1 全ての始まり
ゴールデンウィーク
それは長期の休みなど年末年始以外に望みようのない日本という国において唯一と言っていいほどに文句も言われずに休みが取れる黄金週間。
小さな商社で働く俺、小鳥遊翼(29歳 営業職)にとって今年のゴールデンウイークは例年以上の意味を持っていた。
「いよいよ明後日から待ちに待った小笠原ツアー、楽しみだなぁ」
今年のゴールデンウィークは祝日が土日に重ならずまとまった休みが取れたので意を決して旅行会社に申し込んだのが半年前の事だった。
〝動物たちの楽園 小笠原諸島自然観察ツアー″と題打たれたその旅行企画にずっと夢焦がれてきた。
東京都という行政区分であるが、小笠原諸島は手つかずの自然が残っており太平洋に浮かぶその小さな島々にはオガサワラノスリを始め多くの固有種が生息している。
また日本で数少ないホエールウォッチングか可能な場所であり、野生動物を観察する場所としてはこの上ない聖地ともいえる場所である。
それは休みさえあればバードウォッチングに出かける俺にとってずっと憧れの場所であった。
「やっと夢が叶うんだなぁ」
そうつぶやきながらここまではまる事になった趣味のきっかけを思い出す。俺が最初にバードウォッチングに興味を持ったのは大学生の時。数多のサークルがある中で野鳥研究会の存在を知ったのは図書館下の展示スペースにたくさんの写真が展示してあったのを見かけたからだった。
飾られた写真には大小さまざまな鳥の姿が映し出されていて、その中でも翼を広げ大空を自由に飛ぶ大きな鳥の姿が目に留まった。
小さな頃は珍しい名前から馬鹿にされることもあり鳥の事があまり好きではなかったが大学生にまでなるとすぐに名前を憶えて貰える利点もあり嫌悪感は無くなっていた。
「何してんだよ、早く行こうぜって何見てんの?」
小学校からの悪友である良太が声をかけてきてはっとする。
「いや、なんか鳥の写真展示してるんだって。
野鳥研究会?ってサークルが出してるみたい」
「え? マジで? そんなサークルうちの大学にあったの?
やべーじゃん、だったらお前名前変えねえとな」
「はぁ? なんでだよ」
「だってお前小鳥遊だろ?
鷹がいたら小鳥遊べねーじゃん。鷹有か小鳥無にしねーと」
楽しそうにそう言う良太に呆れながら目線を写真から切り離す。
「バカらし、さっさと行くぞ」
そう言いかけたがその声は可愛らしい女性の声によって遮られた。
「あの!!もしよかったら見て行かれませんか?」
そう声をかけたのは迷彩服で全身コーデされた細身の美人で、その手には野鳥研究会部員募集というチラシが多く握られていた。
「はぁーい行きます行きます!!
ほら翼もさっさと来いよ」
「あ、おい俺は別に」
だが俺の言葉が無視され強引にその展示会へと向かわされた。そして俺達は鳥よりも女性に釣られてバードウォッチングの世界へと足を踏み入れることになったのだった。因みに彼女は部長の彼女で俺達の疚しい目論見は入部初日に脆くも崩れ落ちることになるのだが。
初日から意気消沈した俺らであったが、試しにとついていった野外観察が思ったよりも性にあい今に至るのである。
そして大学を卒業し都内の小さな会社に就職した。入ったばかりの頃は慣れない仕事に四苦八苦していたが最近は仕事も任せられるようになってきた。
そして仕事にも少し余裕が出来ていた時に朗報が舞い込んだ。毎年応募していた小笠原ツアーが当たったというのだ。その瞬間俺は何とか上司に頭を下げ今回のゴールデンウィークで今まで貯まりにたまった有休も使ってまとまった休みもとる事が出来たのだった。
今日は旅行中に心配事がないように今取り掛かっている業務をすべてまとめ上げので時刻は11時を回っている。会社帰りに滑り込みで買った新刊の鳥雑誌を片手に週末から始まる5泊6日の旅を思い浮かべながら家路についていた。
〝ブー、ブー″
その帰り道で不意にポケットの中の携帯が鳴った。その画面に表示されたのは良太だった。
「よう、準備は出来たか?」
「あぁ今家に帰っている所だよ」
「そりゃおつかれさん。
やっとゲームじゃなくて現実で小笠原に行けるな!!」
良太が言っているのは世界中で大人気となっているゲームの話だ。このゲーム〝ロスト・ワールド″の魅力はVR技術による徹底した現実世界の再現にあった。
ゲームの設定としては現代から遠く離れた未来の地球というものでその世界においては魔法やスキルを使うことが出来た。現実にはあり得ない力を現実の自然と同じ景色の中で使えることが人気となり世界中でこのゲームをした事がない人はもぐりと言われるほどだった。
なにせゲームにログインしてしまえばキャラの能力が低くても世界中の観光名所を回っていられるようなものなのだ。
そして俺もまたこのゲームは存分にやり込み世界中の密林と呼ばれる地域を回って来た。もちろん小笠原諸島も訪れた回数では上位にはいる程のヘビーユーザーだ。
「おうよ。ほんと楽しみだ……」
だがその声は鳴り響くクラクションの音に阻まれる。そしてその願いは夢のまま叶う事はなかった。
