42「囚われのユウ マスター・メギルの野望」
気が付くと、そこは怪しげな機械装置がたくさん並ぶ実験室のような場所だった。
俺は服を全て脱がされ、丸裸で台に繋がれていた。動けないように、両手足と胴体が分厚い錠で縛られている。
さらには、全身のいたるところに吸盤が取り付けられ、あちこちに針が刺さっていた。
吸盤や針から繋がっているところを辿って横を見ると、機械の画面が動いているのが見えた。
その機械はコンピュータのようなもので、まるでこの世界では見たこともない代物だった。明らかにこの世界の文明に対して浮いている。
何やらリアルタイムでグラフが作られていた。俺に関するデータが、勝手に取られているようだ。
まさに被検体という状態だった。ぞっとするような恐怖と、胸糞の悪さが同時に込み上げてくる。
錠を破ろうと気力強化を試みるが、なぜか身体に全く力が入らない。それでも無理に気を入れようとしたら、全身に刺さった針から激痛が走った。
特に、頭が割れるように痛い!
「うああああああああああああーー!」
やむを得ず気力強化を解除すると、すぐに痛みは止んだ。余計に身体がぐったりしてしまった。
俺の叫び声を聞き届け、誰かがやってくる足音がした。やがて、俺の顔を愉しそうに覗き込んだのはあのカルラだった。
「どうやらお目覚めのようね。気分はどうかしら」
「最悪だ」
前にも似たような状況で、こんなやり取りをウィルの奴としたなと思いながら、吐き捨てるようにそう言った。彼女はそれを意に介さず、俺の身体をじろじろと見回して面白そうに笑った。
「ふふ。女の子のあなたは本当に可愛いけど、こっちもこっちで中々可愛いらしい顔してるじゃない」
「なんだよ」
こんな状況にも関わらず、いや、こんな圧倒的優位な状況だからこそ、余裕から他愛もない話を振ってきた彼女に不快感を示すと、彼女はさらに意地悪そうに口角を吊り上げて付け加えた。
「それに顔に似合わず、それなりに立派なものを持ってるようだしね」
丸裸ということは、股間のものもしっかり見られているのだとはっきり認識した瞬間だった。一気に恥ずかしさが込み上げてきて、俺は彼女から目を背けた。
「そんなもの見るなよ……」
「あら。わたしは別に処女じゃないのよ。お気遣いなく」
そう言えば、彼氏がいたこともあったんだったっけ。彼女は、大人の余裕とも言うべきすました顔をしていた。
そこに加えて、トールの奴がやってきた。俺は怒りを込めて睨み付けたが、奴は全く気にせずに心底愉快そうな表情を浮かべて言った。
「ユウ君。君を調べたら、素晴らしいことがわかったよ。計算によれば、女の君の潜在魔力値は、なんと実効魔力値の三十倍、つまり約三十万もあることがわかった。実に素晴らしい素質だよ」
潜在魔力値。三十万。知らない言葉に戸惑うが、こいつが嗤っている以上、全くもって良い予感はしない。
「後もう少しで必要な抽出魔素が揃うのだが、それだけあれば十分だ。ありがとう。君のおかげで、計画の完成が少し早まりそうだよ」
やはり予感の通りだった。
細かいことはともかく、言いたいことだけはわかる。
要するに、俺を計画の完成に利用するつもりなんだ!
計画を阻止するはずが、逆に利用される形になってしまうなんて。無念で仕方がなかった。
「そこで頼みなのだが、君からその莫大な魔力を提供してもらいたいのだよ。少し女性になってみてはくれないかね?」
言葉の形だけは頼みであったが、実際は有無を言わせぬ威圧感を伴った命令だった。逆らえば容赦はしないと目が言っている。
それでも俺は、毅然と撥ね付けてやった。
「誰がお前なんかに協力するかよ」
すると奴は、口元を黒い愉悦に歪めた。
「ほう。素直に従った方がいいと思うがね」
それでも従わずに無言で睨み続けると、彼は両手を上げてやれやれと溜息を吐いた。
「カルラよ。やってしまえ」
「はっ」
「何をする気だ」
「ククク。君が眠っている間、少々君の性質を解析させてもらったのだよ。どうやら君には独自の精神世界があり、そこに身体を切り替える要素が備わっているようだ」
「なに!?」
独自の精神世界!?
