6「女子寮の新入生歓迎会」
昼は女として学校で魔法を学び、夜は男としてイネア先生に気剣術を学ぶことになった。
イネア先生には、自分のことはちゃんと先生と呼び、敬語を使うようにと念を押された。あと、私はかなり甘ったれたところがあるから、そこも直していくと言われた。うーん。私ってやっぱり甘ったれているのだろうか。まあ確かに、小さいころは根っからの甘えん坊だったし、人にはどこか抜けてる奴だってちょくちょく言われてはいたけど。
さて、日付けも変わり、寮生活初日を迎えた。ようやく入れることになった二人部屋に、私はいまアリスと一緒にいる。荷物の整理に忙しい彼女に比べて、身一つでこの世界に来た私はほぼ何も持っていなかったので暇だった。することがなかったから、手伝えることは何でも率先して手伝ってあげた。彼女は喜んでくれた。
「歓迎会、楽しみだね」
「うん」
アリスの言う通り、夜には、寮の先輩達が主催する非公式の新入生歓迎会があるのだった。
「そう言えばさ。その服、どうしたの?」
下はミニスカート、上はキャミソールにジャケットを重ねた恰好に着替えていた私を見て、彼女は訝しげに尋ねてきた。彼女がそういう反応をするのも無理はなかった。なにせ、私に買ってあげた覚えがない服を着ているのだから。
これは、イネア先生が作ってくれた例の特殊な服だ。外からは見えないが、先生はパンツやブラジャーもしっかり用意してくれた。試しに着てみたところ、私が男に変身するのに合わせて、瞬時に男物のズボンやシャツ、ジャケット、トランクスに換装されるという優れものだった。ちなみにブラジャーはちゃんと消えてくれる。さらに多少の汚れや傷なら、自動で浄化・修復されるとのことだった。
今はこの一セットだけだが、気が向けば他にも作ってくれるらしい。ともかくこの服によって、変身する際に着替えなければならないという大変な問題は解決した。もうこそこそトイレに入ったりしなくて良いというわけだ。
本当に助かった。これだけでも、先生にきちんと事情を話して良かったと思う。
「ああ、これね。知り合いからもらったんだ」
言葉を濁して誤魔化した。正直に話すと、イネア先生とのくだりもある程度は話さなければならない。そうなれば、気剣術校舎では男の姿で学ぶしかない以上、私の正体がばれる危険がついて回る。
アリスなら、もしばれたとしてもこういう大事なことは言いふらしたりはしないとは思う。けれど、それでもせっかく手に入れた友情が壊れてしまうかもしれないと思うと、どうしても怖かった。
残念ながら誤魔化しは、アリスには通用しなかったようだ。
「へえ……知り合いって誰かしらね~。ユウってやっぱりどこか秘密主義だよね。そろそろあたしに色々と話してくれてもいいんじゃないの~?」と軽く小突かれる。
う。やっぱり隠してるのがばれた。妙に鋭いんだよな、アリスは。それとも、私が隠し事をしたり嘘を吐くのが下手なだけなのかな。
「本当にごめん。どうしても言えないことが多くて……」
「いいわよ。無理には聞かないって言ったもんね……」
私たちの間に少々気まずい沈黙が流れた。何か話した方が良いと思っても、後ろめたさからどうにも口から言葉が出てこない。先にそれを破ってくれたのはアリスの方だった。
「よし、ホールへ行こ! 先輩たちが待ってるよ! ね、そんなばつの悪そうな顔してないでさ」
「うん。そうだね……」
それでもまだ浮かない顔をしている私を見かねたのか、彼女は私の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張って行った。
「わっ、ちょっと。引っ張るなよ!」
「ほらー、しゃきっとしろー!」
「わかった! わかったからやめて!」
