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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
62/279

35「炎龍との戦い 2」

 俺は炎龍と睨み合う。数瞬ほど身を裂くような静寂が場を包む。それは間もなく弾ける緊張の高まりの現れだった。

 煮え繰り返りそうな激情を身に宿しながらも、一方ある部分で俺は冷静だった。こんなときこそ感情だけで戦ってはいけない。

 龍は巨体に似合わずスピードが速い。常に気力強化をフルにかけて戦う必要がある。

 だが、この身体で出せる最高速で動けば、宙で女になったとしても空中で魔法を使って方向転換するのは難しい。男のときは、女と違って魔法で攻撃を防ぐことが出来ない。跳び上がっている隙を突かれて、長い尻尾で叩かれたり火を吐かれれば一たまりもないだろう。しかし、跳び上がらなければならない場面も多いはずだ。

 ここは地形を利用しよう。木々という足場を上手く使って方向転換する。空中での隙を最小限に抑え、トリッキーな動きで奴を翻弄するんだ。

 方針が固まったとき、ついに龍は動き出した。挨拶代わりのブレスが襲いかかる。

 俺は地を蹴り、横にステップしてそれをかわす。

 続いて、尻尾による薙ぎ払いが迫る。

 俺は跳び上がると、近くにあった木の側面に、地に対してほぼ横向きで足を付けた。

 さて。どうなる。

 重力が身体を落とす前に、腰のポーチから素早くスローイングナイフを一本取り出すと、気を込めて強化する。そいつを龍の柔らかい部位、腹に向かって思い切り投げ付けた。その行方を確認しないまま、木の側面に付けた足を蹴り出して、別の木へと跳んだ。

 向こうの木まで辿り着いて、再び龍の方を見ると、それは腹にしっかりと刺さってはいたが、当の龍は全く意に介さず。

 あまりに分厚い肉の壁の前に、ほとんど有効打にはなっていなかった。

 やっぱり気休めに過ぎないか。直接気剣を当てない限り、まともなダメージは見込めない。

 だが、それにはなんとかして奴に接近しなければならない。俺単体では、あまりに無謀な挑戦だった。

 龍は木に止まっていた俺に向けて、巨大な火球を飛ばしてきた。今度は木の側面に対し斜め下に向かって足を蹴り出し、地面にさっと飛び降りてそれをかわす。火球は木々を次々と抉り、焦げた臭いを残して空の彼方へと消えていった。

 ――俺単体では、あまりに無謀だ。でも、俺にはもう一つの身体がある。

 攻撃後の一瞬の隙を突いて女に変身すると、私は魔法をかけた。使ったのは、おそらく一度だけは炎を防いでくれる水の加護。ミリアが得意なのを教えてもらったものだ。


《ティルアーラ》


 ついでに《ファルスピード》もかけ直し、すぐさま体勢を整えた龍を見据えながら、次の変身の機会を窺う。

 すると龍は偶然、すぐ横にあった苔の生えた大岩を、その鋭い脚の爪で思い切り叩きつけ、岩石の弾にしてこちらへ飛ばしてきた。

 なっ!? 岩つぶて!

 もし当たって動きが止まるなどすれば、間違いなく龍の餌食だ。予想外の攻撃に内心焦ったが、辛うじて避けることには成功する。

 そっちが土なら、こっちも土だ!

 私は地面に両手をつくと、拘束の土魔法を使った。


 鋼鉄の鎖。縛れ。


《ケルチェイン》


 土中の鉄分を利用して、鋼の強度を持つ鎖を練り上げ、龍の脚元に絡み付けた。それは人間に対しては決定打足り得るが、強靭なる龍の力を前にしては、ほぼ紙切れ同然に破られてしまうものだった。

 だが、それでも一瞬の動揺は見込める。それだけの時間があれば十分だった。

 私は男に再変身して、全速力で奴に迫っていった。

 狙うは龍の首。全力で叩き斬る!

 気を集中すると、気剣は青白く輝いた。見舞うは、イネア先生直伝の必殺の一撃。


《センクレイズ》!


