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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
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46「気剣術のイネア VS 英雄クラム・セレンバーグ 2」

 私は舌打ちした。やはり正解だったか。最悪の正解だ。

 時間を操作すると言ったが、正確には二つのことが出来るようだ。


 一つは時間停止。私の心臓を狙ったときや、ナイフの結界から出たときに使用したものだ。射程は奴の周囲約十一メートル。この領域に何の対策もなしに踏み込めば、即死が待っている。


 もう一つは時間消去。ナイフがどういうわけか瞬時に奴の後ろを通過していったときに使われたものだ。こちらもおそらく同じ時間だけ消し飛ばすことができ、その間に起こったことは奴に一切の影響を与えない。


「貴女が初めてだ。今までこの魔法を見抜けた者は誰一人としていなかった。何しろ、使用を一切悟られないのだからな」

「ふん。褒めているつもりか」

「ああ。マスター・メギルが言った通りだ。貴女は油断ならない」


 彼は愉快そうに笑い出した。


「くっくっく。私は今、とても満足している。これほどの強敵と出会えたことに。貴女を倒せば、私はより高みへと到達することが出来るだろう」


 私はその言葉を無視して言った。高みだのなんだのには興味がない。


「よくそんな魔法が使えるものだ」


 奴は無視されたことなど、あまり気に留めていない様子で答えた。まるで少し自分に陶酔しているような口ぶりだった。


「確かに私は、ほとんど全ての魔法を苦手としている。だが唯一、これだけは奇跡的に適合したのだ。まさに天の意志だった。この力で高みを目指せと。そして私は英雄となった」


 なるほど。よくわかった。この男が妙にちぐはぐな理由が。どう考えても龍には敵わないであろうこの男が、最強の黒龍を瞬殺出来たわけが。

 簡単な話だ。時間を止めている内に、心臓を一突きしたのだ。そんな卑怯な攻撃をされれば、どんなに強靭強大な奴であれ、どうしようもないに決まっている。

 つまり、実力で勝ったわけではないのだ。単に時間操作魔法が凄かったというだけのことに過ぎない。

 剣の腕が素晴らしいわけではない。この男は、ただ強力な能力の上に胡坐をかいているだけの半端者だ。それで英雄だのなんだと持て囃されているのだとすれば、滑稽なことだ。虚しくはないのか。

 私は侮蔑を込めて、奴に問いかけた。


「貴様は、そんな能力で龍に勝って満足か。英雄と呼ばれて満足か」


 痛いところを突かれたのか、奴は顔をしかめやや声を荒げた。


「黙るがいい。貴女のような持つ者には、持たざる者の苦しみはわからんのだ。どんなに剣を振るっても、決して才溢れる者に届かぬ者の苦しみが。高みに届かぬ者の苦しみが。強くなるためなら、私はどんな力でも求めるさ。マスターすらも利用し、さらなる高みを目指すつもりだ」

「同情はしないでもない。だが一つ言っておく。そんなものは、本当の高みでも強さでもない」


 私は誠実な想いを込めて告げる。これは剣士の誇りを失ってしまった奴への、心からの忠告だった。


「チートだ。ずるをしているだけだ。貴様もいっぱしの剣士ならわかるだろう? そんな力のどこに誇りがある」


 しかし奴は、素直に忠告を受け入れるには大人過ぎた。

 奴は肩を振るわせると、口元を憤りに歪めて声を張り上げた。

 もはや先程までの落ち着き払った堂々たる様はない。英雄という名の仮面が、剥がれ落ちた瞬間だった。


「そんな偉そうな台詞は、この私に勝ってから言うんだな! どうせ不可能だろうがな!」


 奴はすぐに剣を構え直して、猛然と迫ってきた。私は射程内に入らないよう距離を取りつつ、作戦を考える。

 引き付けて爆弾という同じ手は、さすがに二度と通用しないだろう。

 奴が不可能という通り、確かに形勢は非常に厳しかった。時間を操作するなどというとんでもない能力に、直接対抗する手は浮かばない。

 どうにかして、奴がこの魔法を使っていない隙を狙うしかないな。

 何度か使用された状況から判断する限り、奴の魔法は連続しては使えないようだ。一回ごとに、多少のインターバルをとる必要がある。

 ならば、奴が魔法を使わざるを得ない状況まで持っていき、使用直後に、一瞬にして奴に迫れば――

 奴に時間を操作させるには、それ以外ではどうあっても避けられない遠距離攻撃をしかけるしかないが……

 爆弾はあと三つ。ナイフも残り二本。それこそが生命線だった。

 これが尽きれば、もはや私に勝ち目はない。しかも長引けば、それだけ射程内に奴を収めてしまう危険性が上がってしまう。

 次の一手で決めるしかないな。私は覚悟を決めた。


 通常の限界を超えて、気力強化をかける。


《バースト》


 こいつは長くは保たない。使用後は反動で全身にガタが来る諸刃の刃であるが、どうあれここで決められなければ負けるのだ。出し惜しみはしまい。

 気を知らない奴には見えないだろうが、強力な白いオーラを身に纏った私は、目にも止まらぬ速さで奴を翻弄していった。

 機を見計らって、爆弾とナイフを惜しげもなく投げていく。ちょうど先程、隙を突いて逃げ場のない攻撃をしたのを、今度は自らのスピードを駆使して実現した形だ。

 奴も私と同じだけ素の実力を持っていれば、当然こんな芸当など出来はしないのだが、この半端者に対しては上手くいったのである。



 !?



