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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
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58「エデル突入作戦 2」

 目標はずっと見えてはいるのだが、実際の距離以上に遠く感じた。エデルへ進むには、まず周囲を取り囲んでいる竜騎兵軍団を何とか掻い潜らねばならないからだ。

 当然のことながら、奴らが黙って見ていてくれるはずはなく、一定のところまで近づけば激しく襲い掛かってくるだろう。そのとき、上に乗っている魔導兵はどういう攻撃をするのかわからないけど、少なくとも竜の方は炎を飛ばしてくると思う。小型竜とはいえ、《ボルケット》より上に相当するサイズの火球は吐いてくるはずだ。まともに当たれば、アルーンが危ない。

 だが、ミリアがいれば、並みの炎については問題なかった。


「水の守護。かの者を包め。《ティルアーラ》」


 アルーンを優しく水のベールが包み込む。おそらく今述べた程度の炎なら、数回は完全に防ぎ切るだろう。


「これでとりあえずは」

「ありがとミリア」


 飼い主であるアリスがお礼を言うと、アルーンも「クエエ」と嬉しそうに鳴いて感謝の意を述べた。


「さて。そろそろ敵も攻撃に移ってくる間合いだぜ」


 アーガスの言う通り、一番前を行く大鳥に早速竜騎兵が襲い掛かっていた。


「あれは、ジェガンの乗ってるやつだな」

「ジェガン先輩って確か、魔闘技でアーガスと戦った人だよね」

「そうだ」


 魔闘技個人戦準決勝でアーガスが戦った相手が、当時三年生で今四年生の男子学生ジェガンだった。先に決勝まで勝ち上がっていた私は、その試合を観戦していたのだけど、彼は非常に上手い魔法の使い方をする技巧派の魔法使いという印象だった。

 それなりの実力の持ち主で、アーガス曰く「一応試合になるだけの力はあった」。実際、私以外でアーガスにまともな魔法を使わせたのは彼だけであり、アーガスのような天才がいない例年ならば、十分に優勝出来るだけの力はあったと言われている。

 やはり小型竜は、《ボルケット》超級の火球を吐き出していた。ジェガンたちは大鳥を巧みに操ってそれをかわし、竜の上の位置につける。

 そこでジェガンが、試合でも使っていた氷塊の上位魔法《ヒルディッツェ》を炸裂させる。

 空気の冷たい上空なので、氷の生成も早かった。敵が応じる前に、特大の質量を持った氷塊が竜の頭上に落ちる。まともに食らった竜はその身体をひしゃげて、上に乗った魔導兵もろとも地上へまっさかさまに落下していった。


「やるじゃない!」


 アリスは、まるで自分のことのように、ガッツポーズを上げて喜んでいた。


「なるほど。別に殺すことにこだわる必要はなくて、とりあえずああやって落とせば良いというわけですね」


 ミリアは冷静に分析しながらも、味方が無事戦果を上げてくれたことに頬を緩めている。


「どうやらこっちにも来たみたいだよ」


 私が注意を促す。こちらの前方にも、竜騎兵が見えていた。それも左側下方と右側上方より一体ずつ、二体が同時に向かってきている。


「左はあたしに任せて。天かける雷よ。かの者を痺れさせよ。《デルネビリド》」

「右は私が。光の細刃よ。翼を切り裂け。《アールカロフ》」


 狙い済まされた高速の雷が、左の竜騎兵に命中する。超高圧のそれは、竜の魔法耐性をも打ち破った。見事に感電させて、一時的に意識を飛ばしたらしい。羽ばたくことを止めた竜は、ふらふらと落下していく。

 右の方へは、やはり高速の光の刃が、竜の左右の翼に向かって二つ同時に飛んでいく。切り裂くことのみに特化した細刃は、竜の翼において、羽ばたく上での要となっている根元の一部分だけを正確に裂き、翼のコントロールを奪ってしまった。こちらの方も、もがくようにして落下していった。