 それは、見事に狙い通りうなじの横に綺麗にヒットする。

 まともに当たりさえすればこの半年、これまでどんな敵でも斬り抜いたこの技。

 俺が全幅の信頼を置いていた、最強の必殺技は――

 しかし、首の皮一枚で止まっていた。

 なぜ――

 そこではっとする。

 気が、龍の首に集まって斬撃を防いでいることに。

 龍もまた気を操ることが出来たのだ。防御を首に回して、ほぼ完全に攻撃は防がれた。

 今度は動揺したのはこちらだった。その一瞬の隙を龍は見逃してくれない。

 炎のブレスが至近距離で全身に迫る。水の加護が盾となって、身を焼き尽くされることからだけはどうにか守ってくれた。それでも軽度の火傷は避けられない。

 地面に降りると、即座にバックステップして一度距離を取る。

 動揺したままでは戦えない。落ち着かないといけない。そう必死に自分に言い聞かせる。

 危なかった……! もし爪での直接攻撃が来てたらアウトだった……

 九死に一生を得た俺は、全身に嫌な冷や汗が流れるのを感じながら、目の前の圧倒的強者を見つめた。

 魔法が一切通じない。気剣も防がれる。スペックはほぼ全て向こうが上。

 一つ一つの要素を検討していく。やがて、理性は絶望の答えを叩き出した。

 はは……まいったな。


 勝てない。


 炎龍は、弱者である俺の命を狩り取ろうと、大地を踏みしめながらゆっくりと歩み寄ってくる。その強者の余裕とも言うべき悠然たる歩みの前に、俺は為すすべもなく立ち尽くしていた。

 まるで愚かにも人の身で龍に抗おうとした馬鹿者に、死の裁きを下す儀式のように思われた。

 俺はもう諦めかけていた。あんなに諦めるなと思っていたのに。

 どうしてこんなに簡単に心が折れてしまうのか。どうして俺はこんなに弱いのか。

 力なく俯いた。ふと、手作りのウェストポーチが目に入る。

 そのとき、かつて先生が修行のときに言っていた基本の言葉が思い起こされた。


『弱い場所を狙え。意識の隙間を狙え』


 瞬間、目が覚めるような思いだった。

 気付いたんだ。簡単なことだった。

 奴は、俺の気剣の攻撃を、わざわざ気を集めて「防がなければならなかった」ことに。

 つまり、そうでない場所を、意識の隙間を狙って攻撃をすれば、通る可能性が高いということに。

 希望が見えれば、人間というのは呑気なものだ。どんなに絶体絶命な状況だって、力が湧いてくる。

 やってやる! もう一度、こいつに一泡吹かせてやる!

 突然顔を上げて動き始めた俺に、龍も驚きを隠せないようだったが、すぐに再び戦闘態勢に入った。

 いきなり首を狙うのは警戒される。どこでもいい。まずは奴に通る攻撃を当てるんだ。

 そのとき――

 グアアアアアアアアアアア!

 至近距離で咆哮が響く。つんざくような音に、俺は思わず両手で耳を塞いで怯んでしまう。

 そこに、爪による引っ掻き攻撃が迫ってきた。引っ掻きとは言っても、当然生易しいものではない。それは先程やられたように、大岩をも砕く威力を持った必殺の一撃だ。

 染み付いた基本の動きは、意識する前に俺の身体を勝手に動かしてくれた。バック宙でかわすと、奴の攻撃は地面に大きな爪痕を残した。

 爪が届くくらい距離が近いということは、それだけ危険ということだが、その分こちらの攻撃も届きやすいということ。

 びびって逃げずに、ここでチャンスを作る!

