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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
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29「オーリル大森林魔法演習迫る」

 星屑祭の事件から半年が経った。あれ以来、俺はアーガスがくれる情報を元に、イネア先生と共に仮面の集団の手足を潰していった。最初はかなり抵抗があったが、今では必要ならば仕方なく人も斬れるようになった。

 やむを得ない事情で初めて敵を殺してしまったときは、激しく嘔吐してしまい、しばらくの間寝付けなくなるほど辛かったけれども。ここは平和な日本ではないのだと、改めて思い知るようなことがたくさんあった。

 手足こそ順調に潰していったものの、肝心な奴らの頭については、依然として仮面の奥に潜む正体を掴めないでいた。

 俺たちが手をこまねいている間にも、奴らの正体不明の計画は、着々と進行していたようだった。

 そして、散々邪魔をする俺たちに業を煮やした奴らは、計画の完成を目前として、ついに本気の魔の手をこちらへ差し向けようとしていた。

 それをきっかけに、事態は大きく動き出す。激動の一週間が幕を開ける。

 俺たちは未だそのことを知らなかった。

 始まりは二年生恒例の行事、オーリル大森林魔法演習から。

 敵は、学校の行事でイネア先生とアーガスのいないこのときを、周到に見計らっていた――


 演習前最後の授業は、魔法史だった。トール・ギエフ先生が板書の前に立って説明を続けている。今日の内容は、近代史のポイントとなるミブディック戦争についてだ。


「――です。かくしてミブディック戦争は起こったわけですが、果たしてなぜこの戦争は起こってしまったのか。分かる者はいるかね?」


 見回すと誰も手を上げていなかったので、なら授業をスムーズに進めるためにも私が答えてしまおうと思い、さっと手を上げた。ギエフ先生は少し目を細めて、いつものように穏やかな調子で私を当ててきた。


「どうぞ。ユウ君」

「はい」


 私は立ち上がって言った。


「対外上は内乱地域の平定を喧伝していましたが、その実態は魔法権益のための戦争でした。魔法先進国であるコレン共和国の時の宰相、ボルクビッツ公爵による魔法禁輸政策が発端となり、ニーケルア帝国の魔法産業は大きなダメージを被りました。当時周辺諸国へと勢力を伸ばそうとしていた帝国にとっては、共和国の禁輸政策は非常に都合が悪かったのです。そこで帝国は、禁輸政策の解除とあわよくば関税自主権を放棄させることを目的として、開戦に踏み切りました」


 そこまですらすらと答えると、ギエフ先生は満足気に頷いた。


「ご名答。百点満点だよ」


 席に着くと、隣のアリスがちょんちょんと肩を突いて、小声で囁いてきた。


「さっすが頭いいね」

「まあこれくらいはね」

「あたし、歴史だけはさっぱりなのよ。やっぱり魔法は使ってなんぼじゃない?」

「それは私もそう思う。でも、将来魔法の先生になりたいなら、こういうこともちゃんと勉強しないといけないんじゃないかな? 確かこの辺りは教員免許試験の頻出分野だし」

「そうよねー。ま、頑張るわ」


 あっけらかんと言った彼女に、危機感や焦りは全く見られない。この楽観的なところが、彼女の持ち味だった。

 彼女は、私と反対側の隣に座って黙々と何かを書いている銀髪の少女、ミリアにも声をかける。


「何やってるの?」

「これですか。ふふ。明後日から始まる楽しい魔法演習の計画ですよ」

「堂々とサボりとか、あなたも垢ぬけてきたわね」

「そうですかね」


 この半年で一番大きく変わったのはミリアだろう。以前よりも明るくなって、言葉を詰まり気味に話す癖がなくなった。その分隠れていた性格のちょっとした黒さが周知されて、今では腹黒美少女としてのキャラを確立している。

 オーリル大森林魔法演習は、四日間に渡って行われる魔法の実地演習だ。監督として数人の四年生が付き添ってくれることになっている。まあ実地演習とはいっても、そこまで厳しいものではなく、野営の訓練などのいわゆるお泊りがメインとなる。ミリアの言う通り、修学旅行のような楽しいイベントなのだ。


 やっと授業が終わって立ち上がり、うんと伸びをしていたところに、アリスが声をかけてきた。


「やっと終わったね。明日はオルクロックに出発よ」

「オルクロックか。楽しみだな」


 オーリル大森林は、サークリスから魔法列車で半日の距離にある最寄りの町、オルクロックの奥に広がっている。現地までは各自で移動ということになっていた。私たちはもちろん、三人で一緒に向かうことに決めていた。


