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おでかけ

作者: LiN

 車で出かけるときはいつもバタバタする。

 弟の柾は必ず準備中に本を読みだしたりゲームをはじめたりしてお母さんを怒らせる。そのお母さんは準備の最後に長いお化粧をはじめてお父さんを怒らせる。

 今年も同じだ。お父さんはぷりぷり怒って「みんな早くしろよ!」と言って先に車へ行ってしまった。

 

 私はショートスカートの下にスパッツをはいて、スカート丈を調整しながら、マンガを読む柾に「早くしなさいよ」と言ってお化粧をしているお母さんのところに行った。


「お母さん」

「ん?」

 鏡に映るお母さんがこっちを向く。


「あのね、今年はもういいよね?」

「何が?」

「だから…」

「ん?」


「もうおむつしなくていいよね!」

 思ったより大きな声が出てしまって、私は自分の顔が赤くなるのがわかった。


「でも、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「うーん…そうねえ、楓ももう中学生だしねえ」

「ね、いいでしょ」

「いいわよ。でも本当に大丈夫?」

「大丈夫だってば!」


 私が部屋を出ていこうとするのをお母さんは「ちょっと!」と呼び止めて

「柾にはおむつはくように言っといて」

 と言った。



 おむつをはくように言うと、柾は嫌そうな顔をした。

「ずっと高速なんだからね」

 そう言いながら私は柾に紙おむつを渡す。

「姉ちゃんは履かないの?」

 柾が聞く。

「お姉ちゃんはもういいの。中学生だから」

 そういうと柾が「ずるい」とむくれた。ふてくされながら、柾はこちらに背を向けてズボンとパンツを脱ぎ、紙おむつに足を通した。

 

 大きな荷物はトランクに入れて、柾と一緒に後部座席に乗り込む。柾はハーフパンツをはいているが、その下は紙おむつだ。柾はまだ機嫌が悪かった。私の家では、長い時間車に乗る時には私と柾は紙おむつをすることになっていた。小学四年生になっておむつをしなければいけないのだから嫌なのは当然だと思う。私も去年まで車で遠くまで出かける時に紙おむつをはかされるのが嫌でたまらなかった。おむつをはくときは、柾がはいているようなだぼっとしたズボンを上はかないと外から見てわかってしまう。少しずつおしゃれの欲求が出てきた私にとって、おむつはそういう楽しみや成長を妨害する存在でしかなかった。

 さらに嫌なのは、スカートやズボンを汚さないように、車の中でおしっこがしたくなったらおむつ一枚になるように言われることだった。そして何よりも嫌なのは、実際に我慢できずにおむつの中にオシッコをしてしまうことだった。両親に、自分にはまだおむつが必要なのだと思われることがくやしかった。

 


 出発して二時間、高速に乗っている時、もぞもぞしだした柾にお母さんがハーフパンツを脱ぐように言った。柾は嫌がったが、「さっきからおしっこもれそうなんでしょ」と言われて仕方なくハーフパンツを脱いで、おむつ姿になった。私たち姉弟はおもらし癖があって、柾は学校の帰りにおしっこを我慢して、帰ってきたけれど間に合わずに玄関やトイレのドアの前でおもらしをしてしまうことが今でもある。


 ハーフパンツを脱いでから十分もしないうちに、柾はおむつの中におしっこをしてしまった。

 柾の紙おむつにおしっこが当たる音が聞こえてきた。柾は目に涙をためて、顔は真っ赤になっていた。

 少し意地悪な気持ちになった私が「やっちゃったね」と言うと、柾は目に涙をためたまま「姉ちゃんだってもらしたことあるくせに」と言って、口をとがらせた。


 実際、私も小学校高学年になるまで、車内で何度もおむつの世話になっていた。私は小さいころからおもらし癖がひどく、せめて車は汚されまいと両親が考えて車内ではおむつをはかせるようになったのだろう。物心がついた時からのその習慣が止め時を失って今まで続いていた。私は、毎年のように車の中で座ったままおむつの中におしっこをした。去年、小学校六年生の時の家族旅行では、私はおむつを汚さなかったことになっているけれど、本当は少しだけおむつにおしっこをしてしまっていた。

 中学生になって参加した遠足では、ジャージの下に紙おむつをはいてバスに乗り込んだ。おむつをしていることがばれたらどうしようとドキドキしたが、ばれることもなく、おむつを濡らすこともなく、遠足は終わった。



