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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
96/279

64「マスター・メギルを倒せ」

 私は血が滴るアーガスの右腕を簡単に診た。綺麗に切断された断面からは、赤黒い血肉と骨が、あまりに痛々しい姿を晒している。見ているだけで、具合が悪くなってきそうだった。


「早く治療しないと」


 だが彼は、きっぱりと首を横に振った。


「いやいい。どうせ腕はくっつかないだろうし。ちゃんと縛ったから、たぶん死にはしねえよ」

「だけど、危ない状態には変わりないよ」

「だな。まあ、オレは少し休ませてもらうぜ。お前は、今すぐトールの野郎を追え」

「でも」

「いいからよ。誰かがあいつを倒さなきゃ、終わらないんだ」


 アーガスの目からは、断固した意志が感じられた。こうなればもうてこでも動かないことを、私は知っている。


「わかったよ。いつも意地張ってさ。ちゃんと安静にしてなよ」

「おう」


 私は男に変身して、すぐにトールの気を探った。反応が地下に移動している。逃げる気か。

 せっかくここまで追い詰めたんだ。逃がさないぞ。


「行ってくる」

「ああ。しっかりやっつけて来い」


 気力強化をかけて、全速力で走る。

 どこかに地下への入り口はないかと探していると、エレベーターらしきものを見つけた。

 乗り込んでみれば、やはりエレベーターのようだった。地下一階と書かれたボタンを押すと、それはゆっくりと下降し始めた。


 奴の反応は、既に城からずっと遠ざかっていた。それもかなりの速さだ。おそらく何かに乗ったか。

 そこで俺は、通信機を通じて、みんなに呼びかけることにした。


『ユウだ。みんな、聞いてくれ。クラムは、アーガスと俺でなんとか倒した』

『やったじゃない!』

『やりましたな。ユウ殿』


 アリスとディリートさんの嬉しそうな声が聞こえたのを始めとして、それぞれから喜びの声が聞こえてくる。

 とそこで、地下一階に着いた。エレベーターのドアが開く。ずっと奥には、あの透明なチューブが見えていた。

 なるほど。あれに乗ったのか。


『それで、今トールが逃げてる。例のチューブを通って、王宮殿の北の方へ向かっているんだ。近くに誰かいないか?』

『割と近いけど、いまね、とても手が放せない状況なの!』

『かなりピンチです』


 アリスとミリアの声には、荒い息が混じっていた。


『それなら、わたしたちに任せなさい! 今ちょうど近いわ!』

『やっとおしおきの機会が巡ってきたね』


 次に聞こえてきたのは、カルラ先輩とケティ先輩の頼もしい声だった。


『お願いします! 俺も今から奴のところへ向かいます!』


 通信を切って、ひた走る。チューブの中に入ると、そこはレールのように細長く先へ伸びていた。

 やっぱり、あのスカイチューブにそっくりだ。というか、まるでそのものみたいだ。こんな偶然の一致って、あるのだろうか。

 すぐに空飛ぶ車、スカイリフトがやってくる。

 俺はそれに乗り込むと、北へ向かうように念じた。すると、音も抵抗もなく加速し、滑るように宙を進み始めた。


 焦りを感じてはいたが、移動中はすることがなくて、何となく空を見上げた。

 どうも外から見ると赤いバリアは、内側からは透明に見えるようになっていて、視界の妨げにはならないらしい。日が落ちかけているのが、はっきりと見えた。

 反対の方角を見れば、もう青い満月が昇り始めていた。

 だが、その月の様子が、おかしい。

 正常な状態なのだ。接近することで大きくなっているはずの月が、普段と全く変わらない大きさに見える。

 まさか何もせずに、元の位置に戻ったということはないだろう。ということは、もしやエデル内部からは、月の変化がわからないようになっているのか。

 なぜ、と思ったが、それもそうか、とすぐに思い直す。

 トールの目的は、あくまで世界を支配することだ。さすがに世界の滅亡までは、望んでいるようには見えなかった。

 己の計画に三百年以上かけるほど執念深い奴が、自らの野望のせいで世界が滅びようとしているなんて、そんなことを知ったら、一体どんな行動に出るのか予想がつかない。そのとき、万が一にも自らの手でエデルを止めてしまうことはあるかもしれない。