「そう言えばユウは、サークリスを出るのはイネアさんとの修行以外では初めてじゃない?」

「言われてみればそうだね。忙しかったからなあ」


 瞼を閉じれば、日々の修練と闘いの思い出が至る所に蘇る。命懸けの場面も何度もあった。今日までよく無事にやってこられたなと思う。


「あたしとミリアも時々手伝ったけど、ここ最近ずっと仮面の集団と戦いっぱなしだったもんね。ちょっとは羽を休めないとばてちゃうよ」


 その通りだ。いつも気を張り詰めていることが良いこととは限らない。この辺でしっかり休んで英気を養っておくべきだろう。


「うん。せっかくだから思いっ切り楽しむことにするよ」

「なら、私の計画が役に立ちますね」


 横からミリアが話しかけてきた。


「さっきから言ってるその計画って何なの?」

「ふふ。それは行ってからのお楽しみです」


 問いかけるアリスに、彼女は口元に指を当てて、いつものちょっぴり黒い笑みを浮かべた。


 夜はいつものように、イネア先生との修行があった。

 先生は右手から気剣を出しつつ、左手でちょいちょいと手招きする。


「かかってこい」

「いきます」


 俺は左手から気剣を放出すると、果敢に飛びかかっていった。

 剣を振り下ろすと、先生に到達する前に、その姿がぱっと消える。

 さすがに速い。

 以前の俺ならば、突然姿を見失ったらそれだけでパニックになって、闇雲に剣を振り回していたところだった。

 だが今は焦らず冷静に、後ろの方に剣をまわした。背後から迫る先生の剣が、ぴたりと止まる。


「ほう。今のを止めるか。お前も大分動きが良くなってきたな」

「さすがにこれだけ鍛えてもらえば、少しは強くもなりますよ」


 動きも数段速くなった今なら、あのときのヴェスターが相手なら、爆風魔法を展開される前に懐に潜り込める自信がある。

 俺はまず変身なしで、奴に百パーセント勝てるようにというのを目標にして鍛えてきたのだ。あの敗戦は本当に悔しかったから。

 その後は何回も攻撃を防いだり防がせることは出来たが、こちらからの一発が中々決まらなかった。


「私のレベルにはまだあと一歩足りないな。まあこれからだ」


 先生はそう言って稽古を締めくくった。

 この壁が薄いようで厚かった。先生は既に超人といってもいい領域にいる。対して俺は、かなり強くはなったとはいえ、まだまだ常人が辿り着ける位置に留まっていた。

 だけど、俺には大きな武器がある。俺だけに備わるユニークな力が。


「そこは二つの身体を上手く使って頑張りますよ」

「そうか。だが、そんなものに頼らずとも、いずれは私を超えてみせろよ」

「はい。精進します」


 俺にとって先生は高い壁であり、いつかは超えるべき目標だった。


「そうだった」


 とそこで、先生は思い出したように言った。何だろうと思っていると、先生は奥の部屋へと向かっていく。

 やがて、その手に何かを持って戻ってきた。よく見ると、茶色の皮で出来たウェストポーチだった。


「新しいナイフだ。一応持ってけ」


 これを、俺に?

 受け取って早速開いてみる。中には小さな刃物を差すところがいくつもあって、スローイングナイフが合計十本差さっていた。

 先生の顔に視線を戻すと、先生は頷いた。


「前も言ったが、一応物に気を纏わせて強化することは出来る。それだと大気中に霧散はしないからな。といっても、これはどうしても相手に近づけないときの非常手段だ。そこまで強いものではない。あくまでメインは手から直接作り出す気剣だと心得ておけ」

「わかりました」


 すると、先生はこほんと一つ息を吐いて、わざとらしくそっけない調子で言った。


「ああ。あとそのポーチは手作りだ。大事に使え」


 言い終わると、先生はほんの少しだけ気恥ずかしそうに顔を背けた。

 そうか。俺のためにわざわざ作ってくれたんだ。

 先生は地味に裁縫が得意だった。実は今着ている、変身に合わせて変化するこの便利な服も、一から手作りだったらしい。とても男勝りでサバサバした性格をしているけど、その辺りからそこはかとなく先生の女性らしさを感じるのだった。


「ありがとうございます。絶対大事にしますね」


 先生の目を見つめてにこっと笑ったら、先生はさらにもう少し顔を赤らめた。その顔は、どこかほっとしているようで、嬉しそうでもあった。

 大方、このプレゼントをどう受けとめてくれるのか、気を揉んでいたのだろう。

 はは。素直じゃないなあ。先生も。


「うむ。明日から演習なんだろう。気を付けて楽しんでこい」

「はい。行ってきます」


 俺は、元気よく返事をした。


 翌日。私たちはオルクロック行きの魔法列車があるサークリス駅ではなく、アリスの叔母さんの家に向かった。


「久しぶり。アルーン」


 アリスが早速声をかけると、アルーンは久々の主の帰還に対して、嬉しそうに喉を鳴らした。

 そう。目当ては、数人なら軽々と乗るくらい大きな体を持つ彼女の愛鳥、アルーンだった。

「せっかくだから空の旅を楽しまない?」という彼女の提案によって、私たちはアルーンに乗って行くことになったのだ。彼女曰く、そこらの列車には負けないくらいのスピードで飛んでくれるらしい。

 

「話には聞いてましたが、本当に大きいですね」


 ミリアは目を丸くしていた。まあ初めて見たらこの大きさは驚くよね。襲われたら食べられちゃうんじゃないかって思うくらいだし。まあこの子はそんなことしないけど。

 私もアルーンに声をかけた。


「あのときはありがとね。お前がいなかったら、私は助かってなかったよ」


 人語を理解する高度な知能を持つこの鳥は、誇らしげに鳴いた。

 私たちはかがんだアルーンの上に座った。一番前がアリス。その後ろに私とミリアが続く。

 あのときは気を失ってたからわからなかったけど、毛がふさふさと柔らかくて体は温かかった。ふわふわの毛布の上に座っているみたいで、かなり乗り心地が良い。

 全員がアルーンにしっかり掴まったところで、アリスが勢いよく拳を突き上げた。


「よーし。出発!」

「「おー!」」

「クエエ!」


 アルーンに乗って。私たちはサークリスを離れ、一路オルクロックへと飛び立つ。

 朝の定刻を告げる時計塔の鐘の音を、背中に受けながら。

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