41「全員、敵の正体を知る」
ユウと別れてから、魔法図書館で色々と漁ってみたけど、残念ながらあの魔法に関する手がかりは全くなかった。ユウの方に期待するしかないわね。
あたしは今日は寮に帰らず、道場でミリアを看ながらユウの帰りを待つことにした。でも、日が落ちても、深夜になってもユウは帰ってこなかったの。
イネアさんも立ち振る舞いだけは気丈そうだったけど、段々と心配になってきたみたいで、座って腕を組みながら落ち着かなさそうに指を腕にトントンとしていた。
そのうち、イネアさんはとうとう我慢ならない様子で言った。
「遅い。いくらなんでもおかしいのではないか」
「そうですよね。まさか、向かう途中で何かあったんじゃ……」
ミリアがこんなにされてしまったんだもの。もしかして、ユウも襲われてどっかに攫われちゃったんじゃ……
嫌な想像が頭を過ぎり、ぞっとする。
でも、イネアさんはかぶりを振ってその説を否定した。
「いや。途中で男に変身したらしく、ユウの気を感じ取れるようになった。今も反応はずっとトール・ギエフ魔法研究所の位置にある。それもなぜか地下深くにだ。だからおかしいと言っているのだ」
「そうなんですか!? けど、どうして変身なんかしたんでしょう? あんなに世間にバレるのを嫌がってたのに。しかも地下って……」
あたしも凄く変だと思った。あのユウが人前でほいほい変身するとは思えないし、それにギエフ研に地下室があるなんて聞いたことがない。まさか――
「まさか――変身せざるを得ない事態に巻き込まれたか」
「そうかもしれません。あたし、心配になってきました」
イネアさんは腕組みを解いて、すくっと立ち上がった。
「無事を確かめねばならないな。今からユウの元に向かうぞ」
「はい! あ、でもちょっと待って下さい」
「なんだ」
あたしは、ミリアに習った認識阻害の光魔法《アールメリン》を、石になった彼女にかけた。もし敵の誰かに見つかって、持っていかれたり砕かれたりしないように。
「ごめんねミリア。ちょっとだけ一人で待っててね」
今にも動き出しそうなあまりにそのままの姿に、いつものように「はい」と返事が返ってきたような錯覚を覚えてしまう。
大丈夫。絶対に元に戻してあげるから。
あたしたちのことを見守るように見つめていたイネアさんに振り向いて、言った。
「さあ、行きましょう!」
「ああ」
とそのとき、道場の扉が勢いよく開いた。
現れたのは、燃えるような赤髪を持つ男。アーガス・オズバインだった。
彼はいつものような自信に満ち溢れた顔ではなく、怒りを忍ばせているのが一目でわかる深刻な表情をしていた。
彼はあたしたちの姿を認めると、こちらにつかつかと歩み寄ってきた。
「今ここにいるのは、二人だけか。いや、もう一人――ミリアが、石になってるな。仮面の集団にやられたのか?」
「ええ。昨日の朝、仮面の女にやられたの。今どうにかして元に戻そうとしてて」
すると、彼は信じられないことを言ってきたの。
「くそ! カルラのやつ、とうとう後輩にも手を出しやがったか!」
え――――!?
だって、カルラさんは――
驚きで声が出ないあたしに、彼ははっきりとした口調で告げた。
「お前たちに伝えておきたいことがある。仮面の集団の正体についてだ」
あたしたちは、衝撃の事実を知らされた。
仮面の女の正体が、あのカルラさんであること。マスター・メギルが魔法史のギエフ先生だったこと。そして、あたしが以前助けを求めたクラムさんが、仮面の集団一の剣客であることなど。
言われて愕然としながらも、引っ掛かりがするすると解けていくようだった。ミリアがカルラさんを見るとき時々浮かべていたあの表情も、これまであたしたちの動向が掴まれることが多かったことも、全て。
だとすると、ユウは!
