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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
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55「世界滅亡へのカウントダウン」

 事件続きで、丸一日以上眠っていなかった私たちは、野営が済んで作戦会議を行った後すぐに、バルトン先生やディリートさんに指揮を任せて、テントの中で仮眠を取ることにした。

 今のうちに少しでも寝ておかなければ、いざというとき体力が保たない。心は落ち着かないけど、そう言い聞かせてしっかり睡眠を取った。安静にして、消費した魔力の回復もしなければならないし。

 よほど疲れていたようで、隣のアリスは、横になると間もなくぐっすり眠ってしまった。研究所の地下で気絶させられていた私や、石になっていて意識がなかったミリアよりも、ずっと長い間起き続けて頑張ってくれたのだから無理もない。私は、小さくお疲れ様と声とかけてから目を閉じた。



 異常な魔力の高まりを感じて、はっと起き上がったのは、深夜のことだった。横を見ると、アリスとミリアも同じくそれを感じ取っていたようで、一緒に起き出した。

 三人で外へ出ると、既に他の人たちも多くが外へ出ており、みんな空を見上げていた。

 見ると、上空で恐ろしい異変が起こっていた。

 なんだあれは――!

 エデルの下部が、強烈なエメラルドグリーンの光に包まれていた。目にしたならば、はっきりとわかる。あそこに莫大な魔力が充実していることが。

 やがてそこから、光線が放たれた。月明かりの夜空を照らしながら、それは真っ直ぐ突き抜けていく。

 あっちは、首都の方角――

 そう思ったとき、既に地平線の彼方へそれは到達していた。チカッと一瞬丸く光ったかと思うと、次の瞬間には、眩い光が闇を掻き消した。

 まるで原爆が落ちたときのような、濃緑色のキノコ雲が空高く舞い上がるのが目に焼き付いた。やや遅れて届く轟音が、大気を大きく揺るがす。

 そのうち雲は消え、辺りには何事もなかったかのように静寂が戻った。

 私たちは、嫌でも思い知らされた。

 首都がやられた。ものの一瞬で。

 それは、力を合わせてエデルに立ち向かおうとしていた私たちを、一気に絶望の縁まで叩きつけるような光景だった。何しろ、奴はその気にさえなれば、サークリスだって丸ごと簡単に消すことが出来てしまうということなのだから。

 多くの者は絶望し、膝を付く者や震え上がる者もいた。喚き出す者や逃げ出そうとする者まで現れ始めた。無理もないことだった。

 パニックになりかけたそのとき、イネア先生が鬼気迫る声を轟かせた。


「落ち着け!」


 逃げ出そうとしていた者たちが、ぴたりと動きを止める。先生はみんなを落ち着かせるため、堂々とした口調で、その場の全員に語りかけるように言った。


「確かに今のはとてつもない威力だった。あんなもので狙われてしまえば、サークリスなど一たまりもないだろう。だが、ならばなぜ今まで撃たなかった? なぜ首都を優先する必要があった?」


 辺りがざわめき始める。確かにそうだという声が聞こえてきた。先生は冷静な調子を崩さずに続ける。


「簡単なことだ。撃てなかったのだ。考えてもみろ。あれほどの威力だぞ。撃つまでには、相当の準備時間が必要なはずだ。仮にエデル復活から今まで準備にかかったとすれば、再発射までには、あと一日と少しの猶予がある。それまでに手を打てば良い。希望はある!」


 この言葉を受けて、みんなはいくらか闘志と冷静さを取り戻したようだった。状況はより厳しくなったが、元より厳しい戦いになることは覚悟の上で集まっている人たちだ。希望さえ残っているなら、まだ立ち直れる。私は、バラバラになりそうだった隊をまとめ直した先生を、本当に凄いと思った。

 さらに先生は、みんなに具体的な希望を持たせるために、私たちで話し合った作戦をこの場で告げた。


「我々は隊を二つに分ける。一つはサークリス防衛班。この陣で町を守るために戦ってもらう。そしてもう一つ、要となるのがエデル突入班だ。見ての通り、エデルの周辺ほぼ全てには強固なバリアが張られており、進入はほぼ不可能に見える。だが、複数あるゲートの付近だけは、唯一バリアが張られていない。そこで、少数精鋭で空を駆け、ゲートを突破しての進入を目指す。防衛班が町を守っている間に、突入班が進入に成功し、エデルを落とせば我々の勝ちだ!」


 方々でおお、という声が上がる。どうやら朝が来る前に、今ここで作戦を話した甲斐はあったみたいだ。


「空を旋回している魔導兵は、闇夜でも見通しが利く。今焦って攻めるのは、我々にとって不利だ。だが、時間がないのも確か。そこで、作戦の決行は、予定を少し早め、明朝日の出と同時に行う。各自それまで、しっかりと身体を休めておけ!」