初耳だった。でも確かに言われてみれば、身体を選ぶときに念じると入ることの出来る、あの真っ黒な空間は不思議だった。
もしかして、あれが精神世界なのか?
「そこに魔法で接続して、少々弄れるようにさせてもらった。さて、どうなるかな?」
そう言った奴が、こちらに投げかけてきた視線は、まるでモルモットか何かを見るかのようだった。俺は心底震え上がった。
「マスター。準備が整いました」
「さあ。実験の始まりだ」
「やめろ!」
体中に刺さった針から、何かが流れ込むのを感じた。
瞬間、身体中が熱を帯びて軋み始めた。心臓の鼓動がどんどん早まる。
「う、うああっ!」
この感じは!
ウィルに【干渉】をかけられて強制的に変身させられたときと似ている!
実際、その通りだった。脳に蕩けるような感覚が襲ってきて、思考がふやけていく。
喉仏が消失し、声が高くなるのがわかった。
「あ、あううっ!」
くそ! 女になってたまるか! 戻れ! 戻れ!
しかし意志とは裏腹に、身体はゆっくりと着実に女性化が進んでいく。
変化が進むたびに、出したくもない嬌声が漏れる。
「んああっ! あんっ!」
朦朧とする意識の中、二人の舐めるような視線が突き刺さるのだけがわかった。
見るな! 見ないで!
何度も身をよじり、苦しみと快楽の狭間に悶える時間が、永遠を思わせるかのように続いた。
「はあ……はあ……」
ようやく疼きが落ち着いた頃、私はすっかり女にされてしまっていた。全身がじっとりと汗ばんで、甘ったるい匂いを漂わせている。
男に比べれば細くなよなよした身体と、仰向けでも重力に負けることなく、つんと上向いた二つの膨らみが、眼下に映った。
それらが、自らの女性をしっかりと主張していた。
カルラが私の全身を舐め回すように眺め、ものを失った股のところもしっかり覗き込んでから、感心したように言った。
「へえ。おもしろ~い。本当に女の子になっちゃうのね」
トールも同じように私の全身をじろじろと見回してきた。同じ女性のカルラならともかく、こんな男に好きなように見られるのは、恥辱の極みだった。
「くっくっく。囚われの女性か。やはりこちらの方が絵になるな」
トールは、下卑た笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。
顔と顔が迫ったとき、私は精一杯の抵抗を試みた。奴の頬に唾を吐きかけてやった。
「その下種な顔を私に近づけるな」
すると奴は、にやりと笑って頬についた唾を掬い、ぺろりと舐めた。
その行為のあまりの気色悪さに、生理的嫌悪感がぞわぞわと込み上げる。
「君はどうやら、自分の立場というものがよくわかっていないようだな」
笑顔を貼り付けたまま、乱暴に胸を掴まれた。
「っ……!」
そのまま何度も揉みしだかれる。私の胸は奴の手の動きに合わせて、マシュマロのように形を変えていった。
見れば、奴は生意気な私への罰のつもりで平静を装ってはいるが、まるで盛りのついたオス犬のように興奮している部分もあるのが容易に見て取れた。
私は恐怖や悔しさを感じながらも、一方で奴を見下すように心は冷め切っていた。
どいつもこいつも。そんなに揉みたくなるような胸なのか。
精神的苦痛に顔を歪めていると、さすがに見かねたのだろうか、カルラが顔をしかめて止めに入った。
「マスター。お戯れはそのくらいにしましょう」
「ふん。そうだな」
やっと奴の手が、私の胸から離れてくれた。
助かった。
今は憎むべき敵とはいえ、このことについては彼女に素直に感謝した。
「よし。魔素抽出を始めろ」
「了解しました」
全身に付いた針から、何かが抜き取られていくような感覚があった。
それから私は、為すすべもなく、されるがままでいるしかなかった。
そのことが、悔しくてたまらなかった。
だが少なくとも、これをされている間は殺されることはないだろう。そう考えて、今は少しでもプラスに捉えるしかなかった。
やがて、カルラはトールに命じられてこの部屋を離れていった。私は奴と二人きりになった。
部下がいなければ、少しは本音の口も走りやすいだろう。わずかでも情報を得るために、私は尋ねた。
「トール。お前は、こんなことをして、一体何をしようとしているんだ?」
「ふむ――まあ、放っておいても間もなくわかることだ。教えてやろう」
奴は、ついに自らの野望を雄弁に語り始めた。