あたしは、もう居ても立ってもいられなかった。
「なんてこと! ユウは、たった一人で敵地にいるってことじゃない!」
「なに!? ユウが!?」
「くっ! そういうことだったのか!」
あたしとイネアさんはすぐに道場を飛び出そうとしたけど、そこにアーガスが声を張り上げて制止してきた。
「待て! 敵がわざわざユウを生かしているということは、罠があると考えて良いはずだ! のこのこ向かっていくのは自殺行為に等しい!」
「そんなことはわかっている! だが、ユウは私の大切な弟子だ! その弟子が危機に陥っているのだ! たとえ何があろうと助けに行くのが師というものだろう!」
「これ以上親友を好きにはさせないわ! どんな罠が待ち受けていようとも、あたしは絶対にユウを助ける!」
あたしたちの決意を聞いて、彼は呆れたように肩を竦めた。
「ちっ。どいつもこいつも、とんだお人好しだ――いいぜ。付き合ってやる。オレもユウは助けたい」
「ありがとう」
「恩に着る」
彼は一瞬だけ頬を緩めたけど、しかしすぐに顔を引き締めて、真剣な目で続けた。
「それに、個人的にも用があるんでね」
彼はぎりぎりと歯を食いしばった。そして静かに怒りを込めて、衝撃的なことを言ってきたの。
「オレの家がクラムの野郎にやられた。オレ以外の全員が殺されたよ」
あたしはいたく沈痛な気持ちになった。イネアさんも顔を暗くする。
「そんな……」
「よく落ち着いていられるな」
「別に落ち着いてはいないさ。ただ、少し頭は冷やしてきた」
彼が拳を開くと、血の跡で真っ赤になっていた。一体どれほどの激情を押さえ込んできたのだろう。
「取り乱せば、奴らの思う壺だということを知っているだけだ」
彼の目には、暗い決意が秘められていた。
「必ず仇を討ってやる。そのために行くのさ。ただ……まずはユウの救出を優先してやる。仇ならいつでも討てるからな」
顔を少し背けて悔しそうにそう言った彼は、本当なら今すぐにでも全てをかなぐり捨てて仇討ちをしたい気分でしょう。
それでも、親友のユウを助けることを優先してくれたの。そんなあなたも十分にお人好しじゃない、とあたしは思った。
研究所まで移動しながら、アーガスは現状について説明してくれた。
「クラムの奴に内部から襲撃され、サークリス剣士隊は現在半壊状態だ。偽りの英雄が寝返り、主力の大半を失い、一度まとまりをなくしてしまった残存勢力は、既に退役したじいさん――かつての隊長ディリートの元に再結束している。これだけ行動が早かったのは、鉄道爆破、剣士隊襲撃、ウチの焼き討ちと、相次ぐ事件によってみんな薄々わかってしまったのさ――この町で何かが起ころうとしていると」
この町で何かが起ころうとしている。あたしにもその実感はあった。ここに来て、目立った活動があまりにも続いている。まるで計画の総仕上げにでも取り掛かっているみたいに。
イネアさんがふと昔を懐かしむような、そんな顔をした。
「ディリートか。あの男は信用出来る」
「知っているのか?」
「ああ。かつて私が直々に鍛えてやった、ユウの一つ前の直弟子だからな。すぐに弱音を吐くユウなどと違って、どんなにしごいても根を上げない子でな。気剣術の達人に育て上げてやった」
「マジかよ。あー、確かに聞いたことあるな。見たこともないすげえ剣術使うって。あのじいさん、お前に頭上がらないのかよ」
「ふふ。しかし、もう年なのか。普通の人の生とは短いものだな」
「あんたらと一緒にするなよ」
「それもそうだな」
イネアさんは、遠い目をしながらふっと笑った。
アーガスはなぜか、辛そうに顔を歪めていた。
それから彼は、あたしの方に向かって言った。
「さっき言いそびれたから、今言うぜ。あの石化魔法はおそらく《ケルデスター》だ。術者が解除するか死亡するか以外では解くことが出来ない。だから何とかしてカルラに解除させるか、もしくは――あいつを殺すしかないな」
「そんな……」
どちらも相当ハードルが高いことのように思われた。それに、いくら敵だからといってカルラさんを殺すなんて! 何とかしてカルラさんを説得することは出来ないかしら。
ううん。ミリアもユウもそれが出来なかったからこそのこの現状だってことはわかってる。あたしなら出来るって言うつもりはない。
まずは徹底的に懲らしめなくちゃ。話はそれからよ。
「また使われるかもしれないから、対処法を言っておこう。あれは何も知らずに使われるとどうしようもないが、知っていれば防ぐのは簡単だ。雷の守護魔法《デルアーラ》で完全に無効化できる。お前、使えるか」
「ええ。使えるわ」
得意系統だし、問題なくいけるわ。
「じゃあ今のうちに張っておけ。オレは自分で張るからいいが、一応イネアにもかけておけ」
「わかった」
雷の守護よ。我が身を包め!
《デルアーラ》
バチバチと雷のオーラが全身を覆う。イネアさんにもかけると、お礼を言われた。
「すまないな」
「いいですよ。魔法はあまり得意じゃないんですよね」
「まあな」
それっきり、三人とも黙り込んだ。目指すは敵の本拠地。命懸けの戦いになる。否応なしに緊張感は高まっていた。
そう言えば、あの魔闘技で負けて以来のリベンジマッチになるんだと思った。
あのときは楽しかった。またああやって心から楽しく戦える日は、もう来ないのかな。
そう思うと悲しくなったけれど、あたしは首を振ってすぐに気持ちを切り替えた。
後ろ向きはあたしには似合わない。まずはカルラさんに打ち勝って、話を聞いて、それから考えればいいことよ。
今度は絶対に負けられない。二人の命がかかってる。
あたしは決意を固めると、次第に迫る研究所を見つめた。




