43「ユウ救出作戦」
トール・ギエフ魔法研究所。あたしたちはついにその目の前に辿り着いた。
「いよいよね」
「命がけになるぜ。覚悟はいいか?」
「もちろんよ」
「ああ。待ってろ、ユウ」
正面入口から堂々と突入すると、まずは開けたエントランスが目に映った。中央には大きな隕石の模型があり、壁には様々な絵がかかっている。どれもこれも高そうね。
奥には受付があったけど、誰もいなかった。それどころか、どこにも人の気配すらなく、不気味なくらい静かだったわ。
「確か地下だったな。ユウがいるのは」
「そうだ。ここや上には誰もいないようだが、地下にはたくさんの気がうごめいている」
「なら、どこかに入口があるはずよね。でも……階段がどこにもないわね」
辺りを見回してみたけれど、どこにも地下へ通じる階段は見当たらなかった。
「こういうときは、隠し階段があるのがセオリーってもんだろ。極秘施設だろうから、誰でも簡単に行けるようにはなってないはずだ」
「とすると、怪しいのはここだな。階段くらいのものを隠すには丁度良い大きさだ」
イネア先生が立っていたのは、中央の大きな模型の目の前だった。アーガスと一緒に近寄ってみると「伝説に記された天体魔法メギルをイメージしたものである」との説明が書かれている。
「よし。アリス、イネア。どこかにスイッチか何かがないか、手分けして探すぞ」
「うむ」
「オッケー。任せて」
アーガスが模型の周りと床、イネアさんが壁と絵の辺り、あたしが奥の受付を中心に調べることにした。間もなく、あたしはカウンターの裏に小さなスイッチがあるのを見つけた。
「あったわ!」
「押してみろ!」
彼に促されて、ポチッとスイッチを押した。すると、《メギル》の模型は横にスライドし、下から階段が現れた。
「当たりだな」
イネアさんがそう呟いた。
長い長い螺旋階段を下っていくと、やがて冷たい空気が漂う地下に着いた。そこは、白を基調とした一階の明るく奇麗な雰囲気とは打って変わって、鼠色の床や壁で覆われ、薄暗い中を照明がぼんやりと照らしている。
しばらくは一本道の通路が続き、そのうち開けた大きな部屋に出た。そこには、仮面を被ったたくさんの敵が待ち構えていた。
奥にはまた一箇所だけ通路が見える。
どうやらここを抜けなければ、先には進めないようね。
意を決して三人同時に部屋に飛び込むと、後ろの通路にガシャンと分厚い金属の壁が降りて、帰り道は閉じてしまった。
「あっ!」
「くっ! 退路を絶たれた!」
「ちっ! 進むしかないってか!」
イネアさんは、気剣を右手に作り出した。それは煌々と白い輝きを放っている。
「目的はユウの救出だ。全員を倒す必要はない。邪魔な者だけ倒して、さっさと進むぞ!」
「おう!」
「はい!」
イネアさんは気力強化、あたしとアーガスは《ファルスピード》をかけて、速度を上げた。
イネアさんは、凄まじい強さだった。ユウがよく言ってた「あの人は人間やめてる」という言葉が、本当に実感出来たわ。
彼女はあたしたちより頭二つも抜けた疾風迅雷の勢いで飛び出すと、次の瞬間には、三人をほぼ同時に斬り倒していた。
そのまま道を割るように一直線に突き進みながら、次々と敵をなぎ倒していく。その姿と言ったら、まさに鬼神のようだった。その気になれば、一人だけでこの場を全滅させることすら出来るんじゃないのとすら思わせるほどだったわ。
あたしたちは、イネアさんが文字通り切り開いてくれた道が潰れないうちに、魔法で牽制しながら進んでいくだけで良かった。
下っ端相手にあまり魔力消費はしたくなかったので、本当に助かったわ。
問題なく第一の部屋を突破して、敵が追いつけないように全力で通路を駆け抜ける。すると、今度は道が三つに分かれていた。
「どれを進むのが正しいのかな?」
「めんどくせえ。だが、三手に分かれるのはあまりに危険だ。一つ一つ行くしかないのか」
ここでも、イネアさんが頼りになった。
「おそらく左だ。ユウの気はそちらの方から感じていた」
「感じていた?」
過去形なのを疑問に思って尋ねると、彼女は沈痛な面持ちを見せた。
「つい先程、反応が消えたのだ。女になったか、あるいは殺されてしまったか」