 間違ってもそうならないように、ウィルは万全を期して幻想の月を仕込んでいたのだ。あくまでトールには甘い夢を見せたまま、世界を滅ぼす気だった。

 トールは気付いていないんだ。自分がウィルの掌の上ですっかり踊らされていることに。

 散々人を利用しておいて、ゴミのように切り捨てておいて、結局は自分も誰かに利用されているだけだった。

 憐れな奴だ。本当に救えない。

 早くこんな戦いは終わらせよう。あいつ以外、誰にとっても得にならない戦いなんて、もうたくさんだ。



 トールは、グランセルナウンから降りた。王宮北の祭壇はもう、すぐ目の前に見えている。

 祭壇には、既に術式を施してある。

 あとはあそこに辿り着くだけだ。行けば、圧倒的な力が手に入る。

 そうすれば――

 だが気付けば、そこには、彼のよく知る二人の女性が立ち塞がっていた。

 一人は元腹心の部下。一人は教え子。


「君たちは……!」

「こんなところで、何をしてるんですか。マスター」

「会いたかったですよ。先生」


 二人は語尾を強調して、わざとらしく彼をそう呼んだ。


「……奇遇だな。私は大事な用があるのだ。話なら後に――」


 彼が最後まで言い終わる前に、ケティが遮った。彼女の目は、仇を見るかのように憎しみに満ちて、彼の顔を真っ直ぐに捉えて離さない。

 トールは、絶望的な予感を覚えた。


「あんたは、私の最も大切な親友から、最愛の人を奪った」

「だったら……何だというのかね?」

「絶対に許さない」


 ケティはトールを睨みつけると、闇刃魔法《キルバッシュ》を放つ。試合のときに加えていた手心など一切ない。それだけで殺さんばかりの勢いだった。

 トールはそれに対し、加速の時空魔法《クロルエンス》を使ってかわそうと試みる。が、カルラが時間遅延の時空魔法《クロルオルム》で対抗し、その効果を打ち消してしまった。


「ぐっ!」


 彼のわき腹が綺麗に切り裂かれ、そこからポタポタと鮮血が滴り落ちた。


「ええい! そこをどけっ!」


 それでも彼は、あそこに辿り着くことさえ出来ればどうとでもなるとの思いから、怪我には構わず、強引に歩を前に進めようとする。

 カルラは地に手をつけて、得意の土魔法によってトールの手足を強固に縛った。


「通すと思うの?」

「くっ!」


 分厚い石の鎖に雁字搦めにされて、全く身動きの取れなくなった彼を、油断なく睨みつけながら、カルラは一歩ずつ彼に歩み寄っていく。そして手が届くところまで近づいたところで、ぴっと指をさして言った。


「あんたにね。ずっと言いたかったことがあったのよ」

「今まで君を騙してきたことか?」

「それはいいわ。自業自得だから。でもね――」


 カルラは、拳にぎりぎりと力を込める。彼女の目には、この上なく激しい怒りが宿っていた。


「よくも、あんたを信じて付いてきた部下たちを!」

「へぶっ!」

 

 彼女の拳が、彼の左の頬にめり込んだ。


「よくも、わたしの大切な友達や仲間を!」


 反対側の拳が右の頬を捉え、彼の顔を逆方向に弾き飛ばす。彼は激しい痛みに呻いた。

 

