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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 前編
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4「気剣術のイネア」

 アリスの言った通り、私はサークリス魔法学校の入学式前に滑り込みで入れることになった。

 普通は試験を受けて合格した者でなければ入学出来ないのだが、相当の素質ありと認められた者は例外的に受け入れるというのが学校の方針らしい。それで特別に取り計らってもらったのだ。魔力値一万というのは、それほどの素質ということみたいだ。

 ただし、無条件で合格というわけではなかった。面接もあったし、結局一応ということでちゃんと学力試験も受けさせられた。

 その学力試験だが、算術と読解、そして歴史の三科目だった。うち前の二つは軽く解けたけど(元々勉強はかなり出来る方だ)、歴史だけはさっぱりわからなかった。この世界の歴史なんて全く知らないから当たり前なんだけど。どうせ粘っても無駄だからと、試験開始直後に白紙で提出したら、試験官にとても驚いた顔をされた。

 答案はその場で採点され、ほどなくそれが終わると今度は採点官にまで驚かれてしまった。なんでも、難しい算術と読解は満点なのに、点数の取りどころであるはずの歴史が零点というのは前代未聞だそうだ。

 ともかく、通常の学力試験として見ても合格点はギリギリで超えているということで、何も問題はなく即時合格となったのだった。

 ちなみに面接のときに暮らす場所もお金もないと言ったら、すぐに入寮と奨学金を認めてくれた。本当に助かった。


 というわけで、今日は入寮手続きをするついでに、せっかくだから校内を見て回ろうと学校まで足を運んだという次第だ。

 サークリス魔法学校は、サークリス剣術学校と合同で運営されており、校舎も同じ敷地内にある。正門から入って左手が前者で、右手が後者だ。この二つが同じ場所にあるのは、魔法と剣術が切磋琢磨することによる教育の相乗効果を期待してとのことだそうだ。だが実際は仲良くとはいかず、時に対立して問題も起こったりと、あまり良いことばかりではないらしい。

 正門の上の方には、剣術の象徴である剣と、魔法の象徴である杖が交差している絵の校章が描かれていた。そこから入って歩いて行くと、まず左手正面には、講義等を行う第一校舎がある。私が試験を受けたのはここだった。

 それに隣接しているのが、魔法実験設備が充実している第二校舎。そしてその奥には、数多くの一般書及び魔法書が収められている魔法図書館に、対魔の結界が張られた広大な演習場がある。正門から右手の剣術学校側には、剣術校舎と、これまた大きな修練場がある。

 全体として建物は石造りで、それだけ見れば荘厳な雰囲気を漂わせている。だが同時に、色とりどりの植物や、校舎中央部にある美麗な噴水などが、そんな堅苦しい雰囲気を和らげて華やかさも醸し出している。そんな印象だった。

 一通り歩き回って再び正門の前に戻ってきたところで、ようやく意を決して第一校者の手前に建つ女子寮に向かうことにした。実は位置的にはすぐに行けたのに、ずっと後回しにしていた。本来なら行くべきではない私が女子寮に行くというのは、まあそれだけ気が重かったのだ。

 正直、やっぱり私が女子寮に入るのはまだ悪い気がしている。だが、この身体でなければ魔力がないという事実も判明してしまった。

 結局のところ、魔法を学ぼうと思うなら、女子として学生生活を送るより他はない。さもなければ、この先も私はずっと弱いまま。ちょっとしたことで簡単に死にかけ、下手すれば本当に死んでしまうだろう。

 このままじゃいけない。必死で強くならなくちゃいけない。他にその方法がわからない以上は、手段を選んでいる場合なんかじゃない。だからこれは――女子になりきって過ごすのは――生きるためなんだ。仕方のないことなんだ。私は、そう思うようにもなっていた。


 女子寮は三階建てで、隣の男子寮より随分新しく綺麗に見えた。それは気のせいではなく、管理人に中を案内されてみればさらに差は歴然だった。

 男子寮にはないカードキーでセキュリティは万全。内部にはサウナ、薬湯付きの浴場(男子寮はただの銭湯らしい)、マッサージチェア付きのリラクゼーションルーム(男子寮にそんなものはないそうだ)と至れり尽くせりだ。