そこで、やっと彼女は腕の力を緩めてくれた。そしてにこっと笑って言われた。
「ふふっ! 元気出たでしょ?」
「はあ……おかげ様でね」
私も微笑み返した。まったく。アリスには敵わないな。
ホールに行くと、私たち二人の他にも既にたくさんの人が集まっていた。奥でべらべらと楽しそうに喋っているのが先輩グループで、手前でどこかぎこちない様子で大人しくしているのが新入生グループだろうと簡単にわかった。
どこから会話に入り込もうかと見回していたところ、ここで人見知りとは全く無縁なアリスのコミュ力が存分に発揮された。彼女はどんどん話の輪に入っていき、いつの間にか彼女を中心とした輪が出来あがっていたので、私はただ彼女の横についていれば問題なかった。
大分人が集まってきたところで、先輩グループの中から一人、茶髪の美少女が歩み出てきた。話し声で溢れていたホールは、しーんと静まり返る。
みんなの前に立った茶髪の先輩は、まずぺこりと頭を下げた。くるくるとカールのかかった、滑らかな長髪が一緒に垂れ下がる。顔を上げた彼女は、さっと髪を撫でて整えてから、はつらつとした声で挨拶した。
「こほん。この場を取り仕切らさせてもらうのはこのわたし、三年のカルラ・リングラッドよ。新入生のみんな。入学おめでとう。そして女子寮へようこそ。ここはお隣のぼろっちい男子寮よりずっと素敵な環境が整ってるわ。フルに活用して楽しい学園生活を送ってね」
ところどころ小さな笑い声が起こる。彼女はそれに良い顔をして続けた。
「さてと。まずは一人一人自己紹介してもらおうかな。名前、趣味、それから適当に一言くらい言ってってもらえる?」
自己紹介が始まった。各々が名前と趣味を述べ、抱負や夢などを簡単に言っていく。やがて、私たちの番が回ってきた。
「あたしは、アリス・ラックインです。趣味は運動、それから魔法で遊ぶことです。田舎のナボックに住んでいたので、こんなに大きな学校も、こんなに仲間がいることも初めてで。これからの学校生活がすごく楽しみです。みんな、よろしくね!」
「ユウ・ホシミです。趣味は読書です。今まで魔法のことをよく知らなかったので、これから学ぶのがとても楽しみです。ここではたくさんの人と仲良くなって、楽しく過ごせたらいいなと思っています。皆さん、よろしくお願いします」
本当はサッカーとかのスポーツやゲームも好きなんだけど、この世界にはなさそうだから黙っておくことにした。
すると、周りが妙にざわざわし始めた。どうしたんだろう。きょとんとしたまま聞いていると、どうやら私の噂をしているようだった。
「ホシミさんって、もしかしてあの?」
「なんでも、特例で滑り込んだって」
「へえ。うちもそんなことするのね」
「裏金かしら」
「いや、ここはそういうことはしなかったような」
「算術満点って聞いたわよ」
「私は歴史が零点って」
「うそ!? ありえないんだけど!」
がやがや声が大きくなり始めたところで、カルラ先輩がパンパンと手を叩いた。それで場は再び静けさを取り戻した。
「はいはい! その辺の話は後で個人的にしましょうね。さあ、次の人!」
その後は滞りなく自己紹介が進み、大体一回りしたようだった。誰も名乗り出なくなったところで、カルラ先輩が言った。
「はい。これで全員かな。まだ自己紹介してない人はいない? もしいたら手を上げて」
すると、遠慮がちに細い手が一つだけ上がった。上げたのは、見た目からしてかなり大人しそうな銀髪の少女だった。顔を真っ赤にして、よく見ると手もふるふると小さく震えている。
「君、まだなのね。自己紹介してくれる?」
「あ……はい……」
その声はとてもか細く、みんなが黙っているこの状況でなければ到底聞こえなさそうなものだった。大丈夫だろうか。ちょっと心配になってくる。