 地面に着く前に宙で女に変身すると、目を瞑って至近距離での攻撃をやり返す。


《フラッシュ》


 強烈な光が、龍の目を眩ませた。

 地面に降りた私は、すぐさま飛行魔法を使って龍の頭上まで飛び上がった。

 人間と違って視力の回復が速いのか、そこまで行く頃にはもう、龍ははっきりと私の姿を捉えていた。

 飛行魔法を切って、自由落下する。

 落下の威力を攻撃に利用する。

 龍は火球を吐いた。このままでは直撃だ。

 だが、女の私には当たらない。


 回転しろ。


《ファルスピン》


 空中で風を噴出しながら身を捻ると、火球は私のわずか横を通過していった。

 そのまま魔法を使い続けて、回転を速めていく。目まぐるしいほどに視界は回る。

 この遠心力も攻撃に上乗せする。

 十分に加速したところで、私は男に変身した。

 そして、気剣を左右の手から同時に出した。二刀流だ。

 二つともに気を集中し、どちらの刀身も青白く輝くオーラで包み込む。


 狙うのは背中。そこから滑るように肉を斬る!


《センクレイズ・リボルブ》!


 火花散るような衝突と同時に、俺は激しく身体を回しながら、二つの剣を次々と突き立て、巨体の背中から尻尾にかけて乱舞のごとく斬り裂いていった。

 この畳み掛けるような連続攻撃に対しては、気をどこに集中させようとも全てを防ぐことは出来ない。このとき龍は初めて、痛みに顔を歪めるような唸り声を上げた。

 最後に尻尾の先っぽ、一番細いところを完全に斬り落として、俺は地面に滑り落ちた。

 よし! 手応えありだ!


 今の攻撃で、龍は完全に俺のことを強敵と認めたようだった。それまでのように力任せに攻撃してくることはなくなり、ますます手強い存在と化した。

 そのため、もうあのような攻撃は届かなくなり、お互いに決定打がないまま戦況は膠着していく。

 気付けば、少なくとも数時間が経過し、空は夜明けを前にして白み始めていた。

 手強くなってさらに倒せなくなった龍だが、これは悪いことばかりではなかった。その分時間を稼ぐことが出来たからだ。俺が振り絞った命知らずの勇気が、結果的に命を繋ぐことになった。

 だが、龍の体力は無尽蔵であるのに対し、俺の体力は人間レベルに過ぎなかった。徐々にスタミナの差が、そのまま動きの差となって現れてきた。

 やがて、蓄積した疲労が動きを鈍らせ、ついに炎のブレスの直撃を許してしまう。

 しまった!

 さすがに死を覚悟した。


 そのとき、横から女性の声が届いた。


「水の守護。かの者を包め! 《ティルアーラ》!」


 ミリアだ!

 本家の《ティルアーラ》が、俺を炎から完璧に護ってくれた。さすが本家だけあって、追加の火傷すらも一切出来なかった。


「助けに来たよ!」


 少し遅れて、アリスが飛び込むようにやってくる。

 頼もしい二人の姿に、疲労困憊の俺は、敵の目の前にも関わらず顔を綻ばせた。

 再び力が湧いてくる。

 ああ。仲間がいるってこんなに嬉しいことなんだ。こんなに安心出来ることなんだ。


「そっちはなんとかなったのか?」

「まあね――聞いて。ライノスたちは操られてたの。変な装置でね」

「なんだって!?」


 じゃあ、まさか。

 その予想はすぐに当たる。

 相手を直接見ての魔力感知なら、非常に得意なミリアが言った。


「この龍も、何かの魔法で操られてるみたいですよ。頭のところの魔力の流れが変です。闘争本能だけで無理に逆らっているみたいですね」

「そうか――勝機が見えたかもしれない」


 別に倒す必要はない。洗脳を解いてやれば、もしかしたら大人しくなるんじゃないだろうか。

 確実ではないが、他に手はなかった。いかに三人と言えども、こいつを倒せるビジョンは見えない。戦っていてそれは痛いほどよくわかった。

 しかし、魔法を解除するだけならば。

 攻撃だけなら出来たんだ。もう一度やってみせる!


「その魔法を解除してみよう! 二人とも力を貸してくれ!」

「オッケー!」

「もちろんです!」


 三人で龍と対峙する。

 木々の向こうから、朝日の光が差し込み始めた。

 決着は近い。

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