36「炎龍との戦い 3」
「もう少しだけ俺があいつと戦う。その間にアリスとミリアは協力して、ほんの少しだけでいい! あいつを痺れさせるだけの強力な雷を作ってくれ! 合体魔法の《デルレイン》ならいけるはずだ!」
痺れた隙を見計らい、龍の頭に飛び乗って魔法を解除するつもりだった。
俺の言葉を聞いたアリスは、何か含みのある笑顔でちっちと指を振った。
「ふっふっふ。あたしたちだって、半年間何もして来なかったわけじゃないわ。任せて」
「やってあげますよ。散々ユウを苦しめた大きなトカゲさんに、究極のお仕置きを」
ミリアは、ここ最近で一番の黒い笑みを浮かべた。
そんな二人の姿が、心から頼もしいと思う。だから俺は安心して背中を預けられる。
「行くぞ! 炎龍! もうすぐその苦しみから解放してやる!」
龍はまるでそれを望むかのように、大きな唸り声を上げた。だが、相変わらず攻撃の手を緩めてはこない。
俺は必死になってこいつを引き付けた。二人の魔法が整うまでと考えれば、身体も羽のように軽かった。
やがて、ついに二人の魔法が発動する。
「乱雲。天を覆い来たる雷鳴に大きな力を与えなさい。《ティルハイナ》」
「天地に轟く雷鳴よ! かの暴虐なる龍に裁きを与えよ! 《デルバルティア》!」
俺は仰天した。なぜなら。
なんだそれ!? 《ティルハイン》や《デルバルト》なら知ってるけど、そんなの、今まで見たことも聞いたこともない魔法だぞ!
目を丸くした俺を見て、アリスが得意気に説明してきた。
「新たにあたしたちが編み出した超上位魔法よ。あたしたちは得意な系統の魔法を磨くことに専念したの。何でも出来ちゃうあなたやアーガスにはない発想だったでしょう?」
確かに。下手に何でも出来てしまう分、特化しようという発想はなかったかもしれない。器用貧乏ここに極まれり。いつの間にか二人は、得意魔法で私よりずっとエキスパートになっていたのか。
「よし。出来たわ!」
見上げると、魔闘技のときとは比べ物にならないくらい大きな雷雲が完成していた。
これなら。これならきっとあいつにも効く!
「いくわよ! ミリアも一緒に!」
「はい!」
「「合体魔法! 《デルレインス》!」」
瞬間、森林の全ての音を消し去るほどの轟音と共に、特大の雷が矢のごとく炎龍に直撃した。
そしてそれは、俺の期待以上の効果を生み出したのだった。
いくら魔法を撃っても全く効かなかったあの炎龍が、本気で痺れて動けなくなったのだ。
それも一瞬なんかじゃない。回復に数秒はかかるような、大きな隙だった。
それだけ時間があれば、安全に事を進めることが出来る。
俺はジャンプして龍の頭に飛び乗ると、女に変身してそこに手を当てた。
ミリアの言う通り、脳内におかしな魔素の流れが生じていることがわかった。それを解きほぐすように魔素を操ってやる。
《魔法解除》
それが済んだら、さっと飛び降りて炎龍の反応をじっと窺った。
さあ。どうなる。これで大人しくならなかったら、もうどうしようもないよ。
心配はなかった。果たして正解だったようだ。龍の瞳に理知の光が戻った。
グルルルルル……
龍は静かに唸り声を上げる。私にはなぜか、それが人の言葉に聞こえた。
『礼を言う。人の子よ』
私はびっくりして、腰を抜かしてしまった。
「え、喋った!?」
「マジで!? あたしには全然わからないんだけど」
「私もただの唸り声にしか」
『ほう。龍の言葉がわかるのか』
「なんかわかっちゃうみたいですね」
どうしてだろう。
わかった。この世界の人間の言葉がわかる能力が、龍語にも適用されちゃったんだ。他にあり得そうな理由がない。
龍は、本当に申し訳なさそうに頭を垂れた。
『正気を失っていたとは言え、酷く暴れて本当に済まなかった』
「本当に悪いのは操っていた奴ですよ。あなたは悪くない」
ようやく状況が落ち着いた今になって、カルラ先輩の最期が思い返される。
私は激しい悲しみと怒りをもって、拳を強く握りしめた。
一体誰なんだ! こんなことをした奴は!
その想いに呼応するかのように、龍が答えてくれた。
『仮面を被った女だ。そいつが我を操ろうとした』
「なっ!?」
仮面の女。何度か対峙したことがある。
いつも神出鬼没で正体が掴めない、仮面の集団幹部筆頭。
ちくしょう! あいつが! あいつがやったのか!
「どうしたの?」
いつの間にかこちらに近寄って来ていたアリスに、私は怒りで肩を震わせながら、その怒りを絞り出すように言った。
「仮面の女だ。今回の事件は、おそらく奴が私たちを始末しようとしてやったんだ! また無関係な周りを巻き込んで!」
「ええっ!?」
彼らに悟られないように戦いを見届けていた仮面の女は、信じられないという表情でわなわなと震えていた。
「まさか、あの炎龍を! くっ。ここまで成長していたなんて……! あの子たちは、我々にとって間違いなく大きな脅威になるわ。マスターに失敗の報告をしなければ……!」
彼女は悔しそうに三人に背を向けると、森を駆け出して行った。
ここで、彼女は大きな失敗を犯してしまう。動揺のあまり、隠れようという意識が希薄になってしまっていたのだ。そこを目聡くミリアが発見してしまった。
「………………」
ミリアは、龍にすっかり気を取られているユウとアリスを置いて、また逃げられてしまう前に一人で彼女を追う決断をした。
前から引っかかっていたある疑念が、とうとう確信に変わってしまったことに、悲しい表情を浮かべながら。
「ということは、まだ近くに仮面の女がいるかもしれないの!?」
「うん。そうだろうね」
そしてまた追いつく前に消えてしまうのだろう。私は悔しさで握った拳を太腿に叩きつけた。
「ねえ、ミリア。あれ?」
「え? いない……?」
気付いた時には、ミリアの姿がどこにもなかった。
当事者ではない龍が、憎たらしいほど呑気な調子で教えてくれた。
『彼女なら、先程その仮面の女を追って行ったぞ』
ぞくりと、嫌な予感が押し寄せる。
危険だ。いくら何でも一人では!
私は男に変身して、急いでミリアの気を探った。仮面の女は特別な仮面をしているからか、気を感じ取ることが出来ない。
――見つけた。離れて行ってるけど、まだそこまで遠くには行ってない。
「アリス。今からミリアの後を追う。全力で飛ばすから、見失わないように付いてきて!」
「わかった!」
数時間にも及ぶ死闘でふらふらになった身体に鞭打って、全開の気力強化をかけ、走り出す。アリスも後ろからすぐに付いてきた。
去る背中に、龍から声がかかった。
『人の子よ。この礼はいつか必ず返す。いずれ一度だけ力になろう』
俺は振り返らずに礼を言った。
「ありがとう!」
ただ今は、目の前のことだけで頭が一杯だった。
ミリア! 俺たちが行くまで、どうか無事でいてくれ!