「ミリア・レマク……です……」
たどたどしい様子で言うと、それっきり黙り込んでしまう。周りもどう反応したら良いのか困っているようだった。
「ミリアちゃん。趣味は何かな?」
さすがにまずいと思ったのか、カルラ先輩は、優しい口調で続きを促すように尋ねた。
「あ……趣味は……お料理、です……」
それだけポツリと言って、今度こそ本当に終わってしまった。
やたら緊張していたようだし、きっと人見知りなのだろう。まあそういう人もいるよな。私ももっと小さいときはそうだったし。
遊びの仲間に入れてと、中々そう言い出せなかった小さい頃の自分。それと今の彼女をどことなく重ねてしまい、私は同情的な気分になっていた。
ちょっと白け気味になってしまったけど、そこはカルラ先輩が上手く切り替えた。次は上級生の自己紹介へと進み、それからみんなで乾杯をしてパーティーが始まった。
テーブルには、ずらりとおいしそうな料理が並んでいる。だがそれにはほとんど手をつける暇もなく、私は周りを人に囲まれてしまった。
「ホシミさんは、どうして特別入試を受けられたの?」
「え、その……」
異常に高い魔力のおかげなんだけど、アリスやおばさんの驚きようからすると、そのまま軽々しく言っちゃうと大変な騒ぎになるのは明白だ。さあなんて言おうかと考えていたら、隣の直情娘が代わりに答えてしまった。それもホール中に届くような大声で。
「それはですねえ~、驚かないで下さいよ! ユウったら、魔力値一万もあるんですよ! 一万!」
ばか、アリス!
案の定、周囲は驚きの嵐に包まれた。これまで興味がなさそうにしていた人たちまで、一斉にこちらの方を向いてくる。その熱い視線に、私はどっと嫌な汗が吹き出すのを感じた。
ほら、目立っちゃったじゃないか! アリスの考えなし!
ますます多くの人が近づいてくる。はあ……これからたっぷり質問攻めに遭うんだろうな……
うんざりするような気分になった、そのとき。馬鹿でかい声が轟いた。
「なにいーー!? 一万ですとおおおーーーっ!?」
びっくりして声がした方を見ると、そこには意外な人物、異常に興奮した様子のカルラ先輩が目をギラつかせていた。彼女はマッハで私に駆け寄ると、ガバッと肩を掴んで激しく揺さぶってきた。アリスに初めて魔力値のことを話したときも肩を揺さぶられたけど、そのときなんか比じゃないくらい。脳みそがシェイクされそうだ。
「ねえ! うちに来てくれない!?」
「なんのことですかあぁあぅ?」
私の声がぶれても、彼女は揺さぶることをやめない。
「おっと。話を急ぎ過ぎたわ。わたしはね、優秀な成績を見込まれてギエフ研に入ってるのよ! 天才魔法考古学者トール・ギエフって言ったら、この町でも有名よ。知らない?」
この辺りでようやく揺さぶるのをやめてくれたけど、まだ肩に万力を込められたままの状態だ。指が食い込んで痛いくらいだった。
「ちょっとだけ会ったことがあります」
昨日偶然出会った、あの人の良さそうな教員が確かそう名乗っていたな。
私が彼を知っていることに、機嫌が良さそうに頷いた彼女は、まくし立てるように早口で説明を始めた。私の都合なんて全く考えずにべらべらと一方的に話すものだから、ただ聞くだけで精一杯だった。
「ギエフ研ではかつての魔法大国エデルで使われていたロスト・マジックを研究してるのよ。エデルは今のこの国よりもずっとずっと魔法先進国だったけど、いつも鎖国していて、そのせいでほとんど一切の魔法が当時のこの国に伝わってこなかったの。だからロスト・マジックを研究することは、歴史的な価値だけじゃなくて、優れた魔法を研究するという実用的な価値もあるわけ!」
「へ、へえ」
