ?まぁ生まれたてなら仕方ないのか。ええい、何でもいい。奴を止められるなら。どんな効果があるかもわからないが使ってしまえ!!
【影掴み】
俺の声に反応するように体から何かが奪われていきそしてその魔法は現出した。そのやり方はわかる。なんせほとんどゲームと同じだ。
魔法を詠唱し、対象の相手へ意識を向ける。それだけで地球ではありえなかった魔法の力を具現化できるのだ。そしてカッコウの影から生じたのはまるで人の腕みたいだった。そしてそれはカッコウの足を掴み
「うぎゃ」
カッコウを見事に転がして見せた。……え?これだけ!?
そして転がらされた当人(当鳥?)は明らかに怒りの表情を見せていた。
「てめぇ……どうやら本気で死にたいらしいな。
見逃してやろうかと思ったが、もうやめた。お前は今殺す!!」
その怒りのままカッコウはこっちを向き、羽を広げる。やばいこの位置からさっきの攻撃を放たれたら確実に巣から落ちちまう。そう身構えた瞬間
ピキ
カッコウのすぐ近くから何かが割れる音がして俺とカッコウの意識はあと少しで落とされそうになっていた卵へと向かう。
その黄金の卵は割れ目から一筋の光を放ちその割れ目はどんどん大きくなっていく。そして完全に卵を縦に割れ目が貫いたと思うとその光は爆発的に大きくなり遂に目を開けていられなくなった。
「なにすんじゃーーー!!!」
その光の中から聞こえてきたのは可愛らしい女性の声。だがその内容は怒りに満ちていて可愛らしくはなかったが。
「……生まれたのか?」
俺はそうつぶやきながらその声のする方へと目を細めながら見つめた。そしてそこにいたのはうっすらとではあるが緑色に輝く羽を広げなら宙を浮く一匹の雛の姿。いやちょっと待て、あれは
「もしかしてケツァ―ルか!?.」
その姿を俺が見間違う訳がなかった。それは世界中のバードウォッチャーの憧れであり、世界一美しい鳥と呼ばれる鳥。かつてはアステカ文明の高貴な存在のみがその羽をもつことが出来たとされるほど神聖な鳥であり多くの物語のモデルとされていた。
目の前にいるのはその雛に違いなかった。そしてその姿は明らかに自分やカッコウと格が違っていた。その体から湧き出る魔力の量はけた違いであり、その魔力はケツァ―ルの頭上へと集約していく。
【ファイアボール】
その言葉と共に魔力は燃え猛る炎の塊へと変貌する。
「ちょ、ちょっとま」
カッコウが辛うじて言えたのはそれだけだった。なぜなら頭上に輝くその炎の塊は彼の下へと振り落とされ、次の瞬間彼は既にこの世界から存在事燃やし尽くされていたのだから。