「三百年以上前のことだ。かつて、ただ一つ他国を圧倒的に超越する先進技術で君臨した魔法大国があった。その名をエデル。エデルは、神の化身によって滅ぼされたとされている。彼により、《メギル》が落とされることによってな。私は、当時の生き残りのうちの一人なのだよ」
「生き残りだと?」
そこまで長生きするのは、ただの人間では決してあり得ない。
じゃあこいつは、もしや――
はっと顔を見ると、彼は頷いた。
「実は私もネスラでね。種族も生き残りである点も、君の師であるイネアと同じだ。ただし、森を出た理由と時期は違うがね。彼女は生まれつき森に嫌われる忌み子であったために、そして私は森で暮らすことに飽き足らず、人の叡智を求め過ぎたために、森を追放された」
イネア先生とこいつに、まさかそんな接点があったなんて。だから私が星屑祭で先生の名前を出したとき、こいつは一瞬だけ顔を歪めたのか。
トールは得意気に説明を続ける。どうやら講師のときも度々見せたこの説明好きは、嘘偽りのない奴本来の性質のようだった。
「ところでなぜ、エデルの魔法は、ロスト・マジックと呼ばれ重宝されてきたのか。そしてなぜ今となっては、滅亡当時の僅かな生き残りが中心となって作られたこの町サークリスを中心に、彼らの直系子孫だけに代々細々と伝わるのみなのか。それは、エデルが徹底的な鎖国を敷いていたことが大きな理由なのだ。エデルはいわゆる空中都市というやつでね。圧倒的な魔法技術と軍事力を備え空に浮かぶ、この世の楽園だったのだ。都市周辺には、いくつか存在するゲートを除き、強力なバリアが張られ、当時の他国は物理的にも交流は一切不可能だった。数々の先進的魔法は、門外不出とされたために、他国に広がることは決してなかった」
こいつの話が事実とするならば、とんでもないことだった。空中都市エデルは、それこそまだ鉄道レベルで精一杯な現在のこの世界など、簡単に蹂躙してしまえるほどの凄まじい文明を誇っているように思えた。
大人しく話を聞いていたことで、上機嫌になった奴は、ますます口を滑らせていく。
「さて、これまで誰にも話さなかった真実を語ろう。ラシール大平原は、なぜ今も魔力汚染が色濃く残っているのか。簡単なことだ。今も汚染され続けているからだよ。地下深くにそっくりそのまま沈む、エデルによって」
なんだって!? じゃあ、エデルは滅びていないとでも言うのか!?
驚く私の反応に満足気に頷いて、奴は続けた。
「ただ一人、偶然近くで生き残った私だけは見たのだよ。《メギル》が落ちた後、粉々になったはずのエデルが、砂埃の中で瞬く間に再生していく姿を。そして再生された国が、そのままゆっくりと地に沈み、見えなくなっていく様を」
奴は、うっとりとした表情を見せた。
「それを見て、心が震えたよ。感動したのだよ。この世に、かくも圧倒的な奇跡とも呼べる力が存在するとは。神の化身。あの方は、まさしくその名に相応しいお方だ」
私はたまらず声を張り上げた。こいつは、大きな勘違いをしている。
「ウィルは、あいつは神の化身なんて呼ばれるような奴じゃない! あいつは世界の破壊者だ!」
しかしこの男は、全く意に介そうとはしなかった。
「ほう。あの方と知り合いなのか。だがね。彼がどのような人物であろうと、私にはどうでも良いことなのだよ。私はただ、彼のような圧倒的な力が欲しくなったというだけのことだからね」
「力だと。そんなものを求めて、どうしようっていうんだ?」
彼はすぐには答えず、まるで一人舞台のように自分のペースで語り続けた。
「彼の使った天体魔法にあやかり、私は自らをマスター・メギルと名乗った。以来、私はエデルの復活だけを目標に生きてきた。主なき空中都市の支配者となり、大いなる力を得るために。まずはエデルへ通じる道を掘り進め、そして都市を再び浮かべるために必要なオーブを探し出した。さらにそれを動かすために必要な多くの魔素を捧げ、魔素を循環させるために必要な多くの血をも捧げた。他にも色々なことをやったよ。そして今、三百年以上の長きに渡る計画は、ついに実を結ぼうとしている」
トールは、これまで見せたどんな表情よりも愉快に嗤った。
「エデルは間もなく復活する。ラシール大平原の上空に、あの堂々たる楽園が帰ってくるのだ! 私は空へ行こう。そして、目障りなこの町は消してやろう。圧倒的戦力でな。かつての叡智を、かつての栄光を、この世界に知らしめるのだ!」
そこまで聞いて、よくわかった。
いかに下らないことのために、多くの者が犠牲になったのか。涙を呑んだのか。
そして、これからも!