そうなんだ。でもそんなことより、早く手を離してくれないかな。痛いよ。
「そのエデルだけど、魔法実験の失敗で滅んでしまったらしいというのは有名よね。今も魔力汚染が色濃く残るくらいのあまりに大規模な破壊よ。だけどどうして、一体どんな実験でそれが起こってしまったのかは謎なの。今のところ定説にはなってるけど、そもそも本当にそんな実験はあったのかも不明だとわたしは思ってる。突如消え去った魔法大国。なかなかミステリアスだと思わない?」
ミステリアスと言うカルラ先輩の目が、キラキラと輝いている。実はその国はウィルという奴が気まぐれで滅ぼしたらしいよ、なんてとてもじゃないが言えそうな空気ではない。まあ言っても信じてもらえないほど嘘臭いし、私もこの目でちゃんと見たわけじゃないけど。
一応話に合わせて頷くと、彼女は満足そうな顔をしてさらに早口で続けた。まだ終わらないのか……
「それでね! 当時の痕跡はほとんど残っていないけど、稀に遺跡や史料が見つかることがあるのよ。そこからロスト・マジックの復元なんかをしてるわけね。他にもそういう研究をしているところはあるけど、うちはとりわけ優秀なわけよ!」
自分の胸をドンと叩くカルラ先輩。形はともあれ、やっと手を離してくれたことにほっとする。肩のところをちらりと見やると、赤い手形の痕がくっきりと付いていた。
「どう? ユウも興味があったら来年か再来年辺りギエフ研を志望してみない? わたしの方で推薦しておくから!」
私は即答した。
「いや、遠慮しときます」
「えーー、なんでよーーー!?」
また肩を力強く掴んで、ぐわっと迫ってくる。
顔が近いし、怖いよ。カルラ先輩。
内心かなり戸惑いながらも、顔に張り付けた苦笑いでどうにか取り繕って答える。
「研究にはそんなに興味がないので」
本当は少しくらいなら興味あるけど、研究よりも今は自分を鍛えて強くなることの方が大事だ。イネア先生との修行もあるし、魔法の訓練も自主的にしたい。残念ながら研究室に入るような時間はないだろう。
それを聞いた彼女は肩を落とし、露骨にがっかりした様子を見せた。未練たらしさ満々の顔で口を尖らせる。
「あーあ。もったいないなー。それだけ魔力があれば、ぜったい研究の役に立つのになあ。アーガスの奴も誘ったんだけど、下らないとか言って一蹴されちゃったし。あーもう、あいつの顔思い出したら腹立つわ! あいつ、前からいけ好かないのよね!」
すると、今度は悪態をつき始めた彼女をさすがに見かねたのか、先輩の一人がそっと近づいてきて、彼女に耳打ちした。
「カルラ、そろそろ落ち着いて。新入生のみんな、見てるわよ」
「え?」
こちらを見つめて目が点になっているみんなのことを見回して、ようやくカルラ先輩は我に返ったみたいだった。彼女はきまりが悪そうに頭の後ろに手を当て、冗談っぽく笑った。
「あ! あはは! ちょっと騒ぎ過ぎちゃったわね~」
やっと落ち着いてくれた彼女は、両手をパンと胸の前で揃えて、ごめんごめんと可愛らしく謝ってきた。別に悪気はなかったと思うし、私もそこまでは気にしてない。ちょっと痛かったけど。
「大丈夫ですよ」
何でもないようにそう返したら、彼女はちょっぴり感激したように目をうるうるさせた。
「いい子ねえ。素直でかわいい後輩はやっぱり好きだわ。あなた、気に入ったわよ。これからお姉ちゃんがたっぷり可愛がってあ・げ・る。よろしくね、ユウちゃん」
その言葉と一緒に、右手の二本指が差し出された。この世界における親睦の表現、握指だった。
「は、はあ……よろしくお願いします。カルラ先輩」
わざわざ強調して言われた可愛がってあげるという言葉に、一体どういうニュアンスだろうと思わないでもないが、とりあえず彼女としっかり握指を結ぶことにした。指が絡む感覚と一緒に、心も少しだけ絡み合えたような気がして、嬉しい気持ちになった。
