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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
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31「オーリル大森林魔法演習初日 昼」

 魔法演習の初日が始まった。初日の目的はまず森に慣れること。行軍の訓練を行いながら、そこらに生えている植物やキノコ、小型の動物等について監督生から説明を受けていく。翌日のサバイバル訓練に必要な知識なので、みんな一生懸命耳を傾けていた。

 こんな軍隊じみた訓練を行うのは、有事の際にも運用できる魔法使いを育成するという学校の理念による。この、とにかく頭でっかちなだけではなく使える魔法使いをという方針のおかげで、私もかなり実践的な魔法を身につけることが出来たわけだ。幸運なことだった。


 木々の間を通して遠くに見えていた、四本の足で歩いているイノシシに少し似た感じの大きな動物を指さして、アリスが尋ねてきた。


「何かしら? あの動物」


 あれのことを、「死ぬほど」よく知っていた私は答えた。


「正式名称ライノス・ビリガンダ。通称ライノス。見ての通り、額に大きな二つの角を持つ十メートル級の大型草食獣だよ。縄張りに近づかなければ大人しいから大丈夫。ただし、強い魔法耐性があるから決して挑発しないように注意して」


 アリスが感心したように顔を寄せてきた。


「詳しいのね」

「うっかり近づいちゃって、殺されかけたことがあるからね……」


 脳裏にあのときの恐怖が蘇り、ちょっとだけ身ぶるいした。


 あれはイネア先生との修行を始めてから、まだ四カ月くらいのことだった。実際あのときは、本気で死を覚悟したよ。よりによって子育て中だったらしくて、キレっぷりが半端じゃなかった。仲間意識も強くて、五頭くらいに森の中をたっぷり二時間は追い回された。

 気剣を使おうにも怖過ぎてとても近づけなかったし、そもそも悪いのはうっかり近づいちゃった私なわけだから、斬ること自体も躊躇われて。女になって牽制に魔法を使ってみたんだけど、魔法耐性の高さのせいで全く効かなくて。涙と鼻水たらしながら、気力強化で逃げ回って、最後は湖にダイブして泳いで逃げたんだった。


「そんなことがあったんですか!?」


 驚いた顔で問いかけるミリアに、私は頷く。


「うん。そう言えば前に、イネア先生に転移魔法で知らない森に放り込まれたことがあったんだよ。あいつを見て思い出した。よく考えたら、この場所以外にあり得ないなって」


 要するに、私はとっくに演習の一部+αに相当する内容を済ませていたということになる。だからイネア先生も楽しんでこいなんて暢気なことを言ったんだなと、今更ながらに理解した。


 集団で歩いていると、やがてちょっとした事件が起こった。調子に乗って道を外れた奴が、カッチミーの巣をうっかり刺激してしまったらしく、大量のそいつらに追いかけられてこっちに逃げてきたのだ。

 カッチミーは、ハチに生態や大きさがよく似た虫であり、尻のところに付いている針には毒がある。このままこっちに突っ込まれると、他の人にも被害が及んでしまう。対処しなければ危ない。

 すると、アリスが前へ進み出た。


「火の川よ。かの者を豪流に呑み焼き尽くせ。《ボルリアs」

「バカ! こんなところで火を使うな!」


 確かに虫に対して火は効果的だが、森林火災になる恐れがある。慌てて制止すると、うっかりしてたことに気付いたらしいアリスがぺろっと舌を出した。


「あ! てへへ」


 その間にも虫の群れは迫って来ており、周囲は騒然としていた。もはや一刻の猶予もないので、代わりに私がやることにした。周りに人がいるから詠唱式でいこう。


「吹き飛ばせ。螺旋の風。《ファルアクター・スパイラル》」


 これは強風の中位魔法《ファルアクター》に旋転を加えて、対象を散らすことを目的にした魔法だ。本来殺傷力はないものだが、小型の虫ならば散らすときの風圧で効率良く仕留めることが出来る。《ラファル》や《ラファルス》と違って、風の刃ではないから、誤って追いかけられてる人や周囲を傷付けることもない。