 だが、勝利を喜ぶ暇もなく。

 さらにたくさんの竜騎兵が襲い掛かってくる。今度は一気に四体。前方、左右、そして後ろから追いすがってきていた。

 上に乗っている魔導兵も、決してお飾りではない。前方左右の三人がほぼ同時に、こちらに向けて闇魔法《キルブラッシュ》を放ってきた。細長い針状の闇で出来た弾が、次々とこちらへ向かってくる。一つ一つは小さいが、何より数が多い。仮に翼に食い込めば、この空では致命傷となる。

 危険を察知したアルーンは、咄嗟の判断で急上昇した。おかけで、間一髪のところでそれをかわすことが出来た。


「あっぶないわね! お返しよ!」


 アリスが再び《デルネビリド》を使って、その魔法を撃ってきた敵のうち一体を落とす。

 直後、こちらの真後ろに付けた竜から火のブレスが吐かれた。予めかけておいた《ティルアーラ》がそれを防いでくれているうちに、ミリアが《アールカロフ》でその敵を落とす。


 それから、何体もの敵が仕掛けてくる波状攻撃をどうにか掻い潜りつつ、アリスとミリアは機を見ては各個撃破していった。

 ただ、竜の高い魔法耐性を上回る魔法を連発しなければならないことから、二人には徐々に疲れが見え始めていた。

 目的地であるゲートに近づけば近づくほど、敵の密度はどんどん増していく。今や味方は、追いすがる敵から逃れつつ戦うのに必死で、すっかり孤立無縁状態に陥ってしまっていた。


「滅茶苦茶な数ですね。ちょっと対処仕切れないかもしれません」


 ミリアがそう言った。額にはじっとりと汗をかいている。

 魔力は温存したいところだけど、このままではみんなが危ない。そろそろ私も動くべきだろうか。

 そう判断して魔法を撃とうとしたとき、アーガスが手でもって制してきた。

 彼から、かなりの魔力の高まりを感じる。どうやらここまで、静かに魔法の準備をしていたらしい。


「へっ。要はまとめて落とせばいいんだろ。今、見えている範囲の全てに、狙いは付け終わった」


 アーガスは、すっと手をかざして、魔法を唱えた。


「加重せよ。《グランセルビット》」


 瞬間、まさに目に見える範囲全て、実に数十体もの竜騎兵が、次々と重力に負けていく姿が目に移った。そいつらはみんな、押し潰されるようにして綺麗に落下していった。

 今まで苦戦していたのがまるで嘘のような瞬殺劇に、私たち三人は喜びを通り越して、すっかり感心してしまった。


「すっごい……」

「わーお。やっぱりアーガスって、凄いわね」

「さすがです」


 するとアーガスは、いつものように天才を自負して満更でもない顔をするでもなく、ただやることをやっただけだと言わんばかりの、すました真剣な顔つきで言った。


「向こうでクラムの野郎が待ってるのに、こんなところで足止めされてる場合じゃないからな。ただまあ、今のはそれなりに魔力を使ってしまった。オレも今後は温存させてもらうぜ」

「十分よ。だいぶ見通し良くなったわ」


 だがこのアーガスの活躍があっても、まだ数は向こうの方がずっと多かった。

 一対一では普通に勝つことが出来ても、複数、それも五体以上に囲まれると途端に厳しくなる。

 そして、とうとう犠牲者が出てしまった。


「ああ! あっち!」


 アリスが口を手で覆いながら指差した方向には、衝撃的な光景が映った。


「そんな……!」


 先陣を切って、多くの敵を引きつけてくれていたジェガンたちの乗った大鳥が、炎に包まれて落下していく。

 それを始めとして、二羽、三羽と、敵の魔の手にかかり始めていた。他にもいつやられてしまうかわからないほど危なくなっている者たちが多い。

 私はそれを黙って見ていられるほど、大人じゃなかった。心には怒りと、どうにかしなきゃという気持ちが湧き上がり、後先のことなど頭になく身体が動き出していた。


「もう放っておけないよ! みんなを助けにいく!」

「おい! 待て!」


 アーガスの静止も聞かずに、私は真下の付近にいる竜騎兵目掛けて、アルーンの背中からダイブした。


「あのバカ! また何やってんのよ……!」

「ユウ! 無茶はやめて下さい!」


 上からアリスとミリアの心配する声が聞こえる。私は心の中でごめんと謝りながら、それでも懲りずに無茶をする。死んでも死なないこの命を張ることは、みんながそうすることに比べれば安い。