(中学生になったし、もう大丈夫。)

(もう、おむつなんていらないんだから。)


 そんな自信もあった。そうであってほしいという希望もあった。

 行きの車では私はおしっこに行きたくなることさえなかったし、弟だけがおむつをしておしっこをしてしまったことで優越感も生まれていた。

 

 油断してしまったのだ。


 帰りの車の中、私はおしっこがしたくなった。


「楓、おむつはきなさい。」

 渋滞の中ハンドルを握るお父さんにミラー越し言われ、私はむかっとした。

 私がおしっこしたいのがばれてることも、おむつはきなさいなんてお父さんに言われたことも、腹が立った。

「べつに、トイレ行きたくないし。」

 私がぶすっと言うと、お母さんが「うそつきなさい。」と言った。

「さっきからゆらゆらして、前に車でおしっこしちゃった時と同じじゃない。」

「姉ちゃん、五年生の時にしちゃったんだよね。」

 五年生の時に、という言葉を強調して柾が嬉しそうに言う。

 かっとした。

「だからちがうってば!」

 そう怒鳴った時、おしっこが出てしまいそうになって、私はあわてて腰をぎゅっとかがめた。

「ほら、やっぱり。」お母さんがため息をついて言う。

「楓、おむつはきなさい。」お父さんが静かに言う。

「やだ。」

「おしっこ出ちゃいそうなんだろ?」

「出ないもん。」

「おもらししたらどうするんだ。」

「しないもん。」

「勝手にしなさい。ほんと、こどもなんだから。」そう言って、こっちを見ていた助手席のお母さんは前に向き直った。


(だって、おむつはけだなんて、できないよ。お父さんも、柾もいるのに。私もう中学生なんだよ?車の中でぱんつ脱いでおむつはくなんて、できないよ。)


 顔が熱くなって涙が出そうになる。

「姉ちゃん、もらしちゃうよ。」

 柾がニヤニヤしてこっちを見ていた。

「おむつしなよ。」

 そう言って柾は、カバンからおむつを出して私のひざの上に置いた。


「ちがうっていってるでしょ!」

 ひざの上のおむつを叩き落としながら、私は叫んだ。


 その拍子に、おしっこが出てきてしまった。

 私はおしっこを止めようとしたけど、止まらなかった。

「ちがう…」

 ぱんつの中におしっこが渦巻いていく。おむつをしているとおしっこは吸いとられていくのに、おしっこはどんどんぱんつの中に広がって、私の股やおしりを濡らしていく。

「おしっこ…したくない…」

 おしっこがぱんつからあふれて、友達に借りた雑誌のまねをしてはいてきた短いスカートもスパッツも、じわっと濡れていった。おしっこは座席をつたって、足元へ降り注ぎ、車の床に広がった。


「姉ちゃんがもらした!」

 柾が叫んだ。

「あー、だから言ったのに。お父さん、楓がおもらししちゃった。」

「つまらない意地はるからだ。」

 柾が、お父さんが、お母さんが、矢継ぎ早に言った。

「だって、おむつはきなさいとか、いじわる、言うから、」

 言い返す私の声は、半分泣き声になってしまっていた。

「いじわるじゃないでしょう。」お母さんがあきれた様子で言った。

(だって、だって。)

「もらしちゃうよりはおむつした方がよかったでしょう。」

(だって、だって。)

「しょうがないわねえ。ほんとこどもなんだから。」

 私は何も言えなかった。がまんしていた涙が、こぼれだした。


 私は車の中で泣きながら服を脱いだ。

 ショートパンツもスパッツもぱんつも、びちょびちょになっていた。

 柾から渡されたタオルで、私は体をふいた。柾は、濡れた車の床とシートをふいてくれた。

「着るものないんだから、おむつはいてなさい。」

 お母さんにそう言われ、私は、しゃくりあげながら紙おむつに足を通した。

「楓、ひさしぶりにやっちゃったなあ。中学生になったのになあ。」お父さんはミラー越しに私のおむつ姿を確認すると、前に向き直って「はっはっは。」と笑った。

「だって、だって、がまん、できなかったんだもん。」

 涙がぽろぽろとこぼれた。

 柾がぷっとふきだして笑った。

「これじゃあ、来年はまたおむつねえ。」

 お母さんが言う。

「やだあ。」

 私が大声で泣き出すと、みんなはどっと笑った。

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