 追い詰めたところで、やはり時間が消し飛んだ。私は冷静に奴の位置を確認すると、最高速で後ろに回りこんだ。

 この間、一秒もない。まだ時間を操作するにはもう少しかかる。

 右手の気剣に、最大限の気力を込めた。刀身が白から、目の覚めるような青白色に変わる。


 一撃で確実に仕留め切る!


《センクレイズ》



 !?



 気付いたとき。

 私の目には、既にこちらへと振り向き、私に剣を振り下ろす奴の姿が映っていた。

 なんだと!?

 慌てて飛び退く私の肩に、剣が食い込む。そのままわき腹にかけて、肉が裂けていく感覚があった。

 そんな、馬鹿な……!? なぜ……?


 斬られた私は、その場に崩れ落ちるように仰向けで倒れた。

 奴にとってもギリギリのタイミングだったのだろうか。斬撃は比較的浅く、内臓にまでは達していないようだった。

 だが、致命傷と同じことだった。

 私はもはや立つことが出来なかった。

 奴がもう一撃を加えれば、この命は確実に絶たれる。ほんの少し命が延びたに過ぎない。

 流れ落ちる血を感じながら、私はユウをこの手で助けられなかったことが無念で仕方なかった。



 ふと、師匠の顔が浮かんだ。

 厳しさの中にも、いつも優しさと温かさをもって、私のことを包み込んで下さった師匠。

 せめてもう一度だけでも、お会いしたかった。

 そして、伝えたかった。

 あなたは命を賭してまで、私を守って下さったというのに。

 私は、情けないです。愛する弟子をこの手で助け出してやることも出来なかった。

 すみません、師匠。私は、本当に出来の悪い弟子でした。



 クラム・セレンバーグは、すっかり元の英雄然とした調子に戻っていた。


「連続での時間操作魔法の使用は、日に一度しか出来ない。私にここまでさせるとはな。認めよう。我が生涯最大の敵であったと」

「…………」

「さて。このまま止めを刺しても良いのだが……どうせ貴女はもう動けまい。マスターが用意した余興に、絶望しながら死んでもらうとしよう。この私を愚弄した罪は重い。楽には死ねんぞ」

「余興だと。一体何をするつもりだ」


 奴は、私を見下すように嗤った。


「間もなくわかるさ。要するに、貴女たちはここに乗り込んだ時点で詰んでいたということだ。では、もうすぐ時間なのでな。さらばだ」


 奴は倒れている私に背を向けて、次第に遠ざかっていった。


 絶望が心を支配しかけた、そのときだった。


 信じられないことに、ユウの反応が戻った。しかも、動き出したのだ。


 なぜかはわからない。

 とにかく、ユウは無事だったのだ。

 それがわかっただけで、私の心には、再び希望の灯がともっていた。


「待て。貴様にもう一つだけ言っておく」

「なんだ」


 奴が怪訝な顔で振り返る。私はこの戦いで感じた率直な想いを、告げてやった。 この男は、時間操作に頼り過ぎている。そこに致命的な隙がある。


「覚えておくがいい。そんな能力に頼り切りでは、いつか足元を掬われることになるぞ」


 それを聞いた奴は、呆れたような顔で苦笑いをした。おそらく、ただ負け惜しみを言っているだけだと思ったのだろう。


「ほう。一体どう掬われるというのだ」

「そのうちわかるさ」

「そうかそうか。それは楽しみなことだな! はっはっは!」


 高笑いを上げながら、奴は今度こそ去っていった。その後ろ姿を見つめながら、私は奴に届く可能性を想った。


 近距離攻撃主体の私では、絶望的に相性が悪かった。

 だが、ユウならば。

 あるいは仲間たちと協力して、勝機を見出せるかもしれん。

 あいつは弱くて情けないところもあるが、芯は強い子だ。あいつは相手がどんなに格上であろうとも、果敢に立ち向かっていく勇気と、心の底では容易に諦めない執念を持っている。それが時に、思いもよらないような成長や爆発力を生み出してきた。

 そんなあいつの姿をずっと見てきた私には、わかるのだ。

 たとえ今は弱くとも、あいつは師と同じ立派なフェバルだ。この世の条理を覆せるような、立派な心を持っている。

 たとえこの先どんな困難が待ち受けていたとしても、あいつはきっと最後まで足掻くだろう。

 そしてどんなに傷付いても、足掻いてしまうだろう。

 そうなのだ。あいつは不器用で一生懸命で、少し見ていられないところがある。

 だからこそ力になりたいと思うのだ。たとえ師との約束を抜きにしたとしても、あいつはとっくに私の愛する弟子なのだから。


 私は気を使って、傷を塞ぎ始めた。動けるようになるには相当時間がかかるが、何もしないよりはましだ。

 ユウが動いているのに、師である私が真っ先に諦めてどうする。形はどうあれ、せっかく奴が見逃してくれたのだ。

 これから何が起こるのかはわからないが、最期の瞬間まで諦めるな。全員をここから無事脱出させることに力を尽くせ。

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