 どうなってるんだ。この格差は。

 それとなく管理人に聞いてみると、近年は女子学生の勧誘に力を入れているから、修学しやすい環境を整えたということらしい。

 ああ。日本でもそういう取り組みがあった気がする。それにしても男子涙目。入寮する身としては綺麗で良かったとも思うが、半分男の身としては同情せざるを得ない。

 寮では二人一部屋で生活することになっていて、希望したらアリスと一緒の部屋にしてもらえた。その私たちの部屋は203号室。今日クリーニングが終わって、明日から入れるということだ。新しい生活、楽しみだな。


 一通り説明も聞いて用は済んだので、管理人に改めて挨拶をしてから寮を出た。

 入寮は明日。入学式は明後日だ。女として、今までと違う形としてではあるが、失われたと思っていた学校生活をまたやり直せることが私は嬉しかった。

 つい足も軽くなり、気分も上々で歩いていたら、近くを歩いていた男性の声に呼び止められた。


「君。随分と楽しそうだね。見かけない顔だけど、新入生かな」


 振り返ると、青い髪をした講師風の中年男性がこちらへ柔らかく微笑みかけていた。人当たりの良さそうな、穏やかな顔つきをした人だ。


 随分と楽しそうだねという言葉に、一体どんな風に見えていたのだろうと考えて恥ずかしくなった。が、すぐに気を取り直して挨拶する。


「このたびこちらで学ぶことになりました。ユウ・ホシミです」

「ユウ君ね――あー、名前を聞いたことがあると思ったら。特別合格した子だったかな。君は」


 彼は得心がいったようにふむ、と頷いた。私もちゃんと彼の目を見て頷き返す。


「はい」

「私はトール・ギエフだよ。魔法考古学を研究している。講義は魔法史を担当しているよ」

「魔法史、ですか」

「うむ。それで君、なんでも歴史が零点だったそうじゃないか。大丈夫かい。私の講義は厳しいんじゃないかな?」


 実際講師だった彼は、少しからかうような調子でそう言った。彼のそんなフレンドリーな態度に応じておどけたりなどはせずに、私は素直に言葉を返した。まあ初対面だし、礼儀はきちんとしておくに越したことはない。


「実は、これまで全く歴史を学んだことがないもので。不勉強ですみません。今後はしっかりと勉強するつもりです」

「そうかい。まあ、期待しているよ。では失礼するよ」


 彼は軽くお辞儀をすると、正門を抜けて足早にどこかへと行ってしまった。

 あの人が魔法史の先生か。なんだか親しみやすそうな人だったな。ああいう先生たちに教えてもらえるんだとしたら、ますます学校生活が楽しみになってきたよ。


 さて、このまま帰ってもいいんだけど。どうせだから近くをぶらぶら見て回ってから帰ろうかな。

 そう考えた私は、中央の噴水を突っ切って裏門まで歩いて行くことにした。

 裏門は正門よりもかなり小さく、非常にぼろっちかった。塗装もほとんど剥げており、あちこちが赤く錆びついている。押してみると、ギイ、と金属が軋むような音がして開いた。そこから外に出てその場で振り返り、ざっと門を眺めてみた。

 すると、正門にあった校章とは少し違うマークが描かれていることに気が付いた。それは、杖と「白く光り輝く」剣が交差しているものだった。

 なんで正門のと違うんだろう。別バージョンだろうか。不思議に思ったけど、考えて何かわかることでもなかった。

 まあいいか。もしまた気になったら、アリスにでも聞いてみよう。

 しばらく学校裏の大通りを中心に歩き回って、様々なお店や施設を見つけた。中々楽しい散歩だった。そして多少の土地勘を得た私は、ちょっと冒険しようと小道に入って行くことにした。

 それは何気ない行動だったのだが、そのことが再び私の運命を大きく変えることになったのだった。


『サークリス剣術学校 気剣術科』


 小道の途中で、そう書かれた古臭い木の看板を見つけてしまった。

 どうして、こんなところに別校舎が……アリスからも学校の関係者からも、こんな建物があるなんて聞いてないぞ。

 校舎というよりは道場と呼ぶのが相応しい感じがする、その簡素な造りの建物は、かなり古びていた。先ほど見てきた、古風ではあるが手入れがきちんと行き届いている壮麗な校舎たちと比べれば、クオリティの差は雲泥であった。

 それに、あの絵。

 扉の上には、裏門に描かれていた光り輝く剣そのものが、単体で、それもでかでかと描かれていた。そんなものを見てしまうと、ますます気になってきた。

 ここは一体どういうところなのだろう。それに、気剣術ってなんだろう。

 気。気ってあの気のことだよな。たまにテレビとかでやってる、あの胡散臭いやつ。

 あとは――そうだな。気と言えば、小さいころ漫画で読んだあれ。あの波―ってやる有名なやつ。そのくらいのイメージしかないけど。そんなもので剣術って、どうするのだろうか。