 狙い通り、カッチミーの群れは吹き飛ばされて、全て綺麗に息絶えた。

 周りから安堵の声と、鮮やかな手際だったからか、まばらに拍手が上がる。横で見ていたアリスが嬉しそうに飛びついてきた。


「おおー! またアレンジ魔法ね!」

「まあね」


 何度もアレンジはやってるから、当然みたいにさらっと言ったら、「すましちゃって。このこの~」と彼女に肘でぐりぐりされた。

 そんな私とアリスの様子を眺めながら、ミリアが言った。


「やっぱり人によって、魔法の宣言って違いますよね」

「イメージの仕方は人それぞれだからねー」


 とアリスが応じる。

 宣言とは、使う魔法のイメージを確定させるために、魔法名の前に添える言葉のことだ。これにより、イメージの誤りや不鮮明による魔法の失敗が減る。さっき使ったやつなら、『吹き飛ばせ。螺旋の風』がそれに当たる。

 確かに言われてみると、この部分は人によって個性が出るよね。


「《ファルスピード》は頭の中でなんて言って使ってますか? 私は『神速の風よ。力を』です。なるべく速いイメージが欲しいので」

「そうなんだ。私は『加速しろ』だけど」


 そう言うと、ミリアがやや呆れたように笑った。


「さすが、開発者の一人は味気ないですね」

「魔法って、やることと効果だけ最低限言うなり念じるなりすれば十分じゃないの?」


 宣言に対する、私の率直な感想だった。それだけあれば、しっかりとイメージを練ることが出来るから、私にとって長ったらしい文句は無駄にしか思えなかった。

 だがそこに、納得がいかない様子でアリスが反論してきた。


「でもそれじゃ雰囲気出ないでしょ。あたしは『風よ。あたしにその疾風の如き速さを授けよ』かな」


 至極当然よみたいな得意顔で言ったのが、私にとっては妙に面白かった。さっきやりかけた魔法といい、これといい。


「アリスが意外と中二病だってことがわかった」

「なによ。そのチュウニビョウって。意味は知らないけど、馬鹿にしてるでしょ?」

「ふふ。ごめんごめん。別に変じゃないよね」

「そうよ。もう」


 この世界にはこの世界の常識があるわけで。それに照らし合わせれば、別におかしなものでも何ともないとは思う。

 でも真顔で言ってるのは、やっぱりちょっと厨臭いと思ってしまう。まあ人のこと言えないか。魔法なんてものがスパッと使えたら、少しはカッコつけたくもなる。


 行軍が終わり、野営予定地に到着してテントを張ると、夕食まではしばらく自由時間となった。三人で一緒になって、迷わない程度の範囲で散策することにした。

 辺りは木々の葉が日光を和らげて、穏やかな光が差し込んでいる。至る所に木や植物が根を張っており、足場はごつごつしてたりぬちゃっとしてたりで、かなり悪い。そして時折、虫や獣の鳴き声が聞こえてくる。

 集団行動のときはあまりのんびり出来なかったけど、こうしてゆったり森林浴をすると中々気分は爽快だ。

 そのうち、偶然にも非常に良い物を見つけた。

 三人で手を繋いで広がればやっと届くかというぐらい、それほどの幅がある巨大な木が目の前に立っていた。見上げると、遥か頭上には、黄金色の皮を被った丸い果実が十個ほどなっていた。

 

「すごいな。ゴップルの実じゃないか」

「ゴップルってあの!?」

「果物の王様とか言われてるあれですよね」


 普通は貴族でも上流階級しか食べられないような高級品だ。魔法図書館にあった図鑑によれば、とても甘くてジューシーな味わいらしい。まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかった。


「ちょっと三個だけ取って来るね。夜に食べよう」

「いいね! でも、あそこまで登るのは大変じゃない?」

「落ちたら危ないですよ」

「大丈夫」


 確かに、そよ風魔法の《ファルリーフ》では落とせそうにないくらい、実はしっかりついてるみたいだ。

 それに、下手にそれより強い魔法を使って、少しでも木を傷付けてしまうとまずい。

 なぜなら、この木は感情を持つと言われていて、実を取ろうとする者に少しでも傷を付けられると、怒って瞬時に実をまずくしてしまうらしいのだ。だから普通は、木によじ登って頑張らないと得られないのだが。

