38「サークリスへ急げ」
少しだけ遅れて来たアリスは、変わり果てたミリアの姿を見たとき、顔を真っ青にして崩れ落ちた。
「ひどい……何かの魔法で、完全に石にされちゃってる……!」
「どこだ! どこにいる! ちくしょう! ミリアを元に戻せ! 戻せよ!」
辺りを見回しながら怒り心頭に叫んだが、仮面の女からの返事は当然ながら来ない。
「くそっ!」
俺は近くにあった木に、拳を力任せに叩き付けた。木は激しく揺れ、小鳥たちが逃げ出した。
だが、嘆いている暇はない。嘆くよりも先にやることがある。
俺はアリスの方を向いて言った。
「何とかして元に戻す方法を探そう! ミリアはまだ生きてる!」
自分にも言い聞かせるようにそう言った。
全身が石化しているとはいえ、身体は砕かれずにそのまま残ってる。まだ死んだと決まったわけじゃない。
何とかして元に戻せる方法があるかもしれない。助けられる可能性がある限り、諦めるな。
「ええ! 絶対生きてるわ!」
アリスの声が震えていた。でも、目は諦めてはいなかった。俺と一緒の気持ちだろう。
「ここじゃどうしようもない。サークリスへ急ごう。まずはイネア先生に相談してみよう!」
「そうね!」
アリスはやや上を向くと、大声で愛鳥を呼んだ。
「お願い! アルーン! 今すぐここに来て!」
それから息を大きく吸い込むと、強く指笛を吹いた。森の木々に染み渡るように、音が広がっていく。
頼れるアルーンは、主の必死の呼びかけにすぐに呼応してくれた。遠くから急いで飛んできて、彼女のすぐ横にさっと降り立った。
俺は誤って砕かないように注意しながら、石と化したミリアを乗せた。移動中空から落ちないように、お腹の部分を後ろからしっかりと抱きかかえる。石になってかなり重たくなっているので、元々の力と気力強化のある男のままでいた方が良いだろう。
「サークリスまで全速力で急いで!」
アリスの命令に、アルーンは任せろと力強く鳴くと、行きでの空の旅を楽しめるようなゆったりとした飛び方とは違う、弾丸のような飛行で空を駆け出した。
気付けばものの少しの時間で大森林を抜け出し、遥か視界の彼方へと追いやってしまった。
俺たちは飛び始めてからしばらく、ずっと黙っていた。お互い何かを話すような気分になれなかったのだ。
ただ、目の前のミリアを黙ってずっと見ていると、嫌な予想ばかりして気が滅入りそうだった。
俺はとうとうアリスに話しかけた。
「どれくらいで着けるかな」
「今が朝の早い時間だから、昼過ぎには着くと思う」
それっきり、またお互い沈黙してしまう。重苦しい空気が流れていた。
ふと気になった。俺が炎龍と戦っている間、二人の方はどうなったのだろうかと。ろくな答えが返ってこないだろうなと思いつつも、みんなの安否が気になって聞かずにはいられなかった。
「結局そっちはどうなったんだ?」
アリスは辛そうに俯いた。
「忙しくて誰がやられたかなんて確認出来なかったけど、おそらく数十人は亡くなったわ。演習は即刻中止。しばらくは休校でしょうね……」
「そうか……」
トランプ大会の楽しい光景が脳裏に蘇る。あの中にいた誰かとは、もう二度と会えない。
余計に気が滅入ってしまって、もう何も言えなかった。
やがて、道中の中間地点を過ぎようかという辺りで、地上がとんでもないことになっているのに気が付いた。
「アリス。下を見てくれ」
俺に言われて見下ろしたアリスの顔が、みるみるうちに青ざめる。
「うそ……滅茶苦茶じゃない!」
眼下に広がっていたのは、サークリスとオルクロックを繋ぐ線路が数箇所に渡り爆破され、ずたずたになっている光景だった。
「誰がこんなことを……」
言いながら予想は付いていた。仮面の集団に違いない。他にこんな真似をするような奴も、出来る奴もいない。大森林にいる俺たちにまで手を回したのだから、ついでに途中のここで破壊工作をするのは造作もないことだろう。
だが、彼らがやったには違いないとしても、腑に落ちないところがあった。
鉄道の爆破なんて目立つことをすれば、大きく警戒され、後に必ず首都の戦力を呼び寄せることになってしまうだろう。短期的には奴らにとって有利になるのかもしれないが、長期的には明らかに不利になる。
これまで仮面の集団は、首都に決して目を付けられないように、もっと秘密裏に動いてきたはずだ。
それがなぜ、今になって――
まさか。
俺は恐ろしい可能性に思い当たってしまった。
あの線路の状態では、復旧にはしばらく時間がかかってしまうだろう。その間、サークリスと他の町との連絡はほぼ完全に絶たれてしまう。
もし、そのしばらくで十分だとしたら?
敵の狙いがしばらくの間サークリスを孤立状態にし、何かを為す邪魔をされないようにすることにあるのだとしたら。
考えてみれば、今はちょうど首都で合同軍事演習がある。交通の便を絶ち、奴らにとっての敵対戦力を削るなら、このタイミングが最適だった。
狙いがとにかく邪魔者を消すことにあるのだとすれば、今さらになって俺たちを本気で狙ってきたことにも納得がいく。
仮面の集団が掲げる正体不明の「計画」は、考えていたよりもずっと完成に近づいているのかもしれない。
俺は未だ見えない目的地の方角を見つめた。
一体、サークリスで何が起ころうとしているんだ……?