 飛行魔法を覚えていて良かった。燃費が悪いけど、少しだけなら使える。

 私は飛行魔法で上手く位置を微調整しながら、小型竜の背を目掛けて飛び込んでいった。

 着地の寸前に男に変身して、気力強化で落下の衝撃に耐える。

 命知らずの突然の来襲に、魔導兵は全く反応が出来ていなかった。近くだと、ぶよぶよになった死体の顔がよく見えて、何ともグロテスクだった。

 瞬時に気剣を取り出して、横薙ぎでそいつを斬り裂く。あわれ落下するそいつを尻目に、再度女に変身する。

 そして、私の存在に気付いて暴れ出した竜の頭にしがみつき、そいつにかけられた洗脳魔法を解除しにかかった。

 乱れた魔素の流れを解きほぐしてやると、竜はすぐに大人しくなった。そこで竜に話しかける。


「私の言葉がわかりますか」

『おお。そなたは龍の言葉がわかるのだな。感謝する。そなたのおかげで、正気に戻ることが出来た』

「お願いします。私を危ない味方の元へ。戦いで落下したときは、受け止めて下さい」

『お安い御用だ』


 私は再び男に変身すると、竜の背に立ったまま気剣を構える。

 魔力はあまり使えない。空では不自由だが、こっちで戦うしかない。

 突き進んでいくと、目の前には新たな竜騎兵が一体立ち塞がった。


「邪魔だ! どけ!」


 生きた人間相手には抵抗があるが、元から死者の奴に対しては、剣を振るうのに何の躊躇いもない。俺は敵とすれ違いざまに宙を飛び、剣の一振りで魔導兵の首を刎ねた。そのまま、味方になった竜に受け止められて着地する。

 敵の下の竜は操られたままだが、こちらに攻撃はして来なかったからとりあえず無視することにした。どうやら仲間意識からか、同じ竜に乗った者同士は攻撃しないようになっているらしい。

 飛びはばかる敵を斬り付けながら、全速前進で味方の元へ向かう。目前に迫る大鳥は、いよいよ窮地に陥っていた。間に合ってくれ!

 ようやくナイフが届く距離にきた所で、俺はウェストポーチからスローイングナイフを取り出した。すぐにそいつを、正確に竜の腹へと投げつける。

 炎龍には全く効かなかったが、小型竜の場合はそれでも多少は効くと判断しての行動だ。

 予想通り、竜は一瞬だけ動きを止めた。そこに飛び掛り、乗っている兵を斬り落とした。

 すぐさま女に変身して、竜にかけられた洗脳魔法を解除し、また男に戻って次の竜騎兵へと斬りかかる。それを幾度か繰り返したところで、ひとまずの危険は去った。


「ありがとう。でもあなた、ユウだよね……!?」


 近づくと、私がころころと姿を変えながら戦うのを見てしまった知り合いの一人が、戸惑いの声を上げた。確かにこんなの初めて見たら、まず我が目を疑ってしまうだろう。


「説明は後。今からこの周りの竜は味方だから」

「そうなの?」

「うん。洗脳を解除したからね」


 ふと見ると、アルーンと、カルラ先輩たちの乗った大鳥が、他の危ない大鳥を助けに向かってくれていた。これでとりあえずはなんとかなるかもしれない、とほっと一息吐く。

 捨て身の無茶な行動だったけど、ともかく今ので光明は見えた。

 トールはやっぱり私たちを始末したと思っているらしい。まさか洗脳魔法を解除出来る器用な奴(私やアーガス)が生きているとは知らないから、そいつへの対策をしていないみたいだ。