「ま、研究室のことだけど、気が変わったらいつでも待ってるから。それと、その件とは関係なしに、頼りたいことがあったらいつでもわたしを頼っていいからね。それじゃ!」
最後にそう言って、カルラ先輩はびゅんと向こうへ行ってしまった。
まるで、嵐のように激しい人だったな。
すると入れ違いに、さっきカルラ先輩に注意していた人が私の前にやって来た。すらっと長身のモデル体型で、つり上がった目からちょっと気の強そうな印象を受ける人だった。
「ユウ、だっけ」
「はい。そうです」
「私はケティっていうの。ケティ・ハーネ。一応あのバカの親友よ」
「カルラ先輩の?」
「そう。ごめんね。あいつ、調子に乗るとよく暴走するというか。時々ああなっちゃうんだよね。ちゃんと注意しとくからさ。それで許してやってくんない?」
確かにかなり疲れたけど、別に嫌な人だとは思わなかった。むしろ面倒見の良さそうな人に気に入ってもらえて嬉しかった。許すも何もない。
「わかりました。全然いいですよ」
「サンキュー。恩に着るわ。まああいつ、結局言っても聞かないんだけどね。はは……」
若干引きつった笑顔でそれだけ言い終わると、彼女はもうカルラ先輩のところへ戻っていった。そして言った通りに説教を始めたらしい。それまであれだけ堂々と先輩風を吹かせていたカルラ先輩が、ばつが悪そうに笑ったまま、彼女の前で小さく縮こまっている様子が目に映った。何だかそのギャップが可笑しかった。
カルラ先輩に詰め寄られたことでみんなは同情してくれたのか、それから私への質問が殺到するということはなかった。おかげで落ち着いた調子で話すことが出来たので助かった。結果オーライだ。
色んな人と話し、ようやく特別入学の話題も落ち着いて、料理にありつくことが出来た。もう先に食べていたアリスは、今はあちこちぴょんぴょん動き回って、楽しそうに話している。
お腹も膨れたところで、今度は私から話しかけにいこうかと思った。誰と話そうかなと周りを見回すと、一人だけ全然話の輪に加われていない子を見つけた。
あの子は、ミリアか。
彼女は、端の方でじっと縮こまってつまらなさそうにしていた。しばらく様子を見ていたが、一切動こうともせずに黙って俯いている。暗い雰囲気を纏った彼女にわざわざ話しかけようとする人は、誰もいないようだった。
せっかくの歓迎会なのに、人見知りのせいで彼女が楽しめないのは損だと思った。ああいうタイプは、きっかけがなければ中々会話に加わることが出来ない。かつての私がまさしくそうだったように。
自分の中に再び同情心が湧き上がっていた。他の人とは後で話せばいいし、私が話しかけに行ってみようか。もしかしたらそれがきっかけで、彼女も楽しめるかもしれない。
そう考えた私は彼女に近付いて行き、俯いている彼女の肩をとんとんと叩いた。
「ミリア、だよね?」
「え……」
誰かに話しかけられるとは思ってなかったのだろうか。自己紹介のときのような小声ではあったが、彼女の声には明らかに驚きが含まれていた。
「今友達があっち行っててさ。よかったら話し相手になってくれないかな」
「あ……」
「ダメかな?」
「…………」
顔を赤くして、少し背けてだんまりか。これはちょっと手強いな。
「私は、見ての通り異国人なんだ」
この地では非常に珍しいらしい黒髪を、手ですいて見せる。「寂しそうにしてたから話しかけてあげた」と思わせては、彼女を気負わせてしまうかもしれない。出来るだけ彼女が気兼ねなく話せるようにと、言葉を選んで続ける。
「ここに来たのはつい最近で、まだ全然馴染めなくて。一人だとどうしたらいいかわからなくて、ちょっと困ってたんだ。だから、話し相手になってくれるととっても嬉しいんだけど」