「よくも……よくもエイクをっ!」


 そして、万感の思いを込めて放った渾身の右ストレートは、トールの顔面に真正面から直撃し、彼の鼻を完全に砕いた。

 顔面中を真っ赤に腫らし、鼻血を情けなく垂らして、くらくらによろめくトールを、彼女はなおもキッと睨み付け、拳を振り上げた。


「あんたは……! あんたはっ……!」


 感情の高ぶりのあまり、彼女の目には涙が浮かび出していた。

 ついに言葉が詰まって、続けられなくなった彼女の後を継いで、ケティが言った。


「あんただけは、百回地獄に落としても足りないわ」


 彼女は氷魔法《ヒルソーク》を唱える。かつて魔闘技において、アリスの右腕を氷付けにしたその魔法が、今度はトールの右腕を全く同じ状態にした。


「ぐうっ!」

「次は左腕よ。二度と悪さが出来ないほど痛めつけてやるわ。それから公衆の面前で、きっちり裁いてもらう」


 両腕が完全に使えなくなれば、一巻の終わりだ。

 あとわずかで止めを刺される状況に至り、トールはこれ以上ない悔しさで顔を歪めた。

 ちくしょう。こんなところで。私は負けるというのか。何も出来ぬまま。長年の野望が、こんなところで潰えるというのか。そんなことがあってたまるか!


「私にも、意地があるのだああああああああっ!」


 トールは、かつてヴェスターに与えた、あの爆風魔法を発動させた。それも、自分すら巻き込む形で、強引に。

 咄嗟のことに、やむを得ずカルラとケティが飛び退いた一瞬の隙を突いて、自らの魔法でボロボロに傷付きながらも、爆風によってカルラによる拘束を解除することに成功した彼は、再び《クロルエンス》を使用する。加速した彼は、一気に二人を抜き去った。


「しまった!」

「まずい!」


 二人が慌てたときには、彼はとうとう祭壇に到達していた。

 そこで、魔法陣に描かれた術式が、彼自身に予め付けていた印と共鳴する。

 彼に、魔人化の術が施された。


「ふははははは! 力が、力が溢れてくるぞ……!」



 北の祭壇前に俺が辿り着いたとき、祭壇からは赤い光の柱が上がっていた。

 すぐ目の前には、悔しそうな顔でそれを見つめているカルラ先輩とケティ先輩がいた。

 俺が来たことにすぐ気付いた二人は、申し訳なさそうに頭を抱えた。


「くっそー! やられた!」

「奴の魔力が急激に高まっていくわ。これはちょっと、やばいかもね」


 俺は先輩たちに向かって、何でもないことのように言った。


「あいつを倒しに行ってきます。二人は、少しだけ離れてて下さい」

「何言ってんのよ! もちろんわたしたちも行くわ!」

「いや、一人で大丈夫」


 カルラ先輩を静止して、俺は落ち着いた足取りで祭壇の階段を一歩ずつ上がっていく。その間に、立ち上っていた光は収まった。

 階段を上がりきると、そこには、変わり果てたトールの姿があった。

 体はふた回りほども大きくなり、肌も硬質で、まるで炎龍のそれのように真っ赤なものと化している。口からは牙が伸び、額からは二本の角が生えている。まるで人外の化け物だった。