 そう言って、先生は締めくくった。先程まで絶望を顔に張り付けていた人々は、今や再び胸に希望を取り戻したような顔をして、それぞれの持ち場に戻っていった。ある者は、仮眠を取るためテントの中へ。ある者は見張りへ。

 横にいたアリスが、声をかけてきた。


「イネアさん、かっこよかったね」

「うん。先生にこんなカリスマがあったなんて」


 時々用事があると言われて、修行が休みになることがあったけど、それは剣士隊の剣術指南をしているからだというのは聞いていた。だが、いくら剣士隊には顔が知られているとは言っても、他の顔を知らない人たちも含めて、全員を一つに纏め上げるのは非常に難しいはずだ。

 それを見事にやってのけた先生。普段道場で隠居生活みたいなことをしている人とは、とても思えないよ。


「やっぱり先生には、地上に残ってもらうことになりそうですね」

「そうだね」


 ミリアの言葉に、私は頷く。

 今回、先生にはサークリス防衛班に回ってもらうことになっていた。クラムやトールとの戦いは私たちに任せて、隊を纏め上げる役を買って出てくれたのだ。

 本当は大戦力として一緒に空へ来て欲しかったけど、いつ隊がさっきのような状況に陥るとも限らないし、きっとトールはこちらに大戦力を投入してくるだろう。圧倒的戦力で消すと言っていたから。

 もし私たちが勝ったとしても、守るべき町が残っていなければ意味がない。私たちがいない間、先生が頼りだった。



 アリスとミリアもテントに戻り、私も続いて戻ろうとした。

 ふと見上げると、夜空に淡く輝く青い月がほぼ真円を描いていた。きっと明日には満月になるだろう。

 だがそこで、私は妙な違和感を覚えた。

 森林演習の夜に、たまたま月を眺めていなければ、おそらく気付けなかったであろう些細な違い。

 待て。前に見たときよりも、ちょっとだけ月が大きくなってないか!?


 最初は目を疑った。いくらなんでも、あり得ないと思った。

 だが、間違いなかった。

 気付けば、明らかだった。月は少しずつ、一見わからないように、だが確実に大きくなってきていた。

 まさか――

 私は、空に浮かぶエデルを見やった。

 エデルから常時放たれている、膨大な活性魔素。

 ラシール大平原に一切の生物が住めなくなるほどの魔力汚染を起こし続けたそれは、これまでは大気中に霧散していた。それが今や、全て一定の方向性を持ち、静かに天高く上っていた――月へと吸い込まれるように。

 私はとうとう気付いてしまった。ウィルが仕掛けた最大の罠に。

 エデルそのものは、目くらましだ。あんなもので、世界は支配出来ても、滅びはしない。

 あいつが世界を滅ぼすというのは、文字通りの意味だったんだ!


 ――あの砲撃が、最後のトリガーだった。

 力と支配欲に溺れた人間が、禁忌の力を振るう。そのトリガーを引くことで、皮肉にもより大きな力によって、滅ぼされてしまう。

 それも、世界全体を巻き込んで。実にあいつらしい、性格の悪い筋書きだ。

 あんまりだ。こんなの、あんまりじゃないか……!


 かつて、魔法大国エデルは、あいつが引き寄せて落とした隕石によって滅びた。

 だがよく考えてみれば、わざわざ隕石を引き寄せる必要なんてなかった。なぜなら、最も大きくて最も近い隕石は――すぐそこにあるのだから。

 小さな隕石で、国が滅びた。

 世界を滅ぼすなら、もっと大きなものを落とせばいい。

 単純な答えだった。憎らしいほど単純で、どうしようもない答えだった。

 あいつは、あえて月を残していったんだ。このときのために!

 私は青い月を睨み付けた。それは静かに、だが確実に世界滅亡へのカウントを刻んでいた。

 ――このペースなら、あと一日か二日で、重力圏に達してしまう。


 月が、落ちる。


 世界は、滅びる。


 私にはもう、どうすればいいのかわからなかった。

 あまりにもスケールが違い過ぎる。絶望すら通り越して、逆に実感が湧かないレベルだった。

 なんて奴だ。ウィル。あいつは、なんてことを……


 ただ一つ出来ることがあるとすれば、一刻も早くエデルを止めること。それだけだった。

 エデルから放たれる魔素の供給を絶てば、もしかしたら月の落下が止まるかもしれない。その可能性に賭けるしかない。

 私は悲愴な決意を胸に、テントへと入っていった。


 アリスとミリアの安らかな寝顔を見て、泣きそうになった。

 もし月が落ちたら、二人は。みんなは――

 世界を、守れないかもしれない。

 私は、敵のあまりの強大さを、改めて思い知った。そして、この手の届く範囲のあまりの小ささを、思い知らされた。

 もう寝付くことは出来なかった。ひたすら無力に打ちひしがれた夜だった。

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