そこまで言っても、まだ何も喋ってくれない。
失敗だったかなと思ったとき、ようやく彼女は口を開いてくれた。
「私も……から……」
「はい?」
「嫌だなんて……そんなこと……ないです……」
よし。どうやら少し心を開いてくれたみたいだ。
「ありがとう。私の名前は覚えてる?」
「えっと……ホシミさん……ですか……?」
「うん。でも、ユウでいいよ。もう呼んでるけど、私もミリアって呼ぶつもりだから」
「ですが……」
「遠慮しなくていいよ。これから一緒に学ぶ仲間なんだし」
左手の人差し指と中指を伸ばして、そっと差し出した。この世界で人と友情を結ぶためのきっかけと言えば、やっぱり握指がいいかなと思ったからだ。
「え……あ……」
なんだろう。黙ってるのはさっきからだけど、彼女の様子が急におかしくなった。まるでりんごのように、顔が真っ赤に紅潮し出したのだ。
「本気、ですか……?」
「何が?」
質問の意味がわからない。
「その、手は」
「これ? もちろん仲良くしようってことだけど」
「変な意味じゃ、なくて……ですか」
何を言ってるんだろう。そんなの当たり前じゃないか。
「もちろん」
「ぷっ」
突然、ミリアが噴き出した。
「え、え?」
何が何だかわからずぽかんと固まっていると、彼女が笑いを堪えながら教えてくれた。
「手、間違えてますよ。それじゃ、告白……ふふっ」
そうなのか!?
知らなかった。じゃあ下手したら、ところ構わず告白することになってたのか。知らない慣習なんて下手に真似るものじゃないな。
すぐに手を引いておけばよかったと後悔したのは、直後だった。
「あーっ! ユウがミリアちゃんに告白してる!」
いつからこっちを見ていたのか、アリスが私の方を指差しながら大声でそう叫んだのだ。
すると、なんということだろう。みんなの視線がまた私に集まってしまった。そして、口々に何かを言い始めたではないか。一部の者は顔を赤くして、また一部の者は面白がるように。
私は大いに焦った。まずい! 変な勘違いをされた!
「これは間違えたんだ! 私は左利きだから! ほんとはこっち! こっちだって!」
慌てて左手を引っ込めて右手を出したが、もう遅い。場は完全に私を弄るムードになってしまっていた。好奇の視線に晒されながら、私は自身の無実を叫び返した。
「だからこっちだって! アリス、何度も言いふらすな!」
「ユウちゃんが男の子っぽくしてるのは、やっぱりレズだったんですかー?」
「違う! そんなことない……よな?」
つい真面目に考えてしまった。元が男だから、ちょっとだけ自信ない。けど私がこの身体のときに、女に対して恋愛対象としての好きって感情や性欲が湧いたことは一度もないし、たぶん大丈夫だと思うけど。どうだろう。
「え、マジでそうなの!?」
きょとんとして、私を見つめるアリス。これ以上あらぬ方向に勘違いされてはたまらない。私は全力で否定した。
「いいや! ない! そんなことないよ! とにかく今のは違うから! ミリア、一緒に誤解を解いてくれ!」
ところが、ミリアは私に協力してはくれなかった。それどころか、みんなと一緒になってこの状況を楽しんでいた。彼女は可愛らしくも意地の悪そうな、そんな黒い笑みを浮かべていた。
「ふふっ! 面白いです、二人とも」
「あ、あいつ……!」
それが君の本性か! しかも、もう私たちに慣れてきてるっぽい。さては、初対面のときだけ極端に緊張するタイプだな。
この一件のおかげで、私の目論見通り、ミリアは歓迎会を楽しむことに成功する。それに、他の新入生たちとも少しは仲良くなれたようだ。代わりに私がレズだって噂が、妙に誇張されて一部で立ったけどね……