 奴は俺の姿を見ると、高笑いを浮かべた。一体何がそんなに楽しいのだろうか。 そしてひとしきり笑い、落ち着いたところで奴は言った。


「ユウか」

「お前を倒しに来た。観念しろ」

「この私を倒す? くっくっく! 面白い冗談だ!」


 奴は拳を激しく地面に叩き付けた。

 するとそれだけで、足元の大きな祭壇が、粉々に砕け散ってしまった。

 俺は咄嗟に階段下まで飛び退いて、飛んでくる石の破片を回避する。

 跡形もなく吹き飛ばした祭壇、その瓦礫の上に降り立った奴は、さも得意気に言ってきた。


「見たまえ! この圧倒的なパワーを! 今やこの私は、あの龍をも遥かに超える力を手に入れたのだ!」

「それがどうした」


 それが、正直な感想だった。

 確かにパワーは凄い。恐ろしいほどの魔力も感じる。だが――

 やはり、今の動きだけでよくわかった。


「ふん……。まずは生意気なお前から、血祭りに上げてやろう。この私に散々楯突いたこと、後悔するがいい!」


 奴の右拳が迫る。

 当たれば間違いなく、俺は細切れのようになって死ぬだろう。それだけの威力を伴った一撃だ。

 そんな一撃に対して、俺は――


《センクレイズ》


 一刀両断で、奴の右腕ごと胴をすっばりと斬った。

 奴は、何が起こったのかわからないのだろう。顔に明らかな驚愕の色を浮かべていた。


「まさ、か……!」


 変わり果てた奴の巨体が、崩れ落ちるようにしてその場に倒れた。

 確かに、パワーはあるかもしれない。魔力もあるかもしれない。少なくとも、今の俺よりはずっと。

 だが、それだけだ。

 いかに身体が強靭であろうと、意識の弱い部分を集中して攻撃すれば脆い。

 そして、力の使い方がまるでなっていない素人のお前に対して、それを行うのは容易いことだ。

 頭でっかちなだけのお前が、前に出しゃばって来てしまった時点で、もう勝負は着いていた。

 お前たちとの戦いで、俺が一体どれだけの死線を潜り抜けてきたと思っている。どれだけ紙一重の攻防を切り抜けてきたと思っている。

 それに比べれば、お前なんて大したことはない。隙だらけなんだ。今まで戦ってきた奴らの方が、よっぽど強かったよ。

 トールには、もはや立ち上がる気力すらないようだった。切断された右腕を押さえて、情けない呻き声を上げ、無様にうずくまる奴を見下ろして、俺は静かに告げた。


「終わりだ。トール・ギエフ」

「ぐ……ぐ……!」


 そのとき、示し合わせたようなナイスタイミングで、エデルがゆっくりと落下を始めたのを感じた。とうとうオーブによる浮力よりも、重力の方が上回ったようだ。

 通信が入る。アリスとミリアからだった。


『オーブ破壊成功! 危なかったけど、なんとかなったわ!』

『ユウ。私たちも今から、そちらへ向かいます』


 通信が切れる。俺は、突然エデルが落下を始めたことに驚くトールに、止めの言葉をかけた。


「もうすぐエデルは、地に落ちる」

「な、に……!?」

「これで、お前の野望も本当に終わりだ! 勝ったのは俺たちだ!」


 それを聞いた奴は、わなわなと全身を震わせた。やがて、悔しさと無念を搾り出すように、嗚咽を上げた。


「ちくしょおおおおおおおおおーーーーっ!」


 一つの戦いに、決着がついた。

 ここから先は、月が止まるかどうかの戦いになる。果たしてどうなるかはわからない。だけど俺たちは――







「つまらん。拍子抜けだ」







 どこからともなく、そんな声が聞こえた。

 思い出したくもない、だが忘れようもないほど脳裏に刻み付けられた声。

 次の瞬間、エデルの上空を覆うバリアが――全て砕け散って、跡形もなく消滅した。

 夜空に登る青い月。その真の姿が露になる。

 それは今にも地表に届きそうなほど迫り、世界の全てを闇に呑み込もうとしていた。

 そんな――

 いくらなんでも、早過ぎる。


 そして――そいつは現れた。

 青い月を背に、空の彼方より徐々に下降してくる。

 眩い月明かりに映える、黒い影。

 そのどこか神々しいとまですら思えてくる姿は、まるで世界の終末に現れるという、神の使いか何かのようであった。

 だが、そいつは――そいつこそが――

 やがて、俺から少しだけ離れたところに降り立ったそいつは、静かに口を開いた。


「久しぶりだな。ユウ」


 俺と同じ黒い髪を持ち、俺よりもほんの少しだけ背の低いそいつは、あのときと同じ、氷のように冷たい、感情のない瞳で俺を捉えていた。

 世界の破壊者。ウィルがやって来た。

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