振り返った先にはあったのはまばゆいばかりの光。
「え?」
それが小鳥遊翼という人間が最後に発した言葉だった。その瞬間スピードを緩めることもなく2トントラックがその巨体をもって俺の体を吹き飛ばした。
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次に俺が目を覚ましたのはベットの上だった。だが体は動かずに動かせるのは首から上だけ。話す事すら出来はしない。
その後医者から聞いた話だと首から下が動く可能性はゼロに近いのだという。それからの日々はただ無為の日々だった。自分では何一つすることは出来ず誰かの力を借りなければトイレにすら。
訪れる友人たちは皆哀れみの眼で俺を見ていたがそれも時が過ぎれば訪れる人すらいなくなった。
居眠り運転それが事故の原因であったらしい。その運転手もすでにこの世になく、責めるべき人も見つからない。だから俺は看護師に車いすに乗せられてただ空を自由に飛び回る鳥を眺める事だけが唯一の楽しみになっていた。その自由に大空を飛ぶ鳥を想う事はただ一つ。
(もし生まれ変われるなら……鳥になりたい)
そう思いながら俺は事故から幾度目か分からない夜を迎えるのだった。
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「あれ? ここどこだ?」
おかしい。さっきまで俺はベットで寝てたはずなのに今は見渡す限り何もないただただ真っ白な空間で立っていた。
いや、待てよ?立っている?それに喋れる?医者からももう動くことはないと言われたその足は確かに地面をしっかりと踏みしめていた。
「なんじゃ、最後の転生者はずいぶんと軟弱そうじゃのぉ」
突然かけられたその声に体を後ろに引きながら尋ねる。
「な、あ、あんたいきなりどこから出てきやがった」
「ワシはどこにでもいるしどこにでもおらんのよ。
そうじゃの、お前さんがいた世界では神、と呼ばれるような存在と言えばわかるかの?」
そう楽しそうに話すのは立派な白いひげのギリシャ神話に出てくるような肩を出した白い服装で、物語に出てくるテンプレの神様そのもののと言える格好をした老人だった。
は?何を言い出すかと思えばこの爺耄碌してんのか。いや、まてよ。そうか、これは夢か。それならこの訳の分からん状況も納得できる。
それならまぁせっかく久しぶりに立てている感激を味わえているのだしそのまま夢に乗ってみるか。
「これは、これは神様でしたか。
私のような人間にどのようなご用件でしょうか?」
俺はまるで時代劇に出てくる殿様を敬う農民の様に大げさに謎の老人にへりくだりながら謎の老人に尋ねる。
「なんじゃ、急にしおらしくなりおって。
まぁよいわ。喜ぶがいい。お前は運のいい事に転生者として選ばれた。名誉な事じゃぞ。ほれ喜ばんか」
「ははぁー。これは、これはありがたきしあわせー」
俺の棒読みでなんの敬意も持ってないような言い方に老人は顔をしかめる。いやそんな表情されてもあんたの事俺知らないし。この上なく胡散臭い相手にどう敬意を持てと?
「……しくじったかの。最後に変な奴を呼んでしもうた。
まぁ十分他はそろっておるし数合わせなのだから問題ないか。
さて、これからお主はある世界にて転生することになる。
だかその世界は魔法やスキルが飛び交う危険な世界じゃ。軟弱なお主の世界とは違う弱肉強食の世界である。
じゃが寛大なワシは哀れなお前に少しばかり力を貸して寄ろうと思う。そしてお前さんが万が一にもその世界の頂上にたどり着いたとするならば一つだけ願いをかなえてしんぜよう。
さてお主は一体何を願う?」
神様と来たか。しかも転生。はやりのラノベかよ。とも思うが力くれる上に願いを叶えてくれるとか超優良じゃん。んーでもな。別に何かしたいことがあるって訳じゃないし、どうせ夢だし、あ、それなら
「じゃあ、生まれ変わったら鳥になりたいです!!!」
俺は前のめりになってそう答えた。事故の前もバードウォッチングをしながらずっと思っていたのはなんの気兼ねもなく自由に空を飛んでみたいということ。事故の後その想いはより強くなっていた。それが夢でも叶うなら楽しいに違いない!!
「……本当にそれでいいのか?」
「もちろん!!それが夢でしたから!!」
それから一呼置くと、神と名乗る老人は腹を抱えて笑い始めた。夢とわかっていながらもなんとなくイラっとするな。人の夢を笑うなよな。まぁ夢の中の話だけど。
「ははははは!!
それはいい。全く傑作だ!!
喜べ、お前の願いはすぐにでも叶えられるであろうよ。
全く転生した瞬間に願いをかなえる者など初めて見たわ。いや待てよ、しかしそれでは願いとして弱いの。
まぁ別によかろう、単なる数合わせにすぎんのだから。此度の転生者は豊作と言える。一人ぐらい願いが弱くても問題はなかろう。
よし、小鳥遊翼よ。お主の願い確かに聞き入れた。それでは新たな命を存分に楽しみたまえ」
そう言うと神様とやらは俺の額に手を乗せた。そして俺の意識は再び暗闇へと戻っていくのだった。