 こんなときのために覚えておいて良かった。


《飛行魔法》


 私は反重力魔法と風魔法を組み合わせて使用し、ふわりと浮かび上がった。アリスとミリアが、目を丸くして驚いている。


「なによ!? その魔法!?」

「何なんですか、それ!?」


 そっか。そう言えば、まだ見せたことないんだったっけ。


「飛行魔法だよ」

「すごいじゃない! 後で教えてよ!」

「私もやってみたいです!」


 一瞬にしてすっかり目を輝かせる二人。やっぱり自力で空を飛ぶというのは、相当に魅力的なことみたいだ。ただ、残念ながらこの魔法、私やアーガスクラスの魔力値を持つ者専用なんだよね。


「もちろんやり方は教えてあげるけど、アリスやミリアだと、残念ながら魔力値が足りないんじゃないかな。実はこれ、結構燃費が悪いから、私並みの魔力があってもあまり多用は出来ない程なんだ」


 すると、二人は露骨にがっかりしていた。


「なんだー。残念」

「今まで教えてくれなかったから、どうせそんなことだろうと思いましたよ」


 私は宙に浮いたまま、苦笑いした。


 大森林まで空を飛んで来ないで、アルーンに乗ってきたのは、もちろん二人と一緒に行きたいというのが一番大きな理由だが、単純にそこまで飛ぶ程魔力が保たないという理由もごくささやかにあった。

 やっぱり人間が生身で空を飛ぶというのは、かなり無茶があることみたいだ。最初から飛べる者の力を借りた方がずっと合理的だと、完成したこいつを使ってみて、改めて思った。

 やはりこの世界の先人は正しかったのだ。魔力の特別高い者だけに許された贅沢であり、通常は欠陥魔法の類いでしかないこのような魔法を、後世に書き残す価値はあまりない。

 実戦でもほとんど使っていないんだけど、それもひとえに燃費の悪さのせいである。まあ空を飛べないと困るときもいつか来るかもしれないから、選択肢として用意しておくのはありだとは思う。

 夢のような効果と所詮夢に過ぎない実用性を併せ持つ、まさにロマンの魔法。

 私はこの魔法大好き。


 上まで飛んで行って果実のところに辿り着き、一つ一つ丁寧にもぎ取っていく。拳大の実は、宝石のようにきらきらと輝いていた。


 その後も、イネア先生に色んなところに置き去りにされた際、必死に生き延びようとした癖で、ついつい食べ物を見つけてしまう。キノコ類に、花の蜜に、さらには小動物を仕留めたり。今日の夕食は確か、兵士用のまずい携帯食を体験するはずだったんだけど、私たち三人の班だけやたら夕食が豪華になりそうだった。


「ユウがいたら、明日のサバイバル訓練楽勝じゃん」

「私たちの訓練にならないから、ちょっと何もしないで見ていてもらった方がいいですね」

「そうね。わからないことあったら教えてね」


 こんな調子で、私はすっかりサバイバルの先生扱いになってしまった。ふと口から、ある言葉が漏れた。


「サバイバルこそ正義さ」

「何それ?」


 怪訝な顔をするアリスに、私は答えた。


「誰かが昔そんなこと言ってたような気がする」


 実際フェバルになってみてわかったけど、どんな過酷な場所でも生き延びられるようなサバイバル能力は非常に大事だ。サバイバル教に入信してしまいそうになるくらい、その重要性を噛み締めていた。

 と言っても、さすがに食べるものくらいは選びたいけどね。やっぱりヘビとかハチとかを平気でいくのはないんじゃないかな。なんでこれがぱっと浮かんだのかは、わからないけど。


 夕食が終わる頃には、すっかり日が暮れていた。ちなみにゴップルの実は、地球で食べたことのあるどんな果物よりもおいしかった。こんな果物が本当にあっていいのかと思ったくらいだったよ。


「さて。私のささやかな計画に乗りませんか?」

 

 満腹になったお腹を押さえてくつろいでいると、ミリアが楽しそうに笑った。

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