 だったら逆に、こうして徐々に竜を味方に付けていけば、敵の武器はむしろこちらの武器になる。魔力の問題もない。魔法解除なら、相手の魔素を弄るだけだから、自分の魔力は使わないからだ。


 だが、そんな悠長な考えは、トールの用意した次の一手で、早々に打ち砕かれることになる。

 激しく動き回ったことで、奴はとうとう気付いてしまったのかもしれない。私たちがまだ生きているということに。


 私の正面にあるゲートから、そいつは姿を現した。

 その巨体はあの炎龍を遥かに凌ぐ五十メートル級。漆黒のボディを悠々と誇るそれを見たとき、私は一気に血の気が引いていくのを感じていた。


 そいつはまさに、かつてクラム・セレンバーグが倒したというあの伝説の黒龍、グレアドラクロンに他ならなかった。


 しかし、どうも様子がおかしかった。奴の巨体の内部には、まるで生命のものとは思えない無機質な魔力が渦巻いていたからだ。

 そこで、男に変身して気を探ってみることにした。やはり炎龍のときに感じられたような莫大な気は、一切感じられなかった。

 まさか、こいつは正真正銘クラムが倒したやつじゃないのか。それを魔力で操って――

 俺は、ついに英雄の真実に気付いてしまった。おそらく間違いはないだろう。

 龍は誇り高く、本来は人里離れて静かに暮らす種族だ。わざわざ自分の縄張りを離れて、サークリスの近くにまで襲来するということ自体が異常だった。それこそ、余程のことでないとあり得ないことなのだ。

 トールとクラムは、あの黒龍の体を手に入れるために、わざわざ誘き寄せたんじゃないだろうか。何らかの手段を使って。


 黒龍はどうやら、俺たちに狙いを定めていた。その巨体からは信じられないほどの超高速で飛行し、こちらへみるみるうちに迫ってくる。


「逃げろーーー!」


 助けたばかりで、今は俺の前方にいた味方に、すぐにここから退避するように叫んだ。しかし全ては遅かった。

 霧のブレス。

 当たるもの全てを一瞬で溶かしつくす毒の強酸が、霧のように噴射される、黒龍だけが持つ最強のブレスの一つ。それが、無慈悲にも吐きつけられた。

 俺は女に変身し、ただちに風の守護魔法《ファルアーラ》をかける。これが知る限り唯一、霧のブレスの効果を軽減出来る魔法だった。

 自分だけにしか間に合わなかった……っ! みんなは……!

 先程会話を交わしたばかりの仲間たちが、彼らの乗っていた大鳥ごと、蒸発するように一瞬で溶けてなくなってしまった。目を背けたくなるような、悪夢の光景だった。

 洗脳から解いてあげた恩義からか、仲間になった小型竜たちが、守護魔法だけでは心許無いと、その身を挺して私をかばってくれた。

 だがそれも一匹、また一匹とやられていく。

 ついに霧は、私のところまで及んだ。

 乗っていた竜までもが私をかばって溶け、それでもブレスの威力に耐え切れず、ボロボロになった私は、そのまま空を力なく落下していく。

 絶望の浮遊感が全身を包んだ。

 竜たちのおかげで身体だけは溶けずに済んだけど、それでも毒が身を蝕んでいた。身体の自由が利かない。


 ――ここで、私は死ぬのか。

 こんなところで。みんなを守ることも出来ずに。



 真紅の龍が、空を猛然と駆けてやって来るのが初めて目に映ったのは、そのときだった。

 龍は、私の真下にまで来るとそこで止まった。私は彼の背中の、一番柔らかいところに落ちた。おかげで、息が詰まるような衝撃を受けただけで済んだ。

 助かった。

 未だ身体に力が入らない私に、炎龍は言った。


『約束通り力を貸しに来たぞ。人の子よ。どうやら間一髪間に合ったようだな』

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