全ての者たちの怒りを代弁して、私は叫んだ。
「そんなことのために……そんなことのために! お前は、数え切れないほどの命を奪ってきたのか! これからも奪おうというのか!」
「そんなこと? くっくっく。わかっていないな。人間の本質は、際限のない欲望と好奇心にあるではないか。それこそが、常に人の社会を、歴史を動かしてきたのだ。ならば、その本質に従い、求めることのどこが下らないことなのか。私には、その他のことの方がそんなことに思えるがね」
「そんなものは詭弁だ! 確かに社会や歴史を見れば、そういう側面はあるかもしれない。だけど、いつだって裏には、その時代を生きた人々の様々な想いがあったはずなんだ。本当に時代を動かしてきたのは、欲望や好奇心だけじゃない。色んな人の色んな想いと繋がり全てだ。全てが同じように大切なものなんだ!」
私は思い浮かべた。アリスを、ミリアを、アーガスを、イネア先生を。今は敵対しているけどカルラ先輩、それにケティ先輩や、学校のクラスメイトや先生たち。そして、サークリスに生きる人々を。
みんながいるから、今の私がいる。今のこの町がある。
「たくさんの人のそうした想いや繋がりを踏みにじってまで、身勝手な野望を成そうとするお前の行為は、どんなに御託を並べたって決して正当化されない! 許されるものじゃない!」
そこまで言うと、トールは酷くつまらなさそうに顔をしかめた。
「残念だ。今のレポートは零点だよ。ユウ君」
「お前の野望は、絶対に止めてやる!」
すると奴は、今度は腹を抱えて大笑いし始めた。
「はっはっは! 面白い冗談だ! 動けぬ君に、一体何が出来るというのかね? 君はこのままここで死ぬんだよ。のこのこ救出にやってきた、馬鹿な仲間どももろともね」
「くそっ! みんな!」
そのとき、ビービーと機械から音が鳴った。私から十分な魔素を搾り取った合図だった。
奴はそれを聞いて、にやりと嗤った。
「さて、必要なものは全て集まった。君はもう用済みだ」
「殺すつもりか?」
「なに。そんな野蛮な真似はしないとも。協力してくれた礼として、最期の時をプレゼントしよう。ここでゆっくりと過ごすがいい」
「くっ……」
「さらばだ。もう二度と会うこともあるまい。はっはっはっはっはっは!」
嫌味な高笑いを残して、奴は去っていった。
もう誰もいなくなった実験室で、私は何も出来ないまま身を横たえていた。
無力だった。あまりにも無力だった。
そう言えば。
こんな風に縛られて、動けなくて。酷いことされて。
昔、小さいときにもこんなことがあったような気がする。
あれはいつのことだっただろう。どうして何も覚えていないのだろう。
心の世界。力。
ふとそんな言葉が、なぜか脳裏を過ぎった。
心の世界、か。
目を瞑って念じると、真っ黒な空間が映った。
変身するときいつもそうするように、そこへと入っていく。
抜け殻になった状態の、男の自分の身体がある。今動かしているこの身体の私がいる。
これまでここには、この二つのものしかないと思っていた。
キャラ選択のように身体を選んで、戻るだけの場所だと思い込んでいた。
だけど、これが私の精神世界だと言うのなら。この二つだけなんてことは、絶対にあり得ないはずだ。
もう少し歩いてみれば、何か見つかるかもしれない。
今出来ることは、これしかない。
私は、どこまでも広がる真っ暗な世界を、手探りで歩き始めた。




