君の笑顔
急に思い立って書き始めましたが、
僕が未空のことを気にし始めたのは、高2になって間もなくのことだ。
それは、2年になって初めての数学の授業の時だった。1個の消しゴムが、僕の足元に転がって来て止まった。ふと左手を伸ばして拾い上げたそれは、如何にも女子のものらしい苺の柄で、ほのかな香り付きだ。すぐに周りを見回すと、斜め後ろの席で机の下を覗き込んでる女子がいた。長めの黒髪を自然に垂らした色白の斜め横顔。直角に立ったまつ毛と、キョロキョロ首と連動するくりくりっとした目。1学年300人余りの普通科の、うち約半分が女子のわが校で、特に際立った話題のないらしい彼女の存在に初めて気付いた瞬間だった。
「あの、これ。」 右手に持ち替えた消しゴムを、差出すと、
「あ、ありがとう。」 偶然の些細な出来事がもたらした、そのとびっきりの笑顔に、僕は瞬間発熱した。なのに、そんなことはおかまいなしに、、
「おい、そこ、何してるんだ?」 昨日までは学校のどこかで見たことあるかな?くらいのおじさん=数学教師の邪魔が入った。
「私が落とした消しゴムを拾ってくれたんですよ、先生。」 慣れた感じの口調だ。
「そうか。それは仕方ないな。ところで、ついでにこの問題分かるか、君。名前は・・・」 1年で習った分の難度の高い復讐問題を、黒板に出題されていた最中だったんだ。
「はい、解けます。戸隠といいます。」 数学は得意中の得意で、早速いいところを見せるチャンスがやって来た感だ。
「君が戸隠君か。じゃあ早速、前出てやってくれるか?」 教室が少しざわつく中、僕は前から3番目の席を立った。黒板に書かれた方程式を解いて行くにつれ、主に女子の尊敬ともとれるざわめきを背に受けながら、自信を持って最終の値を導き出した。
「流石に見事だ。」 先生の言葉に、ざわめきは賞賛の歓声に変わっていた。振り返って見た彼女の顔は、笑顔に尊敬の眼差しがプラスされてたんだ。やったー!心の中での歓喜を努めて隠して、何事もなかった様な冷静を装った。
「凄い!凄いよ、戸隠君!」 席に戻りかけた僕に、彼女の声がはっきり届いた。
それから程なくして、彼女の名前が早稲未空と分かり、互いに気楽に話せる友達になった。気さくで、男女区別なく友達の多い感じの彼女の習慣もあってか、共に❝未空❞、❝健太❞と、下の名前で呼び合える様になるまで、さほど時間はかからなかった。
しかし、そんな毎日が急転したのも、進級から僅か1カ月後の5月の初めのことだった。その年のゴールデンウィークは、曜日の並びの関係で6連休があった。僕達は学校では友達だが、一歩校外へ出れば、互いのことを全く知らない赤の他人だったから、当然その間は音沙汰もなかった。更にだ、連休明けの金曜日、未空の席は空席だった。どうしたんだろう?気にはなったけど、知る術がなかった。彼女と同じ中学だったクラスメートは誰もいないらしく、どこから通っているかも分からないのだ。
「早く友達が欲しいって、積極的に誰とでも話す子だけど、あまり自分のこと云ってるの聞いたことないな。」 1年から一緒という、彼女と1番仲が良さそうな女友達でさえ、プライバシーは知らないみたいだ。それどころか、
「早稲って、部活入ってたっけ?」 多分帰宅部だろうというだけで、放課後の情報も乏しい状況だ。そういう僕も、数学部であることを、未空に云ったことがあるかも憶えていない。そう云えば、話すことっていつも決まって、授業のこととか、天候や空腹のこととか、その場のことばかりだった気がする。本当に、教室だけの仲でしかないことを、改めて感じた。だけど、気になった。いや、だからこそ、余計気になった。いつも教室で明るく振舞っている未空の笑顔の裏に隠された秘密を。
翌日から又、土日で2連休。何も手に着かず、悶々とした気持ちで過ごした。
5月病?
未空が?
いや、そんなこと気にして止まない僕こそが?
そうだよな。どってことない、ちょっとした体調不良とかで1日休んだだけで、月曜はけろっとした笑顔を、又教室で見れるに違いないんだ。
ただの心配性?
ところがである。月曜になって、確かに未空は登校して来たことは来たんだが、いつもと違った。
「未空、おはよ。」 努めていつも通りに、2メートルの距離で、彼女の斜め前から云ってみたのだが、
「うん、おはよ。」 こっち見ずに、机に鞄を置いた姿勢のまま、俯いての返事だ。いつもの『おはよう、健太。』と、明るい笑顔への期待は、見事に裏切られた。
「何だ、元気ないんだな。金曜も休んでたし、何かあったのか?」
「別に・・・」 健太に話しても、どうにもならないしと云わんばかりだ。一体どうしたんだよ?連休中に何かあったのかよ?
「そっか。」 何も訊けなかった。
ここから先がどうしても書けなくなりました。それでも、お付き合い下さったこと、お礼申し上げます。<(_ _)>