 その場にぼーっと突っ立ったまま、気剣術というものに対するイメージをあれこれと膨らませていた。そのとき、


「おい」


 急に後ろから、やたらドスの効いた女の声がかかった。

 驚いて振り返ると、そこにいたのは、金髪を後ろに束ねた綺麗な女性だった。胸元の開いた服装や、どこか艶めかしさを感じさせるすっとした顔つきが、妙齢らしい大人の雰囲気を醸している。だが、まだまだ若いようにも見える。

 そんな彼女はなぜか、まるで敵対する者でも前にしたかのような鋭い睨みをこちらに利かせていた。どういうわけだろう。私のことをかなり警戒しているみたいだ。


「お前は何者だ」


 滅茶苦茶怖そうな人だな。それが、私の彼女に対する失礼な第一印象だった。

 前の私なら、こんなにガンつけられたらそれだけでびびり上がっていたかもしれない。だがあいつのあの恐ろしい眼を体験した後なら、まだ人間らしさが感じられるだけ全然マシなように思えた。なので、怖そうだからと言って気遅れすることはなかった。


「サークリス魔法学校の新入生です。こんなところに校舎があったなんて知らなかったもので、つい」

「そんなことを聞いたわけではないのだが……まあいい」


 私の言葉を聞いて、彼女は警戒を和らげてくれたようだ。この身にかかる威圧が明らかに緩まった。とりあえずはほっとする。だが彼女の眼光鋭い目つきは元々のものなのか、そのままだった。


「見ての通り、ここは気剣術科だ。私はイネア。ここで講師をしている。まあ講師とは言っても、ここ数十年は弟子を持ったことはないのだがな」


 数十年というのは驚きだった。私にはどう見ても、目の前の女性が二十代、良くて三十代にしか見えなかったからだ。この人は一体いくつなのだろうか。

 非常に気になったが、とりあえず相手が名乗ったからには私も名乗らないと。


「私はユウ・ホシミです」

「ユウか。ホシミとは、変わった名字だな」

「確かに珍しいかもしれませんね」


 元は日本語の姓だから、この星の人たちにすれば、翻訳されたものでもきっとかなり奇妙に聞こえるのだろう。面接のときも同じようなこと言われたよ。


「それで、いきなりこんなこと尋ねるのも変なのですが」

「なんだ」

「聞き間違いでなかったら、先生はいま、数十年も弟子を持っていないと言いましたよね?」

「そうだが」


 彼女はごく普通の調子で答えた。やっぱり言い間違いじゃないのか。ますます奇妙に思える。


「でも、先生はかなりお若いように見えるのですが……」


 すると彼女は、くすりと小さく口元を緩めた。その何気ない笑みでさえ堂々としていて、様になっていると感じた。


「若い、か。確かに我々の種族としてはまだ若い方だな。だが、私はもう軽く三百年は生きている。ネスラだからな」

「ネスラ?」


 聞いたことのない言葉に首を傾げると、彼女の眉根がわずかに寄った。


「知らないのか? まあ、私のように人里で暮らすのは珍しいからな。ネスラとは、人間たちが長命種に分類する一種族のことだ。平均寿命は千二百年ほどで、普通は森の奥深くでずっと暮らしている」

「へえ。そんな種族がいるなんて、初めて知りました」

「それは私の台詞だ。お前のような奴は初めて見た。正直、我が目を疑っている」


 突然彼女から飛び出した予想外の発言に、私はきょとんとしてしまった。


「私が?」

「そうだ。お前は一体何者なんだ? お前から全く気が感じられないのだが、なぜだ? 普通の生物である以上、それは絶対にあり得ないはずだ」


 強い口調でそう断言するイネアさん。あまりの爆弾発言に、頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。


「どういうことですか!? それは」

「どうやら自覚がないようだな。少し探らさせてもらうぞ」


 こちらが了承する前に、彼女は私の額に手を当ててきた。それから目を閉じて、何やら集中し始めた。

 何をされているのだろう。呆気に取られていると、やがて終わったのか、彼女はゆっくりと手を離した。

 彼女が浮かべていたのは、驚愕の表情だった。


「まさか……信じられん!」


 動揺を隠せない様子の彼女は、私のことをじっと見つめて言った。


「お前、中にもう一人いる(・・・・・・)だろう?」

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