あたしも心配になったけど、努めて明るく振舞って、イネアさんを励ますことにした。こういうときこそ、あたしがしっかりしなくちゃね。
「大丈夫ですよ! きっと女の子になっただけですよ!」
「そうだな……。あいつはなんだかんだ言ってもしぶといからな」
「もたもたしてないで行くぜ。敵さんに追いつかれる前によ」
あたしたちはこくりと頷いて、さらに進んでいく。
やがて辿り着いたのは、先程よりもさらにずっと広い部屋だった。左右には巨大な檻が付いていて、そこに数多くの凶悪な魔法生物が収められていた。さすがに龍はいなかったけれど、人食い花や地獄の番犬などがひしめいている。
あたしたちが入った瞬間、檻は一斉に開き、それらは同時に襲い掛かってきた。それもバラバラではなく、統率の取れた動きで。
おそらく大森林のときと一緒で、侵入者を襲うように洗脳魔法の類いがかけられているわね。
迎え撃とうと構えたところで、アーガスが一歩進み出た。
「この辺で、こいつらを含め追っ手を食い止める役が必要だ。それはオレが務める。お前らは先に行け!」
「でも、あの生物たちは魔法耐性が高いわ。いくらアーガスでも!」
彼は心配ないとでも言いたげに、にっと笑った。
「大丈夫だ。オレには重力魔法がある。そいつで床や壁に叩きつけるなりすれば、魔法耐性なんか関係なく効くさ」
けれども、笑顔が消えた後の彼には、悔しさが見えた。
「おそらく、この先にカルラやクラムの奴がいるだろう。出来ればオレがクラムと戦いたかったが、ずっと考えてるのに奴の攻撃の正体がまだ見えねえ。オレだってガキじゃないから、このままじゃ勝ち目がないことくらいわかる。悔しいが、奴の相手はひとまずイネアに任せる。やってくれるか?」
「ああ。任せろ」
イネアさんは、力強く頷いた。
「アリスはカルラの方を頼む。任せたぜ」
「ええ。わかったわ!」
本当なら、勝算を抜きにしても自分が真っ先に敵を討ちたいはずなのに、ここまで私情を押し殺してユウの救出を優先するのは、一体どれほどの心痛が伴うことでしょう。
当事者でないあたしには彼の気持ちなんてとても推し量ることは出来ないけれど、それでもあたしは強く同情した。同時に、それが出来る彼を尊敬したわ。彼の決断に何としても応えようって、そう思ったの。
あたしに出来ることは、自分の仕事をきっちりすること。カルラさんに打ち勝って、ユウをしっかり助けることよ。
あたしとイネアさんは、魔法生物の相手を彼に任せてすぐに前へ駆け出した。
一瞬だけ振り返ると、親指をピッと立てる彼の後ろ姿が目に映った。その背中が、本当に大きく頼もしく見えた。
「ユウの反応があった地点に近くなってきた」
「そうですか! お願い。無事でいて……!」
そこで再び、開けた部屋へと躍り出た。飾りも置物も一切存在しない、まるで戦いのためだけに用意された空間。
その奥には、あたしがかつて助けを求めた銀髪の英雄、クラム・セレンバーグが、ただ一人立ち塞がっていた。
「来たか。待っていたぞ」
威圧的な態度で堂々と待ち構えるクラムに対し、イネアさんが一歩ずつ踏みしめるように歩み出ていった。
「貴様の相手はこの私だ」
すると彼は、心底楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。
「イネアだな。貴女と戦える日を、ずっと楽しみにしていた」
「ふん。期待に沿えるかどうかはわからないぞ」
「まあ、せいぜい楽しませてくれ」
それだけ言うと、二人はもう何も口を聞かずに、互いに剣を構えて向かい合った。
二人を中心として、びりびりと大気を震えさせるようなプレッシャーと、重苦しい緊張が、場を瞬時に覆い尽くしていく。
見ているだけでも、この身が斬り裂かれてしまいそう。
圧倒されてその場から動けずにいると、イネアさんが振り返らずに叫んだ。
「行け! アリス!」
「はい!」
我に返ったあたしは、出来るだけ彼に近寄らないように、脇をさっと通り抜けた。彼は本当にイネアさんと戦えればそれでいいのか、一切手出しをして来なかったわ。
アーガスもイネアさんも残して。あたしは一人で先を急ぐ。この先にカルラさんが待ち受けている予感を、ひしひしと感じながら。




